1羽
黒を基調に、第二知蒙学園高等学校の略称で、『Ⅱ蒙』という文字を崩した校章が縫い付けられたブレザーを羽織り、青と緑のパネル柄の自前のネクタイを締め、緊張した面持ちで少年がバスに揺られていた。
少年の左隣には母親が座り、カクンと舟をこいでいた。
そんな母親の様子を見て、ちらりと見ると呆れたように小さく笑った。
このやり取りだけ見れば、仲のいい親子なのだと思われるだろう。その印象は間違いではない。だが、少年に一つ目立つ特徴があった。
それは動かない両足だ。そして、それを補助する車いすに座っていること。
しかし、その特徴もこのバスの中ではそれほど目立つものではなくなっていた。
それもそのはず、このバスに乗る半数以上が車いすに座っているからだ。
彼らの目的はただ一つ、関東有数の車いすバスケットボールチームのトライアウトに参加するためである。場所はある湖の近くにあるチームの合宿場。そのチームは所属するメンバー自らが先行するということもあり、この競技で名を挙げようと思う少年たちからは人気が高い。
『Ⅱ蒙』の学生である少年は腕に巻いたリストバンドを見たり、触ったりして気を紛らわせていた。
そのリストバンドには高校の友人たちや地域のバスケチームメイトからの思いが込められていた。所狭しに書き殴られた熱い励ましの言葉。これを見るたびに恵まれていると思うのだ。
物心ついた時から、足は動かなかった。外を歩く同年代の子供たちを見るたびに、どうして自分は動けないのだろう?
這いつくばる自分と空を飛ぶ鳥を見て、ああいう風に飛べたらなと考えたこともあった。
年を経るたびに自分のことを理解して、受け入れた。それはひとえに周りの支え、両親や友人が大きかった。
そして、一人の友人に連れられて見に行った試合が転機となった。
車いす同士で激しくぶつかり合い、ボールを取り合い、腕だけでシュートを決める。
どうしようもなく、憧れた。普通のバスケと比べて、より荒々しく、より雄々しい。
試合が終わるころには自分も同じステージに立って戦いと思った。
その後は、とんとん拍子に事が運んだ。両親は息子の新しい目標を喜び、少年自身も才能があったのだろう。チームに入ってから如実に頭角を現していった。
そして、今全国を目指すべく、強豪チームへの切符を手にしていた。これに乗れるかどうかは、神のみぞ知る。
感慨にふけっていると、バスが目的地に到着したようだ。
バスから降りるとあたりを見回すが、濃霧が発生しており、視界が遮られる。
しばしの自由時間を母親と一緒に過ごすことにしたようだ。母親が近くの売店でアイスを買いに行っている間、ふとより霧の濃いところに行ってみたくなった。
霧に手を伸ばすと、幼き日々に夢見た雲の中にいるような気持ちになれた。
そろそろ戻ろうと霧の中、車いすを進ませるが、いくら漕げども元のバス停につかない。次第に少年の心に焦りが募り始めた。
そして、徐々に道が悪くなり、ガタガタと車体が揺れ始めた。その様子がさらに不安を助長した。
(もしかして、迷った?!)
しかし、焦っても状況は変わらない。むしろ悪化するばかりである。
終いには、車いすから投げ出されてしまう。
「痛っ……」
呻いた後、あたりを見渡す。霧が隠していたのは彼の膝あたりまでで、地を這っている今の状態ならば、少し先を見ることができた。
「これは一体?」
少年は青い光玉が飛びまわっているのが見えた。その先には、高い城壁に囲まれた街。
これが異世界『アーラ・スペランツァ』での初めての光景であった。