2.たびだちのとき
王女様が行方不明になった報せは、王都から離れたイルーという村に暮らす気の優しい職人の少年、ロランの元にも届きました。
竜がさらったと聞きすぐに魔王の仕業だと気づいた王は、屈強な騎士達を魔界へ送り込みましたが、誰一人戻ってくるものはありません。王妃が毎朝毎晩必死に神殿で女神に祈りを捧げると、姿を現した女神はかわいそうに思い、こう告げました。
『王女を救うのに相応しい力を持つものに加護をさずけましょう。アリステニアの端にあるイルー村いちの戦士を連れてくるのです。』
こうしてロランの暮らす村に王の使いがやってきました。我こそはと名乗り出る力自慢の男達が神殿へ赴きましたが、女神のおめがねにかなわず、すごすごと戻ってきます。
まさか自分には関係ないだろうと思っていたロランに、ついに白羽の矢が立ちます。気乗りのしないロランが神殿へ赴くと、女神はにっこりと微笑み、『あなたこそ勇者です。』と伝えました。
一旦村へ戻り、不安そうに旅支度をするロランの元に、一人の女の子がやってきます。ロランの幼なじみソフィアは、負けん気の強い、村いちばんの力を持つ魔女の孫娘で、彼女の方がどうみても勇者向きでした。
「ロランひとりじゃ、ちゃんと姫様を助け出せるか不安だから、あたしがついて行ってあげる!」
ロランはそれなら安心だと、よろこんでついてきてもらうことにしました。
次の日、支度が整ったロランとソフィアがお城へ向かうと、沈んだ面持ちの王と王妃が縋り付くように出迎えました。
「どうかわたしたちの娘を助けてください。」
自分に大役が務まるかどうかと答えに困るロランの横で、自信たっぷりに返事をしたのはソフィアでした。
「お任せ下さい、王様、王妃様。必ずやこの勇者が、姫様をお救いいたします!」
あぁ、また勝手に・・・。ロランはいつも威勢の良いソフィアにかないません。
「ありがとうございます、勇者様。私たちから、気持ちばかりですが路銀と、あなた方の補佐役をご用意いたしました。」
ミシェル王妃の言葉に合わせ、近くで控えていた男性が、ロランたちに歩み寄ります。澄んだ目をした、背の高い男性は恭しくお辞儀をしました。
「賢者ナユユです。勇者様がたを魔界へご案内し、旅を助けるように仰せつかりました。どうぞよろしくお願いします。」
ソフィアとの二人旅に若干の不安をおぼえていたロランでしたが、落ち着いた年上の賢者が一緒だと知り、いくらか安心しました。
「お待ちください!」
広間に響いた声の方を見ると、扉の前に一人の騎士が立っていました。
「ライアン、何事だ?」
オルト王が声をかけた騎士こそ、この国の王子、ライアンでした。
慌てて支度を整えてきた様子のライアン王子は、息を切らしながら訴えました。
「俺も連れていってください、勇者殿!」
騎士が一緒なら戦力的にも楽をできそう・・・もとい心強いと思ったロランは快諾しようとしましたが、王に止められました。
「ならぬ。お前は大事な私の後継者だ。お前の身に何かあったらこのアリステニアはどうなる?」
「後継者だからこそ行くのです!父上の名代として、力ではなく言葉と心で、必ずや魔王を説き伏せ我が妹を取り返してご覧に入れます!」
ライアンの決意に心を打たれた王は折れて、旅に同行させることを許したのです。
こうして4人はアリステニアを旅立ち、一路魔界を目指すこととなりました。