1.はじまり
むかしむかし、あるところに、シェンという女神の作ったアリステニアという国がありました。
人間の男に恋をした女神は、乙女へと姿を変え、子を成し、その子がやがて王となり、アリステニアを治めていったといいます。
これは、その子から数えて50代先の王の治世の物語。
50代目の王オルトとその妃ミシェルは、二人の子に恵まれました。
上は優しく聡明な男の子、ライアン。下は元気で勇敢な女の子、ケイトリン。幼かった二人は王と王妃の愛を受けてすくすくと育ち、18になったライアンは王子でありながら立派な騎士に。もうすぐ16の誕生日を迎えるケイトリンは、母によく似た美しい姫になりました。
幸せいっぱいの一家でしたが、オルト王には気がかりなことがあります。それはミシェルがケイトリンを産んで間もない頃のこと。
お祝いに駆けつけた各国の王たちに紛れ、魔界の王もやってきました。その頃、魔族によってアリステニアにある村々が荒らされる被害を受けていたオルト王は、魔王にすぐに立ち去るよう命じました。これに怒った魔王は、生まれたばかりの女の子に呪いをかけます。
【この子を16の誕生日に魔王の妃とする。やがて魔族として人間界に脅威を与えるだろう。】
魔王が花嫁を迎えに来るのを恐れた王は、娘が小さい頃から「無闇に城の外へ出てはいけないよ」と口を酸っぱくして言い聞かせてきましたが、困ったことにおてんば娘は言うことを聞きません。物心がつく頃にはこっそりとお城を抜け出し、街の人々に可愛がられながら毎日楽しく過ごしていました。
その日もお城を抜け出したケイトリンが市場を歩いていると、小さな男の子に声をかけられました。
「姫さま、これあげる!もうすぐおたんじょうびなんでしょう?」
男の子は小さな手に、かわいらしい花を一輪握りしめています。ケイトリンは目を細め受け取ると、髪に挿しました。
「ありがとう、覚えててくれたのね!」
小さな友達と手を繋いで、広場へ遊びに行くケイトリンに、よろよろと歩いてきた物乞いの老人がぶつかって倒れてしまいます。
「ごめんなさい!お爺さん、大丈夫?」
「すまないねぇお嬢さん。」
ケイトリンが差し出した手に捕まると、老人はその手をそっと撫でました。被っていたフードの奥で赤い目がぎらりと光ります。
「なんてきれいな手だろう。一度も汚したことなんてないんだろうねぇ。」
何度も何度も撫で回されるうちに、ケイトリンはだんだん気味悪くなってきます。
「あ、あの、わたしもう帰らなくちゃ。」
「こんなに美しく成長して。」
老人はケイトリンの目の前で、みるみるうちに禍々しい赤い目の竜に姿を変えると、あっという間にケイトリンをさらって空の向こうへ飛び去ってしまいました。
あとに残された男の子は、あわてた様子で、見たことをすぐにお城の騎士様に伝えに行きました。