魔法薬作り
「では、これより調合を開始する」
店の奥にある調合室こと研究室にわたしとおじさんとヒルが集っていた。
わたしとヒルは、昨日森に行った日の夜疲れた顔のカンナから届けられた、制服の上に長袖のエプロンを身につけて、おじさんと向かい合っている。
この店の制服はシンプルで、ブラウスの上にベストを着用する。女子はスカート、男子はズボンを履いて、常にきちんとした格好を求められる。
「では、シュンツェの実とタッチェの実を細かく刻んでくれ。ヒルはこっちだ。あぁそうだ。切るときは、魔力を流し込みながらやってくれ」
おじさんの指示でわたしとヒルは動き始める。わたしは、シュンツェとタッチェを切りはじめたが、魔力を流し込みながら切るのが難しい。神様に魔力を捧げて祈るのは経験あるけど、あれは祈りの言葉を言えばするりと流れていった。魔力を意図的に流すのは初めてで結構大変だ。
何度か挑戦した結果、流すことが出来た。時間と体力を大量に消費したが。
「おじさん。これでどうですか?」
おじさんを呼んで聞いてみた。きちんと切れているか。魔力がちゃんと流れ込んでいるか。おじさんはわたしが切ったものをじっくりと見て、その目付きが真剣すぎて恐かったが、「いいだろう」と言った。ほっと息を吐く。
(細かくと言われたから、みじん切りにしたんだもん。切り足りないとは言わせないよ)
おじさんに呼ばれて、ヒルのいる方へ行くと、ヒルは大きな鍋の底に薪をくべて火をおこしていた。火事にならないのか、心配になったが火は一定の範囲以上は出ないようになっていて、火事の心配は無いようだ。
ずっと火をおこしていたのだろう。ヒルは汗だくになっていた。
「まず、レンチェの蜜を入れて、回しなさい。全体的に黄色くなったら声をかけるように」
おじさんに言われて、鍋の前の台に立ち渡された魔術具の棒でぐるぐるかき混ぜる。わたしが入れるくらいの大きな鍋には水が入っている。
ぐるぐるぐるぐる。最初、蜜が鍋の底でどろどろしていて回しにくかったのが、溶けてきて、混ぜ棒が動きやすくなってきた。何のつっかかりもなく回せるようになった頃には、透明だった水が黄色くなっていた。
「おじさん。これでいいですか?」
おじさんに声をかけたら、次はシュンツェを入れて混ぜるようにと言われた。
ヒルに渡されたシュンツェを水が跳ねないように丁寧に入れる。
ぐるぐるぐるぐる。わたしは魔力を流し込みながら、混ぜ続け。ヒルはおじさんに呼ばれて、手伝いながら火の温度が低くならないように注意していて。おじさんは少し離れた机の所で、調度わたしが片手で持てる大きさのビンと大きな紙を用意している。紙には複雑な模様を書いているが、遠すぎてよく見えない。
シュンツェが溶けてきたので、声をかけようとしたらその前に次の指示が飛んできた。わたしはタッチェを入れて、また、混ぜ始める。
ぐるぐるぐるぐる。みんなが自分の作業に集中しているため、とても静かな部屋で、わたしは腕がだるくなりながらも混ぜ続けた。
タッチェも溶けてきたなと思いながら混ぜていると、おじさんが鍋のなかを見て、「ヒューシェンと言いなさい」と言われた。魔法薬を作るとき最後に言う言葉らしい。
「ヒューシェン」
カッと表面が光った。光が収まると、鍋の中には黄色い液体が熱により、沸騰していた。
ヒルが火を消していると、おじさんがビンとあの紙を持ってきて、鍋の中身をビンにいれ始めた。
10本ほどのビンにいれ終わるとわたしに持たせて、紙を持ってヒルの方へ向かう。そして、紙を広げて使った鍋や棒を置いていく。魔方陣がかかれた紙の中心に魔石を置いて、何か呟いた。その瞬間、鍋達が水におおわれて水が引いたときには綺麗に洗われていた。レンチェの蜜が鍋の底の方で焦げていたのに、焦げも綺麗に落ちている。あの魔方陣、わたしに教えてくれないだろうか。
「さぁ、これで終わりだ。二人ともお疲れさん」
おじさんの一言でわたしとヒルの緊張の糸が切れてそこに座り込んでしまった。二人で顔を見合せ苦笑する。
魔力の消費はそこまで無いが、体力の消費量が半端なかった。おじさんに言うと、びっくりした顔をしながら、体力と魔力を回復する魔法薬をくれた。
薬で元気になったわたしは、できる範囲でお片付けを頑張った。伸長が低いせいで、高いところにものを置けないのだ。だからわたしが頑張ったのは、下の方。
「……完璧だ」
お片付けが終わり、綺麗になった部屋でわたしは、作った魔法薬の出来を見てもらった。ドキドキしたが、、わたしはその一言で、安堵の息を吐いたが、おじさんは不思議そうな顔をして、ため息を吐いた。なんで?
「良かったな。合格点もらえて」
「うん。手伝ってくれてありがとう」
「今さら何を」
緊張しか無いおじさんの部屋を出て、わたしとヒルは私の部屋で雑談をしていた。
「今回の調合何が一番大変だった?」
「そうだね…魔力を流し込むのが大変だったかな。体力をごっそり持ってかれたし。ヒルは?」
「オレは全部だ。鍋の温度を保ったまま、おじさんの手伝いをするのは骨が折れる」
「お疲れ様」
わたしが労いの言葉をかけるとヒルは、素直にありがとうと言った。魔力が無いからというだけで一人大変な思いをするのは、罪悪感にかられる。しかし、いなくて困るのはわたしなので、どうしようもない。
ーーチリンチリン
この店で何度も聞いた、来店の知らせを促すベルの音が聴こえた。わたしとヒルは、走っておじさんの部屋へ行ったが、おじさんは居なかった。もうお店の方へ行ったのだろうかと思ったが、お客さんの声が聞こえて、わたしとヒルは顔を真っ青にした。店の方へ慌てて、でも優雅に向かう。
「いい?何があっても、絶対に笑顔でいるんだよ。無理かなと思ったら、店主を探しに行くと言ってその場から逃げ出して。基本的に喋らなくていいから」
わたしがこそっと言った一言にヒルはこくりと頷く。ヒルにエールを送るつもりでぎゅっと手をつなぐと、ヒルも握り返してくれる。微かに、ヒルの手は震えていた。
わたしとヒルがお客さんの方へ行くと、目を見開いていた。
わたしは心のなかで、苦笑した。誰だって、こんな店で小さな子供が働いているとは思わないだろう。
神殿で身につけた優雅な微笑みをわたしは浮かべて、ヒルの一歩前へ出る。
「いらっしゃいませ。魔術具店 クロード屋の後継ぎ、シンハと申します。以後お見知りおきを」
はじめての調合をしました。ヒルもシンハもくたくたです。
そんな二人に追い討ちをかけるかのように、お貴族様が来店です。
心も顔も真っ青な二人。
次は、ヒルと二人で接客します。