3羽
――ジリリリ!
隼人は自分の携帯のアラームによって目を覚ました。時刻は午前6時。あのバスケのトライアウトで合格していれば、練習に向けて準備をするころだ。
いつものように、ジャージに着替えようとするが、近くに荷物を詰め込んだバッグが見当たらない。
それどころか見たこともない場所に寝ていたようだ。
合宿場も訪れたことはないのだから、見たことがないのは当たり前なのだが、部屋の内装がどこか浮世離れしているのだ。
SF映画の様に、目覚めと同時に机の上に全自動で紅茶が用意されたかと思えば、そばに置かれた掌ほどの小さな観葉植物は土から根を出し、ペッタンペッタンと動き回ると自分で水道のところに行き蛇口を捻り、水を浴びた。さらに、子犬のような大きさの小竜がパタパタと飛び回り、大きすぎる帽子をかぶり目の前が見えなくなっている妖精が歌を歌っている。
「なんだこれ?」
混乱の極みである。
「ええと、僕は確か……」
隼人は口に出して現状を確認し始めた。
そして、あの異世界のような光景は続いていて、夢ではないということだ。当然、隼人の足は動く。とはいえ、初めての運動でひどい筋肉痛に襲われていたが。
「うう、痛い。動けるようになったのはありがたいけど、こんなに痛いなんて。あっ、そういえば」
昨日に挨拶を交わした相棒を探す。
隼人が探していることを感じ取ったのか、青い光玉はふよふよと眼前に現れた。ふらふらと飛ぶ姿は光玉もまた眠たいのだと思わせる。
「ふふ、眠たそうだね。今日もよろしくね」
痛みを堪えながら、立ち上がる。せっかく用意してもらったのだから、と紅茶に口をつけると花柄の便箋が目についた。
「これはなんだろ?」
開くと、女の子らしい丸い文字で今後の予定が書かれていた。
『おはよう、お目覚めはいかがかしら? よく眠れた?
昨日は突然倒れてしまったから、驚いたわ。それだけ疲れてたってことよね?
まあ、無理もないわ。この【アーラ・スペランツァ】は元居た世界とは勝手が違うから。でもね、それでもこの世界を精一杯楽しんでほしいと思うわ。
前置きはこの辺にして、本題に入るわね。
貴方はきっとこの世界のことを知りたいと思っているはずだわ。それを教えてあげたいのだけれど、この手紙だけじゃ、到底伝えきれない。だから、私のところまで来てほしいの。
私が居るのはこの街で一番高くて、目立つ所にいるから。そこの門番さんに《東郷美智子》の紹介でと言えば、案内してもらえるわ。
時間は10時から11時までと、14時から15時まで。日にちはいつでも構わないわ。お茶とお菓子を用意して待ってるわね。
あと、あなたが泊まっている【桜花亭】には一週間の間はタダで泊まれるわ。もちろん、一日三回の食事付きよ。
だから、出来れば、一週間以内に私のところに来てほしいわ。また、何かほしいものがそこのスタッフに言ってね。お金のことも心配しなくていいわ。
じゃあ、長々と書くのもあれだし、この辺で。
貴方に会えるのを楽しみに待ってるわ。
桜花の天使・東郷美智子より、愛をこめて』
隼人は二度三度と、読むとため息とともに呆れた声を漏らした。
「なんと言うか、いろいろと強烈な人だなぁ。悪い人じゃなさそうなんだけどね」
手に持ったカップの中身を飲み干すと、両手に手をついて立ち上がる。その動作はノロノロとしていて、痛みが奔らないようにと気を遣っているのが見て取れた。それでも、激しい痛みが奔るようで、顔を顰めてはいたが。
見渡すと、玄関と反対側に細い廊下、その先には二つのドアがある。
「もしかして、お風呂とかがあったりするのかな? 正直ベトベトだから、早く浸かりたいな」
普段のというより、車いすさえあれば数十秒で行ける距離を、ゆっくりとした歩調で数分をかけて、手前のドアを開いた。
そこはお手洗いだ。それは彼が日ごろ使っていたものとなんら遜色がない。しいて言うならば、漂う匂いや、流れる音楽が心地よく、何時間でも籠っていたくなるということくらい。便器を目にして、用を足すが、不快な臭いは鼻を刺激することなく、別の匂いが変わらず支配している。
次に奥のドアを開けると、そこは洗面所でお手洗いとは別の香りが漂っていた。そこにある鏡も曇りひとつなくきれいに磨かれている。そこに無料の歯ブラシがなく、残念に思ったが、赤と青のお湯、冷水、のさらに隣三つ目の緑の蛇口をひねりそれを口に含むと、その理由がわかった。
「うわ、なにこれ!? スッキリする!」
思わず驚きと喜びをはらんだ声を上げる。
隼人が口に入れたのは、【精霊水】と呼ばれる高級な水だ。それは精霊の力が込められており、飲めば、体の毒素を抜いてくれるという優れものだ。つまり、それでうがいをするだけで、虫歯などを気にする必要がなくなるのだ。
上機嫌で服を脱ぎ、洗面所のさらに奥の扉を開ける。
そこには日本人が気に入りそうな檜の浴槽がなみなみと湯を張った状態で待ち構えていた。
「すごい、すごいよ!」
備え付けのシャワーからもまた【精霊水】が流れ出て、さっと掛け流すだけで体中の汚れが流れ落ちた。
お湯に入ると、まさに極楽。
炭酸水のお風呂であり、パチパチと凝り固まった体を揉み解す。
「あ~」、と気の抜けた声を出すと、足を伸ばしてもなお余裕のあるお風呂を楽しんだ。
湯気を立ち上らせながら、風呂から出る頃には優に30分が経過していた。
再び扉を開けて出ようとすると、枠から温風が吹き出し、全身に滴るお湯を吹き飛ばした。
豪勢なお風呂のおかげで多少は自由の利くようになった体を引きずるように外に出た。
隼人が泊まっていたのは3階の一番奥の部屋であり、この宿の最上階だ。上にというよりも横に広がっており、長い廊下が続いていた。手すりに掴まりながら、やっとの思いで1階まで降りると、食欲を掻き立てる匂いが充満していた。
「おはようございます、どうぞこちらに」
燕尾服を着た青年が笑みを浮かべて、隼人を食堂へと案内した。
しかし、隼人の足取りは疲労が溜まっており、ウェイターのゆったりとした歩調にすら追いつくことが出来ない。
「これは大変失礼いたしました。すぐに杖か、車いすをご用意いたしましょうか?」
その気遣いを隼人は断った。
「ありがとうございます。けど、必要ありません。自分の足で歩きたいんです」
「然様でございますか」
そう答えたきり、男は補助を申し出ることはなかった。それでも何度も後ろを見ずに隼人に歩調を合わせられるのは流石である。
「当旅館の食事処【ソメイヨシノ】でございます。朝食でございますので、バイキング形式を取らせて頂いております。
お申し付けくだされば、席までお持ちいたしますが、いかがいたしますか?」
「いえ、選ぶのも楽しみたいので……」
男は笑顔で黙礼すると、前から下がっていった。
1人になったところでメニュー選びに意識を集中する。
肉や魚、さらに麺類等々。和洋中の一通りのものが揃っているようだ。その中で一番なじみ深いものを選んだ。
あまり歩かなくても良く、それでいて人の通りが避けれる個室に座ると一息。ちょっと歩き回るだけでも一苦労だ。しかし、その一息さえもこの【桜花亭】は飽きさせない。
隼人が入った個室は桜の模様が至る所に、それでいて、くどくない程度にさりげなく装飾されており、この旅館のこだわりを感じられる内装になっている。
「すごい……まるで高級旅館みたいだ」
室内には太陽を柔らかく取り込み、自然に明るさが保たれている。
「こうゆう雰囲気いいなぁ」
「ありがとうございます」
声の聞こえた方を向くと、先程とは違う若い女性がトレイを横に置き、にこやかにお辞儀をしていた。
「こちらにお飲み物のお代わりを置いておきますので、ご自由にお使いください」
さりげなく隼人が選んだ飲み物をチェックされていたのだろう。歩かなくてもいいように、ポッドを置いていく心遣いである。流石にこのもてなしまで拒否するわけにはいかない。見事といっていいだろう。
「けど、僕には早すぎるなぁ。うん、きっと分不相応だよね」
そう言いながらも、決して嫌がっているわけでないことは満足そうな表情か分かる。
箸を取り小さく「頂きます」、と呟く。
真っ先に箸を向けたのが、メインの肉。一般のホテルよろしくハムやウィンナーといった物を選んだが、味が違った。
プリッと弾けると同時にあふれんばかりの肉汁、分厚いハム、それでいて柑橘系の果汁がかけられているのか、爽やかで朝でも苦も無く食すことができる。
主食となるお米も硬すぎず柔らかすぎず、それでいてコメ本来の甘みが強く、それ単体でも食べられるだろう。サラダの野菜も瑞々しく、葉物野菜には桜の花びらが浮かび上がっており、まじまじと見てしまったがそれも仕方ないだろう。これこそがこの街が桜の名を冠している理由の一つである。
それも楽しんでもらうためにも、この旅館では必ず地元の野菜が使われるのだ。
食事を満足いくまで楽しむと、自室へと戻る。風呂は使い放題であり、往復の疲れを癒すと、準備を整える。とは言え、身一つでここまで来たため、身だしなみを整えるくらいしかやることはない。
下に降りて、外に出ようとするとドアマンに呼びとめられた。
「お客様、こちら東郷美智子様より支度金と【桜花城】までの道のりが記録された端末でございます。また、こちらの端末は返却していただかなくとも結構でございます」
手渡された黒財布と手のひらサイズの端末を受け取ると礼を述べた。
「何から何まですみません」
「いえいえ、私どもは当然のことをしたまででございます。不安や戸惑いがございますでしょうが、私ども一同が全力でサポートさせていただきますので、ご安心頂ければ幸いです」
頼りがいのある励ましに言葉が詰まる。ドアマンの表情は優しく柔和だ。加えて、【桜花亭】の接客の従業員は全員が元日本人であるということもあり、より深い安心感を抱かせた。
「お節介かとは思いますが、端末に【桜花城】のほかにも役に立つ情報を載せておきましたので、よろしければご利用ください。
それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ。無事のおかえりをお待ちしております」
見事なまでの角度のお辞儀に惚れ惚れしながらその場を後にした。
端末には現在地を示す人の絵がてくてくと歩く姿が映し出されている。目立つように赤いマークがついているのは【桜花城】、青いマークには病院が位置しているようだ。
「【ダリヤ精霊治療医院】? 僕の足を見て登録しておいてくれたのかな?
でも、ちょっと遠いなぁ」
【桜花城】までの距離と比べて倍ほどある。加えて方向が逆だ。今の足の状態を考えると気が重い。
「それでも足がちょっとでも良くなるなら、行ったほうがいいか……うん、やっぱり行こう」
そう決めるや否や行動は早い。のろのろとした歩みではあるが進んでいく。
道行く人々は日本人のような顔つきの者が多いが、狼の顔をした兵士や見た目麗しい見た目の長耳のエルフ、ゴワゴワとした髭で顔の下半分を隠したドワーフ、果ては歩くロボットなど、その人種は多種多様である。
通りは見慣れた飲食店や服屋は勿論のこと、武器や防具が売っている店もあり、心が躍った。
矢や刀剣類の叩き売りや鳥、蛇、竜の卵クジは異世界ならではというところか。
屋台で飲み物を買おうと、財布を覗くとお札が何枚も入っていた。
流石に、人目のあるところでその額を口にするのは憚られたが、思わず言葉にしてしまいそうになるくらい高額だった。
(見たことがない札束だけど、きっと使えるんだろうな。数字を見るに日本円で10万と後は見たことない札束が数でいうと20万円……? いや、きっと円ではないだろうけど)
それに隼人が見ている円も記載されている文字は日本語だが、描かれている人物画が違う。それに千円札の人物に会ったことがあった。
(お札になってるってことは結構すごい人なんだよね。強烈過ぎて、その凄さがよく分からなかったけどね)
人物画を見て苦笑すると、目当ての売店に向かう。
「いらっしゃい! 足は大丈夫かい? うちの特性ドリンクを飲めば疲れも吹き飛ぶよ!」
フランクに話しかけてくる店主に笑みが漏れる。
その店主の周りを飛ぶ、光玉も元気に動き回りその明るい性格を表しているかのよう。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。
でも、この桜花レモンジュースを一つください」
「はいよ! お代は日本円で250円、スペル硬貨で1エルだよ」
隼人はスペル硬貨がどれを指すのかが分からない。だが、聞くのは気恥ずかしく、予想の付いている千円札を差し出して買い物を済ませる。
コップには桜の花の形をした氷が浮かべられており、見た目でも楽しめた。肝心の味はシュワシュワとする炭酸に柑橘系特有の爽快感で、確かに疲労が吹き飛んだ気がした。
黙々と歩く。飲み物を到着するまでにもう一本買わなくても済むように、チビチビと飲む。隼人のペース配分は正確そのものであった。
目的の病院は坂道の途中にあった。ログハウスのように太い木の上に建てられていた。太い枝でできた階段を上ると入口があり、扉には3種類の言語で書かれた看板が掛けられていた。
その内の2種類は読むことができなかったが、平仮名で「かいぎょうちゅう」と書かれているので、おそらく他の二つの言語も同じことを示しているのだろう予測することができた。
「やっと着いた。うん、やってるね」
数回深く息を吸い込むと乱れた呼吸を整える。
扉を開くと、小さな妖精たちが自由気ままに飛び回っており、テーマパークに来ているかのような気分になった。
受付にはエルフの女性ととそれを補佐するようにロボットが動き回っていた。その奥には背の低い小人が書類を見ながら薬を探している。その姿は子供が精いっぱい頑張っているようで微笑ましい。
「こんにちは。以前こちらに来たことはございますか?」
やはり、営業スマイルだとしても美人の笑顔はそれだけで場が華やぐ。元の世界でお目にかかることはできないくらいの美女だ。これでもし不愛想な対応をされでもしたら、ちょっとしたトラウマになりかねない。
「いえ、初めてです」
「然様でございますか。それでは、こちらの用紙にご記入をお願いいたします。また、何か身分を示すものはございますか?」
そう言われて、ポケットの中を探すがそんな物は持っていないのだ。内心冷や汗をかきながら、正直に話した。
「あの、僕はここに来たばかりで何も持っていなくて……ただ、お金だけはもらってきているので」
「これは失礼いたしました。それでは、身分証が発行されるかと思いますので、その際にはお手数ではございますが、もう一度こちらへお越しください。本日はお名前をご記入していただければ結構でございますので」
ほっと胸を撫で下ろす。とは言え、保険証を持っていないのだ。割高になることは間違いないだろう。
バインダーに記入用紙が三枚挟まっており、日本語、不明な二言語で書かれている。ここでもこの世界での多様な人種に対応していると考えられる。
記入自体は簡単でチェックをするだけで済んだ。
程なくして名前が呼ばれ、奥の診察室へと案内される。
中はいたってシンプル。机にパソコン、ベッド、助手のロボットだ。
精霊治療医院というだけあって、先生も見た目麗しいエルフの女性だ。しかし、受付の女性とは違い。愛想の「あ」の字もなく、すっと細められた切れ長の目は彼を萎縮させた。
「座りなさい」
掛けられる言葉も妙に高圧的だ。
「足が痛いということだが、それはいつからだ?」
「は、はい。ええと、昨日からです」
白衣を翻し彼の足元に跪くと、ズボンを捲し上げる。
彼女の白く細い手が足に触れるたびに、激痛が奔った。
「ひどい筋肉痛だな。何があった?」
おそらくはただの運動不足、と言うよりも歩けるようになったのがうれしすぎて動き回りすぎたのが原因なのだが、それを正直に話すには彼女の顔が真剣さを帯びすぎていた。
「ええと……」
「何だ言いにくいことか? 安心しろ、患者の情報を外に漏らすような馬鹿な真似はしない」
言わなければ、帰してもらえ無さそうだと嘆息する。
これまでの出来事を簡単に説明する。
この世界に迷い込んだこと、今まで動かなかった足が動いたこと、それが嬉しくてつい歩きすぎてしまったこと、それらを話し終えた後、彼女は呆れた顔でため息をついた。
「激しい戦闘でも行ったのかと思ったが、よくよく考えれば、その程度の怪我で済むはずがないか。
しかし、愚かとしか言いようがないな。君の心情を考えれば分からなくもないが……そうか、君の願いは」
彼女は一人結論を導くと目を閉じて考える。コツコツと机を小刻みにたたく動作はドラマのワンシーンのように様になっていた。だが、目の前に座っている彼は彼女がいらいらし始めたのではないかと内心ビクビクしていたが。
「分かった。君には二つの選択肢がある。
一つ目は、通常の治療だ。この場で軽く治療したのち、痛み止めの薬を飲む方法。
二つ目は、荒治療だな。更なる激痛が奔るだろうが、明日には問題なく歩けるようにしてみせよう。
すべては君の選択次第だが、私は二つ目の選択肢をお勧めする。なぜならば、これこそが君の願いに適うものだと考えるからだ」
願いの部分がやけに強調された言葉は彼の耳に心地よく響いた。
しかし、この時点で彼女は一つ勘違いをしていた。これが後に彼自身願いを誤認させた一因となる。それに気づくのは後の話。
「はい、分かりました。二つ目でお願いします!」
覚悟を決めた強い瞳は彼女にも好ましく映った。
初めて笑みを漏らす。
それは微笑みと言って差し支えないほど、ささやかな表情の変化だった。だが、それは確実に彼を魅了した。
そして、幸運なことに痛みを認識するのを遅らせたのだから。
「だが、安心したまえ。このダリヤ=ガイダルの腕前を如何なく見せつけよう。魅了されるがいい、安心するがいい、全てを委ねるがいい。
では、いくぞ」
彼は依然として彼女に見惚れていた。それほどまでに彼女の笑顔は破壊力を持っていた。
呆ける彼をよそに準備は着々と進んでいく。
「【雷の精霊】私に力を貸すがいい」
彼女の目には雷を纏った妙齢の女性が現れているが、彼の目にはそれを捉えることは出来なかった。
事ここに至って、彼女から目を離した。
この世界に来て間もなく、不可思議な現象の正体を知らぬとは言え、何かがいると察知できるほどの大いなる力。それがこの狭い病室に顕現した。
二度目の接触。それは痺れるような甘美なものへと変わる。しかし、それも束の間。痛みだけが彼を支配した。
「ぐ、あああぁっ!」
声が漏れると同時にその白い手が足から額へと移る。
すると、どうだろう。乱れた呼吸が次第に落ち着き、痛みが引いていった。
「あれ?」
不思議そうな顔で彼女を見ると、満足げで誇らしげに口元を緩ませていた。そして、自分のやるべきことは終わったとばかりに、パソコンに向き合い打ち込んだ。
「治療は終了した。いくつか薬は処方しておくが、それを飲んでよく寝ることだ。それと絶対に寄り道せずに帰れ、いいな?」
鋭い流し目を送られた時には、頷く以外の選択肢はなかった。
治療の甲斐あって、痛みなく宿へと戻ると、処方された薬を飲む。
瓶に入れられた特製の栄養剤と増血剤、それに痛み止め、睡眠剤。
栄養剤は良薬口に苦しの言葉通りに苦く、吐き出しかけたが意地で飲み込んだ。
睡眠剤の効果もあって、程なくして眠った。