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第10話 お礼

「和彦! 大丈夫か?」


 エレナが駆け寄って声をかけてくる。


 それでようやく和彦は我に返りエレナの怪我を思い出した。


 彼女は腕と足にダメージを受けていたはずだ。


「エレナ……。お前こそ怪我大丈夫か? 早く手当てした方がいいんじゃ」


「問題ない」


 エレナが呪文を唱えると、彼女の腕と足は光に包み込まれる。


 垂れ下がっていた腕は曲げられるようになり、浮いていた足はまともに地面を踏みしめられるようになる。


 彼女は敏捷な動きを取り戻した。


「回復呪文だよ。ソロでやっているんだ。これくらいできないとな」


 驚いた顔をしている和彦に彼女は説明した。




 オークを倒した二人は盗賊団のアジトまで辿り着いた。


 アジトはもぬけの殻で残党は既に逃げた後だった。


 二人は下山する。


「しかしこうも領主殿に働かせてしまっては私の立場がないな」


「そんな。そんなことはないでしょう」


「いや、実際私一人では危なかった。報酬についても考え直さないとな」


「そのようなこと言わないでください。


 盗賊団を倒せたのはあなたのおかげです」


「そうか。そう言ってもらえるとありがたいな」


 二人が村に帰ると、我先にと逃げ帰った討伐隊の面々と再会した。


 彼らは不安そうに領主と勇者はどうなったのか、この後どうしようか、などといったことを話し合っていた。


 和彦が帰ってくると一瞬驚いた顔をしてから、歓声をあげる。


「領主様。ご無事だったんですね」


「盗賊達は?」


「盗賊団は壊滅したよ。彼女のおかげでね」


 和彦がエレナを持ち上げるように言った。


「おお。本当ですか」


「やりましたね」


 彼らはひとしきり喜んだ後、したり顔になって以下のように言い始めた。


「では我々の今期の税金は免除ですな」


「そんなわけないだろっ。今期の税金はきっちり徴収させていただきます」


「ええー」


「ええーじゃない。お前らなんにもやってないだろっ」




 和彦とエレナは村で盗賊が壊滅した事を広く知らしめた後、領主の館に帰った。


 館では女勇者をもてなす酒宴が張られた。


 上質なワインの栓が空けられ、仔牛が一頭捌かれる。


 その日は館に住む主だった者達がみんな宴に参加してご馳走にありつけた。


 メイもほっぺを朱に染めてぶどう酒に舌鼓をうっていた。


 和彦は館の主人らしく女勇者の相手をしていた。


 彼女は終始喜んでいたが、時折浮かない顔を見せた。


「もうすぐここを出なくちゃならない」


「もうすぐ?」


「ああ、遅くとも二、三日以内には」


「もっとゆっくりしていけばいいのに。せめて菜種が収穫されるまではいてはどうでしょうか」


「そういうわけにもいかない。土地から土地へと渡り歩いて行く。それが勇者の運命だ。始まりの街『エンネルド』に行って、冒険にでなければならない」


「そうですか……」


 もう少し彼女と一緒にいたいと思っていた和彦は残念に思った。


「君は?」


「えっ?」


「勇者になって冒険に出てみる気は無いのか?」


 和彦は苦笑した。


「私は、冒険に出ないと決めたのです。だから領主になったんです」


「そうか」


 エレナはどこか寂しそうに笑った。




 宴が終わると、各々自分の寝室へと帰っていく。


 夢心地から現実の世界に帰ったような寂しさが領主の館に蔓延する。


 まだお祭りの後の後ろ髪を引かれる思いでみんな自分の寝室へと戻っていった。


 和彦も寝室に帰ったもののなかなか寝付けず、目を開けながら横になった。


 館の中は静かで眠ったようなのに和彦の感覚は妙に鋭敏だった。


 そのようにしてしばらく気を張り巡らせていると廊下から何者かの気配を感じる。


 こっそりと忍び込むような足音だった。


(まさか。盗賊の残党か?)


 枕元の剣を引き寄せる。


 中の様子をうかがうかのように扉がゆっくりと開けられる。


「誰だ!」


 和彦が鋭く叫ぶと一瞬ドアが止まってからまた開く。


 現れたのは女勇者だった。


「なんだお前かよ」


 和彦は緊張の糸が一気に解けて、ベッドに座り込む。


「どうした? まさか館の中で迷ったのか?」


「ううん。ただ和彦がどうしてるかなって思って」


「? おう」


 エレナが寝室に入ってくる。


 和彦は奇妙に思った。


 彼女はお風呂上がりだった。


 頬が上気して髪はしっとり濡れている。


 そしてパジャマ姿だった。


 短パンのようなものから悩ましい太ももが覗いていた。


 和彦は今朝、彼女と風呂場で鉢合わせたのを思い出して視線を外した。


 この館で


 朝風呂に入る人間など、和彦以外いないから、ついついいつもの調子で入ろうとしたら、脱衣所で下着姿の彼女と鉢合わせてしまったのだ。


「ご、ごめん」


「いや、いいんだ」


 彼女は腕で体を隠し、頰を染めて恥ずかしがったものの、笑って許してくれた。


 下着に包まれた彼女の体つきは期待にそぐわぬボリュームだった。


 まさに、出るとこは出てへこむところはへこんでいる、という表現がぴったりだった。


 そして今、彼女は寝間着姿で和彦の寝室にいる。


 どういうわけか枕を抱きかかえていた。


「本当……どうしたの?」


 和彦は近づいてくる彼女に少し動揺しながら尋ねた。


「和彦にお礼をしようと思って」


「お礼?」


「うん。助けてもらったんだから、やっぱりお返ししなくっちゃ」


 彼女は和彦のベッドに腰掛けた。


 二人は触れ合いそうな距離で隣り合う。


 いい匂いが漂ってくる。


 花の香りだった。




 翌朝、和彦は旅立つ女勇者を玄関の前で見送ろうとしていた。


「もっとゆっくりしていけばいいのに」


「ありがとう。でももう行かなきゃいけないから。使命があるんだ」


「そっか」


「世話になったな」


「とんでもない。こちらこそ助かった」


 短い間にすっかり親密になった二人はほっぺにキスし合って別れた。


「次は『始まりの街』で会おう」


「えっ?」


 彼女はそれ以上何も言わず、立ち去って行った。




 女勇者が旅立った後、主人公は昨夜彼女と過ごしためくるめく一夜を追想した。


 それらはぼんやりとした記憶の断片だった。


 覚えているのは彼女の柔らかい肌、肩にかかる暖かい吐息、揺れる髪、手の平で包んだ丸い膨らみ。


「どうしてこんなことを?」


 和彦は聞いてみた。


「あんたがお金持ちだからよっ」


 彼女はオレンジ色の髪を揺らしながらからかうように言った。


 そう、彼女の髪は揺れていた。


 彼女は行為の間中、ずっと和彦の上に乗って揺れていた。


 結局、和彦は彼女の真意も分からぬまま全てを彼女に委ね、彼女の胸の中で眠った。




 和彦はまだ彼女の感触が忘れられず、午後になった今でも気づけば彼女の事を思い出して、仕事に身が入らず書斎でボンヤリとしてしまうのであった。


 本当にお金目当てならなぜ彼女は自分の元を去ったのだろう。


 そんなことを取り止めもなく考えてしまう。


 ドアがノックされる。


 和彦はハッとして目が覚めたように居住まいを正した。


「はい。なんでしょう」


「執事です。少し相談したい案件がございまして……」


「ああ。今行く」


 和彦はイソイソと上着を羽織って書斎を後にした。


 結局、女勇者は風のように訪れて、風のように立ち去って行った。


 冒険の予感だけ残して。




 チロの村からさらに西方へ数十キロ行った場所。


 そこにその峻険な谷はあった。


 一切の作物が育たない、渇ききった不毛な大地で占められているこの谷は、各地の領主達でも領土化を躊躇う土地だった。


 代わりに各地の盗賊が集う拠点になっている。


 チロの村から逃げ帰って来た盗賊の一団は、仲間達に取り囲まれながら、申し訳なさそうに正座していた。


 支配していた村から追い出され、オメオメと逃げ帰ってきた彼らは、仲間達の前でこの度の失態について追求されているところだった。


 彼らの目の前には盗賊団の取りまとめである頭領が座っている。


「全く使えねー奴らだな」


 盗賊団の頭領は眼帯にヒゲ、発達した顎でいかにも大悪漢という感じだった。


 傍らには大剣を地面に突き刺したままにして、隣には娼婦らしき厚化粧の女を二人侍らせている。


「す、すみません。お頭。まさかあの領主のやつ、勇者を雇うなんて思っていなくて」


 子分はオドオドとした調子で弁解した。


 頭領は今喋った男を大剣で一刀両断にする。


「ギャアアアアア」


 彼は断末魔の悲鳴とともに事切れた。


「よっこらしょっと」


 お頭は再び腰を下ろし、残りの逃げ帰り組を睨め付ける。


「それで? お前らこの落ちしまえどうつけるつもりだ? うん?」


 逃げ帰り組はすっかり萎縮して、縮み上がり、震える声で許しを請うた。


「勘弁してください。仲間が何人もやられてもう俺たちだけではどうしようもありません。ここはどうかお頭のお力で」


 部下の一人は平伏して懇願する。


「あ、そうだ。その女勇者ですが、腕っ節はともかく、容姿はいかにもお頭好みのいい女でしたよ」


 逃げ帰り組の一人が思い出したように言う。


「ほお? そんなにイイ女なのか?」


「ええ、胸も腰つきも豊かで、足もスラリと長く」


「気の強そうな目つきもまたそそるものがありまして」


「ったくしょうがねぇなぁ」


 お頭は再び大剣を抜いて、肩に担ぐ。


「俺が領主と話つけてやるよ」




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主15日、16日目▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・領民に8千ノーラ配給しました。

 ・『ルネの魔石』が2ジェム増殖しました。

 ・荒れ果てた土地が領地に加わりました。

 領地が50万エーヌ、領民が1016人増加します。

 ・勇者への報酬として2千リーヴ支払われました。


【資産】

 穀物:23万8千ノーラ(−8千)

 貨幣:8千リーヴ(−2千)

 魔石:『ルネの魔石』222ジェム(+2)

【領地】

 総面積:150万エーヌ(+50万)

  穀物畑:58万エーヌ(+13万)

  菜種畑:5万エーヌ

  未開発:87万エーヌ(+37万)

【領民】

 4000人(+1016)

【スキル】

『文字解読』LV10



 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ 勇者2、3日目 ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 ・特に無し


【ステータス】

 レベル1

 攻撃力?

 防御力?

 素早さ?

 体力?

【スキル】

 『自動回避』

 『重心斬り』

【アイテム】

 『勇者の剣』



 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 次回、第11話「1期目の決算」

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