8.なにがおこるかわからない
小さい頃から怖いもの知らずで、周りの大人が手を焼くほど元気すぎる王女でした。
御前試合でライアンが負けそうになると、涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら『あにうえをいじめるな』とパイプ椅子片手によく乱入したものです。
ライアンは、そんな妹がかわいくて、守りたくて。力はそれほど強くなく、性格も優しい方でしたが、訓練に訓練を重ねて一人前の騎士となりました。家族を、国を守るために。
あの小さかったケイトリンは今日・・・。
(いよいよ16の誕生日・・・。待っていろよ、ケイトリン。必ず助け出す・・・!)
いよいよ魔王城目前の距離まで迫った勇者一行は、高くそびえる城壁を見上げました。
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「えぇい、遅い!まだ来ぬか・・・!」
「陛下、女性というのは準備に時間がかかるものですよ。」
広間の玉座の前では、ソワソワする魔王を、黒騎士アルドリッジが宥めています。
「魔王様、お待たせいたしました。王妃様をお連れしました。」
うれしそうに弾んだリリーの声が響くと、魔王とアルドリッジは一斉にそちらへ視線を送ります。扉の前には、リリーに手を引かれきらびやかな花嫁衣裳を纏ったケイトリンが立っていました。
「ヴィンス・・・!」
「待ちわびたぞ、さぁこちらへ。」
ケイトリンが玉座の前へと進み頬をばら色に染めて向き直ると、魔王もいとおしそうに目を合わせました。
「これよりお前を我が妃と認める証を贈ろう。」
アルドリッジが恭しく差し出した、魔界の鉱物で作られたティアラを受け取ると、魔王はケイトリンの頭に飾ろうとしました。ケイトリンも、それに合わせて静かに頭を下げます。
すると――
「待て!!!!」
突然、広間の扉が力強く開かれます。
「魔王め、姫様を返せ!」
外の光を背に現れたのは、勇者ロラン、魔法使いソフィア、賢者ナユユ、そしてライアン王子です。
「邪魔はさせませんよ・・・!」
魔王とケイトリンを守るように、リリーとアルドリッジが立ち塞がります。
「リリー、ここは俺に任せて、君は下がっていなさい。」
「いいえアルドリッジ様。お二人の婚儀を守りたいのは私とて同じ!戦わせてくださいませ!」
アルドリッジは黒い獅子に、リリーは大きな蠍に姿を変え、戦闘態勢に入りました。
「ロラン、サソリ女はわたしに任せて!」
「黒騎士は私が預かります!ロラン殿、殿下、お二人は姫を!」
ソフィアとナユユがそれぞれリリーとアルドリッジに対峙すると、ロランとライアンは頷いて玉座の前まで駆け寄ります。
「ケイトリン、今助ける!」
「来ないで兄上!!」
ケイトリンは魔王を庇うように前へ出ました。それに驚き、ロランたちは足を止めます。
「みんなにひどいことしないで!すぐにやめさせて!!」
必死に訴えるケイトリンに、ライアンは微笑んで話しかけました。
「・・・わかっている。俺は力ではなく、言葉と心でお前を取り戻したい。魔王よ、我が妹を返してはくれないだろうか。この子はアリステニアの光。王女がいなければ、民の心は曇ったままとなるだろう。」
魔王は不敵に笑い、答えます。
「民を思う気持ちは尊いが、聞けぬ願いだ。だがその芯の強さ。欲しい。俺の仲間にならぬか?そうすれば、世界の半分をお前にやろう。」
「半分はもうわたしがもらうことになってるから、ヴィンスと兄上で実質4分の1ずつよ。」
「はっ、そうか!」
「誰が仲間になるか!仕方ないな・・・受けてみろ、俺の言葉と、心を!」
リリックと・・・
バイブスを!!!
「ロラン殿、マイクを。」
「え、あ、ハイ。」
“待たせたな王子様のご登場だ
幸か不幸か ここは俺とお前の独壇場だ
よう魔王 次期国王 としてお前に問いたい
どうだ?念願の プリンセス手に入れて満足かい?卑劣な誘拐 しか能のない情けない王者よ”
ライアンはメロディに乗せて魔王をdisり始めました。
魔王も黙っていません。マイクを手に取りアンサーを返します。
“戦士ども 遠路はるばる ご苦労
けれども 全ては徒労 だったな
姫の心は既に決心 俺が熱心 に 必死に
口説き落とした戦利
妃になると答えた 奇跡みたいだ”
“なんだ 案外 幸せそーじゃんか
よろしくやれよ なんて言うと思ったか
大事に育てた 俺の妹 正々堂々来いよもっと
ヘイト集めて知らんぷりかい
デート重ねて彼氏気取りかい?
そのヘイトは誰に向かう?もっと良く考えろ 男なら・・・!”
ライアンの言葉に、魔王はハッとなります。
ライアンは魔王の目をしっかり見て語りかけました。
「今ならまだ引き返せる。妹を返してくれ。」
魔王の手から力が抜け、マイクが床に滑り落ちます。ごとん、というノイズがフロアに響き渡りました。
「ヴィンス・・・?」
心配そうに見つめるケイトリンに、魔王は力なく問いました。
「俺は、お前を危険に晒しているというのか・・・?」
ちがう、とケイトリンが答えようとしたその時。
「がっ・・・!!」
魔王が右腕を抑えて蹲ります。ケイトリンは慌てて駆け寄り支えました。
「ヴィンス!!腕に矢が・・・誰なの!?」
突然のことに驚いて、ロランとライアンも矢を放った主がどこか見渡します。ソフィアとリリー、ナユユとアルドリッジも戦いの手を止めました。
「くくく・・・その矢には魔族用の毒が仕込んである。魔王といえど長くは持たないよ。」
影からぬるりと現れたのは、アサシンのツバキでした。
毒、と聞いてケイトリンはすぐに矢を抜き、ヴィンスの着ているものをはだけると、腕に口をつけ必死で毒を含んだ血を吸い出そうとします。
「お前・・・ここで何を・・・!?」
驚くロランたちに、ツバキはにやにや笑いを収め、表情を引き締めました。
「これまでの非礼をお許しください殿下、勇者殿。俺は王女が16の誕生日を狙って攫われることを見越し、先回りして王女を陰ながらサポート、隙が生まれた瞬間に魔王を仕留める役割を負っていました。殿下のおかげで無事に任務を遂行できましたよ・・・最高にイルでした、殿下。」
「よせよ・・・」
ライアンとツバキは固く握手を交わしました。
ロランも、強敵かと思っていたツバキが仲間だったことにほっと胸をなでおろします。
「ヴィンスしっかりして・・・!死んじゃダメ!」
ケイトリンの悲鳴が響き、その場にいた全員がケイトリンと魔王に目を向けます。視線の先では、息も絶え絶えの魔王に、ケイトリンが取りすがっていました。
「俺のために泣いてくれるか・・・愛い奴よ」
「こんな毒、わたしが全部吸い出してあげる!!」
「よせ、無駄だ。」
魔王はケイトリンの頬に手を添えると、幸せそうに精一杯微笑みました。
「お前の腕の中で死ねるとは、我ながら上出来だ・・・」
「ダメ・・・だめ、ぜったい助けるからぁ」
再びケイトリンが傷口に口をつけるのと、魔王の手が力なく滑り落ちるのは、ほぼ同時でした。
「・・・いやぁぁぁ!!!」
泣きじゃくるケイトリンは、思わず口に含んだ魔王の血を飲み込んでしまいました。
「あ。」
「ケイトリン・・・?」
「姫様、どうなさいました?」
心配そうに見守るライアンやロランたちに、ケイトリンはぼんやりと答えました。
「わたし、魔界のものを、飲んじゃった・・・」
ケイトリンの肌の色が、魔族特有の、死人のような色にさっと変わっていきます。眼光は鋭く、強い気を纏った姿は、魔族そのものでした。
「ケイトリン、これは一体・・・!!!」
「・・・わたしは、ケイトリンではない・・・」
ケイトリンだった花嫁は、床に落ちていたティアラを手に取り頭に載せると、涙の溜まった大きな瞳で勇者一行を睨みつけました。
「わたしは魔王妃ジュナ。我が君の仇・・・取らせていただくわ!!」
魔王妃は気を暴発させると、大きな龍へと姿を変え、ロランたちを威嚇します。
ロランは咄嗟に、ソフィアを庇うように剣を構えました。が、ナユユもツバキも、そしてライアンも、あまりの出来事に呆気に取られています。
リリーとアルドリッジは、魔族に生まれ変わって間もない魔王妃の側に控えました。
「うそでしょ・・・お姫様がラスボスなんて聞いてない!!!」