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希望の翼  作者: こう茶
4/7

4羽

 【桜花城】の眼と鼻の先にある公園の時計台は『午前10時4分』を指し示していた。

 この公園は元の世界の公園となんら変わらない造りだった。特徴と言えば、三角錐の建物だろうか。頂点に付けられた球体の中では時計がゆっくりと回り続け、どの方角からも見えるように動き続けている。


「よし、大丈夫そうだ」


 そう言って立ち上がる隼人の足取りは軽い。やはり、昨日の治療が効いたのだろう。

 自分の足が自由に動かせることに嬉しさを感じながらも、多少の申し訳なさも抱いた。




 ◆ ◆ ◆




 昨夜の事だ。薬の効果が切れると、激痛で夜中に目を覚ました隼人は痛みを止めるための薬を服用した。それにより、額に浮かんだ脂汗は引き、眉間のしわも取れたのだが、次に彼を襲ったのが、強烈な空腹感だった。

 こんな時間だ。辺りは一部を除き静まり返り、街全体が睡魔に包まれていた。水を飲んでも誤魔化せない。それどころか余計に腹の虫が騒ぎ出した。

 多少危険かもしれないが、夜の街に繰り出して食欲を満たす事に決めた。

 両足を倦怠感が縛り付けたが、薬のおかげで痛みはなかった。

 一階に降りて、外へと出ようとすると一人のホテルマンに呼び止められた。


「こんなお時間に如何なさいましたか? 治安は良いとは言え、危険が無いとは言えません。私でお力になる事がございましたら、お申し付けください」


「ええと……」


 ただお腹が空いたとは言い出せずに逡巡していると、彼の身体が急かしたてた。

 ぐるるるぅ、と動物が低い呻り声を上げるかのように主張した。慌ててお腹を押さえたが、もう遅い。ホテルマンは微笑み、恭しく頭を下げた。


「かしこまりました」


 ホテルマンが手早く用意したのが、おにぎりだ。単純に塩だけだったり、鮭が入っていたり、味噌を塗り焼いてあったりと3つのおにぎりが皿の上に並べられていたが、すぐにペロリと平らげた。食べ終わる頃には、これでは足りないと判断したホテルマンがお代わりのお握りを持ってきており、それも平らげた。ホテルマンの助力により彼は快適な眠りへとつくことが出来たのだ。




 ◆ ◆ ◆




 【桜花城】は平地に建てられた平城である。この城を中心に街が出来ていることから【桜花】とは城郭都市であると言える。

 【桜花城】へ出入りするためには、虎口を通り、堀にかけられた跳ね橋を渡らなければならない。

 そのため、不審者を弾くための門は堅牢であり、そこを守護する者たちも屈強であるのは当然の事であった。


「こちらに何用ですかな?」


 隼人に問いかけるのは2mは優に超えている高身長に、それでいて美丈夫であるという整った顔立ちが威圧感を与えない。しかし、細い女性の腰回りほどの太さの腕や脚、腰に差してある巨大な曲刀、背に背負った大盾が彼を容姿が優れているだけの人間ではないことを示している。

 とはいえ、その対応とギャップが隼人の胸中に安心感を生んだ。それに対する言葉もすらすらと出た。


「東郷美智子さんから、お手紙を頂きまして。」


 美丈夫は「然様ですか」、と言うと、隼人に断りを入れて全身を隈なく調べた。とはいえ、調節体に触れるという原始的な方法ではなく、ベッドの上に寝かされると、筒状の機械で体内までスキャンするという先進的な方法であった。

 身体検査が終わったところで、美丈夫は門に触れた。程なくして門の一部に光が走った。すると、ガシャンと大きな音を立てて鍵が開けられ、大人一人が通れるだけの扉が出現し、通り抜けることが出来た。

 扉の先にはすでに隼人を案内を任された使用人が待っていた。使用人は灰色の生地に桜の刺繍の入った燕尾服を着て、柔和な笑みを浮かべていた。

 使用人の案内に従って、馬車へと乗り込む。しかし、それは簡素なものであり、人力車のように2人掛けのものだ。ただ引くのは天を衝くかのように立派な角が二本生えた馬である。


 隼人の隣に腰を下ろした使用人は道すがら、施設の説明を簡単にしていく。


 隼人はその説明と、目の前に光景に目を輝かせた。

 やはり、城壁の外から眺めるのと、内側から見るのとでは全く異なるのだ。それは靄が晴れたかのように、澄み切った光景として、ダイレクトに情報を伝える。


 この桜花城の象徴である龍と虎、亀、鳥の像が四方を向く天守閣の迫力は圧巻だ。下から見上げると、首が痛くなるくらいに高い。

 そして、天守閣を守るように堀が掘られ、さらに、周囲に堀で作られた円が4つ。その中には大きな屋敷が存在する。

 その屋敷はこの街の有力者の住まいであり、所有物だ。防衛上、その構造には一定の制限がかけられているが、その所有者たちの個性がありありと表れていた。

 中でも最も目を引いたのが大商人であり、財政調整官でもあるファン・イグナシオ=アラゴンの五の丸だろう。

 それはまさに豪華絢爛。宝石のように色とりどりの魔晶石を使った瓦でアラゴン家の家紋である翼の生えた獅子が象られている。壁にも魔晶石が散りばめられ、光を反射してキラキラと輝いている。さらに、警備兵の武器や防具も高価で高性能なものが支給されている。

 他にも、三の丸は軍務卿の邸宅となっていることから、防衛面のみを追求され、そこだけで小さな砦のようになっている。塀なかからは男女性別を問わず勇ましい掛け声が聞こえてくる。敷地で訓練が繰り返されているのだろう。

 外務卿の屋敷である四の丸は、多種多様な文化が表現されている。外交上、人を招くこともあるのだろう。その際にその者にとって身近な文化があれば、親近感もわくだろう。そのため、一見奇天烈にも見える物まで飾られている。しかし、雑多というよりはうまく調和させているのだから、流石というべきだ。


 さて、肝心の東郷美智子は二の丸に居を構えている。つまり、この街でのNO.2の地位に就いていることがわかる。彼、ないし、彼女の役職は宰相、政治に深く関わり、特に外務卿との役割分担という観点から内政の分野に大きな権力を持っている。

 ここでは彼女と表すが、彼女の屋敷はこの街そのものであった。色とりどりの桜の木が植えられ咲き乱れている。大きな池があるかと思いきや、隅々まで手入れが行き届いた枯山水庭園。石畳を歩いていくと茶室が見える。さらに待合としても使われる東屋、夜を彩る灯篭、岩を中心に砂利で造られた石庭等々、純和風の光景が広がっていた。まるで、修学旅行で行った京都のように繊細で趣がある。


 屋敷の中もこちらでいうところの杉の木、オウカ杉の廊下を通り、客間へと通される。畳独特のにおいと、桜の木の下で子供が遊んでいる様子が彫られた木の机、淡いピンク色で桜の花びらが縫い付けられたふかふかな座布団。

 ここで案内してきた使用人は奥へと下がっていった。

 屏風にも桜の木、その絵は部屋全体で一枚の絵となっているようだ。翁桜の木の下で楽しそうに遊ぶ子供、そこには人種や性別など関係なく描かれている。獣人やロボットまで描かれていることから、ここでは彼らもきちんと人として扱われていることが分かる。庭の方の障子は開けられ、眺めることができるようになっている。見事といっていいだろう。着物を着た者たちがお茶を嗜んでいる風景も、実に雅である。

 風景に目を奪われていると誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。


「入るわよん」


 屏風を坐したまま開けると、一礼し部屋へと入る。その際、一度立ち上がったが、やはり大きく、逞しい。これでこの街では戸籍上は女性となっているのだから、世の中分からないものである。


「いつになったら来てくれるのかと心待ちにしてたわよん。

 はい、これお茶とお菓子よ。どうぞ召し上がれ。遠慮しないでいいわよ。お茶のお代わりもあるからね」


 そう言って自ら差し出すのだから、この人あっての屋敷なのだとまざまざと実感する。


「ありがとうございます。では、頂きます。

 ……それにしても凄いですね。他のお屋敷も凄かったですけど、ここも負けてない」


 彼女は苦笑すると、お菓子を一つ摘み、一口サイズに千切ると口に入れた。それを飲み込んでお茶をすすってから、口を開いた。


「そうね。ここは素晴らしい場所だと自負しているわ。けどね、ほかの屋敷でも自分の役職があるの。だから、100%自分の思い通りってわけにはいかないの。だから、あれだけで彼らを決めつけないであげてね」


 この場だけ時間がゆっくり進んでいるいるように感じていた。


「ちょっと遅くなったけど改めて自己紹介をするわ。

 【桜花】で宰相を務めている東郷美智子よ。

 今度は貴方の名前を教えてくれるとうれしいわ」


 差し出された右手を握り返して、それに答える。


「僕は神木隼人です。ええと、色々としてくれてありがとうございます」


 彼女はうれしそうにほほ笑むと、そのまま握った隼人の手を摩り始めた。


「ふふっ、いいのよ。それにしても若いっていいわぁ。アタシもあと十年若ければ……」


 寒気を感じた隼人は思わず手を振りほどいたが、それにより彼女が気を悪くすることはなかった。

 もう一度隼人に菓子を勧めると、話し始めた。


「貴方にここに来てもらったのは、この街のこと、ひいてはこの世界のことを知ってもらいたかったからなの。

 早速だけど、話し始めてもいいかしら?」


「はい、お願いします」


 先ほどまでのにやけ顔が消えたので、隼人もまた気を引き締める。


「まずは大枠から話していこうかしら。

 この世界はどういう所か、分かるかしら?」


「どういう所……ですか。

 良く小説でありそうな、ファンタジーな世界だなって思いました。あ、でもそれにしてはロボットとか、高い建物とかがあってちぐはぐな感じはしましたけど……」


 事実は小説より奇なり、という言葉もあるくらいだ。実際にファンタジーな世界に来てみての誤差の範囲内だろうと納得していた。


「そうね、アタシもそう思ったわ。

 じゃあ、もう一つ。この世界で貴方は何ができると思う?」


 そう問われて右手親指と人差し指で下唇をつまむようにして考えに耽った。


(ファンタジーな世界といえば、魔法かな? 日本人みたいな人も多かったし、陰陽師みたいな人もいるかもしれない。

 それにロボットにハイテクな機械……SF映画みたいに宇宙にも行けるかもしれない。ということは空も飛べるのかな?)


 彼女は隼人が思考し始めたのを見て、彼の中で答えがまとまるのを待ち、口を開いた。


「今、貴方が考えている大概のことは実現可能であり、存在しているわ。

 でも、それが重要じゃないの。この世界はね……」


 彼女は次の句を溜めた。隼人はその先に無性に惹きつけられた。


「願いが叶う世界なの。この世界に来た人の願いが何でも一つ叶うのよ」


「嘘じゃないわよ」、と笑いかける。


「そして、私たちはこの夢の世界【希望の翼アーラ・スぺランツァ】に迷い込んだ旅人。だから、研究者は私たちを【夢人リュレーヴ】と名付けたわ」


「【夢人リュレーヴ】。僕も僕の願いが叶うのでしょうか?」


「そうよ、最も何が貴方の願いかは自分で見つけるしかないの。ちゃんと自分自身と向き合うのよ?」


 彼女の顔はお世辞にも整っているとは言い難い。むしろ、ピンク色のパンチパーマという奇天烈な髪形に大柄で筋肉質な体つき、見る者に威圧感を与えるだろう。だが、そう感じさせないのは耐えることない笑みと柔和な言葉づかいのおかげだ。


「元の世界も人によって違うわ。私たちからすれば、元々ファンタジーな世界に住んでいた者もいるわ。

 それに意外かもしれないけど、この世界の歴史は浅いわ。現存してる記録は約200年前のものが最古ね。地層とかを見てみてもそれを裏づけしているわ。故に最初にここに来た人の願いそのものがこの世界だったというのが通説ね。世界共通通貨の最も高価な十万スペル通貨の肖像画になっている彼こそが、私たちの祖先なの」


 そう言って懐から取り出した一枚のお札には、満面の笑みを浮かべ、王冠を被った西洋人のような男が映っていた。


「じゃあ、次ね。

 最初にアタシが言ったことを覚えているかしら?」


 最初に言われたことと回想するが、衝撃的な映像はいくらでも思い出せるが、言葉までは思い出せなかった。


「すみません、覚えてないです」


「そっか、まあ良いのよ。

 アタシが言いたいのはここが東区第二都市ってことと、故郷ってことね。

 この世界、というよりも大陸かしらね。大まかに東西南北に区分けされているの。

 一つの区に、十の都市が存在しているわ」


「それでね」、と彼女は続けた。

 曰く、区にはそれぞれ特色があるようで、北は魔物を生み出す迷宮が多く存在し、腕に自信があるものが集まる。さらに魔物の大量発生、変異種の誕生ということが起こりやすいことから、陸地には北区とほかの地域を隔絶するように高く頑丈な壁で囲われているという。

 西区はまだまだ未開拓地の多くの残る区域だ。故に手つかずの自然が広がり、都市の規模もそれほど大きくない。原生林から取れる貴重な草花や、独自の生態系の上に成り立つ魔物素材などが産出されている。最近ではキャンプ場として場所を提供して観光業の発展も著しい。未だ発展途上に都市群である。

 南区は一言で言ってしまえばリゾート地である。一年を通して温暖な気候、果物の種類も多く、この地では数多くのデザートが生まれている。

 そして、東区は多様な文化が入り混じった都市群である。また、この区域には日本人が現れることが多い。時代によって差があるが、小説などによってファンタジー世界に素養のある者も多く、文化的な調和がなされている。この世界において比較的開発が進んでいる都市群でもある。


「とまあ、長くなっちゃったけどこんなところかしら。

 後は、故郷という意味なんだけど、そうね、あまり気を落とさずに聞いてほしいのだけれども、この世界に踏み入れた者で元の世界に帰れた者はいないとされているわ。

 だから――」


 帰れない、その言葉は隼人の胸に深く突き刺さった。

 頭の中に両親や友人の顔が浮かんでは消えた。楽しく幸せな記憶が呼び起される。それこそ、隼人の記憶の奥底に眠っていたものまでが喚起された。


「ああぁ……僕は帰れない? 母さんに、父さんに、もう……」


「しっかりして、気を――」


 必死さを帯びた彼女の声も今の隼人には届いていない。


「僕は、僕はなんてことを」


 涙が零れ落ち、視界が狭くなる。


「こんなことになるくらいなら――」


 頭が大きく揺れ、そして、意識が闇へと沈んだ。

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