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第25話 初陣

 騎士団の学校を開いてから一週間、訓練は順調に行われているかのように見えたが、和彦は見習い騎士達のステータスを見て難しい顔をしていた。


 彼女らは既に和彦が監督しなくても自分達だけで訓練するようになっていた。


 ドロシーは和彦が何も言わなくても仕切ってくれるし、ノエルは剣技をどこまでも磨いている。


 他の面々も自分の課題にせっせと取り組んでいるはずだった。


 和彦の得意分野から伸ばすという手法は功を奏して、彼女らは自分の得意スキルを3まで上げたうえで、他の騎士系スキルも1まで身に付けていた。


 しかし……


「成長が鈍化している……」


【ドロシー】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:14(↑3)

 防御力:14(↑3)

 素早さ:14(↑3)

 魔法 :0

 スキル:『指揮3』、『剣技1』、『馬術1』、『鍛治1』、『飛道具1』


 騎士団学校を開いてからちょうど一週間たったので、順当にトレーニングしていればドロシーの攻撃力、防御力、素早さは今頃全て17になっているはずだった。


 彼女達は領主が見ている場では頑張るものの、監視がなくなった途端、露骨に手を抜き始めるのであった。


「ちょっと目を離した隙にこれだよ」


 和彦は書斎の窓から訓練場の方を見た。


 時間はちょうどお昼下がり。


 彼女らはお昼休みの昼食を終えて、余った時間のおしゃべりを少しだけ楽しんだ後、午後の訓練に精を出して……いなかった。


 ドロシーはその手にサンドイッチを持って同じ班の女子とおしゃべりに興じていた。


(ドロシー。お前いつまで昼飯食ってんだよ)


 ふとドロシーは和彦の視線に気づく。


(ヤバ。領主様が見てる)


 ドロシーは急いでサンドイッチを喉に詰め込む。


「ほら。みんな領主様見てるよ。いつまでも休憩していないで午後の訓練始めるわよ」


 ドロシーの掛け声をきっかけに少女達は食べ物をイソイソと詰め込んで鍛錬に取り掛かる。


 和彦はちょっとイライラしながらその様を見ていた。


「ったく。ダラダラしやがって」


 彼女らは明らかにたるんでいた。


 初めこそ環境の変化と領主の下で鍛錬できるという非日常が彼女らの気を引き締めていたが、ルーティンワーク化して慣れを覚えた今となっては、和彦の見ていないところであからさまに手抜きするようになっていた。


「ごまかせると思ってんなあいつら。ステータス見れば誰がどれだけサボってるか丸分かりだっつーの」


 和彦は苛立たしげに領民のステータスを閉じた。


(折を見て厳しく言わねーとな。いやもういっそ定期的に巡回するか? でもそうなると俺の仕事時間が増えちまうからなぁ)


 和彦は彼女らにばかり構ってはいられない。


 領主としての仕事をこなさなければならないし、司祭としての役割も果たさなければならない。


 商人と約束した『グラヴィトンの剣』も作らなければならない。


 和彦は忌々しげに庭を見た。


 見習い騎士達は休憩を終えて鍛錬しているものの、明らかに当初の意気込みは消えていた。


 鍛錬からはどことなく漫然とした雰囲気が伝わってくる。


(とりあえずドロシーを呼び出して叱っておくか。あいつがたるんだら全員が引っ張られる)


 和彦はその日、鍛錬が終わった後、ドロシーを呼び出して説教しておいた。


 お前はリーダーなんだからみんなの模範にならなきゃダメだろ。


 サボってんのバレバレだぞ。


 心を入れ替えて鍛錬に励まないなら、今すぐ『見習い騎士』の資格を剥奪するぞ。


 ドロシーはシュンとして領主に謝り、これからは心を入れ替えて鍛錬に励むことを約束した。


「ったく」


 和彦は『ゴブニュの槌』で『アムの魔石』を軽く叩いて、加工する。


 大きな魔石から1ジェムだけ破片がかけて、ボタンの形になる。




 領民から畑を荒らすモンスターの対策をせっつかれている和彦だったが、見習い騎士達をいきなりモンスターと戦わせるのは拙速に感じたので、まずは手頃な獣の狩りから始めることにした。


 集中的に伸ばしている5人の攻撃力と防御力が規定値に達した頃に呼び出して、初陣に出ることを告げる。


 晴れた日の早朝、和彦はドロシー、ノエル、ユリア、クレア、イルザの5人と猟犬使い、鷹匠と言った狩り専門のスタッフを連れて領内の森の中に入って行った。


 ずさんな領地経営をしていた前領主だったが、森林の保護には熱心だったようだ。


 彼の趣味が狩猟だったためだ。


 彼はいつでも狩猟ができるよう、常に森林の状態維持には気を配っていた。


 一方で、村の者が森の中の動物をいたずらに狩り取らないように、森番を立て、許可なく森林で狩りをした者は厳しく罰せられた。


 そのおかげで、鷹匠や猟犬使いといった狩猟スタッフはやたら充実していたし、森林には騎士の訓練にもってこいな野生の鳥獣達がたくさんいた。


 森林での狩りはダンジョンにおける対モンスター戦とは異なる。


 基本的に相手は逃げるため、自力で獣を追い詰めなければならない。


 とはいえ、追い詰めた後はモンスター戦と同じだ。


 個々の獣とバトルをするだけだった。


 和彦と騎士見習いの少女達は猟師たちが獲物を見つけてくるまで、テーブルを広げて朝食をとった。


 朝食後、和彦は少女達を集合させた。


「いいか。今日は今までの訓練の成果を示す時だ。各々奮って戦果を示すように」


「「「「「はい」」」」」


「よし。じゃあ、狩りを行うに当たって特別な武器を支給するぞ」


 和彦は召使いに持って来させたアイテムを見習い騎士達に配らせる。


 全員に『グラヴィトンの剣』が支給された。


 そして騎士用の制服も。


 白いシャツにぴっちりした白いズボン、黒いコートに黒い長靴。


 全ての衣服には、琥珀色に輝く『アムの魔石』でできたボタンが縫い付けられている。


 彼女らに配られた『土魔法の騎士服』は防御力を30ポイント高めてくれるアイテムであった。


アムの魔石』には、元来物質が持っている重さを増やしたり、減らしたりする効果がある。


 この『土魔法の騎士服』には、敵の攻撃による衝撃を吸収してくれる効果があるため、この服を着ていれば軽装にも関わらず鎧や鎖帷子を着るよりも高い防護効果が得られる。


「その服はみんなの防御力を高めてくれるものだ。それさえあれば多少の刃物やモンスターの爪、牙に攻撃されても傷を負うことはない」


 見習い騎士達は領主からの思わぬプレゼントに色めき立った。


 互いに装いを見せ合って、意見を述べ合う。


 実際、それらは戦闘用の服ではあったが、そのシックで華やかな装いは、見習い騎士達の愛らしさをより一層際立たせるものでもあった。


「準備できたか? それじゃ、行くぞ。まずは獣狩りからだ」


 ドロシーは手際よく剣と弓矢の確認を済ませた。


(今日はいよいよ実戦か。領主様にいいところを見せるためにも頑張るぞ)




 和彦は猟犬使いを偵察に放った。


 少しして戻ってきた猟犬使い達は、見つけて来た獣の様子について領主に報告する。


「領主様。獣を見つけました。東の方向に鹿が3頭。西の方向に狐が一匹。いかがなさいましょう」


「ふむ」


 和彦は見習い騎士達の方をかえりみる。


(流石にいきなり複数の獣を狩らせるのは酷か)


「よし。じゃあまずは狐から狩ろう」


「分かりました。所定の位置へと追い詰めます」


 そう言うと、猟犬使いは大きな犬を引っ張りながら、森の奥へと入って行く。


「ドロシー」


「はい」


「まずはお前からだ。狐だと思って油断するなよ」


「はい。分かりました」


 角笛の音が森中に響き渡った。


 猟犬使いからの合図だ。


 猟犬が放たれ、所定の位置に狐が追い詰められる。


 ドロシーは木の影に隠れて、短剣ダガーを握りしめる。


 雑木林の向こうから犬の鳴き声と獣の駆け抜けてくる足音が聞こえる。


 狐が飛び出して来た。


 ドロシーは間髪入れず短剣ダガーを投げつける。


 短剣ダガーは狐の足を貫く。


 狐は地面に倒れこんだ。


 ドロシーは剣を抜き、狐に飛びかかる。


 彼女は見事に一突きで狐を仕留めた。


 その後もノエル、イルザ、ユリア、クレアが順番に獣達を狩っていく。


 ノエルが短剣ダガーで狐の足を止めきれなかったため、反撃を受けたことと、クレアがトドメを刺すのを躊躇ったため、これまた思わぬ反撃を受けたこと以外取り立てて問題は起こらなかった。


(ノエルは少し集中力に難ありか。クレアは優し過ぎるな。とはいえ上々の出来だ。これなら次の段階に行っても大丈夫か)


「クレア。大丈夫か?」


「はい。すみません。足を引っ張ってしまって」


 クレアは腕に巻きつけた包帯を手で押さえながら言った。


 そこは狐に噛み付かれた場所だった。


 騎士服の加護のおかげで切り傷はついていないものの、それでも死の間際の渾身の一噛みは彼女の腕に強いあざを残していた。


 とはいえ、このくらいはいつも鍛錬でついている程度の痣である。


 もう1ラウンド戦っても問題ないだろう。


「まあ、次は油断しないようにな。それじゃ今度はいよいよモンスターとの戦いだ。目標は二足歩行のイノシシ(フットボア)五体!」


【ドロシー】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:24(↑10)

 防御力:41(↑30)

 素早さ:11

 魔法 :0

 スキル:『指揮3』、『剣技1』、『馬術1』、『鍛治1』、『飛道具1』

 装備 :『グラヴィトンの剣』、『土魔法の騎士服』


【ノエル】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:26(↑10)

 防御力:39(↑30)

 素早さ:15

 魔法 :0

 スキル:『指揮1』、『剣技3』、『馬術1』、『鍛治1』、『飛道具1』

 装備 :『グラヴィトンの剣』、『土魔法の騎士服』


【ユリア】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:22(↑10)

 防御力:46(↑30)

 素早さ:12

 魔法 :0

 スキル:『指揮1』、『剣技1』、『馬術3』、『鍛治1』、『飛道具1』

 装備 :『グラヴィトンの剣』、『土魔法の騎士服』


【クレア】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:20(↑10)

 防御力:42(↑30)

 素早さ:11

 魔法 :0

 スキル:『指揮1』、『剣技1』、『馬術1』、『鍛治3』、『飛道具1』

 装備 :『グラヴィトンの剣』、『土魔法の騎士服』


【イルザ】

 ジョブ:見習い騎士LV1

 攻撃力:23(↑10)

 防御力:40(↑30)

 素早さ:14

 魔法 :0

 スキル:『指揮1』、『剣技1』、『馬術1』、『鍛治1』、『飛道具3』]

 装備 :『グラヴィトンの剣』、『土魔法の騎士服』


 住民から二足歩行のイノシシ(フットボア)が毎回畑の作物を荒らしに来ているためどうにかして欲しいという要望は以前からずっと来ていた。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)は顔はイノシシ、胴体は人間に近いもので、二足歩行で歩くことができ、怪力を操る化け物だった。


 和彦はこれを、見習い騎士団の実戦訓練の相手として最適と考え、彼女らを伴って現場に向かった。


 和彦と見習い騎士達は、狐狩りの格好のままポーションを持って、二足歩行のイノシシ(フットボア)がいつも荒らしに来るという畑の近くにある小屋に身を潜めた。


 狩場に着くと和彦は彼女らを並べさせて、指示を出す。


「いいか。今回の目標は二足歩行のイノシシ(フットボア)五体の討伐にある」


「「「「「はい」」」」」


「目標は現在、農家の田畑を荒らしている最中だ。奴らがたらふく食って腹いっぱいになり、山に帰宅するところを隘路で待ち伏せする。二足歩行のイノシシ(フットボア)はお前達の力を試すのに御誂え向きの敵だ。同時に領内の魔物を退治するという騎士としての重要な役割を示す絶好の機会でもある。この任務絶対にクリアするぞ」


「「「「「はい」」」」」


(よし。領主様に良いところを見せるチャンスだわ)


 ドロシーは領主に良いところを見せようとやる気をみなぎらせた。


 彼女は早速、領主にアピールしようと思って意見を具申することにした。


「はい! 領主様。提案があります。戦闘に入る前に後衛を一人用意しておいたほうがいいと思うのですが」


「後衛?」


「はい。二足歩行のイノシシ(フットボア)と戦うとなると、戦いの途中で武器や体力を削られるので、補給が必要な場面が出てくるかと思います。なのでその時のために、速やかに補給できるよう交代要員を残しておいた方が良いかと思います」


「なるほど」


(そっか。俺の場合はたいてい一撃でモンスターを倒せるけど、彼女らはそうじゃないからな。そこに気づくとは。やっぱり頭の回転が速い子なんだろうな)


「よし。ドロシーの案を入れる」


 和彦はノエルを予備部隊にすることにした。


(この中ではノエルが一番素早さが高い。消耗したメンバーの元にすぐ駆けつけることができるはず。任せておくには適任だろ)




 クレアはノエルを心配そうに見やる。


「大丈夫ですか? ノエル。先ほど受けた傷は」


「ん。大丈夫」


 ノエルは何でもなさそうに言った。


 しかしそれでもクレアはノエルのことが心配でならなかった。


 何度もノエルの傷を気掛かりそうにみやる。


 クレアは日頃から一番年下である彼女のことを常に気にかけていた。


「無理をしてはいけませんよ。傷が痛むようなら領主様に言って休みを取るように」


「大丈夫だって」


 ノエルが少し鬱陶しそうに言った。


「クレア。もうすぐ戦闘が始まりますよ。集中してください」


 イルザがたしなめるように言った。


「ええ、そうですね」


 そう言いつつもクレアは何度もノエルの方を見やるのであった。


(まあ、でもノエルが後衛でよかったわ。前衛よりは危険な目に会うことはないでしょう)


 クレアがノエルのことを気遣う一方で、ドロシーは別の不安を抱えていた。


(ノエルが後衛か)


 ドロシーはノエルをあんまり信用していなかった。


 以前、彼女と一緒にパートナーを組んで鎧磨きの作業をしたことがあったが、ノエルはドロシーがした指示をしばしば守らないことがあった。


(この子イマイチ信用できないのよね。領主様、何もわざわざノエルを予備部隊にしなくても……)


 基本的に目上の者に対して印象をよくしたがる彼女は、領主からの指示の手前快諾したものの内心では疑問に思っていた。


 ノエルはノエルで後衛に配置されたことに不安を抱いていた。


(後衛か。私にできるかな)


 彼女はあんまり複雑で注意を要する仕事に向いていなかった。


(けれども領主様がやれって言ってたし。やるしかないか)


 一行はそれぞれに不安を抱えながら配置に付く。




 和彦は木の上に登って彼女らの様子を見ていた。


(騎士服で魔物からの攻撃は防げるはずだ『グラヴィトンの剣』の威力は十分だし。ドロシーはしっかりしてるし。まぁ大丈夫だろ。……大丈夫だよな?)


 和彦はなぜかは分からないけどなんとなく不安な気持ちで彼女達を見守った。


 やがて5体の二足歩行のイノシシ(フットボア)が見習い騎士達の待ち伏せる場所に向かって来るのが見えた。


 今日も今日とて畑を荒らすことに成功した二足歩行のイノシシ(フットボア)達は、作物をたらふく食べて満腹になった腹をさすりながら帰り道を歩いていた。


 すると帰り道を塞ぐかのように五つの影が立ち塞がる。


 見習い騎士達であった。


 彼女らはまずは短剣ダガーで攻撃した。


 狐と違って図体のデカい二足歩行のイノシシ(フットボア)には、短剣ダガーは致命傷にはならなかったが、彼らはこの自分達を狩ろうとする、生意気な見習い騎士達に怒り狂った。


 畑を荒らすのに慣れてからしばらく経ち、彼らは自分達がこの土地の支配者だと考えるようになっていたのだ。


 見習い騎士達は剣を抜いた。


 前衛に4人、後衛にノエルが控えて戦闘が開始される。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)達は手を地面につき、四足歩行になる。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)の突進時の態勢だった。


 これにより二足歩行のイノシシ(フットボア)は攻撃力とスピードを格段に上げて突進することができるようになる。


 ただし前方方向にしか行けなくなり、小回りは効かなくなるが。


 一匹の二足歩行のイノシシ(フットボア)がドロシーに向かって突進する。


 巨体で突進して来る二足歩行のイノシシ(フットボア)に対してドロシーは腕で受け止めた。


 成人男性の5、6倍はある二足歩行のイノシシ(フットボア)の体重と木の幹でも抉れる鋭い牙が、彼女の細腕にまともに激突した。


 ガリっと硬いものが砕ける音がする。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)は確かな手応えを感じてニヤリとほくそ笑むが、ドロシーは無傷だった。


 代わりにコートの手首付近に付いていたボタンにヒビが入って色褪せる。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)はその目を驚きに見開いた。


 今度は逆にドロシーが不敵な笑みを浮かべる番だった。


 間髪入れず『グラヴィトンの剣』で浮き足立ったイノシシに斬りかかる。


 ドロシーが腕で二足歩行のイノシシ(フットボア)の突進を受け止めたのは間合いを調節するためでもあった。


 剣は丁度いい間合いにある二足歩行のイノシシ(フットボア)の胴体にクリーンヒットする。


 魔石の効果で重さが付加された『グラヴィトンの剣』は二足歩行のイノシシ(フットボア)に強い打撃を与えた。


 重い打撃を食らった二足歩行のイノシシ(フットボア)は足を浮かせて後ろにふっ飛ばされる。


 足が地面についた後も堪らずよろめきながら後退する。


(いける。領主様の下さった『グラヴィトンの剣』と『魔石ボタンの騎士服』。これなら私達でもモンスターと互角以上に戦える!)


 ドロシーがイノシシを吹き飛ばしたのを見て、他の少女達も勇気付けられる。


 各々イノシシに向かって躍り掛かっていった。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)達はより怒り狂って戦おうとしたが、『土魔法の騎士服』を着る彼女らに対して有効な攻撃手段はない。


 仕方なく突進は諦めて、再び二足歩行となり、彼女らを素手で捕まえ動きを抑えようとするが、『グラヴィトンの剣』を振るう彼女らの方が間合いが長い。


 ダメージを食らいながら、ジリジリと押されていく。


 和彦はその様を見てホッとする。


(この分なら問題なさそうだな)


 ドロシーはイノシシに対して二撃、三撃と攻撃を加えて行く。


(よし。もう少しでトドメを刺せる。このままの勢いで……、おっと)


 ドロシーは『グラヴィトンの剣』が摩耗していることに気づいた。


(このままじゃ敵にトドメを刺すよりも先に剣が磨耗しちゃうわね。念のため補給しとくか)


「ノエル。スイッチよ」


 ドロシーは当然ノエルがそこにいるものと考えて、後ろを振り返る。


 しかしノエルはあらぬ方向を見てドロシーから随分離れた場所にいた。


「ちょっ、アンタ何して……」


 ドロシーは注意しようとするものの、そこに体勢を立て直した二足歩行のイノシシ(フットボア)が反撃してくる。


「くっ」


 ドロシーはとっさに剣で受け止めてしまう。


 剣がまた磨耗する。


(ヤバイ。これ以上は……)


 そして二足歩行のイノシシ(フットボア)の再度の突進によってついに剣は折れてしまう。


「ウソ」


 ドロシーの顔は真っ青になった。


(ノエルのバカ。一番最初に戦端を開いたのは私なんだから優先的にケアするくらいしときなさいよ)


 ドロシーの剣が折れた音は団員全員の耳に入る。


(ドロシー? 剣が折れてる?)


(まさか。やられたの?)


 全員に動揺が走る。


 その一瞬の隙にイノシシ達は一斉に突撃する。


 見習い騎士達とイノシシ達の間で押し合いへし合いになった。


 彼女らの『騎士服』は衝撃を殺してダメージを軽減するし、牙や爪で破くこともできないが、押されれば動いてしまうし、押し退けて通ろうとするイノシシを止めることは出来なかった。


「ドロシー大丈夫か? うわっ」


「きゃっ、誰か助けて」


 見習い騎士達はパニックに陥った。


 その内にイノシシ達にはまんまと逃げられてしまう。




 見習い騎士達は和彦を前にして正座させられていた。


 みんなしょんぼりとした顔でうなだれている。


 特にドロシーは折れた剣を手に持ち、領主の視線に晒されて、ひときわ惨めな気持ちを味わっていた。


(うう。領主様の前で醜態を晒してしまった)


 和彦はしばらく難しい顔をしていたが、ふっと表情を緩めると、見習い騎士達を慰めた。


「まあ、まだ初回だしな。こういうこともあるだろう。そんなに気を落とすな」


 和彦がそう言ったことで彼女らの間に安堵の溜息が漏れる。


 怒られるわけではないのだと分かって。


 とりあえずその場はこれで済み、回復薬が支給されるだけで終わった。


 ドロシーには新しい剣が支給された。


「明日こそは二足歩行のイノシシ(フットボア)を討ち取るぞ。全員しっかりと休憩をとって準備しとくように」


「「「「はい」」」」」


 その日は、そのまま領主の館へと帰った。




 次の日、狩りの準備をして領主の館を出発した一行は、再び5体の二足歩行のイノシシ(フットボア)を捕捉する。


 前日同様、隘路で待ち伏せする。


「よし。今日こそフットベアを少なくとも一匹は狩るぞ」


「「「「「はい!」」」」」


 見習い騎士達は元気よく返事した。


 折良く二足歩行のイノシシ(フットボア)が山から降りてくるところだった。


 見習い騎士達はまた道に立ちふさがり、通せんぼして、剣を抜く。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)達は突然の襲来に慌てて戦闘体勢をとる。


 和彦はまた遠くに生えた高い木の上から、彼女らを見守った。


 戦闘が始まる。


 イノシシ達も前回の戦闘から学習しているようだった。


 無闇に突撃しても彼女達には通用しない。


 受け止められて剣の餌食になるだけだ。


 とはいえ、手詰まりなのも事実。


 両者はしばらくの間、睨み合ってジリジリと間合いを図り合った後、見習い騎士達の攻撃から戦闘が始まった。


 イノシシ達は彼女らによって剣撃を浴びせられ、押し込められていく。


(ここまでは前回と同じだな。さて、この後、どうなるか。ん?)


 和彦はドロシーの動きが鈍いことに気づいた。


(後衛は信頼できない。なるべくダメージを背負わないよう気を付けないと)


 彼女は慎重すぎるくらい慎重に戦っていた。


(ま、まあ昨日の失敗もあるし、少し慎重になるのも仕方ないか)


 和彦はそう考えて納得することにした。


 ノエルは前日の反省からドロシーの剣を注意深く見守っていた。


(昨日の失敗は繰り返せない。今日はきちんとしなきゃ)


 彼女は必要以上にドロシーの剣に注意した。


 やがてまた、ドロシーの『グラヴィトンの剣』が限界に近づいてくる。


「ノエル。交代よ」


 ドロシーは昨日より早めに言った。


 ノエルは今度は準備していたため、素早く反応する。


 ドロシーは斬撃を浴びせて二足歩行のイノシシ(フットボア)を怯ませた。


 その隙に二人は交代する。


 二人は交差する瞬間、少しぎこちない動きながらも、どうにか無事入れ替わる。


 ノエルが戦闘を引き継いで、ドロシーは『グラヴィトンの剣』を研ぎ始める。


(ノエルが前衛に……)


 隣で戦っていたクレアは、ノエルが前に出て来たことに気付いた。


 その瞬間、忘れていた心配が再び頭をもたげて、彼女の心の中に横たわる。


 一番年下のノエルが大丈夫かどうか気になって仕方がないクレアは、目の前の敵への注意を疎かにして、ノエルの方をチラチラと見てしまう。


 その結果、二足歩行のイノシシ(フットボア)の近接を許してしまう。


 二足歩行のイノシシ(フットボア)は彼女の剣を両手で掴み、彼女を押し退けようとする。


「くっ、ううっ」


 クレアは二足歩行のイノシシ(フットボア)と取っ組み合うことになる。


 このようにクレアが苦戦している最中、ドロシーは刀身がボロボロになった剣を補修しながら、後衛から全体を見渡していた。


 自陣営の装備の消耗度と敵方のダメージを見比べる。


(いける。この状態を維持して、交代しながら攻撃していけば先に参るのは相手の方なはずだ)


 その彼女の瞳にクレアが苦戦している姿は映っていなかった。


 ドロシーはノエルが何かミスをするのではないかと、ヒヤヒヤしながらそちらに注意を向けていた。


 実際、ノエルの剣さばきはどこか危なっかしい。


 ユリアは自分の敵と戦いながら、隣でクレアが押さえつけられそうになっているのに気づいた。


(クレア、苦戦してる? 手を貸した方がいいか?)


 彼女は自分の相手している二足歩行のイノシシ(フットボア)がノックバックしているのを見て、クレアの方に加勢する。


「クレア! 大丈夫か?」


 クレアと取っ組み合っているフットベアに剣撃を与える。


 クレアは取っ組み合いから解放されたが、代わりにユリアの相手していた二足歩行のイノシシ(フットボア)が自由になる。


 自分を遮るものがいなくなったフットベアは、一瞬の隙をついて、ユリアの脇をすり抜け、後衛のドロシーに襲いかかる。


(はっ? えっ? なんで?)


 まだ剣を研ぎ終えていなかったドロシーはすっかり動転してしまう。


 彼女の剣はあっさり叩き折られる。


「ドロシー?」


「なっ、やられたのか?」


 一匹の二足歩行のイノシシ(フットボア)に背後に回られた彼女らはまたもやパニックに陥った。


 背後から攻撃される恐怖に晒されながら、目の前の二足歩行のイノシシ(フットボア)と戦い続けるのは困難だった。


 結局、二足歩行のイノシシ(フットボア)達に押し切られ、剣を叩き折られ、逃げられてしまう。




 和彦は呆然としながらその様子を見守っていた。


(……前より酷くなってる)


 その日、見習い騎士達はイノシシによってほとんどの装備をボロボロにされ、這々の体で帰った。


 剣は折れ、騎士服のボタンはほとんどヒビ割れている。


 剣が折られずに済んだのはイルザだけであった。


 一行は意気消沈して領主の館まで帰って行った。




 次回、第26話「ポテンシャル」

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