6.あさしんがあらわれた!
「ロラン殿、伏せろ!」
森の中を進むロランは、突然ライアンに組み伏せられ、衝撃であごを木の根にぶつけてしまいました。
「いてて・・・何するんですかライアン様・・・」
顔を上げたロランの目の前に、地面に突き刺さったナイフの刃がぎらりと光ります。
「ひっ・・・!」
「誰だ、出てこい!」
ライアンはロランを庇うように立つと木々の作り出す闇に向かって呼びかけました。その後ろでは今にも全て燃やし尽くしそうな形相のソフィアを、ナユユが制しています。
返事はなく、辺りを静寂が包みます。
ライアンは地面に突き立ったナイフを引き抜くと、掘られている紋章に気づきました。
「魔王の手の者か・・・」
「ご明察。」
「!!」
いつの間にか、ライアンの喉元には背後から伸びた手によって同じ紋章の彫られた同じ型のナイフが突きつけられています。
「今回は警告だよ。このまま回れ右してアリステニアへ引き返すといい。黙っていうことを聞けば、見逃してあげるよ、アリステニア王国の次期国王様。」
黒い外套を纏った男は、幻のように姿を消すと、「次はないと思ってね。」と言い残しました。
ライアンの首にはごく小さく引っ掻いたような切り傷がひとつ、細く血を滴らせています。ナユユはすぐに回復をかけ傷を癒しました。
「何だったのよー今の!」
大好きなロランに危害を加えられそうになり、ソフィアは活火山のように怒っています。当のロランは、今の出来事があっという間過ぎてまだぼんやりと地面に寝そべったままですが。
「・・・心当たりがあります。」
そう呟いたナユユに、三人の視線が集まりました。
「以前辺境の村が魔族に襲われた時、王が秘密裏に魔界へ送った隠密部隊、通称S.C.A.R。その隊長の行方がわからないままです。先程の賊の動き、彼に似ていると感じました。」
「そんな組織、俺聞いたこと無いぞ・・・?」
「王政の中枢を担う関係者でも一握りの者しか知らない組織です。殿下には即位後に引き継がれる項目の一つでした。」
このことは内密にお願いします、とナユユはその場にいる皆に言い含めました。
「もしさっきの人がその隊長さんなら、もう一度会って、お城に戻ってもらうように話したほうがいいんじゃないですか?」
「そうですね。いずれにせよ先ほどの男が何者か、探る必要があります。」
ロランの言葉にうなずくと、ナユユはコンパスを手に取りました。
「彼を挑発するためにも、引き返さずこのまま魔界への行軍を進めましょう。さっきのが警告ならば、次は私たちを始末しに現れるはずです。」
一行は再び魔界を目指します。が、行けども行けども、次の日もそのまた次の日も先ほどのアサシンの男が現れる気配はありません。
焦れたソフィアがとうとう音をあげます。
「ねぇー!ちっとも出てこないじゃんアイツ!わたしいやよ、このままいつ狙われるかわかんない状態が続くの!」
ソフィアが言い出したら言うことを聞くまで止まりません。
男性陣はしぶしぶ策を講じて、ワナをしかけ男を捕らえる作戦を練りました。
「確か彼は牡丹餅が大好物だったはずです。この狩猟用のワナに牡丹餅を仕掛けておき、もしひっかかったらあの男が隊長であるという決定打にもなりますし、身柄も捕獲できる、まさに一石二鳥の作戦です。」
「・・・本気?」
網状のワナの中央に据えられたぼたもちを見て、ソフィアはこの賢者大丈夫かな?と不安になりました。
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その晩、ワナの近くで野営をしていた一行の耳に、ガサガサと物音が聞こえます。
目を合わせうなずき、音を立てないようにそっと近づいていくと、網の中に何かが入っており、もぞもぞと動いています。
ナユユは杖の先に明かりを灯らせると、ワナを照らしました。
「―――!ふぉふひふいふぁふぁ、むぐ」
「食ってからしゃべれ!」
口の周りに餡子をいっぱいつけてもぐもぐしているアサシンの男が入っていました。
「よく気づいたな、さすがは勇者。」
「かっこつけてるけどかっこ悪いからね?」
網に入った状態の男に、ナユユが質問を投げかけます。
「いったい今までどこで何をしていたんですか、S.C.A.R.隊長、ツバキ殿。まさか・・・!」
ツバキ、と呼ばれたその男はにやりと笑います。
「アンタの思ってるとおりだよぉ、賢者ナユユさん。潜入時に魔王様と邂逅した俺は、今やあのお方に忠誠を誓った身。俺を味方と思わないほうがいい。」
「ということは、やはり魔王の差し金で・・・。はっ!!!?」
ツバキは網など存在していないかのようにするりと抜け出すと、瞬きの瞬間にはナユユの目の前に移動しており、ナユユの荷物に手を伸ばしていました。
「正確には、姫様の差し金、ってとこだな。」
「!!?どういうことだ・・・っ」
「おかわり、もらってくぜ。じゃあな。」
ナユユの鞄の中から余っていた牡丹餅を抜き取ると、ツバキは木の枝に飛び上がり枝から枝を伝い夜の森へと消えていきました。
4人は、ツバキの残した言葉に衝撃を受けました。
「ちょっと待って、わたしたち、お姫様を助けに向かってるはずじゃなかった・・・?」
「うん・・・どうして姫様が僕たちを狙うんだろう。」
中でも、可愛がっていた実の妹から追っ手を差し向けられたライアンの落ち込みようはひとしおでした。
「ケイトリンに、一体何が起こったというんだ・・・!」