本当の気持ち
わたしには、3つの選択肢がある。
1,チャインロイル様の養女になって、貴族として生きる。
2,神殿に戻って、神殿長として生きる。
3,クロード屋の跡継ぎとして生きる。
しかし、これだけの道があるのに、何も映らないというのはどういうことなのか。神様にもわからないということなのか。どの道を選んでも結果は同じになるのか。
もし、結果が同じになるのだとしたら。
その先はー
(いや、ないよね。そんなこと)
もし、同じ運命が待っているなら。だとしたら、わたしはわたしの望むことをすればいい。
(あれ?…わたしの、望みって何?)
「……ンハ…シンハ!」
誰かに呼ばれていることに気づき、わたしは振り向く。
ヒルが心配そうな顔をして、わたしを見る。
「…何か、あったのか?」
戸惑いながら言った、その一言を聞いたとき、頬に涙が伝ってきた。身分や義務で心配してくるのではなく。ただ心配してくれる。そんなヒルに。
ヒルの顔に安心して、その場に座り込んでしまった。
(あぁ、わたしは、“居場所”が欲しかったんだ)
親が小さな頃からいなかったから。本来、誰もが与えられる親の愛情が、安心できる所がなかったら。周りは知らない人ばかりで、立ち振舞いに気を使って、皆の気を損なわないよう、常に気を張っていたから。悲しくても、苛ついても、顔に出さないように、1日中ずっと、ずっと。ベッドに入って、側仕えがいなくなっても、気が休まらなくて。甘えられる場所がなかったから。
(いつか、ふりをすることに慣れてしまったんだ)
心の中で、つまらなくても、面白がって笑って。苛ついても、平然として。寂しくても、笑顔でいて。いつも、にこにこして。
いつのまにか、何もかも“偽物”になっていたんだ。
「怖い。……怖いよ。…わたしは、誰なの?どれが本当のわたしなの?………ううん、全部“偽物”なんだ。わたしの中にある全部。本当のわたしって何なの?誰か、誰か…教えて……」
「お前は、シンハだ。クロード屋の跡継ぎのシンハだ。お前の中にあるのは“本物”だろ」
「…違う。違うよ。わたしの中にあるのは、“偽物”なんだっ!感情も、人格も!全部!全部!でも……そうだね。シンハは…シンハは“本物”だ。偽物のわたしが作った…“シンハ”は…本物…だ。………でもっ!…やっぱり………やっぱり、本当のわたしは、ずっと前に消えたんだっ!…皆そうだ。面白く無いのに笑って。怒っているのに、にこにこ、にこにこして。……皆、皆!…腹黒くて、自分に利がないと、人も助けないんだ!」
「シンハ!落ち着け!お前はここにいるだろ。お前は、もっと人に頼れ。オレもいるし、おじさんもいるだろ。悩みがあるなら、一人で抱え込むな。お前は一人じゃない!」
「何を言っているの!人は、所詮一人ぼっちなんだよ!生まれるときも、死ぬときも一人だ。物心ついた時から、丁寧な言葉遣い、立ち振舞いを教え込まれて、感情を顔に出さないように毎日、毎日、指導されて。頑張ったことを誉めてくれる親はいない。そんな生活…わかるはずないよ!慰めの言葉なんて。その気持ちわかるよ、なんて言葉は、簡単に言っちゃ駄目なんだよ!人の気持ちなんて、他人にわかるはず無い!辛い気持ちは、おんなじ境遇にたったことのある人しかわからないんだ!ヒルにわたしの気持ちなんてわかるはずないんだ!」
理性を失って、思いに任して言った言葉は、10倍20倍になってわたしに胸に突き刺さってきた。
どうしようもなくなったとき、ヒルが、自分がここにいるということを示すように、痛いほどに抱き締めてきた。落ち着かせるように、背中を軽く叩いて、大丈夫だよと繰り返し言ってくる。
声を出したいのに出ない。怒りたいのに、怒れない。感情の門が壊れてしまったように、どこにも行き場のない、自分の中に今まで、ずっと溜まっていた感情が、涙として、溢れていく。
泣き止んだ頃、空は夕暮れに染まっていて、どこかで鳥の鳴き声がした。
泣きつかれて、動けないわたしをヒルは背負って、危なくない道を通ってコリックやシャーナのいる、皆のいる場所へ戻っていく。
着いたときには、皆集合していて、私たちの姿を見かけると、ティブマから助けてくれた子供たちやコリックやシャーナが駆け寄ってきた。
遅いことを怒ろうとしたが、泣きすぎて、目が腫れたわたしの顔を見た瞬間、心配させるなと一言言って、町へ戻るぞと声をかけた。
ヒルに、もう歩けると言って、自分で歩こうとしたが、ヒルは駄目だと言って、わたしを背負って列の最後尾を歩く。
ヒルの背中に背負われながら、わたしは安心感を覚えて、眠ってしまった。
「……ハ。起…ろ…ンハ。シンハ」
重たいまぶたを開くとぼんやりしたおじさんとヒルの顔が見えた。
ゆっくりと見回すと、店の椅子に横たわっていて、心配そうな顔をしているおじさんとヒルがいた。
「…ヒル。おじさん」
「起きなくていい。今日はもう休め」
おじさんの顔を見たら、また涙が出そうになって、ヒルとおじさんがあたふたする。そんな、平和的な光景にも安心してしまい、余計に慌てさせてしまった。
「じゃあ、オレ帰るから」
「おう、ありがとうな。世話をかけた」
わたしが泣き止むと、ヒルが帰ろうと立ち上がる。
泣きすぎて、眠たくなってきた意識の中、わたしがヒルの服の端を掴む。
「……行かないで。一人に…しないで」
ヒルが困った顔になって、わたしとおじさんを見る。
わたしは、掴んでいる服を離す。
(あぁ、駄目だ。わがまま言ったらヒルが困っちゃう)
「…ごめんなさい。帰っていいよ」
「……いいよ。今日はここに泊まっていくから。いいか?叔父さん」
「良いだろう。アニスの所へ行ってくる。ここにいろ」
おじさんが店を出ていく。
店の中にわたしとヒルだけが残る。
だんだんと暗くなっていく店に、ヒルが机にランタンを置く。
静かで、気まずい雰囲気が、店の中に漂う
「……ねぇ、なんでヒルは、一緒にいてくれるの?」
前から気になっていたことを聞いてみると、ヒルは意外そうな顔になって、視線をあちこちへ動かす。
また困らせてしまったことに、気づいて、ごめんなさいと言う。
ヒルは、そんなわたしを見て、おでこを小突いた。反射的に手が額を押さえて、ヒルを睨むと、睨み返された。
「はぁ。お前は、謝りすぎだ。もっと堂々としろ。お前は、まだ小さいんだから、少しくらいわがまま言ったっていいんだ。……お前は、オレがお前と一緒にいる理由が知りたいんだろう?簡単だ。お前は、オレの夢を応援してくれた。皆に無理だ、できるわけないと言っていたのに、どうすればいいか、教えてくれた。だからだよ」
「そんなことで、わたしの側に居てくれてるなんて、バカみたい」
理由が、バカバカすぎて、思わず小さく笑うと、ヒルも笑う。
「そう。その顔だ。お前は笑っていればいいんだよ」
もう寝ろと言われ、わたしは目を閉じる。
心の中に溜まっていた感情を全て出したからだろうか、朝なんか比べ物にならないほどに、心が軽かった。
意識の遠いところで、ヒルの子守唄が聞こえる。聞いたことのない、優しい歌が聞こえる。お陰で、わたしは気持ちよく寝た。
ヒルがどんな顔をしていたか、知らずに。
今回、重すぎませんか?
書いてて、ヤバイなシンハの闇が深すぎる、と思いました。自分が考えていたように、キャラが動いてくれません。(汗)
ヒルがかっこよかったです。
まぁ、そんなこんなでシンハとヒルの距離は縮まりました。
次は、チャインロイル様への返事です。