6羽
【桜花】の宰相、東郷美智子は語った。
それはこの世界での常識であり、簡単な物だった。言うなれば、この世界での初等教育機関で教わるような、それも初歩の初歩、そのような内容ではあったが、そうであるるがゆえに簡潔で、理解することが出来た。
【アーラ・スペランツァ】と名付けられたこの世界は、願いを叶えることが出来る理があるという。
それはこの世界に足を踏みを入れた瞬間に、全ての者の願いが叶えられているという。
女性にちやほやされたいとか、お金持ちになりたいなどという、浅はかで陳腐な願いを持った者はこの世界には来ることが出来ない。もっとも、それは願い、想いの強さが弱いからだといわれている。要はその強さが強ければ強いほど、この世界へと踏み入れることが出来るのだ。
有名な話だと、故郷が外敵によって滅ぼされ、新たな故郷を求める者は人が多く住む町の近くに迷い込み、そこには死んだはずの同郷の者たちが暮らしていたなどという例がある。
一度に来る、【夢人】は一人とは限らない。だが、願いを叶えられる資格を持った者は限られるという。【夢人】となる者は共通して光玉が傍らにいる。その正体は解明されていない。分かっているのは意志を持ち、その者の性質を表すとされる。
そして、分かっているのは白、青、緑と白に近ければ近い色程、その者は善良で清らかであるとされている。
もっともその規定に明確な区切りはなく、あくまで対比させるとそのような結果になったというだけだ。
では、その対比した対象とは何か、どのような性質を持つかというと、破壊衝動、凶悪性、邪悪といった善良、清純の極致にある存在だ。そのような者たちは決まって、黒や、赤に近い色を持つとされる。ゆえに対比され、そして、初対面の【夢人】を判断するにはまず、光玉を見ろと言われる程である。
あとは、この世界での通貨制度、日本では使うことの出来なかった能力のことなどの簡単な説明が行われた。
「まとめると、黒や赤には気を付けて。もちろん、魔獣にもね。
それとこちらでは15歳で成人扱いだから、隼人君の歳だともう成人ね。成人すると、権利と義務が発生するのだけれでも、基本的には自己責任というやつよ。何をするのも自由。もちろん、保護を受けるのも自由よ。職業に関してもある程度を斡旋してあげられるわ。
でも、男の子に人気なのはこれね。冒険者」
冒険者、その言葉は甘美な響きとなって隼人の耳朶を打った。自由気ままに旅をして、気に入った場所で仲間とともに好きな仕事をして暮らす。加えて、実力者は名誉と莫大な金がもたらされる。
もちろん、無職者を出さないための職業であるという側面も担っている。公共事業で人手が必要な場合は、ギルドを通して冒険者に通達されるため、まだまだ発展途中のこの世界では、無理に危険を冒さずとも安定した収入が見込める人気の職業であった。
このような説明を聞いて、年頃の男の子である隼人が飛びつかないわけがなかった。
「はい、冒険者になりたいです!」
興奮で血色の良くなった隼人を見て、東郷は微笑む。そうだ、このくらいの少年少女は夢や大志を抱くべきなのだと、ここではそれが叶えられる世界なのだから。
「ふふ、貴方の活躍がここに居ても聞こえてくるのを楽しみに待っているわよ。
じゃあ、堅苦しい説明はここまで! 時間になるまで、お菓子を食べながら、のんびり過ごしましょ」
この日ここから、隼人のこの世界での生活が始まりを告げる。
夢見る少年は空を見上げるのであった。