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花束に銃弾  作者: 狗山黒
3/4

 お菓子マフィア、正確にはズッパイングレーゼファミリーさんに引きとれられたガキ共は、とある病院に放り込まれ、その後ズッパイングレーゼファミリー下の孤児院に入れられるそうだ。おおかた恩を売って、将来部下にでもするんだろう。部下内のドミヌスの数=戦力といっても過言ではない。余談だが、ズッパイングレーゼはブランデーがかなりきいてるのが好みだ。

 あれ以来、双子ちゃんは普段の数倍喧嘩をふっかけられるようになった。双子ちゃんは相手にしてないが(殺しちゃうけど)思うにあれは残党か命狙われてるかどっちかだと思うな。双子ちゃんがいいならいいけど。

 双子ちゃんに喧嘩を売ってくる奴らは、聞く所によるとドミヌスを嫌うマフィアさんとこか、ドミヌスを悪用、部下にしないで使い捨て飼い殺しにするマフィアさんのとこの人達らしい。黒が好きな奴もいれば、嫌いな奴も、嫌いだからこそ使う奴もいるよねって話。

その話をしたのは沈海さん。沈海さんとは、煙草屋のおっさんのことである。

俺はよく煙草屋に行くが、別に沈海さんと仲良し小好しなわけじゃない。わけあって、四六時中一緒にいるだけだ。

ガキ共を引きずり出してから、ズッパイングレーゼからの依頼が増えた。殲滅か抗争のお手伝いなので命の危険は多少伴うが、おかげでしょぼい依頼(依頼人にとってその子犬ちゃんは大切かもしれないが)を受けなくてもいいし懐も暖かいで一石二鳥だ。

そんな中、沈海さんを守るように、と依頼が来た。依頼主は知らないが、使いの人を寄越すあたり都市外の金持ちかマフィアさんだ。

頼まれたからには、というか大変に太っ腹な依頼料なのでやるが、沈海さんを狙おうという人はこの都市には少なくともいないはずだ。マフィアさんにとっては色んな意味での煙草は重要だし、商売敵もこの都市にはいない。沈海さんを狙うとしたら、別の意味で心を盗むとかそういんじゃないだろうか。そんな浮いた話聞いたことないが。

自分で言うのもなんだが食欲魔神の俺、戦闘狂の双子、どちらも性欲を遥かに上回る欲望があるので、色恋沙汰にはとても疎い、興味がない。マフィアさんのおかげでこの都市には、娼館も娼婦も男娼も豊富だが俺には食事の方が大事だ。あの人らは金をとるだけで、俺の腹を満たしてはくれない。人間は性欲じゃ生きられん。人間を生かすのは食欲だ、とは母親談。閑話休題。

そんなわけで、我々三人の住居には沈海さんがいる。一気に男くさくなったと大家さんに言われた。

しかし、まあ狙われているというのはあながち冗談でもなかったようで、窓をぶち抜いて弾丸が訪問してきたり封筒に剃刀が入ってたりした。後者のは悪戯だと思うだろうが、解毒薬の見つかってない毒を塗りたくった剃刀を入れるようなのは悪戯じゃないです、どう見ても殺意満々です、本当にありがとうございました。ちなみに毒は例の闇医者に見せた。

俺が風呂に入っているときのことだった。玄関の方から爆発の音が聞こえた。

急いでシャワーを止め、体を拭くのもそこそこに飛び出すと、既に知らない男がアンと悪刀に取調べを受けていた。アンが鎖で男を縛り、悪刀が男の口にナイフを突っ込んでいる。それじゃ喋れないからダメじゃんと思ったが何も言わないでおこう。

男が投げたのは手榴弾だったようだ。燃えてはないが、家の大半は吹き飛んでいた。うちの隣がやたら頑丈なビルだったのと、うちが賃貸の平屋だったのは周りへの被害を考えるとよかったと言わざるを得ない。しかし、今月の家賃払ったばっかりだ。胃が痛いよ。

 アンと悪刀は避けなかったんだろうところどころ血は出ているが、もう傷はふさがったらしい。沈海さんも無事なんだろう、呑気に煙草を吸っている。

「アイフは風呂に戻っていいよ」

アンの提案にのり、俺は風呂に戻ることにした。男四人の中に裸でいたって別に恥ずかしくはないが、少し寒かった。

 風呂から出て、アンに聞くにはその男はとあるマフィアに頼まれて沈海さんを狙ったらしい。あわよくば俺達三人も、できなきゃ殺されるだけなので、と自爆テロを決意したらしい。なんにせよ殺させるだけなのだが。星空という屋根の下、人間だったとは分からない血だらけの肉塊が点在している。お星さまになった男は、自分の体を見下ろしてどう思うだろう。

「今までさんざ俺らをこき使っといて殺してもいいとか信じらんねえ。やっちまおうぜ」

「俺もやりたい。運のいいことに今日は新月だ」

と血の気盛んなお若いのは言うが、そもそも俺はあそこのファミリーのアジトを知らん。あと面倒くさい。あちらさんはそこそこ大きいマフィアだ。おそらく倒せないこともないが、未遂に終わった時のことを考えると面倒だし、傘下とかに狙われるのも嫌だ。何よりマフィアの縄張り争いに巻き込まれたくない。俺は、なるたけ平穏に日々を過ごしたい。

「根城なら知ってる」

煙草をふかしていた沈海さんがそう言った。双子ちゃんの眼が輝きだしたぞ。

「行くか? 小僧共」

「「ああ、いくさ」」

俺はまだ何も言ってないんですがね。



 結局俺が押し負け――いつだってそうだが――俺達は、そこへ向かうことにした。

 闇夜に男四人。どっからどう見ても物騒な雰囲気を醸し出している。深夜にごめんなさいね、と頭を下げて回りたいくらいに双子ちゃんが殺気立ってる。まずは、明日大家さんに謝ろう。

 荘厳な雰囲気。そびえたつ時計塔には鐘。時計塔の先には、その宗教のシンボルである交差した剣と銃。どんな宗教だよ、と常々思っている。家々の明かりに、それが照らされている。

 月のない夜。暗闇に佇む教会。あのマフィアさんと関わりが深くなったのもこの教会からだ。懐かしく回想するが、そんなに昔のことでもないな。

 教会を根城にするとは罰当たりな奴らめ、と無宗教の俺が言っても何の説得力もないが、とにかく俺達はその教会の扉を開いた。古い建物なのだ、扉が軋む。

 ズッパイングレーゼは、大量のシロップやリキュールを染み込ませてぐずぐずになったスポンジとカスタードクリームを交互に重ねたお菓子だ。

「「今から、美味しいズッパイングレーゼをお作りしましょうか」」

 巣穴から這い出た働き蟻のように、ぞろぞろ湧き出たマフィアの下っ端さんに向けて双子が言う。オプティムスを既に摂取している二人の表情は実に、残虐だ。瞳孔が開き据わった目は緩やかに弧を描き、三日月のように口角を上げる。その口元から白い歯が覗くから余計に怖い。彼らの虹彩は、オプティムスの摂取で一際輝く、太陽下の水面のように。

 アンは機関銃をぶっ放し始める。弾丸が連続して飛び出す音と薬莢が落ちていく音が重なり合う。悪刀の方は右手に用途不明の切れるか分からないようなナイフを持ちつつ、細身のナイフを投げ、下っ端達に突っ込む。双子というだけあって息が合うようで、悪刀に銃弾は当たらない。

 一般人の俺と沈海さんは飛んでくるナイフや弾丸を避けるため、死体の山を壁にして二人で煙草を吸うことにした。無情に思えるだろうが、ハイになった双子と一緒に戦う方がよほど危険だ。

 アンの機関銃の音が止み、悲鳴も怒声も聞こえなくなった。死体の山から顔を出すと、全部終わっていた。二人の薬も切れたようだ。

 二人の宣言通り、そこは悲惨なことになっていた。この都市にいれば嫌でも慣れるが、初めてだったら吐いただろう。神の目前だというのに、惨たらしいものである。

 ズッパイングレーゼは、その名の通りスープ状のお菓子だ。その名の如く、海かと思うようなおびただしい血の量。そして、血に浸った肉塊が重なり合う姿は、まさに地獄絵図。

「さすがだな」

称賛とも拒絶ともとれるような言いぐさで沈海さんは言う。死体の山から出て一歩、水溜りを踏んだような音がして靴が真っ赤になった。血の雨が降ったあとのように血がたまっている。おかげさまで、水浸しならぬ血浸しだ。

「弱かった」

と悪刀は言う。その手にある謎のナイフからは血が滴り落ちる。

「なあ、そのナイフ切れんの?」

「否、切れ味はよくないし、使い勝手も悪い。でも、ぶっ刺して肉抉るには向いてる」

「ああ、そう」

もうそれナイフじゃなくね、と思ったがお兄さんは何も言いませんよ、ええ、何も。

 敵さんが出てくる様子もないので、ボスでも探そうということになった。しかし、アンがまだ来ない。

「アン、行くぞ」

「アンって呼ぶな! 機関銃がジャムったんだよ」

アンはアンと呼ばれると怒る。女みたいだからだ。そりゃ女の名前なんだから女みたいで当然なんだが。

 特に急いでもないのでアンがジャムを直すのを待ってから、先に進んだ。ボスさんがどこにいるかは、沈海さんが知っているらしい。普通逃げると思うんだがな。

 ボスさんは、教会の六階にいるらしい。でかい教会だな。

 沈海さんいわくボスさんのいる部屋の前に来た。いかにも、といった風で重厚な扉と指紋、虹彩認証。鍵は暗証番号式。セキュリティばっちりって感じはするが、赤外線とかもないし結構ざる警備だ。

 暗証番号は沈海さんが知っていたが、他はどうにもならない。結果的に、扉をぶっ壊すという案で決着がついた。

 アンの散弾銃で、扉のぶっ放す。脆すぎだと思う。

 部屋の中には、おっさんが一人悠々と座っている。そしてなんか匂う。

「よくここまで来たね」

下種な笑いを浮かべ、おっさんはそう言う。まあこいつがボスだろう。

 誰もその言葉には答えず、双子は早々に各々の凶器に手をかける。俺も、上着から、例の鋏を取り出す。

 悪刀の方から乾いた金属の音がした。何事かと思えば、悪刀がナイフを取り落としたのだ。

 悪刀は刃物を粗末に扱ったりはしない。それなのにどうしたのかと思えば、膝が砕けるようにその場に座り込む。息が荒い。

 アンの方もホルダーから拳銃をとることなく、その場に座り込む。四つん這いに近い姿勢で、呼吸を荒らげる。

「おい、どうした!?」

と声をかけるが、つらそうな呼吸をするだけで何も言わない。どちらの顔にも、玉の汗が浮かぶ。どことなく肌が冷たく、脈が速い。

 沈海さんも煙草を落とし、座り込んでいる。火事だ、とは誰も騒がず、立っているのはおっさんと俺だけ。本当は嫌だが、俺がやるしかないようだ。

「おっさん、何したんだ?」

「お前だけがデウスか」

意味深におっさんは笑う。

 デウス。聞いたことがある。ドミヌスに対し一般人をこう称する奴がいるらしい。神の意。思い上がりも甚だしい。

 俺の手の中で、刃が擦れあう音がする。ああ、早く切り刻みたいと思う俺も大分毒されている。

「何にせよ、よくもまあ弟達に余計なことしてくれたもんだ」

「弟? 馬鹿を言うな。ドミヌスは所詮デウスのペットだ」

「ここはドミヌスに協力的だと聞いてたが、そうでもないらしいな!」

 悪刀が取り落としたナイフを拾い上げ、思い切り投げるが避けられる。避けなければ当たってたのに。ナイフは鋭い音をたてて、勢いよく壁に突き刺さった。

 これを合図としたのか、ボスさんも拳銃を取り出し撃ちだした。刀身を盾にして防ぐ。

 下っ端は、おそらく全員双子ちゃんにやられてしまったのだろう、応援は一切来ない。ボスさんもそれを知っているのだろう、応援を呼ぶ素振りはまるでない。

 鋏をアンの前に突立てる。薬莢の落ちる音がするかしないかのところで、金属と金属がぶつかり合う音。広くはない部屋に木霊する。

 ボスさんは、分かってる。俺一人で、三人を庇いながら戦うなど無理だということも、おそらく三人の誰かが狙われたら、そちらを優先することも。

 俺が下手に動けば、俺の後ろの三人が危ない。かといって、ずっとここにいても鋏は届かず、埒が明かない。

「アン、借りるぞ」

 飛び道具の方が圧倒的に有利と判断し、アンのホルダーから銃を抜く。有難いことに銃弾は補填されている。

 俺の武器はよくも悪くも防御に向かない。そもそも、攻撃に使うにしたって使いにくい。なぜ、これを選んだのかと言われれば、愛一択だ。

 アンの銃は、普通より引き金が重い。だが、本来俺達より力の強いアンにはこれくらいで丁度なのだ。俺は、引き金をひいた。

 破裂音がして、弾丸は男を目指す。ほぼ同時に俺を目指してきた弾丸をはさみで防ぐ。

 俺の弾丸は、ボスさんの髪をなんとかかすめた。顔を振ったボスさんが、ゆっくりとこちらを向く。ああ、怒っている。青筋たてて怒っている。

「髪で怒るなんて女かよ」

煽ったところで勝てるわけじゃない、けれど誰の癖だろう、思わず嫌味が口から飛び出てしまう。

 それに余計腹をたて、血管をひくつかせながら、瞬く間に壁のナイフを抜き俺に向かって投げてきた。

 鋏は軽くない、振るにも力がいる。俺は鋏から手を抜き、ナイフを手掴みした。殆ど、無意識。

 掌が熱い。叫びたい。俺は逃げるのが基本だから、滅多に怪我をしない。決して打たれ弱いつもりはない。けれど、ああ、痛みとはこんなものだったのか、熱い。痛いというより、熱い。

 手首を伝う血が気持ち悪い。這うように落ちていく。

 床に滴る血に気分をよくしたのか、男は銃口を再び向ける。随分多くの弾丸を装填できるらしい。

 音より先に身を伏せ、弾丸を避ける、はずだった。

 弾丸が向かった先は、俺の斜め後ろ。そこには、沈海さんがいる。


 彼が逃げられるはずはない。撃つと同時に振ったのだろう、弾丸は頭をそれ、肩口を貫いた。

 弾丸を目で追う事ができず、気付くと血が噴き出していた。沈海さんは、声も出さずに、呻いている。

 どうして、彼を狙った? 今までの流れなら、狙うのはアンか悪刀のはずだ。狙いは、仕事の不達成だろうか。だが、敢えてそれを狙う理由が分からない。瞬間に頭をよぎるが、そんなことを気にしている場合ではない、と別の俺が動き出す。俺の仕事は沈海さんを殺さないことだ。ナイフを捨て、再び鋏を握る。血で滑りそうだ。

 男は姿を伏せていた。弾丸が切れたのだろう。

 大きく踏み出し、跳ぶように机の前まで近づく。このまま、鋏で突けば、机ごと彼は串刺し。そう思って鋏を振り上げた刹那に出来事。

 肉の裂ける感覚。痛みを思い出した体は更なる痛覚に悲鳴を上げる。声にならない。擦れたような、絞り出すような短い叫びだけが、ようやっと口から飛び出す。血が染みて冷たくなる服。気持ち悪い、熱い、痛い、痛い。頭が麻痺する、ひたすらに痛い。

 ようやく届いた銃声に、現実に引き戻される。後ろから、左の二の腕を撃たれた。滑り落ちそうな銃を捕まえて、それでも机の下を撃ち抜く。幸い、男が出ていった様子はない。

 低く短い悲鳴が聞こえた。どこかしらに、弾丸が届いたらしい。

 即座に、首がねじ切れる勢いで振り向く。開けられたままの扉に、男の人。口角を上げた、白髪とそばかすの男。どことなく、誰かに似ているような。

 無意識の速度で、引き金はひかれた。耳を貫く破裂音を伴い弾丸が駆け抜ける。しかし、男には当たらない。血が落ちる腕では、力が入らず固定できない。

「アイフ……」

俺の名前を呼んでいるのか、呻いているのか分からないが、アンか悪刀の声がした。沈海さんの、呻きは聞こえない。

「久しぶりだねえ、私の被験者(モルモット)

語尾にハートマークをつけるような、底冷えした猫撫で声で男は言う。その声に反応したのは、双子。どちらも同じように、肩をわずかに震わせ、揺れるように小さく振り向く。

「来てくれたのか、ウーリヒ博士」

「ええ、私の可愛い息子(モルモット)達に会いに」

机から声だけを出したボスに、愛想よく男は応える。威嚇の意味でも、攻撃の意味でも、机に鋏を突立てた。机は堅く、床にまでは届かないが、机下で男が体を揺らすのは分かった。

「「親父……」」

双子が同時に言う。恐れというより、驚愕を含んだ声。

「どうして、生きてる?」

「あの晩、殺したはずなのに……」

 合点がいく。あの晩、彼らが血塗れだったのは、彼らが自らの父を殺した、否、殺しかけたから。

「そう、あの晩私は確かに殺された。けれど、死んではいなかったのだよ、残念なことに」

まさか、こいつもドミヌスか。鋏を抜いて、構える。

「そこを、ズッパイングレーゼの方に拾っていただいてねえ、今は研究員として雇ってもらったいる」

「最近ついに完成させたんだよ! ついに、ね! ネガティウス! そう、オプティムスの逆ともいえる作用! ドミヌスにのみ効く、気体による神経毒!」

ドミヌスは、毒への耐性も高い。この男が気付いているかはともかく、まだ双子は完全に麻痺していない。

 ドミヌスにのみ効く、ということは、ドミヌスなのは、この男ではなく沈海さんなのだろう。

 男は意気揚々と、狂ったラジオのように話続ける。

「ドミヌスを従えられる! これで私達は世界の王になれる! そうさ、これでエドゥアルダを従えることもできる!」

「嘘だ……母さんは、死んだ……はず」

「いいや、死んでいない! 生きている! 培養液の中で、眠っているだけだ! お前達は、エドゥアルダに生きて私に従ってもらうための踏み台に過ぎない!」

そう言うと、男はまさに悪役、といった様子で高笑いを始めた。狂っているのは、確かだった。

「だがまあ、そこの鈍色は邪魔だな?」

男は再び、銃を構える。焦点の定まらないといった様子の目玉が、俺をとらえる。

 抜けていく血の感覚、情けないが貧血を起こしそうだ。世界が、幽かに揺れる。

 力の抜けていく指先に意識を集中させ、引き金に手をかける。鋏をぬくほどの力も残っていない。

「有難う、私の息子を育ててくれて」

 震える肩に力を込め、銃に右手を添える。短く、深呼吸。

「さよならだ」

指先だけに、全意識が向かう。

 破裂音。だが、重複しない。聞こえたのは、たった一つ。

 集中していた意識を開放し、目の前の景色をとらえると、男はそこにおらず、立っていたのはドレスに身を包んだ女だった。月の光もなく、暗い部屋の中で金色に輝く髪の毛、まるで黄金の獅子のような。

「レオンカヴァルロの親族に手を出そうというの? いい度胸ね」

女にしては低い声で、足の下の男に呼びかける。嘲るように、鼻で笑った。彼女の隣の壁に、銃弾がめり込んでいる。

 この都市でレオンカヴァルロの名前を知らぬ奴はいない。それこそ赤ん坊くらいだ。レオンカヴァルロは、この地獄で一番二番を争うほどの縄張りを持ち、この都市を牛耳ってるといっていいマフィアだ。まさに地獄の番人、あるいは冥府の王。

 耳にしたことはある。あの家を継ぐ者は、かならず獅子の鬣のような黄金の髪を持つ。当代は、女だと。

 彼女は男の頭をピンヒールで踏みつけた後、襟を掴んで引き起こす。どこにそんな力があるのか、という細腕が男の胸倉を掴むと膝を鳩尾にいれた。男が吐血すると、彼女は男を壁に磔た。袖から出したナイフで、両手と壁を結んだ。男は叫びもしない。

「生きて帰れるとは、思わないことね」

 彼女の台詞を聞いた瞬間体が傾く。銃が零れた。血が足りない。

「いつまで、机に隠れてるのかしら?」

高い声で、くすりと笑う。可愛らしいはずのそれは、怒気と邪気、悪意も殺意もはらむ。

 彼女の体がこちらに近づく。宵闇のドレスの下から、同じ色の靴と白磁の肌が見える。

「少しどいてなさい」

優しく彼女はそう言う。その声音から、身の危険を察知し、俺は机の前から退いた。

 彼女は拳を振り上げる。俺達より遥かに小さなその拳は何をするのだろうと、見つめていると、拳は真っ直ぐに机上に振り下ろされた。木材の割れる音。部屋に響く破壊音。突き刺さっていた鋏諸共、崩れゆく。

 ボスさんは恐怖に体がすくんだようで、大口を叩きながら彼女の手に捉えられていた。なんて滑稽なさまだ。

「あなたとは、あとでたっぷりお話ししましょう」

 胸倉を掴まれたボスさんは、そのまま彼女に放り出された。思い切り、壁に頭を打ち付け、ボスさんは気絶したようだ。うわあ。

 そしてやっと彼女は、沈海さんに駆け寄り、彼をかき抱いた。そのドレスが血に汚れることなど一切気に留めず。

 なんとなく話が見えてきた気がする。

 彼女の頬を、涙が伝ったように見えた。

「もうすぐ、うちの人達が来るわ。でも、その研究員は、あなた達で殺りたいでしょう?」

静かな声で囁くように、彼女は双子に手を伸ばす。まだ警戒してるのか、双子は犬のようにうなる。彼女は、やはり泣いていた。

 俺には彼女の背中で見えないが、双子に何か呑ませたようだ。目星はつく。

 しばらくで双子は立ち上がる。あの目つき、口からもれる醜悪な音、気体、全身から溢れる殺意、零れる憎悪。オプティムスの過剰摂取(オーバードーズ)

 一人は刀を抜き、一人は落ちた拳銃を拾いあげた。こんな荒れた二人は久しぶりだ。

 しゃがんでいる彼女の背中に聞こえる声。女にしては低い、高くて可愛らしいのに、淀んでいて澄んだ暗闇の音。

「私が許す。殺れ」

 血の噴き出す音が聞こえたようだ。

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