第2話 三種類の土地
朝、目が覚めた和彦は目覚まし時計に手を伸ばして、今何時か調べようとした。
しかし手を伸ばした先にあるはずの目覚まし時計はない。
それどころかいつも自分が寝ているベッドとは違う気がする。
天井の高さも壁までの距離も。
そこまで考えて和彦は昨日の出来事を思い出した。
(そっか。俺、異世界に来て領主になったんだっけ)
和彦がベッドの上で体を起こした状態でぼーっとしているとドアがノックされる。
「領主様。お目覚めですか? 朝食の用意が整っております」
和彦は食堂で朝食をとった。
やたら広くて長いテーブルの一番奥に座り、給仕の者が料理を運んでくる。
お皿にはいちいちボウル型のフタがされており、領主の前に置かれた後で執事によってフタが取られた。
執事は小柄なおじいさんだった。
フサフサと生え揃った白い眉毛と白いヒゲは、目と口元を覆い、瞳と唇が見えないほどだった。
「私、この屋敷で執事を務めておりますベヤと申します。よろしくお願いします」
そう言って彼は丁寧に頭を下げた。
和彦は運ばれてくる食事を平らげる。
主食はパンのような見た目をしていたが、食べてみると外はサクサク、中はもっちりしている、お米とパンの中間のような奇妙な食感の穀物だった。
食事もたけなわになりデザートと食後のお茶が運ばれる頃、執事が和彦に耳打ちする。
「ご主人様。早速ですが、朝食後、領土経営についてご指示をいただきたく存じます。」
「えーっと。それなんだけど……」
「事情は前領主からお聞きしております。領土経営の瑣末なことにつきましてはこちらで処理いたしましょう。しかしどうしても領主様の判断を仰がねばならないことがございます。それについては私の一存ではどうも……」
「はあ……。どういったことでしょう?」
「それにつきましてはお食事後、書斎でお話ししましょう。ここでお話しするにはふさわしくないことですゆえ」
そう言って執事は引き下がって行った。
入れ替わりにメイドがお茶を持ってくる。
黒いおかっぱ頭の女の子で、可愛い子だった。
朝食を食べた後、和彦は約束通り、執事のベヤと今後の領地経営について話し合った。
「このスローザ領には三種類の土地があります。『開発済みの土地』、『未開発の土地』、『荒廃した土地』の三つです。『開発済みの領地』はもうすでに田畑と建物で埋め尽くし、余った土地がない状態の領地を示します。『未開発の領地』はまだ開発の余地がある領地のことで、ここには新たな作物を植えたり、新しい建物を立てることができます」
「なるほど。『荒廃した土地』というのは?」
「『荒廃した土地』は盗賊によって荒らされた土地のことです。盗賊の略奪によって、生計を立てられなくなった住民達は盗みに手を染め、さらに土地は荒廃していく。今となっては、住民達は領主様の課税に背き、実質盗賊の支配地となっている状態です」
「おい、それって結構ヤバいんじゃ……」
「はい。領主様に刃向かうとは全く不届き千万な領民供です。そのため早急に対処することが求められます。このままでは盗賊と化した住民達が『未開発の領地』や『開発済みの領地』まで荒らしに来て、被害が拡大せぬとも限りません」
「やっぱり! 何か対策はないのかよ。どうにか取り締まって……」
「残念ながらこの領土は長年平和を享受して来たため、戦力らしき戦力がありません。他領なら大抵騎士団を組織しているものですが……」
「どうしようもないってことか」
「私は領土を譲渡売却すれば良いのではないかと考えています」
「領土を譲渡売却? そんなことできんのか?」
「はい。それが最も現実的な対処法かと思います。盗賊と真っ向から戦うのは、費用と年月がかかり、痛みを伴うことです。しかし領地そのものを売却して、よその領主に盗賊対策をしてもらえれば、低コストで処理でき、一時的ではあるものの収益も発生します」
「なるほど。ただ領地を売却するっていうのはちょっとした決断だ他に何か方法はないのか?」
「一つは現有戦力で盗賊達と戦うという方法があります。もう一つは騎士団を組織するという方法があります。しかし現有戦力では盗賊と戦うのはいささか不安ですし、騎士を育てるのは費用と年月がかかります」
「そうか……」
(選択肢は三つ。どうしようかな)
1、盗賊と戦う
2、騎士団を組織する
3、土地を譲渡売却する
(やっぱり1と2は非現実的か。ここは土地を譲渡売却することにしよう)]
「わかりました。ここはベヤさんの言う通り、土地を譲渡売却することにします」
「かしこまりました。では使いの者についてはこちらで手配させていただきます。領主様にあたっては書面の準備をよろしくお願いします」
「分かりました」
ベヤが退室しようとしたところで急に外がガヤガヤと騒がしくなる。
「なんだ?」
「税の査収ですな」
和彦が書斎の窓から庭を覗くと、作物をふんだんに積み込んだ荷車が、屋敷に運び込まれているところだった。
作物の種類は多種多様で、小麦・大麦からジャガイモ、豆といったものまで積み込まれている。
荷車は長い列を作っていて、最後尾が見えないほどだった。
「すごい量ですね。どのくらいあるんですか?」
「およそ30万ノーラというところでしょうか」
「? 30万ノーラ……ですか?」
和彦にはどの位の単位か分からない。
「はい。一食につき1ノーラ必要ですので30万食分ということになりますね」
「30万食……」
「毎月一度この税金の査収を行ってもらいます」
「毎月ですか?」
「はい。この地域で作物は月に一度実るものです。なので毎月田植えをして収穫をすることになります。領地経営においてもそのことを念頭に置いて下さいますようお願いします」
(一月の収穫が30万食ってことは……。毎日3食食べるとして一人当たりの一月の食事量は3×30=90食。単純計算で30万÷90=約3000人養えるってことか)
和彦はいつまでも続く荷車の列を眺めた。
税収として運び込まれた食料は途方も無いものだった。
「参ったな」
ベヤが書斎を出ていった後、近隣領主への手紙を書こうとした和彦だったが、いざ、紙とインクを前にして途方に暮れていた。
異世界の文字は読めないことをすっかり忘れていた。
他の領主に手紙を書こうにも文字を読み書きできないのではどうしようもない。
(どうしたもんかな。ベヤさんに代わりに書いてもらうか? でも異世界の人間だから文字が読めないって正直に言うのもなんだかな……)
和彦が書類とにらめっこしながら腕を組んでいると、本棚の中に光っている本があることに気づいた。
(? なんだ?)
本を手に取ろうとして違和感を覚える。
背表紙の異世界文字が読めることに気づいたのだ。
(なんだこれ? さっきまでまったく読めなかったのに、文字が……読め……る?)
和彦が読めるようになったのは光る本に書かれた文字だけではなかった。
部屋中のあらゆる文字が読めるようになり、その意味が和彦の頭の中に流れ込んでくる。
流れ込む情報の洪水に目眩を起こしながらも、どうにか本のタイトルを読み込もうとする。
光り輝くその本のタイトルにはこのように記されていた。
『領主のステータス』
和彦は本をパラパラとめくっていく。
すると本の中身が光っていることに気がついた。
光り輝くページには以下のように書かれていた。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主1日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
・税収として30万ノーラ収められました。
・スキル『文字解読1』を取得しました。
異世界文字を1日に1万字まで読むことができます。
【資産】
30万ノーラ
【領地】
?
【領民】
?人
【スキル】
『文字解読1』
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
次回、第3話「消えた10万ノーラ」




