GALAXY WAY
年に一度、しかも晴れたときだけ、空の川に鵲の橋が架かる。
その橋を渡って、竪琴と鷲――織姫と彦星は、会うことを許される。
***
ここは大空中学校の屋上天文台、そして、今日は年に一度の天文部の活動日、『GALAXY WAY』と題した天体観測イベントの実施日だ。
少年は、本格的な天体望遠鏡を前に喜んでいる。家にはお手製の簡易望遠鏡しかないため、彼は一度もそれに触れたことがなく、また一度使ってみたいとずっと思っていた。
「わ〜、すげえ! 初めて見た!」
目を輝かせ望遠鏡に夢中になっている彼。そして、その後ろから忍び寄る影――
「シンくん、よかったね」
不意を突かれ、少年――鷲城新は、悲鳴を上げて飛び上がった。そして振り返ると、してやったり、と満足そうに笑う少女を、文句有りげに睨んだ。
「ちょ、いきなり驚かすなよな、琴。ビビったじゃんかよ」
反省する気配など微塵もなく満面の笑みでピースする少女――稲嶺琴美に、新は溜息を吐く。
この学校の天文部は、この二人だけだ。いや、正しくは、『天文学同好会』だろうか。
去年までは部員が多くいたのだが当時全員三年生で引退、天文部は事実上の廃部となっている。
だが天体望遠鏡はまだ設置されている状態で、それを知った新は星に興味のある人を集めて部を復活させようと走り回り、結局集まったのは琴美一人だったため、同好会に留まった。
『GALAXY WAY』は、正規部だった頃の名残である。
「ところで、シンくん。天の河、見られそう?」
琴美の言葉に、そうだった、と新は望遠鏡のセットを始める。初めての作業で苦戦したが、作動成功、ピント調節を済ませ、なんとか見られる状態になった。
新は、望遠鏡を覗いたまま、天の河がある方向にレンズを向ける。しかし、そこには雲があるばかりで、星の一つも見られない。
「あー、ダメだ。雲がかかってる」
がっかりとした調子で新は言う。本当に楽しみにしていたのだろう、彼はその場に座り込んだ。
琴美は、そんな彼を見て、少し悲しそうな笑いを見せ、言った。
「……望遠鏡じゃ、全部は見られないよね。ちょっと、校庭に出ようよ」
新と琴美は、校庭の中央で、暗黒色の上に煌めく数百、数千の星々を眺めていた。月はもう沈んでしまったのだろう、明かりに邪魔をされずに星は輝いている。
そして、今日は、いつにも増して空が澄んでいる。普段見ることの叶わない暗い星々まで、とても明るいような気がした。つまり、いつもよりも星が、多く、美しく見えたのである。
しかし、やはり天の河のほうだけに雲がかかり、その姿を見ることができない。これは想定外だ。せっかく計画したのに、このままでは企画倒れになってしまう。
「マジかよ……GALAXY WAYなんて言えねぇじゃんか……」
不貞腐れる新の頬を、琴美は軽くつついてみる。またも驚き跳び上がる新に、琴美はまた、してやったり、と笑った。
そして彼女は、雲のかかっている空を眺め、言った。
「ねえ、シンくん。七夕伝説、って知ってるよね?」
それがどうした。そう返す新に、琴美は笑う。
七夕伝説。元は中国の話なのだが、もうこの国でも常識となっているはずだ。
初めの方は全て省かせていただくが、今日7月7日、年を通して最も雨の多いと言われる日の、晴れた日だけ、天の河を挟んで互いを思い合う織姫と彦星が、水量の少ない時だけに架かる鵲の橋の上で出会うことができる、というのだ。
それくらい、常識なのだろう。なぜその話を持ち出したのか疑問に思う新は、琴美に対し、そう言ったのだ。
琴美は微笑むと、あのね、と言う。
「七夕伝説って、恋愛そのまんまだと思うんだ。ほら、現実でも、恋をするにも弊害ばかりで、中々、先に進めることができないじゃん?」
彼女の言葉を聞き、新もまた雲のかかる空を眺め、一つ、息をした。そして。
「俺は、苦労してないけどな、そっち方面では。だってな――」
言葉を紡ぎ終える寸前、空の雲が動き、無数の星の帯が現れた。
今まで、こんなに星が集まっているのを見たことがあるだろうか。二人とも、本当に美しいものを見るように、その河に見惚れていた。
「綺麗、だね」
「ああ、そだな」
短い言葉を発し、二人は、しばし時を忘れる。
10分ほど経っただろうか。沈黙を破ったのは、新だった。
「そう言やぁさ、琴」
何かに気づいたように言う新のほうを、琴美は向いた。そして、新は琴美の顔を見つめ、満面の笑みで言う。
「織姫と彦星って、琴座と鷲座だろ? ぴったり、お前と俺だな!」
その言葉に、琴美は顔を赤らめる。それを見て、新はまた笑った。
「そそそ……、それって……、プ、プロ、ポーズ……?」
顔を隠しながらものすごく恥ずかしそうに言う琴美に新は微笑み、また、空を仰ぐ。
「お好きなようにとってくれてけっこー」
赤面する琴美は新を思い切り引っ叩き、そして新は倒れた。
ちょうどその時、一際強い光を放つ流れ星が一つ、天の河に橋を架けるように流れて行った。