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第13話 扉の先

『冒険の扉』の前にはこれから旅立とうとする冒険者達が大挙して押し寄せていた。


「みなさーん。押さないでください。一人ずつ順番に。全員入れますから」


 扉の脇にいて開け閉めを操作する係員は大声を張り上げて冒険者達に自制を促す。


 しかしそんな声に耳を傾けるもの達など皆無だった。


 荒くれ者の冒険者達は、荷物や荷獣を奪われないように気をつけながらも、我先にと押し合いへし合いして、少しでも冒険の扉に近づこうと列を争っている。


「どけ。邪魔だ」


「ちょっとどこ触ってんのよ」


 そこかしこで諍いが起こっており、みんな駆け込む気満々だ。


 この混雑した状態で。


 広場は尋常じゃない熱気に包まれていた。


 一体、冒険の扉の向こうに何があるというのか。


 人々はまだ見ぬ無限大の夢にめがけて走り出そうとしていた。


 一方、和彦は広場の後ろの方で呆然としながらその様子を見ていた。


 傍らには急いで買ってきた驢馬を引き連れている。


 驢馬の背中には冒険に必要なアイテム一式が積み込まれていた。


(俺は……一体何をして……)


「うぐぅう。乗り遅れちゃいましたね和彦さん」


 新人魔法使いのミーナが悔しげに呻いた。


 和彦はただただ状況についていけず返事することもできない。


「先に門をくぐった方が有利だっていうのに。仕方ありません。こうなったら門が開いた後の駆け込みで挽回しますよ和彦さん。スタートダッシュが大切です。和彦さん? ちょっと聞いてます?」


(何? 俺これから冒険に出るの? あの門の前でせめぎ合っている人達は何してんの? 競争? 俺はこれからあいつらと競争すんの?)


「和彦さん。和彦さん。和彦さんってば」


 ミーナは和彦の耳元で大声を出すが、広場の騒然とした音にかき消されてしまう。


「では扉を開きます。決して押し合いをせず、整然粛々と列を作って、入っていってくださいねー」


 係員の声はもう諦め気味だった。


 開門の巨大なハンドルを四人がかりで回していく。


 扉が開く。


「「「「「うおおおおおお」」」」」


 まだ扉が開ききらないうちから、人々はわずかな隙間めがけて殺到した。


 ラグビーのごとくスクラムを組んで突っ込む者、鎧と筋肉を頼りに人混みをかき分け進む者、馬に乗って突撃(チャージ)する者、なぜか攻撃魔法を放つ者。


 怒号と爆発音が鳴り響き、人いきれと砂埃が立ち込める。


 冒険者達はたちまちのうちに押し合いへし合いを制して門をくぐり抜ける者と、おしくらまんじゅうに負けて地面に倒れこむ者に分けられた。


 倒れ込んだ者は後ろから来た人間によって踏み越えられて行く。


 たちまちのうちに広場には悲鳴が響き渡り、阿鼻叫喚の様相を呈してきた。


「門が開きました。行きますよ和彦さん。和彦さん? 和彦さんっ。あーもうっ」


 ミーナは未だ呆然としている和彦の手を引っ張って冒険の扉に駆け込んでいく。


 二人は青と赤、白の光が万華鏡のように広がる冒険の扉、その奥へと飛び込んでいった。




 風が吹いて木の葉が揺れる音がする。


 木の枝からわずかに漏れてくる太陽の光が頭に降りかかる。


(う、ここはどこだ? なんか、柔らかいものが頭の下にあるような)


 和彦が起き上がるために頭のあたりを探っているとその手が柔らかいものを掴んでしまう。


(ムニュ?)


 和彦の下にいたのは気絶したミーナだった。


 和彦の手は彼女の胸を鷲掴みしている。


「ほあっ?」


 和彦は急いで手をどけて体を起こす。


 そこで自分が森の中にいることに気づいた。


(ここは? 確か俺は冒険の扉をくぐって……)


「う、うーん」


 和彦は後ろから聞こえる声にギクッとする。


 ミーナも気がついたようだ。


「ここは……。そっか。私『冒険の扉』をくぐって。あ、和彦さん」


 彼女は寝ぼけ眼をゴシゴシとこすりながらこちらを見てくる。


 口元からはよだれが垂れていた。


 和彦はホッとした。


 どうやら不本意ながら彼女にしてしまった非紳士的行為は気づかれていないようだった。


(でも結構デカかったな。チビのくせに胸だけならエレナよりも……)


和彦の手の平はそれなりに大きかったが、それでも包み込めない大きさの膨らみだった。


(……って何考えてんだ俺は。そんな場合じゃねーだろ!)


「あー、えっと。なんで俺達森の中にいるんだろうな。確か『冒険の扉』をくぐったはずなんだけど」


 二人は森の中の整備された道の中に立っていた。


 両側を木立に挟まれた細い道は見渡す限りどこまでも続いている。


「あっ、そうでした。和彦さんはまだ冒険は初めてなんでしたよね。私ったらもう3回目なのに気絶しちゃって……すみません。説明します」


 ミーナは目をゴシゴシこすりながら説明を始める。


「『冒険の扉』をくぐった冒険者達は入った順に時間を置いてダンジョンを進むことになります」


「時間を置いて?」


「ええ、ダンジョンの中は普通の世界と時間の流れが異なるので。ここから次の街への『扉』を目指すことになります」




 二人はロバを操りながら道なりに森を進んだ。


 一体どんな険しい道のりを行くのかと思えば案外、楽だったので和彦はホッとした。


 二人は雑談をした。


「でも思ったより楽だね」


「油断しちゃダメですよ。下手すれば死んじゃいますから。一方がダメージを受けても一方が盾役あるいは回復役になれる。そのためのパーティーです。私達はどちらも回復系の魔法を覚えていないので、一方がダメージを受けたらその度に下がって回復薬(ポーション)を飲む必要があります」


「なるほど」


「そのため、魔獣が2匹以上出現したら要注意です。一人が戦って一人が休むという戦術が出来ない可能性があります。なので安全マージンを取るために少しでも体力がなくなったら回復ポーションを飲まなければいけません」


「……結構、めんどくさいんだな」


「ええ、なので人数の多いパーティーの方が攻略費用が割安で済みますし、効率もいいです。私達はまだ駆け出しなので二人だけですが」


 道行くたび、数十分毎に和彦達は魔物に出くわした。


 と言っても取るに足りない魔物達だった。


 ツノの生えたうさぎ、キバの鋭い狐、爪の鋭い鳥。


 エレナと一緒に倒したオークに比べれば脅威のうちにも入らない。


 二人は定石通りのフォーメーション、つまり和彦が前衛(白兵戦)を務め、ミーナが後衛(援護、遠距離攻撃)を務めるフォーメーションをとった。


 今も現れたボクサールー(ボクシンググローブをはめたカンガルー)に対して前衛と後衛に分かれて戦う。


 和彦がボクサールーに対して一太刀浴びせて牽制する。


 ボクサールーは和彦の剣を警戒して少し距離を取る。


「行きますよ! 低級爆風魔法(ジム)!」


 新人魔導師が呪文を唱えるとボクサールーの周囲に旋風が巻き起こり、カマイタチとなってボクサールーを切り裂き始める。


 低級爆風魔法『ジム』。


 低級と付くもののその威力は侮れない。


 鋭利なカマイタチは岩をも切り裂く。


 ただ発動するまでに時間がかかるのが難点だった。


 また威力を発揮する前の予備動作として風が巻き起こって、今から発動するというのが見え見えなので、余裕でかわすことが出来た。


 今もボクサールーは周りに風が巻き起こるや否や慌てて道路から外れて、森の中に逃げ込もうとする。


 直撃すれば敵を切り刻める爆風魔法だが、ミーナの放った魔法はボクサールーの腕に切り傷をつけるだけに止まる。


「チッ」


 和彦はボクサールーを追いかけようとしたが爆風魔法があるため近づけない。


 これもまた爆風魔法のデメリットだった。


 魔法が止むまで敵に近づけない。


 ボクサールーはあっさりと森の奥まで逃げ果せてしまう。


「また逃げられちゃったな」


「ええ、残念です」


 先ほどからちょくちょく風魔法が当たらず敵を取り逃がしてしまっていた。


 おかげで経験値が稼げない。


 ミーナは魔物を仕留め損ねてがっくり膝を落とす。


「魔法って言っても使い勝手は微妙なんだな」


「そうなんです。『低級爆風魔法(ジム)』は本当に命中率が低くって。せめて『中級爆風魔法(ジムナ)』が使えればもっと広範囲に爆風を巻き起こせるんですけれども」


「そっか」


 和彦は少し考え込む仕草をした後、思いついたように言った。


「ミーナ。戦術のことでちょっと試してみたいことがあるんだけれどいいかな?」


「? なんですか?」


 和彦は地面に戦闘図を書いて、今しがた思いついた戦術をレクチャーする。


 二人が再び歩き始めると、ゴブリンが現れた。


 冒険者達を通せんぼしようと道の真ん中に立って武器を構える。


「和彦さん! ゴブリンです。気をつけて下さい」


「!? ゴブリン!?」


 新人魔導師が緊張した声を張り上げる。


 和彦も身構えた。


 小鬼(ゴブリン)はオークと人相が似ていて、オークをそのまま子供にしたような感じだ。


 ゴブリンは他の獣とは違い人間に対して明白な悪意を持つ魔物でもあった。


 他の魔獣は遭遇すれば戦いを仕掛けてくるだけだが、ゴブリンの場合はわざわざ街まで出て来て、人間に攻撃してくる。


 そのため討伐すれば特別に報酬が出るモンスターでもあった。


 和彦は剣を構えてゴブリンを見据える。


 子供のように小さいが、その禍々しい人相は魔物というにふさわしい。


 ゴブリンは和彦達を見るや否やけたたましい叫び声をあげた。


「和彦さん。仲間を呼ぶつもりです」


「チッ」


 和彦は斬りつけるが、なにぶん走りながらの攻撃のため、まともにヒットせず、胸に浅い傷をつけるに止まる。


 4匹のゴブリンが茂みから現れる。


 和彦は先ほど鳴き声をあげたゴブリンだけでも仕留めようと剣で突き刺したが、これもクリーンヒットにはならず腕に切り傷をつけるだけに止まる。


 ゴブリンは胸と腕に切り傷をつけて血を垂らしながらもニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。


 仲間が来てくれたおかげで優勢になった。


 うまくいけば冒険者達の肉を食らうことができるかもしれない。


 救援に来たゴブリン達は連携を取り始める。


 1匹が傷ついたゴブリンをかばうように守り、残りの3匹が一斉に和彦に襲いかかる。


 3匹は各々骨でできた武器、棍棒や槍、剣などを振りかざしてくる。


(スキル『回避』!)


 和彦は3匹の波状攻撃をかわしきり、逆に最後に攻撃して来たゴブリンを一撃で斬り伏せる。


 迂闊にも攻撃してきたゴブリンはその場で事切れる。


 和彦の攻撃力を見たゴブリン達は一様に距離をとって警戒する。


 和彦も複数の敵に対応できるよう、いつでも回避からの反撃ができるよう身構える。


 睨み合いになった。


 うかつに踏み込んだ方がダメージを受ける。


「今だ。ミーナ!」


「はい。『低級爆風魔法(ジム)』」


 ミーナが呪文を唱える。


 しかしゴブリン達の周囲に旋風は巻き起こらない。


 代わりにゴブリン達の背後に風が巻き起こった。


 ゴブリン達は初めそれに気づかず風が轟音を巻き起こして発動してからギョッとして後ろを振り向く。


(今だ!)


「うおおおおおっ」


 後ろを向いた隙に和彦は少し大げさに叫びながら突進した。


 1匹はそれだけでパニックを起こし後退あとずさりして爆風魔法の方に飛び込んでしまう。


 自滅する。


 まず和彦は先ほどダメージを与えたゴブリンにトドメを刺す。


 次いで残りの2匹は左右両側にいたが、うろたえていて連携する余裕はない。


 うろたえている隙に1匹にダメージを与える。


 ゴブリンは大ダメージを受けたもののかろうじて致命傷を免れる。


 もう1匹が切りかかってくるが、うろたえた敵の攻撃をかわすことはたやすい。


 和彦は余裕で避けた上で、しっかり踏み込んでトドメを刺した。


 最後の無傷の1匹、和彦から一番遠くにいたゴブリンは一目散に茂みの中に逃げてしまった。


 大ダメージを与えた方、こちらも傷口を手で押さえながら最後の力を振り絞って森の中に逃げ込んで行った。


 和彦は名残惜しそうにゴブリンの逃げて行った方向を見た。


(逃がしちまったか。腕じゃなく、足を攻撃しておけばよかったな)


 ともあれ二人は5匹のゴブリンを撃退し、3匹まで仕留めるという、今までで最大の戦果を獲得した。


 二人は成功を祝してハイタッチする。


「上手くいきましたね」


「ああ、やはり今のパーティーだと、爆風魔法は直接攻撃よりも後方撹乱の方が効果は高いみたいだな」


「凄いです。私は敵に当てる事しか考えていなかったのに。風魔法をこんな風に使うなんて」


 新人魔導師は尊敬の眼差しで和彦の方を見つめてくる。


 和彦は女の子から向けられた思わぬ眼差しにたじろいでしまう。


「いや。たまたま思いついただけだよ。アハハハハ」


 ミーナはよほど嬉しかったのかピョンピョン飛んで、喜びを表している。


 そのたびに胸元にぶら下がる二つの膨らみは弾みをつけて揺れる。


 和彦はさりげなく彼女から視線を外した。


 あんまり彼女の方に顔を向けていると自分の邪な感情に気づかれてしまいそうだったので。




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ パーティー1日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・角付きの兎1匹、ゴブリン4匹を倒したことにより経験値を獲得。和彦はレベル2に、ミーナはレベル4に上がりました。

 ・クエスト『ゴブリン討伐(報酬30リーヴ)』を達成しました。



【和彦】

 ジョブ:勇者

 レベル:2(+1)

 攻撃力:?

 防御力:?

 素早さ:?

 魔法 :?

 スキル:『自動回避』、『重心斬り』

 アイテム:『勇者の剣』、『ルネの魔石』237ジェム


【ミーナ】

 ジョブ:魔導師

 レベル:4(+1)

 攻撃力:2

 防御力:4

 素早さ:9

 魔法 :12

 スキル:低級爆風魔法(ジム)

 アイテム:『風魔法の杖(ウィンドロット)』、『ポーション小』×3



 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 第14話「人生の厳しさ」

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