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第1話 風車の村

「私達の世界を救ってください」


 女神はそう彼に語りかけた。


「勘弁してくれ。俺に世界を救うなんて」


 彼はそう言いながら、光の渦に飲み込まれていった。




 気がつくと東和彦(あずまかずひこ)は異世界にいた。


 辺り一面見渡す限り田畑に囲まれていて、目立った建物といえば風車しかない、何の変哲も無い景色だった。


 田畑を耕している人の着ている衣装から、かろうじてここが異世界だと分かる。


 和彦はあてどもなく歩く気にもなれず途方に暮れて、その場にうずくまり、ただただ広がる黄金の麦畑をぼんやり見ていた。


 現実についていけないというのもあったが、それよりも疲れていた。


 しばらく三角座りして丘の上から景色を眺めていると隣に見ず知らずのおっさんが座ってくる。


 少しワイルドだけれど、かなり身なりのいい人物であり、一目で裕福な人物だと分かる。


「よお若者。なに黄昏たそがれてんだ」


「……」


 和彦はしばらく黙り続けた。


「何か嫌なことでもあったか?」


「嫌なこと……そうですね嫌なことは沢山ありました。今途方に暮れてるのはまた別の理由ですが……」


「見ないツラだな。何処から来た?」


「こことは違う。別の世界。いわば異世界です」


(俺にとっちゃここが異世界だけどね)


「はっはっは。面白いなお前」


 身なりのいい男はひとしきり笑った後、急に真剣な顔を向けてくる。


「それで? 異世界で一体どんな嫌なことがあったからお前はそんな風に黄昏てるんだ?」


 和彦は話した。


 現世にうんざりしていることを。


 自分のいた世界は競争社会。


 学生の頃からせっせと競い合う事を強要され、学校を卒業後も会社に入ってまた果てのない競争にさらされる。


 もうそんな競争は懲り懲りだからどこか誰も知らないところでゆっくりしたい。


「あ、だからここに来たのかも。神様が現世に疲れ切っている俺を見かねて、異世界で人生やり直すチャンスをくれたのかも」


「そうか。そいつは大変だったなぁ」


 男は同情の念を示した。


「じゃあ今度は俺の話を聞いてくれるか?」


「いやです」


「俺も今の生活にうんざりしててな」


「……」


「お前領主になってみないか?」


「は?」


「冒険に出たいんだよ」


 彼はいかにも粋な横顔を見せながら言った。


「お、おう」


 領主を名乗る男は冒険への思いを滔々と語り始める。


 自分は生まれた時から領主になることを運命づけられてきた。


 身につけるスキルも就く仕事も選ぶこともできず、この片田舎でくすぶってきた。


 先年、うるさかった親戚があの世に行き、ようやく自分のやることなすことに口を出す人間がいなくなった。


 このチャンスに一切の身分も領土も捨てて冒険に出たいと思う。


「始まりの街『エンネルド』。世界各地から冒険者が集まるその街から、魔物うごめくダンジョンへと旅立つことができる。魔族によって守られたダンジョンを超えた先には、まだ見ぬ財宝、未知の動植物、そして夢がある。なぁワクワクしねえか?」


「いえ、別に」


「そりゃあ丁度いい。どうせ行く当てもないんだろ? 領主やってみろよ」


「うーん。どうしよっかな」


「なぁー、いいだろ。領主変わってくれよ。俺も勇者になりてーんだよ。魔王と戦いてーんだよ。」


「そうですか(棒)」


「頼むよ。領主を辞める場合、誰かに『ジョブ』を譲らないとやめられない決まりなんだよ。領内の農民に譲るわけにもいかないし、たまに流れてくる奴は『スキル』と『ジョブ』の空きが無いし。お前は見たところまだ何の『スキル』も『ジョブ』も身につけていない」


(『スキル』に……『ジョブ』?)


 和彦はしばらく考えたあと返答した。


「いいっすよ。特にやることないんで」


「良いのか? クソ田舎だぞここ」


「ええ、良いですよ。丁度田舎でゆっくりしたいと思っていたところなので」


「おお、マジか。そりゃあ丁度いい。いやぁ、良かったよ。お前が話の分かるヤツで。はっはっは」


「でも俺に領主なんてできるのかな」


「なぁに。領主なんざ楽勝よ。楽勝。領地のことに関しては召使いや執事達に任せて、君はただ彼らを見張っていればいい」


「じゃ、やってみようかな。領主」


「よぅしそうこなくっちゃな。それじゃあ気が変わらないうちにさっさとと手続きを済ませてしまおう。いやー助かったよ。君が話のわかる人間で」


 和彦は領主の乗る馬の背に乗って領主の館まで連れて行かれる。


 立派な門を潜って、ホールに入ると、館の召使い達が総出で領主の帰りを迎えた。


「お帰りなさいませ領主様」


 執事や召使い、メイドがみんな頭を下げて領主と和彦を迎える。


 領主はそこで大々的に主人公に領主の地位を譲ることを発表する。


 便宜上、和彦は領主の遠縁の親戚ということにされる。


 突然のことだったが、館の召使いたちは特に気にする風でもなく、その決定を受け入れた。


 召使達への挨拶が終わると、和彦は書斎に通された。


 そこで和彦は領地保証書と、土地の権利を譲る契約書にサインさせられる。


 契約書に書かれた文字は和彦にとって馴染みのないものだったので、内容は理解できなかったが、文章の最後に書かれてある一節、そこだけはなぜか理解できた。


 そこには以下のように書かれていた。


「今よりあなたはこの領土の領主となります。

 精一杯働いて領土の発展に寄与するもよし。

 無為と怠惰にかまけて資産を食いつぶすもよし。

 村を破壊し灰燼に帰すもよし。

 この領土をどのような姿に変えていくか。

 活かすも殺すも、

 全てはあなた次第なのです」


 慣れない異世界生活への不安、見知らぬ召使い達への挨拶回り。


 その日の和彦はすっかりクタクタになってしまい、寝室に案内されるや否やベッドに倒れこんでぐっすりと眠り込んでしまった。


 領主はその日のうちに馬に乗って領地を去って行った。




 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ 領主0日目 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲


 ・ジョブに領主が加わりました。


【資産】:?

【領地】:?

【領民】:?



 ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


 次回、第2話「三種類の土地」

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