おじさんの説得 前編
(ここは何処だろう)
わたしは何処かの路地裏に倒れていた。近くには猫がいて、意識を失っている。起き上がろうとしても、落ちた衝撃で体のあちこちをぶつけて痛い。
(わたし、どうなるのだろう)
このまま動けなかったら…と思うと怖い。起きなきゃっと頭は言っているのに、体が反応しない。
路地裏の先にある大通りの活気に溢れる声を聞きながらわたしの意識は薄れていった。
次に起きた時わたしはベッドの上にいた。今度は、起き上がれることに安堵しながら、わたしは部屋を見回した。狭くて、ちょっと汚い部屋にわたしがいるベッドは藁の上に布を被せたもので、神殿の部屋とは大違いだった。
「あぁ、やっと起きたのね」
困惑している時に声が聞こえたことによりわたしはビクッ!と驚いた。女の人は笑って、ベッドに腰かけた。
「やっと起きて安心したわ。もう3日も起きなかったから」
その言葉を聞いて、わたしはこの人にどれだけ迷惑をかけたのか、わたしは慌ててベッドから飛び起きた。
「ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。」
「良いわよ、そんな堅くならなくて。ところで、お家の人が心配してるんじゃない?3日も帰って来なかったら、不安でしょう」
わたしが謝ると女の人は許してもらえた。でも、困ったことになった。わたしがいたのは神殿だ、神殿は空に浮かんでいるのだが、ここは地上だろう。帰ることができない。
「あの……わたし帰る家が無いんです」
「なんだって!?……それなら、私の親戚所を紹介してあげるわ。今、あそこ一人で大変だろうから…」
悲しげな雰囲気をかもしだして言って見ると女の人は、しばらく悩んだ後、ある家を紹介してくれるという。ラッキー。
「ごめんね。私の家は息子3人いてこれ以上はきついの」
「い、いえっ。紹介してくれるだけで十分です!」
この家で養ってもらうなんてとんでもない。わたしがそう言うと女の人は、安心した顔になった。
「ありがとう。紹介する先の人は頑固だから多分難しいだろうけど、頑張って。……さぁ、行くのはゆっくりにしてもう一眠りしたら」
お礼を言うのはこっちなのに…。まぁ、お言葉に甘えて眠らせてもらおう。わたしは布団に入って寝た。
翌朝、わたしが気持ちよく目覚めると女の人がやって来た。彼女の名前は、アニスというらしく、3人の息子がいた。アニスは淡いピンク色の髪に明るい茶色の目をした少女?と思うくらい可愛らしい若く見えた。髪は後ろで1つにまとめている始めて見たとき、この家の長女かな?と思った。が、3人の息子の母親と聞いて目を見張った。
(長男が9才なんだから25歳以上なのは間違いないのだけど、どうしても10代にしか見えないよ)
わたしが羨ましい気持ちでじーっと見ていたからか、アニスは頬を染めて恥ずかしそうな顔になった。
「起きたら、こっちへ来てご飯を食べましょう。洋服はそこにあるのを着て。私のお古で良かったら」
「はい」
そうやって頬を染めて恥ずかしそうな顔をしたり、そんなふんわりした雰囲気を見ると、やっぱり10代にしか見えないよ。
わたしは心の中でそう言いながらベッドから起きて、着替えた。洋服は白いワンピースに茶色の靴で下の方はつぎはぎがある。どうやら、この家はあまり裕福では無いようだ。
着替え終わって、アニスの行った方へ行くとそこはダイニングでアニスの家族が勢揃いしていた。
「来たわね。こっちに座って。えっと、この人が私の夫のダイスよ。木工職人で、自慢の夫なの。こっちが長男のルータで9才、ダイスと同じ木工工房で働いているわ。次男のフック、6才で今は森で採集しているけど、細かい仕事が得意で7才から細工工房で働くの。そして、ヒル、5才でフックと一緒に森で採集していて家計を助けてくれているのよ」
ダイスは、青い髪に黄色の目をしていた。職人らしいごつい体をしていて、ちょっと怖い。
ルータは赤い髪に黄色の目をしていて、頼りになる兄貴という感じだ。
フックはピンクの髪に黄色の目をしている。手を大事にしていて、あまり重労働をしていないのだろうか。
ヒルは淡い金髪に淡い緑の目をした、元気いっぱいな感じだ。5才だから、わたしと同じはずだ。
わたしは、白い髪に透き通るような青い瞳らしい。前にリータが言っていた。
髪や目の遺伝を考えて見たが、よくわからず諦めた。
ご飯の後、ヒルと一緒に町を探索した。
ヒルは、名前通りの昼のように明るい子だった。
「なぁ、お前の名前って何だ?」
わたしは5才のわりに身長が低い。よく3才になったばかりくらいに間違われる。そのため、わたしより身長が高いヒルは自分の方が上、というお兄さん風の感じで近付いてくる。
「私の名前?……わたしお母さんがいないから、自分の名前に知らないんだよね」
「マジかよ。じゃあ、オレ何て呼べばいいんだ」
確かに、神殿長と呼ばれていたときと違って、名前がないと困る。紹介先の家の人に決めてもらおう。
「今はお前で良いよ。ねぇ、あの壁は何?」
「あの壁か?あれは、お貴族様が住んでいる所。オレ達平民は関係ないな。ちなみに貴族街の先に国王様のお城が有るらしい。お城ってどのくらい広いんだろうな」
ヒルは目をキラキラさせて熱く語っているが、わたしは神殿のお勤めで、貴族街行ってるんだよね。7才の洗礼式の祝福に行ったけど、貴族の言葉って難しいんだよ。
もちろん、行ったことは言わない。あくまでしらないふりをする。
「そうだね。この街の4ぶんの1くらいの大きさかな?」
「そんなにでっかい城に住めたら、迷子になっちゃいそうだ」
「そうだね。わたしはみんなが近くにいる家の方がいいな」
そんな話をして町を軽く回ったあと、アニスの家へ帰ると結構疲れていたらしく、ご飯を食べた後、布団に入るとすぐに意識が落ちた。
今日は、紹介先の家に行く日だ。お世話になった家の人にお礼を言って、ヒルと一緒におじさんの家に向かう。
「今から行く家の人ってどんな人?」
「叔父さんか…オレはあまり喋ったことないからわからないけど、皆は気難しくて、頑固な人だって言ってる」
うーん。おじさんを説得して、住ませてもらうのは難しいかもしれない。攻略法を考えなくては、わたしがうんうん悩んでいると、おじさんの家に着いたようだ。
おじさんの家は貴族街の壁の近くにある。この辺りはヒルの家の近くに比べると裕福なようで、服の布をふんだんに使っていた。
おじさんの家はお店のようで、中には大きなものが色々ある。
「叔父さーん。ヒルだけどいるか?」
ヒルが扉を開けて大きな声で呼ぶと、40代ぐらいのおじさんが出てきた。
「何のようだ?私は急がしんだ。また今度な」
不機嫌そうな声で言ったおじさんは白い髪に黒い目をしていた。とても眠たそうで全然寝ていないことがわかる。眉間にしわが寄ってて怖い。
「こいつが用があるんだ。母さんから聞いてないか?」
「え、えっと、わたし路地裏で倒れている所を救ってもらって、こちらを紹介してもらったんです。お手伝いでも何でもしますので、住まわせてもらえませんか?」
ヒルに紹介されたわたしをおじさんは、じーっと見た後こう言った。
「断る」
落ちた先は、アニスの家でした。
ヒルはこれからもお世話になります。
おじさんは、とても不機嫌で見た瞬間断られました。