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名前の無い少女   作者: 暁 和歌
第1章 魔術具店 クロード屋
17/23

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 おじさんが帰ってきて、ヒルのことを報告したら、髪がグシャグシャになるほど誉めていた。その後、私がいないときに勝手なことをするなと怒られたが。


「2人が前のように普通に話す関係に戻ってよかった」


 話が終わった後、わたしとヒルを見ながら、そうおじさんは言った。わたし達は顔を見合せ笑った。決意した日の夕方に諦めたのだ。もう少しは、このままでも良いのではないかと。


「まぁ、良い。急なんだが、明日チャインロイル様が来るらしい」

「………え?本当ですか」


 チャインロイル様が来る。ちょうどいい。あの超怪しいヴァルアント様について聞いてみよう。


「なんでも、シンハに用があるらしい」

「わかりました」


 おじさんとヒルは話したいことがあるらしいので、わたしはご飯をさっさと寝ることにした。

 最近、疲れていたのだろう。その夜は、ぐっすり寝れた。




「神殿長。起きてください」


 誰かに呼ばれている気がするが、この家でわたしのことを神殿長と呼ぶ人はいない。誰が読んでいるのだろう。


「……リータ?」


 茶色の髪にオレンジの目をした懐かしい顔の人物がいた。周りを見渡すと、昔暮らしていた神殿の部屋だった。


「どういうこと?わたし、クロード屋にいたよね」

「神殿長、どうしましたか?早く起きて、朝食をお召し上がりくださいませ」


 リータに促されて、頭が混乱したまま朝食を食べる。平民の食事と違って、神殿の食事は、とても豪華で美味しい。

 食べ終わって、どうしようかなと考えていると、リータがにっこりと笑って紙の束を机に置く。ペンとインクも一緒だ。


「さぁ、執務を終わらせてくださいませ。こないだあった洗礼式が長引いてしまったので、溜まっているのです」

「待ってくださいリータ。わたしは、クロード屋にいたはずなのです。どうして、神殿にいるのでしょうか?」

「……何をおっしゃっているんですか?ずっと神殿にいたではないですか」


 (え、ずっとここにいた?)


 なら、今までのは夢だったのだろうか。それなら、ずいぶんと現実味のあって長い夢だ。


 (あの生活に戻りたいな、楽しかったのに)


 そんなことを考えながら、黙々と執務を終わらせていく。

 すると、何処からか声が聞こえてくる。誰の声か耳を澄ましているうちに、景色がぼんやりしてリータの声も遠くなっていく。

 直後、強烈な眠気が襲ってきて、目を閉じると眠りという海へ沈んでいった。




 目が覚めると、いつもの部屋で寝ていた。窓から朝日が差し込むわたしの部屋に。


 (良かった。夢なんかじゃなくて)


 まだ、眠くてもっと寝たいところを頑張って起きて、居間に向かう。


「おはよう。大丈夫か?眠そうな顔をしてるぞ。もう少し寝たらどうだ」

「おはよう、ヒル。大丈夫だから、心配しないで」


 居間に向かう前にヒルと合流した。挨拶をして、二人で向かう。

 居間に行くと、おじさんが朝食の準備をしていた。


「おはよう、二人ともよく眠れたか?」

「おはよう、おじさん。いっぱい寝たから元気だよ。でも、朝食の準備はわたしがやるよ?もっと寝ていればいいのに」

「今日は早く目が覚めてしまってな。さぁ、出来たから食べようか」


 おじさんは、笑って席についた。わたしも座ろうとしたが、ヒルの反応がないことに気づいた。どうやら、ヒルはさっきのわたしとおじさんに会ったときのわたしといきなり変わったことに驚いたらしいが、今更だ。わたしがふりをするのは最初からなのだから。




 開店して間もない頃にチャインロイル様はやって来た。おじさんとヒルは仕事があるので、わたしが相手をする。いつも通り、店の奥の机に向かい合って座り、お茶を飲む。


「今日来たのは、お願いがあるからだ。私には子供が2人いるのだが私は忙しくてな。なかなか一緒にいてあげられないのだ。だから、遊び相手になってくれないか?もちろん、貴族に会うのに必要なものは揃えてやる」

「……わたし…貴族の家に行くのは嫌です。この店で働く限り、会うことにはなりますが、注文があって届けに行くとかしない限り、自分から貴族の家には向かいたくありません」


 わたしがはっきり断ると、チャインロイル様は、困った顔で考え始める。しばらくの沈黙の後、はっと思い付いたように言い出した。


「もしなってくれるのなら、シンハ専用の調合室を私の家に作ってやろう。私の家には、空き部屋があるし、調合に必要な鍋や素材もそこそこ揃えてやる。さらに、私の知っているレシピを特別に教えてやろう」

「……うっ」

「どうだ?行く気になったか?」

「…い、いいえ」


 チャインロイル様は、ニヤリと笑みを浮かべてさらに畳み掛けてきた。


「この店を私が宣伝してやる。そうすれば、少しは繁盛するのでは無いか?クロードもきっと喜ぶであろうな」

「……っ…うぅ…わかりました。向かいます。しかし、ヒルも一緒に連れてってください。あと、行く日はチャインロイル様が来る翌日にしてください。その日はこのお店は定休日なんです」

「ヒルを育てる必要があるが、まぁ、良いだろう。私にも準備があるので、1ヶ月後に向かおう」


 チャインロイル様は実に良い笑顔を浮かべて、席を立とうとした。


「ちょっと待ってください!わたしも聞きたいことがあるんです!あの、ヴァルアント様って知っていますか?昨日、店に来てわたしとおじさんを探していたんです」


 チャインロイル様は、名前を聞いた瞬間、真面目な顔でわたしに聞いてきた。そして、普段より低い声で尋ねてきた。


「その人は男で、黄緑の髪に深緑の目だったか?」

「は、はい。そうですけど」


 チャインロイル様がとてもにっこりした笑顔を浮かべた。その裏で何を考えているのかわからなくて怖い。冷ややかなオーラが出ていて、怖さを引き立たせている。


「さっき、1ヶ月後と言ったが明日から来れるだろうか?君の条件通り、ヒルは連れていくし、貴族に会うための服とかは私が準備する」

「わたしは構いませんけど。あの、何を考えているのか教えてもらってもよろしいですか?」


 チャインロイル様は笑顔を深くして、首を横に振る。教える気はまったくないらしい。まぁ、いっか。条件は受け入れてもらえたのだから、日が早くなっただけで。


「クロードには、私から説明する。呼んできてくれれば、君はもう仕事に戻って良い」

「はい。失礼します」


 パタンとドアを閉めたら、1秒でも早くこの部屋から逃げ出したくてできる限り速く店に戻る。あの、ひんやりとした府陰気の部屋にいるのは、もう無理だ。すでにお腹がキリキリ痛いのだ。


 (おじさんを行かせてしまうことになったけど。…大丈夫だよね。大人だもん)


「おじさん。チャインロイル様からお話しがあるそうです。奥の部屋にいるので、できる限り早く」

「チャインロイル様が?わかった、すぐ行く」


 おじさんは、奥の部屋に向かって行ったが、頭の上に?が飛んでいた。





「シンハ。これはどういうことかな?」


店が閉まり、チャインロイル様の話を聞いたおじさんが呆れた顔で聞いてきた。


「えっと……チャインロイル様には子供がいて、その遊び相手になってくれと言う話です。その代わり、この店を宣伝してくれると言うし、わたし専用の調合室をくれると言うんです。悪い話では無いでしょう?」

「……はぁ…そうか君は、チャインロイル様がどんな人か知らないんだったな。…決まってしまったのはしょうがない。明日、ヒルと一緒に行ってみて、その目で見てくると良い。…ヒルは今日、泊まっていきなさい。アニスには私が言っておく。おやすみ、二人とも」

「おやすみなさい」


 チャインロイル様って何かあるの?怖い。

 条件にヒルをつけといて良かった。怖い人だったりしたら、わたし嫌だよ。

 わたしはベッドの中で、さっきおじさんに言われたことや今朝見た夢の事を考えてしまい、しばらくの間眠れなかった。


 翌日、夢であってほしい!と心から願うことがあるのだが、その事をわたしはまだ知らなかった。


嫌な夢を見て、あまりいい気分ではないシンハ。そこに追い討ちをかけるかのように、チャインロイル様からの貴族の子供と遊び相手になるお願い。しかも、何回も!

でも、内心自分の調合室をもらえるので良いやと思っていたりして。


次は、チャインロイル様の子供たちです。

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