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第16話 メイの悩み

 和彦は始まりの街の宿屋で目を覚ます。


 カレンダーを見ると移動の杖を使ってからまるまる一週間が経っていた。


(なるほど。移動の杖を使うとワープできる代わりに時間も経ってしまうのか)


 和彦は急ぎ自分の領土へと帰ることにした。


 和彦は馬車に揺られて帰りながら、始まりの街で購入した『魔石加工』に関する本を読んだ。


 和彦の興味を引いたのは魔石を加工する錬金術師の槌についてのくだりだった。


 錬金術師の槌があれば、魔石を自由自在に加工できる。


 それを下にアクセサリーや武具防具を作ることもできる。


 和彦はスローライフを送る上での趣味にもってこいだなと思った。


 錬金術師の槌を自在に操るためには、ジョブ『錬金術師』の取得と錬金術系のスキルを手に入れなければならない。


 錬金術系スキルを手に入れるには金属の手入れをしたり、ハンマーで金属の成形を行う必要があった。


 和彦は領土に帰ったら、商人に頼んで錬金術師用のハンマーを発注することに決めた。


 和彦はスローザ領への帰還を急いだが、帰り道は思いの外、時間がかかってしまった。


 大雨による土砂崩れや橋の決壊などの災難にみまわれて、思わぬ迂回を余儀なくされたのだ。


 和彦はだんだん心配になってきた。


 ただでさえ、冒険なんて予定外のことをして、留守を長くしてしまったのだ。


 配給政策は滞りなく行われているだろうか。


 投資した亜麻は問題なく育っているだろうか。


 考え始めれば心配事は尽きることがなかった。


 結局、始まりの街を出てから自領にたどり着くまで、二週間以上かかってしまう。


『領主61日目』の午後、和彦はスローザ領に帰還した。




 領主の館を前にして、和彦は少し緊張していた。


 当初の予定では、1ヶ月も屋敷を空けるつもりはなかった。


 きっと領主の館では様々な問題がなおざりにされているに違いない。


 屋敷の人達はちゃんと自分を迎え入れてくれるだろうか。


(やっぱベヤさんとか怒ってるだろうなぁ)


 門からそろりそろりと入って行くと、ちょうど門の掃除をしているメイに出くわした。


「あ、お帰りなさいませ。領主様」


 彼女は相変わらず無表情な顔で言った。


 口元が少しだけ綻んでいる。


 和彦はそれを見て家に帰って来た実感が湧いて来た。


「ああ、ただいま」


 屋敷の玄関に入ると執事のベヤが待っていた。


「お帰りなさいませ。領主様」


「ベヤさん。すみません。思いの外、外出期間が長くなってしまって」


「なあに。問題ありませんよ。我々も久しぶりの休暇を満喫することができました」


 ベヤはそう言って穏やかに笑った。


 それは人を安心させる笑顔だった。


「私がいない間、何か問題とかありませんでしたか?」


「……ええ、特に何もありませんでしたよ。さ、領主様。今日のところは、旅塵を落としてお休みください。明日からは溜まりに溜まったお仕事を片付けていただきますぞ」


「はい。ありがとうございます」


 和彦は荷解きもそこそこにベッドに寝転がる。


「くぁー。帰って来た」


 柔らかく寝心地のいいベッドは危険な冒険から日常に帰って来た実感を湧かせた。


 ついついそのまま昼寝してしまう。


 和彦は領主のステータスをチェックしておこうかな、とも思ったがやめておくことにした。


(いいや。領主としての仕事は明日からで。今日はもう寝る)




 翌日。


 和彦が帰ってきたことにより、領主の館はいつも通りの姿を取り戻した。


 館の全ては領主の生活を中心に回る。


 メイド達は領主のために早起きして暖炉に火を入れ、和彦が通る場所は和彦が通る前に掃除される。


 屋敷の使用人達は、起きがけの人間が目を覚ますまで時間がかかるように、あるいは病み上がりの人間がまだ本調子に戻らないように、緩慢な動きで働き始めた。


 この館のメイド達は15歳で家を出てから住み込みでこの屋敷に働いている。


 今日も彼女達は女中長ハウスキーパーから出された仕事のリストを憂鬱そうに眺める。


 広い屋敷全てを掃除するのは大変な作業だった。


 領主が起きてくる前に晩餐室の暖炉を掃除して火を起こすことから始まり、書斎・娯楽室・応接室・居間の暖炉もそれぞれ掃除して火を起こし、階段の掃除、寝室の掃除、バスルームの掃除、といったように一日中掃除である。


 窓と床もそれこそ鏡のようにピカピカになるまで磨かなければならない。


 他にもランプのお手入れ、水の差し替え、石炭と薪の入れ替え。


 少しでも気を抜けば女中長ハウスキーパーからどやされてしまう。


 朝、6時に起きてから夜10時までずっと掃除していて、死ぬまで掃除し続ける人生だった。


 彼女達にとっては、仕事の合間に取れるほんの少しのお茶とお菓子の時間、散歩の時間が唯一の憩いだった。


 朝食を終えた和彦はのんびりと書斎の部屋から召使達の働きぶりを見ていた。


 ここからは庭が見えるため、召使達が庭越しに移動する様子を俯瞰してみることができた。


 あるメイドは石炭と薪を手に持って、あるメイドはチーズやパンを手に持って、またとあるメイドはバケツやモップ、床磨き用の洗剤を手に持って、お庭を忙しく行き来していた。


 領主の屋敷と召使用居住スペースははっきりと分かれているため、彼女達は備品を持ち運ぶためにお庭を行き来しなければならなかった。


「またあなたですか」


 和彦が窓から目をそらそうとすると、急に女中長ハウスキーパーの怒鳴り声が聞こえてくる。


 見るとメイが怒られているようだった。


「すみません」


 メイはシュンとしてうつむき謝る。


「何度も何度も言ってるのに一向に直らない。今度同じ間違いを繰り返したら鍋磨きに降格ですよ」


「はい」


 彼女は憂鬱になった。


 もし鍋磨きになったら年中、水の中に手を突っ込まなければならない。


 暖炉掃除で煤まみれの彼女の手は、今度は鍋磨きの洗剤であかぎれだらけになるだろう。


 この世界の洗剤は肌に優しくなるよう配慮されてなどいなかった。




「メイ。メイ。一体どこにいるのメイ」


 女中長ハウスキーパーがただならぬ様子で屋敷の中を歩き回っている。


「どうしたんですか?」


 ちょうど廊下を通りかかった和彦が尋ねる。


「あら。領主様。いえね。メイがいなくなってしまったんです」


「メイが?」


「ったく。あの小娘。ただでさえ使えないって言うのに、この上サボるとは。見つけたらタダじゃおかないわ」


(こええー)


 和彦は肩を怒らせながらズンズン廊下を歩いて行く女中長ハウスキーパーをおっかなびっくり見送った。


 小学校の時、怖かった先生に似ている。


 和彦はメイが気の毒になってきた。


 このままだと彼女は鍋磨きに降格させられるだけじゃなく新たに罰を課されそうだった。




 午後、仕事があらかた片付いた和彦は軽装に着替えて、稽古場で剣を振っていた。


(もう、戦うことなんてないだろうけど。一応、振っとかないとなまっちゃうかもしれないからな。運動だ

と思って)


 和彦は小一時間ほど剣を振り続けた。


 運動を終えて、屋敷に戻ろうとしたところ、蔵の影に誰かがうずくまっているのが見えた。


(あれは……メイ?)




(はあ。また怒られてしまったわ)


 メイは蔵の影で一人しゃがんでいた。


(こんな事してたらまた怒られちゃうだろうな。でももう仕事したくない)


「どうしたんだ? こんなところで」


 突然声をかけられ、顔を上げるとそこには和彦がいた。


「あ、領主様」


 メイは和彦を見上げた後、すぐにまた俯く。


 和彦はメイの隣に座り込んむ。


「怖いよなーあの女中長ハウスキーパー。何もあそこまで言わなくてもいいのにな」


 メイは初めサボっているのが見つかって怒られるのではないかと沈んでいたが、和彦が自分を慰めようとしているのだと気づくと可笑しそうに笑った。


「変わった領主様ですね」


「そうか?」


「ええ、お仕事をこんな風にサボっても怒らないなんて……」


「お礼を言わなきゃいけないと思ってね」


「お礼?」


 和彦は『ルネの魔石』を取り出した。


「君の見つけてくれたこの魔石。この魔石のおかげで助かったんだ」


「本当ですか?」


「ああ、だから君は役立たずなんかじゃないと思うよ」


 そう言うと彼女は少しだけ笑った。


「どうして上手く出来ないんだろうな」


 彼女はいつも通り無表情になって俯く。


「お仕事上手く出来なくって。どうしても他の子よりも遅くなっちゃうんです。遅れを取り戻そうとして頑張ってもどんどん離されちゃって。いつも怒られてしまいます」


「自分の得意な事をすればいいさ」


「得意な事?」


「ああ、毎日、少しでもいいから自分の得意な仕事をしてごらん。それだけで結構違うぜ」


「はあ」


「君にもあるだろ。何かやっててちょっと楽しいなって思ったり、得意だったり、時間を忘れて取り組んじゃったりすることが。それを探してごらん」


 メイはしばらく考えた後、口を開いた。


「お仕事と言っていいかどうか分かりませんが、石を探すのは楽しいです。お散歩も楽しいですし、珍しい石を見つけた時はワクワクします」


「ふむ。メイ。ひょっとして『ルネの魔石』みたいなのよく見つけるの?」


「あれほど大きなものは滅多にありませんが、小粒の物はよく見かけますね。収納しきれないので、持って帰ってきませんが……」


「もしかしたらそれが君の天職かもしれないな」


 和彦は今までのことを振り返ってみた。


 自分は今まで魔石を発見できたことがあったかと。


 魔石は一見何の変哲も無い石のため、他の石と見分けがつかない。


 けれども彼女にはそれを見分ける力、つまりスキルがあるのかも。


 和彦は少し思案した後、再び話し始めた。


「メイ。実はあの魔石結構な高値で売れるんだ」


「はあ。そうなんですか」


 メイは特段興味を示した様子もなく言った。


 生来無欲な娘だった。


「だからもし君さえ良ければ、1日の予定の中に魔石収集の時間を入れて欲しいんだけど」


「魔石収集の時間……ですか?」


「ああ、もちろんその分、新たに給料も出すからさ。どうかな」


「それは……領主様がお望みであれば、私に異存はありませんし、むしろ願ったり叶ったりですが……」


「1日の初めに魔石の収集をしてごらん」


「1日の初めに……ですか?」


「ああ、きっとそれで、上手くいくと思うよ」


「はあ。でも早朝は暖炉のお掃除と朝食の給仕が……」


女中長ハウスキーパーに魔石の収集を優先したいって言えばいいさ。今からでも行ってきな。できるね?」


 しかしメイは中々行こうとしない。


「領主様も一緒に来てください」


 彼女は顔を赤くして甘えるように言った。


女中長ハウスキーパーに一人で頼むのは怖いです」


(まだ子供か)


「しょうがねーな」


 和彦はメイと一緒に女中長ハウスキーパーに頼みに行った。


 女中長ハウスキーパーは自分の部下のことについて和彦に介入されて面白くなさそうな顔をしたが、領主に言われては彼女も引き下がらざるを得なかった。




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主61日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・領民への配給に6千ノーラ支払われました。

 ・ルネの魔石が1ジェム増えました。


【資産】

 穀物:42万4千ノーラ(↓6千ノーラ)

 貨幣:22万リーヴ(↑10万リーヴ)

 魔石:『ルネの魔石』198ジェム(+1)

【領地】

 総面積:100万エーヌ

 穀物畑:45万エーヌ

 菜種畑:5万エーヌ

 未開発:50万エーヌ

【領民】

 総人口:3000人

 開発済みの土地:1000人

 未開発の土地 :2000人

【スキル】

『文字解読』LV10


 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 次回、第17話「魔族」

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