おじさんの説得 後編
「断る」
じーっと見られた後言われた言葉は、予想通りのものだった。
頑固で気難しい、おじさんは魔力持ちなのだろう。だから、周りの人に危害が無いように関わらなくなった。(あくまで予想)
「おじさん、あれなんですか?」
「あっ…こらっ!」
わたしは無邪気な子供のふりをしておじさんの横をすり抜けて、お店の中にはいる。お店の中には、魔術具がたくさんおいてあった。音を出す魔術具、映像を撮る魔術具等々。
わたしが思わず見とれていると、おじさんが横から来て言った。
「おい、嬢さん。悪いが此処は君のような人が来るところでは無いんだ。帰ってくれ」
「嫌ですよ。わたしには帰る家がありませんし、所でこの魔術具…」
思わず、言葉を止めてしまったのは、おじさんが怖いかおをしていたからだ。隣にいるヒルもびくっとして、固まっている。するとおじさんは、とても低い怖い声で。
「嬢さん。何故これが魔術具とわかった。嬢さんがわかるとは、私には思えん」
うっ。
そうだよねー。こんな子供が知ってると思わないよね。失敗した。
「ええっと……その」
わたしが言葉に詰まると、裏のある素敵な笑顔でこう言った。
「嬢さん。君に聞きたいことが山ほどある。こっちへ来ておいで」
おじさんに続いて、わたしとヒルは店の奥にはいると商談用の机があり、椅子に座らさせられた。
おじさんが向かい側に座って、わたしを見た後、ヒルを見て言った。
「ヒル、この嬢さんとは何処で知り合った?」
「こいつは母さんが道で倒れているところを見つけて、家に連れ帰って来たんだ」
ヒルは、アニスが買い物に出掛けたらわたしを家に連れ帰ったこと、父さんが我が家には住まさない事を前提にしばらくなら良いと行ったこと、そこでおじさんの家を紹介された事。
(つまりわたし、死んでもおかしくないよね。いや、当たり前なんだけどさ。あぁ、本当にアニスさんとダイスさんに感謝だよ!)
「嬢さん、君の名前は何だ?」
「私の名前はわかりません」
「……は?」
おじさんは虚の突かれた顔をしている。そりゃそうだろう。相手の名前を聞いたのに本人にわからないと言われたのだから。ヒルもそのときの気持ちを思い出したのか、同情の目線を送っている。
昨日、町の中を歩きながらヒルにいくつか名前の候補を挙げてみたが、ダメ出しされた。
「わたし、母さんが幼い頃に亡くなったんです。あまりにもちっちゃくて母さんの名前も自分の名前も覚えていないんです。だから、おじさんに決めてもらいたいんですけど…」
「…嬢さんの名前を考えるのは、後にしておこう。…所で何故嬢さんはここにあるものが魔術具とわかったのだ?普通の平民にはわからないはずだ」
平民とお貴族様は魔力の有無ではっきり別れている。平民もわずかに持っていると本で読んだことはあるがほんとの所、わたしはよくわからない。
ちなみに魔術具は、魔力を持っている者ではないと判別できず、平民が見ても何だこれ?になるそうだ。
「ここに名前が書いてあるじゃないですか」
「お前、文字読めるのか!?」
「え、ヒルは読めないの?」
「お貴族様、工房長、商人この辺りは文字が読めるな。洗礼式前の子供が知ってるはずが無いんだ。何処で文字を教わった?」
なんと、平民は文字が読めないらしい自分の知らない新情報にびっくりだ。そりゃあ、おじさんが怪しむ訳だ。ヒルからは、尊敬の眼差しをおじさんからは、疑わしい目線を受けるのは、居心地悪い。
「わたしは周りの人が文字を読める人が多くて、文字と計算方法を教えてもらってました」
「嬢さんが何処の出身なのかは気になるがまぁいい。嬢さん、ここで養ってもらいたいと言っていたな、此処は魔術具を作っているお店だ。嬢さんには、受付の仕事と、魔術具作りに必要な材料を採集してくれるのなら、ここで雇いたいと思うのだが、どうだろう」
おじさんはわたしが文字を読めるとは思わなかったらしい。教育する手間が省けて丁度良いということで、雇ってくれるという。結構、良い条件だ。喜んで仕事させてもう。
「はい、よろしくお願いします!!」
その言葉を聞いたおじさんは、無愛想な顔をやめ少し笑って、こちらこそよろしくと言った。
「ヒル、君はもう帰りなさい。そろそろ日がくれようとしている。こちらで細かく決めていくから、ここから先君は聞いてはならない。アニスにはよろしく言っといてくれ」
「わかった。じゃあな、名前決まったら教えてくれ」
ヒルは帰り、部屋にはわたしとおじさんだけになった。この緊迫した雰囲気はちょっときつい、さっきに比べればましだけど。
「ではまず、君の名前から決めなければいかんな」
「わたし、昨日ヒルに提案したら、変な名前とバカにされたので、おじさんに任せます」
「そ、そうか…。では何がいいかな」
おじさんはしばらく悩み、悩んで、悩んだ。15分くらいして、おじさんは言った。
「シンハだ!嬢さんの名前はこれからシンハだ!!」
シンハ。これが、これから生きていく私の名前になるらしい。
おじさん曰くなんとなくでつけたらしい。
人が一生使うものだというのに、結構適当だ。
(言ったら怒られるので、言わないけど)
「シンハ…ですか。素敵な名前をありがとうございます」
「わしがせっかくつけたのだ。もっと誇って良いぞ」
そんな事をいうのでわたしは笑った。おじさんも最初むっとしたがその後、大声で笑った。しばらく二人で笑いあった後、おじさんは1つ咳払いした後、とても真剣な顔をした。自然とわたしの背中もピンと伸びる。
しばらくの沈黙の後、おじさんが言いにくそうに言った。
「シンハ。君は魔力を持っているのか?」
喉の奥がひゅっと鳴った。今まで言われなかったから大丈夫だろうと思っていたが、おじさんは推測したらしい。
今おじさんと、気まずい雰囲気になったら、困るのはわたしだ。
「はい。わたしは魔力を持っています」
ここで嘘をついても意味がない。わたしは正直に答えた。おじさんは驚きもせず、予測済みだと顔に書いてある。
「シンハ、これはお願いだ。この店には後を継げる弟子も子供もいない。私がいなくなったら、店を畳むつもりだった。この店は、魔力持ちの者しか働けないしな。でも、君が望んで、後を継いでくれるなら、私は君に知っている全ての知識を与える」
「……よろしくお願いします」
神殿で過ごしてきたため、神々に関する知識はあっても、魔力、魔術具に関する知識は余りなかった。もし、教えてくれるのならとても嬉しい。
おじさんは、わたしを跡継ぎとして、店に置いてくれるというのだ。
わたしが了承すると、おじさんは真剣な顔を止めて、安堵の顔をした。
「では、明日から忙しくなるぞ。まず、この店の制服、調合用の服、調合の道具…まぁ、他にもあるが最初はこれで良いだろう。ま、それは明日にして、ご飯を食べようか。あぁ、部屋の家具も必要だな。」
おじさんはぶつぶつ呟きながら、部屋を出ていく。わたしは、これからこの店で過ごして行くのだ。
おじさんに続いて、隣の部屋にはいるとそこは、倉庫のようで、大量の荷物があった。
(調合の前にこの家をきれいにしよう)
気にするようすもなく通りすぎていくおじさんの横でわたしは、大きくなる不安と、目標を見つけた。
おじさんの家に住まわせてもらえるようになりました。
新しい名前は、シンハに決まりました。魔力持ちの事を見抜いていたおじさんにシンハはびっくりです。
おじさんの家は、大量の荷物で埋まっていました。シンハはまたまたびっくりです。
次回は、買い物に行きます。