表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/25

第15話 二つの扉

 和彦とミーナはダンジョン最後の扉に辿り着いた。


 そこには二つの扉があった。


 青い扉と赤い扉。


 扉にはこれが次の街に辿り着く最後の関門であることと、扉の先に待ち受けているものについて、説明文が刻まれていた。


 青い扉は容易にクリアできるけれど手に入れられるものも少ない扉。


 赤い扉は困難だが手に入れられるものが多い扉。


 青い扉の方には小鬼(ゴブリン)が10体いる。


 赤い扉の方には大鬼(オーク)がいる。


 二人はしばし考え込んだ。


 和彦はクエストの書類とこれまで集めてきた戦果を今一度確認する。


(俺達がこれまでこなしてきたクエストは……ゴブリン退治、『ボクサールー』のグローブ2個取得、『一角兎』の角2本取得、『二尾の狐』の毛皮、魔物5体撃破、魔物10体撃破、魔物20体撃破。全部で報酬合わせれば全部で150リーヴってところか……)


 和彦は『はじまりの街』で入った装備屋やアイテム屋の値札を思い出した。


(150リーヴあれば、当面の生活費には困らないし、次の冒険のために装備一式揃えられるだろ)


「なぁ。もうクエストは十分こなしてきたし、ここは青い扉の方を……」


「何言ってるんですか。私達のこれまでのクエストじゃ稼いだ額は150リーヴ程度。一人75リーヴじゃ報酬として全然足りませんよ」


「えっ? そ、そうかな」


「それにオーク如きでビビっているようではこの先やっていけません。さぁ赤い扉の方に行きますよ」


「おい、待てよ。もうちょっと慎重に」


 ミーナは和彦の制止も聞かずにずんずん進んで行った。


 和彦も慌てて付いていく。


(なんなんだよ。コイツ。そんなに金に困ってたのか? ん? 待てよ。お金?)


 和彦は思い出した。


 そういえば、和彦が身分の話をしてから、急に態度が変わったな、と。


(金の話になると急に人格変わる奴がいるが……、コイツもそのタイプか?)


 和彦は迂闊に自分の身分について語ってしまったことを後悔した。


 二人は赤い扉をくぐり抜ける。


 ミーナは来るべき和彦との交渉について段取りしていた。


(オークに襲われて死にかけたところを助ける。その後、お礼として契約を結んでもらうわ。ふっかけてやるんだから。年1万リーヴ? いやもっと払えるでしょ。年2万リーヴ? いやいやもっと……)


 ミーナは暗い扉の奥へと進みながらこれから手に入る報酬を夢見てほくそ笑んだ。




(ウソぉ)


 ミーナは青ざめていた。


 扉をくぐった先、二人は薄暗い広間にたどり着いた。


 列柱が並び立ち奥行きのある空間。


 その先には3体のオークが待ち構えていた。


(オークって1体じゃなくて、3体もいるの? どうして説明文にそう書かないのよぉ。ゴブリンは10体って明記していたのにぃ)


 柱に設置された松明に火が灯される。


 それが戦闘開始の合図だった。


 奥に腰掛けていた三体のオークが目覚め、和彦とミーナの方に突進してくる。


「チッ、オーク三体か……」


(俺は『回避』のスキルがあるけれど、ミーナに向かってきたら凌ぎきれない)


「ミーナ!」


「は、はいっ」


「俺が突っ込んだら自分の目の前に低級爆風魔法(ジム)を起こして障壁を作れ、それからこれ持ってろ。ヤバくなったら躊躇なく使え」


 和彦は『ルネの魔石』をミーナに向けて放り投げて渡し、敵に向かって突っ込んで行った。


「和彦さんっ」


 3体のオークは横一列になって一糸乱れず突っ込んでくる。


 あの巨体にまともに体当たりされたらひとたまりもない。


 たとえ和彦が1体を受け止めることができたとしても2体はミーナの方に向かって行くだろう。


(初撃が全てだ。この一撃で……敵の足を止める!)


 和彦は真ん中のオークに向かって走り込んだ。


 間合いに入る寸前で急ブレーキをかける。


 助走の勢いと全体重を余すことなく剣に乗せて袈裟斬りに斬りかかる。


 オークも棍棒を振り下ろしてくる。


 二人が剣と棍棒を振り下ろしたのはほぼ同時だった。


 二つの影が交差して行き違う。


 オークの上半身は宙に飛んでいた。


 和彦は無傷。


 残されたオークの下半身は胴体を失いながらもしばらくそのまま走り続けたが、やがてバランスを崩して床に倒れる。


 残る二体のオークは足を止めた。


(敵の足は止まった。まずは成功……かな?)


 和彦は額に脂汗をにじませながら二体のオークに向き合う。


 それを見てミーナは驚愕した。


(オークを一撃で!? この人……ただのATM(宝箱)じゃない)




 棍棒が地面を叩き潰す音が部屋に響き渡る。


 棍棒を持った二つの大柄な影の間を剣を持った小柄な影がヒラリヒラリと舞い踊る。


 和彦は棍棒をかわして敵の懐に入り込もうとした。


 しかし背後に回り込まれるのを感じて、スキル『回避』が作動する。


(チッ、少しはレベルが上がったと思ったが、まだオークの間合いをカバーできる素早さはないか)


 和彦がオークを一刀両断するのを見た二体のオークは示し合わせたように和彦に狙いを定めた。


 左右に回り込んで挟み撃ちにしようとする。


 ミーナは和彦の指示通り低級爆風魔法(ジム)放って自分の前に障壁をはったが、二体のオークは目もくれなかった。


 ミーナの魔法よりも和彦の一撃必殺の方がはるかに危険だった。


(狙い通り俺に食いついてきたな。ミーナがやられるのは回避できた。問題は……俺が死ぬかもしれないことか)


 和彦は二匹のオークの攻勢に防戦一方だった。


 無理もないことだった。


 相手の方が素早さと間合いで上なのだから。


 和彦が優っているのはスキル『回避』による危機察知能力のみ。


 オークは一方が攻撃しているすきに一方が和彦の側面に回り込むという連携攻撃を繰り出していた。


 和彦は反撃ができず、ギリギリで攻撃をしのぎ続けているに過ぎない。


 スキル『回避』を使っているうちに体の節々が痛んでくる。


(関節が悲鳴をあげてる。こりゃ長くは保たないな。どうにか前衛後衛の隊列を組んで仕切り直したいところだが……)


 和彦はミーナの方をチラリと見る。


(いや、隊列を組んでも意味ないか。ミーナではオークの素早さと間合いに対応しきれない。俺もオーク二体の突進を受け止められるわけでもないし……。せめてもう一度こいつらの足を止めることさえできれば……)


 ミーナもミーナでどうにかしようと必死で頭を働かせていた。


 ロバと一緒に安全な柱の影に隠れながら戦いの様子を見守る。


(あわわ。どうしよう。このままじゃ和彦さんが……。でも私の爆風魔法じゃ和彦さんを巻き添えにしちゃうし。どうすれば)


 和彦は必死に凌ぎながらも限界が近づいているのを感じていた。


 先ほどから関節が痛いし、息も切れてきてる。


 スキルを使うと通常よりも数倍体力を消耗するようだった。


(贅沢言ってる場合じゃねぇな。無理矢理でも反撃する)


 和彦はまた女勇者エレナの動きを真似てみることにした。


 姿勢を低くして突っ込む。


 繰り出される横薙ぎの棍棒をしゃがんで紙一重でかわした。


 その無理な姿勢のまま敵の懐に入りこむ。


 棍棒が耳元数センチを通り過ぎ、髪の毛先をチリチリと焼く。


 無理な姿勢に筋肉は悲鳴をあげるが、それでも間合いに入り込むことに成功する。


 オークの首を狙い斬撃を繰り出す。


 斬撃はわずかに外れ、肩に斬り傷をつけるに止まった。


(でも、懐に入れた)


 和彦は今度は重い一撃を加えようとしっかり地面に足をつけて剣を振り上げる。


 しかしオークが先にその岩盤のようにぶ厚い膝で和彦の胸を小突き、吹き飛ばした。


「ガハッ」


 血が口内にあふれ、一瞬呼吸が止まった。


 和彦は床に倒れる。


 オークは棍棒を振り上げてトドメを刺そうとする。


 和彦は痛みに苦しみながらも転がって戦闘体制に戻る。


 かろうじて棍棒をかわした。


 棍棒は先ほどまで和彦がいた場所を砕いた。


 その後もオーク達の容赦ない攻撃は続いた。


 和彦はどうにかスキル『回避』でかわし続けるもその度に先ほどはなかった胸元の痛みが加わる。


 口内に血が溢れてくるのを感じる。


(胸元が痛い。アバラ折れたか?)


 一方で斬りつけたオークの方はというと、なんでもなさそうだった。


(クッソ。切り傷一つとアバラ一本じゃ割に合わねーぞ)


 和彦は息も絶え絶えに逃げ回りながらやがて部屋の隅へと追い詰められる。


 オークはその巨体で和彦の逃げ道を塞いでいく。


(どうしよう。このままじゃ和彦さんが壁に追い込まれて……。壁? そうだわ)


 壁は和彦の動きも封じ込めるが、オークの動きも封じ込める。


 そのことに気づいたミーナは和彦が部屋の角を使ってギリギリ逃げ込めるスペースを確保できるように、爆風魔法の中心点を計算した。


 和彦が逃げる隙間を計算して爆風魔法を発動させる。


(お願い『ルネの魔石』。和彦さんを守って)


 ミーナは『ルネの魔石』を両手で捧げ持ちながら呪文を唱える。


 オークの背後、広範囲に渡って旋風が巻き起こる。


 旋風から逃げるには角のわずかなスペースに逃げ込むしかない。


 和彦は爆風魔法が発動していることに気づいた。


(ミーナ? 何を? そうか角の壁を利用して……)


 ミーナの意図を察した和彦はギリギリまで壁の角にはいかず持ちこたえて爆風魔法が本格的になったところで角に転がり込んだ。


 中級爆風魔法(ジムナ)が発動してオークの背中を切り刻む。


 一匹は突然のことに慌てて逃げ惑うが、逃げ道などない。


 もう一匹は死を悟り和彦の方に向かって一歩踏み出し、最後の一撃に棍棒を振り下ろしてくる。


 床に転がっている和彦に逃げる余裕はなかった。


「和彦さん!」


 ミーナが叫ぶ。


 棍棒が石を叩き割る音がした。


 ミーナは目を瞑った。


 静寂が訪れる。


 ミーナは恐る恐る目を見開いた。


 部屋はあちこち穴ぼこだった。


 角にはオークが二体倒れている。


 その先には埃と瓦礫をがぶった人影が床にうずくまっていた。


「ハハ。あぶねー」


 和彦は顔に被さった瓦礫を手でどけた。


 棍棒は和彦の頭の上で、壁に突き刺さって止まっていた。


 ミーナはため息をついてその場にへたり込んだ。




 オークを倒した後、部屋の奥に次の街へと通じる扉が現れた。


 扉の前の台座には赤い宝玉が置かれている。


 オークを三体倒したものに与えられる『オークの宝玉』だった。


 二人はアイテムを回収して、扉をくぐった。




 二番目の街『セカネス』に着いた二人は一晩宿に泊まり、傷を癒して体力を回復した。


「本当にいいんですか? クエストの報酬、全部私がもらっちゃって」


「ああ、これからの冒険に必要だろ? 俺にはもう必要ないから」


 翌日になって、二人は街の広場で落ち合っていた。


 けれども、目指す方向は別々だった。


 ミーナの手には新しい冒険に行くためのアイテムが、そして和彦の手には『はじまりの街』へ帰るためのアイテムが握られていた。


 二人はパーティーを解消することにしたのだ。


「やっぱり帰っちゃうんですか?」


 ミーナは寂しそうに目を細めて和彦の方を見る。


「ああ、元々この街までって約束だったしな。それに……やっぱり俺に冒険は性に合わないみたいだ」


「そんなことありません。和彦さんはとても立派な勇者でしたよ」


(少なくとも私にとっては)


 ミーナは心の中で付け加えた。


「ありがとう。でも、やっぱりこれは俺のやりたいことじゃないから」


「なんだか……無理させちゃってたんですね」


「そうだな。本当はもっと楽に生きれるはずなんだけれど。いつもついつい無理して余計に頑張ってしまうんだ」


 和彦は苦笑した。


「そうですか。でも残念です。もっと和彦さんと一緒に冒険したかったのですが……」


「君こそ大丈夫? 次のダンジョンはもっと厳しんだろ?」


「ええ、私のことは心配しないでください。本当は和彦さんが領主って聞いて、雇ってもらおうと思っていたんです。でもやめました。私、まだまだです。もっと魔導師として向上する必要があるって分かりました」


 ふとミーナは和彦のことをまっすぐ見つめる。


「もっと冒険して修行して、きっと貴族のお抱え魔導師として恥ずかしくないくらいの実力をつけます。その時にまた雇っていただけますか?」


「ああ、分かったよ。一流の魔導師になったらぜひスローザ領に来てくれ。きっと君をもてなすから」


「ええ、きっと」


「おーい。ミーナ。そろそろ行くぞ」


「あっ、はい。今行きます」


 ミーナは自分に呼びかける声に元気よく返事した。


 新米魔導師を卒業した彼女には新しい仲間ができていた。


 目の前には新しく開かれた冒険の扉がある。




 和彦はミーナのことを少しだけ眩しそうに見つめた。


 彼女は今後もたくましく成長していくだろう。


 スローザ領で時が止まったかのようにゆっくり領主生活を送る自分と違って。


 新しい仲間達は『はじまりの街』にいた連中と違い、頼りになりそうだった。


 賢そうな魔導師、筋骨隆々の格闘家、主人公顔の勇者、僧侶はちゃんとハゲてる。


 そこに和彦の入り込む余地は無い。


「では。和彦さん。私はそろそろ行かなければいけませんので」


「ああ、短い間だったけど」


「ええ、ありがとうございました。帰り道、気をつけて」


「そっちも気をつけてな」


 和彦は一つ前の街に帰れる『リーデの杖(50リーヴ)』を取り出して、破壊した。


 和彦の姿は魔法の光に包まれ、やがて消えていく。


「またきっと会いましょう。私の勇者様」


 ミーナはそれだけ言って消えていく光に手を振った。




 数時間後、レンガの壁に挟まれた迷路のようなダンジョンで、ミーナは青ざめながら目の前の魔物と戦っていた。


 パーティーのメンバーはというと、モンスターが目の前にいるというのに、先ほどから罵声を飛ばしあい、責任のなすりつけ合いをしている。


(ちょっと。前衛なんだから先制攻撃をしなさいよ。あっ、邪魔。あんたは逆に深入りしすぎよ。せっかくチャンスなのに。魔法を撃てないじゃない。攻撃力も素早さも足りない。ちょっとあんた何へばってんのよ。そんなんじゃ戦線を支えきれないじゃない。なんでこんなにみんな自分勝手に動いているのよ。誰か指揮しなさいよ)


 新しい仲間達は全くの見掛け倒しであった。


 まともに指揮できる者がおらず、誰も彼もコミュ障であった。


 ミーナがオロオロしているうちに、パーティーのメンバーは瞬く間に崩れて行く。


 ミーナは和彦の指揮がいかに有能だったか思い知ってしまった。


「もうダメだ。逃げろ」


 ついに魔物からの攻撃を支えきれなくなって、パーティーのメンバーは散り散りに逃げ始める。


 ミーナも背を向けて走り出した。


 気持ち悪い巨大なカマキリが彼女を食べようと迫ってくる。


「うわああああーん。和彦さん。やっぱり帰って来てぇー。いえ、もういっそ今すぐ私を雇ってくださーい。冒険なんてもうこりごりよー」


 ミーナは『リーデの杖』を破壊して命からがらセカネスの街に帰還した。




 こうして和彦は冒険の扉を少しだけ開いたのであった。


 ほんの少し覗いただけですぐに戻ってしまったけれど。




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ パーティー2日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・オーク3体撃破により経験値獲得。和彦はレベル4に上がりました。

 ・ルネの魔石を20ジェム消費しました。

 ・ミーナがパーティーを抜けました。


【和彦】

 ジョブ:勇者

 レベル:4(+1)

 攻撃力?

 防御力?

 素早さ?

 スキル:『自動回避』、『重心斬り』

 アイテム:『勇者の剣』、『ルネの魔石』197ジェム(↓20)



 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 次回、第16話「メイの悩み」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ