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第14話 人生の厳しさ

 和彦とミーナの前にボクサールーが現れた。


(さっきは取り逃がした奴! 今度は逃がしはしない)


 和彦はまず何よりもボクサールーの後ろ足を攻撃した。


 ボクサールーも負けじと和彦にパンチを繰り出してくる。


 スキル『回避』が発動するも攻撃中の姿勢のため躱し切れない。


 和彦とボクサールーは痛み分けのようにして互いにダメージを食らった。


 だが、ダメージの効果には明らかな差があった。


 和彦は肩に攻撃を受けてジンジン傷んでいるが、まだ余力はある。


 一方で素早さが持ち味のボクサールーは脚を傷つけられて、素早さを活かした攻撃も逃げることも出来ずに打つ手が無くなっている。


 そうこうしているうちに背後で旋風が巻き起こる。


 ミーナの放った爆風魔法だった。


 ボクサールーは進退極まる。


 和彦がプレッシャーをかけて、押し込む。


 ボクサールーはついつい後ろに下がってしまい、旋風の餌食になった。




「お疲れ様です。どうぞ」


 ミーナがポーションを渡してくれる。


 両手で捧げ持つように渡してくれて、いかにもうやうやしかった。


「おっ、サンキュ」


 和彦はポーションを飲んで回復する。


 肩に受けたダメージはなくなり、痛みはみるみるうちに引いていった。


「ようやくボクサールーを仕留めることが出来ましたね」


「ああ、大分慣れて来たな」


 ゴブリンの群れと戦って以来、二人の連携は強化・洗練されていった。


 向かうところ敵無しで経験値を稼いで行く。


 二人のレベルは上がり続け、緊張感も緩和されていった。


 既にこのダンジョンで現れる敵は一巡しており、どのモンスターにも対策を編み出しており、手こずることは無かった。


「あ、宝箱だ」


 ミーナが目ざとく見つけて駆け寄る。


 その駆け寄り方がなんとも言えず子犬のようで、和彦は微笑ましく感じた。


「もしかしたら貴重なアイテムが入ってるかも」


 和彦も宝箱を開けるのを手伝う。


「んっ、しょっと」


 宝箱のフタは重量感のある音を立てて開いた。


 しかし中身は空っぽで何もない。


「あれ? 何も入ってない」


「誰かがもう持ち去った後か」


「やっぱり先にダンジョンに入った方がお得なんですね」


 ミーナはしょんぼりしながら言った。




 二人はすっかり砕けた調子になって、身の上話を始める。


「工房?」


「はい。私、将来は魔法の工房を持つことが夢なんです」


「へえー」


「今はお金もないので、冒険者として生計を立てていますが、いずれは街に部屋を借り、工房を作って、まだ誰も作ったことがないような魔法のアイテムを作るのが夢なんです」


「そっか。いい夢だな」


(いい子だな。ミーナちゃん。健気で気遣いも上手だし)


「和彦さんはどこから来られたんですか?」


「俺? 俺はスローザ領から来たんだ」


「スローザ領? 随分僻地から来られたんですね。一体何を目指して冒険者に?」


「いや、俺は目標とかそんな大層なものはなくて、前領主に届け物をするために始まりの街に来たんだ」


「前領主に届け物? 和彦さん失礼ですが、和彦さんはどういったお方なんですか? 領主様に仕える騎士とか?」


「実は領主をやっているんだ」


「は?」


「いや、だから俺が領主」


「はああああああ?」


 ミーナは仰天して変な叫び声をあげた。


「う、嘘でしょう? そんな……領主様なんて。貴族じゃないですか。貴族階級の人がわざわざ自分で冒険に出るなんて……」


「まあ、それは色々事情があってだな」


 ミーナは頭を抱え込んだ。


「あ、あわわわわ。そんな。私ったら。まさか領主様だなんてつゆ知らず。無礼な口を……」


「えっ? いやいや、そんな気にしなくても……」


「気にしなきゃダメです!」


 ミーナは急にキツイ調子で言った。


「えっ!? お、おう」


(これはチャンスよ。ミーナ。領主様に自分を売り込むチャンス。貴族のお偉いさんに出会える事なんて滅多にないんだから。上手くやれば将来私が建てる工房のスポンサーになってもらえるかも)


 ミーナは和彦の方をチラリと見る。


(ただの盾役と思って、このダンジョンだけの関係にするつもりだったけれど、予定変更よ。将来にわたって、末長く関係を築く。いい加減な約束じゃダメ。何か具体的な契約を取り付けるのよ。恩を売らなきゃ。命の恩人くらいの深い恩を!)


「あ、宝箱だ」


 和彦は宝箱を見つけてなんともなしにふらりと歩み寄ろうとする。


「ちょっと何やってるんですか!」


 新人魔導師が急に声を張り上げて注意する。


「えっ?」


 和彦は面食らって立ち止まった。


「そんな風にして迂闊に近寄って。もし罠だったらどうするんですか。パーティー全体が危機に陥ったらどうするんですか。遊びじゃないんですよ」


「ご、ごめん」


(あ、あれ? でもさっきミーナも似たようなことやってたような……)


「もっと真面目にやってください」


 ミーナはピシャリと言ってふくれっ面のままズンズン先に行ってしまう。


(こいつから契約を取るには、まず判断能力を奪うこと。そのためなら……)


 ミーナはギラギラと目を光らせながら和彦の横顔を睨みつける。


(精神攻撃も辞さないっ)




 その後も二人は先へ進み、モンスターを倒し続けた。


 ただ先ほどまでと違い、リラックスした雰囲気は無くなって、二人の間には微妙にピリピリした雰囲気が漂っていた。


 先ほどまでミーナは和彦の言うことをなんでも良く聞いていたし、自分の意見を振りかざすことは無かった。


 今は何かにつけて和彦の提案に反対し、細かなところまで注文をつけ、細かいことで叱責するようになり、和彦の神経を逆なでさせた。


 それは彼女の醸し出す距離感にもあらわれていた。


 先ほどまではくっつきそうなほどの距離で歩いていたのに、今となっては、間に人間一人入りそうなほどの距離をとっている。


(なんか……、急にキャラ変わってねーかコイツ)


 和彦はさっきまで従順だったミーナが急に反抗的になったため、戸惑っていた。


(さっきまでいい感じだったのに。急にやりにくくなっちゃったな)


 ミーナはミーナでなかなか作戦が上手くいかずイライラしていた。


(チィ、コイツなかなかミスしないわね)


 ミーナは爪を噛みながら和彦の横顔を睨みつける。


(普通これだけやりにくくすればどこかでミスをするはずなのに……。焦りは禁物よ。まだダンジョンは長い。次の街に辿り着くまで必ず隙は生まれるわ。絶対に逃さないんだから)




 二人がピリピリしながらダンジョンを歩いていると、大きな結晶が見つかる。


 透明な結晶の中には宝箱が入っている。


「これは……」


「ベロンガの結晶ですね。魔物ベロンガが吐き出す粘液が凝固して形作られるものです」


「中に宝箱がある。取り出せないのかな」


「無理ですね。このベロンガの結晶を破壊するには最低でも中級レベルの魔法攻撃がないと……」


 和彦はどうにか結晶を破壊する方法がないものかと思案する。


「もういいでしょう。先を急ぎましょう。日が暮れてしまいますよ」


 ミーナがそっけない態度で言った。


「あ、そうだ」


 和彦がポケットから『ルネの魔石』を取り出す。


「それは……『ルネの魔石』?」


(しかも大粒じゃないの)


 ミーナが目を見開く。


(『ルネの魔石』って……確か1ジェム1000リーヴのアイテム。あの大きさなら220ジェムはある。ということは22万リーヴ? しかも月明かりに照らせば増殖するから……、放っておいても毎月3万リーヴ入ってくるじゃない。こんなレアアイテムを所持してるなんて。この人やっぱり本物の領主……)




 ミーナは葛藤するような目で魔石を見る。


(私が毎日あくせく冒険しても年収500リーヴにもならない。コイツはただ魔石を所持してるだけで年収36万リーヴ……)


「ミーナ。これを使って結晶を破壊できないかな?」


「……ふえっ?」


 ミーナは急に話しかけられて変な声を出してしまう。


「何ぼーっとしてんだよ。『ルネの魔石』は風魔法を強化することができるんだろ? それなら初級爆風魔法でもこの結晶を破壊できるかもしれないじゃないか」


「な、なるほど。でも……いいんですかね。こんな高価なものを使わせていただいて」


「? 俺がいいって言ってるんだから別にいいだろ?」


「で、では謹んで……」


 ミーナは恐る恐る『ルネの魔石』を受け取った。


 結晶に杖を向ける。


「『低級爆風魔法(ジム)』」


「っ」


 それは発動前の予備現象からして一味違った。


 結晶周りの空気の密度が変わり緑色のつむじ風が巨大な渦を巻き始める。


 先ほどまで見てきたジムとは範囲・威力とも明らかに違った。


 硬く滑らかな結晶に無数の切り傷がつき、破砕されていく。


 やがて風は止み、後には粉々になった結晶の破片と宝箱だけが残される。


「うおおお。すげぇ。やった」


 和彦は喜んで、宝箱の元に駆け寄る。


 ミーナはというと震えてそれどころではなかった。


(あ、ああ『ルネの魔石』が……)


『ルネの魔石』はその緑色の光沢を放つ表面の一部が灰色がかってしまっていた。


「あれ? また空っぽだ」


 和彦はあっけらかんと言った。


「ウ、ウソ。そんな……」


「ん? どうしたミーナ」


「あ、あの『ルネの魔石』が……」


「! どうした? 見せてみろ」


 ミーナは震える手で申し訳なさそうに和彦に魔石を返した。


「おお、こんな風になるのか」


 和彦はミーナから『ルネの魔石』を受け取ると剣の柄で石化した灰色の部分を叩き、削ぎ落とした。


(ちゃんとメンテしないとすぐ石化部分が広がっちゃうからな)


「ど、どのくらい消費しちゃいましたかね」


「んー大したことないよ。20ジェムぐらい?」


 和彦はなんでもないように言った。


(大したことない? 20ジェムが……、2万リーヴが……大したことないだとおぉ?)


 ミーナは殺意のこもった目で和彦を見つめた。


(2万リーヴあったら、一生遊んで暮らせるじゃないのよ。それを無駄遣いして大したことないだと? ふざけやがって。この七光りがぁ!)


「おーい。何ぼーっとしてんだよ。早く先にいこーぜ」


「あ、はいー」


 ミーナはついつい愛想よく答えてしまった後、先を歩いて行く和彦を恨めしそうに見た。


(私達が500リーヴにあくせくしている一方でコイツは2万リーヴを無駄遣い。許せないわこんな不公平。上等よ。そっちがそういう態度で来るのなら、私があんたに人生の厳しさを教えてやるんだから!)




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ パーティー1日目、その2 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・モンスター数体を倒したことにより経験値を獲得。和彦はレベル3に、ミーナはレベル5に上がりました。

 ・ルネの魔石を20ジェム消費しました。


【和彦】

 ジョブ:勇者

 レベル:3(+1)

 攻撃力:?

 防御力;?

 素早さ:?

 魔法 :?

 スキル:『自動回避』、『重心斬り』

 アイテム:『勇者の剣』、『ルネの魔石』217ジェム(↓20)


【ミーナ】

 レベル:4(+1)

 攻撃力:2

 防御力:5(+1)

 素早さ:10(+1)

 魔法 :15(+1)

 スキル:低級爆風魔法(ジム)

 アイテム:『風魔法の杖(ウィンドロット)』、『ポーション小』×2



 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 次回、第15話「二つの扉」

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