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花束に銃弾  作者: 狗山黒
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 俺は特に歴史に詳しいわけじゃない。学校を出たわけでもなければ、歴史への興味は皆無だ。だが、誰でも知ってることは知ってる。

 はっきりと史実に残っているのは、約千三百年前からの記録。第三次世界大戦の前後くらいからだ。第三次世界大戦は、アジアの小国が仕掛けたらしいが、そこは敗戦し、世界は欧米が支配するようになった。そして、俺は欧米を知らない。当たり前だ、俺が生まれる前には既になくなっていた概念だ。

 第四次世界大戦は、その欧米同士が戦ったらしい。いわば、縄張り争いだ。でっかくなったマフィア同士で抗争してるイメージだ。結果的に、片方の国々が世界を支配することになった。

 第五次世界大戦では、少数の国々が争った。そう、第四次世界大戦の勝戦国同士で争った。

 そうやって、世界は何度も争ったらしい。五度目からはもはや数えるのをやめたらしく、世界大戦としか記されていない。

 最後の世界大戦は、全ての国が参戦した凄まじいものだったらしいが、誰もその事実を知らない。当たり前だ、終戦は二百年前の話だ。

 その凄まじい戦争の爪痕は、今も残っている。科学技術の進歩はなくなり、世界中の人種、文化が入り乱れ、大陸だの国だのは大して意味をなさなくなった。数あったといわれる言葉は全て古語になり、第五次世界大戦後に完成した世界共通言語を喋っている。噂によれば、世界政府が各地に人を派遣しているらしいが、末端の俺達には分からない。そもそも、その世界政府とやらもきっとマフィアである。

 戦争後、治安は荒れに荒れ、政治を牛耳るのはマフィアになった。当然の結果だ、武器も金も持ってるのは奴らだ。

 俺達のいる都市は大昔でいうアメリカとやらにある。小さい都市で、周りの都市の犯罪者や貧困層を(結果的にだが)受け入れている都市だ。円状の都市を、他の比較的治安の良い都市に囲まれたその様が、シフォンケーキの穴のようだと、シフォンと呼ばれるようになったらしい。無法地帯の割に、随分可愛らしい名前をしているが、正式名称は違うらしい。興味はない。

 俺達は、犯罪者でもない(この都市では)しスラムから逃げてきたわけでもない。少なくとも、俺は、両親含めて生まれた時からこの都市にいた。

 俺達、というか双子がよく喧嘩を売買するため、俺を含め三人はその都市で有名になってしまった。

 初めてケロべロスとたとえられたのは、俺が十五歳の時だった。殊勝にも大人相手に喧嘩を売った双子が酷い怪我を負ったときに、助けてくれた通称大佐がそう名付けた。「いつも三人で喧嘩してて、まるでケロべロスのようだ」と。俺はお目付け役だから、一緒にいただけなので、非常に不満であるが。

 しかし、喧嘩ばかりしていても食ってはいけない。勿論、偶然倒しちゃった人や殺しちゃった人のお財布から頂戴することはあるが、大抵微々たる額なので、その日暮らしもままならない。そんなわけで、俺は何でも屋に近い商売をしている。依頼の殆どがドンパチすることだが、そっちの方が双子のため、ひいては俺のためにもなるのだ。入ってくる額は、ピンきりである。

 問題は、さして繁盛してないということだ。そりゃわざわざ喧嘩を頼むこともないだろう。入ってくる依頼は、ペットや失くし物を探すこと、たまに買い物の依頼もある。俺がセールに詳しいのは周知なのだ。

 俺の母親、イーペデ(綴りはIpöde。この子にしてこの親ありという名前だ)さんはよくお食べになる人で、その遺伝子をしっかり受け継いだ俺もよく食べる人だ。その上多分成長期の双子、それも男二人がいるのだからエンゲル係数はとても高くなる。俺はそのために、日々安く多く食べる方法を模索している結果がこれである。

 俺は双子ちゃんと同居しているが、母は別居だ。しかし、食費を貢がせてもらっている。親孝行だそうだ(涙出そうだけど)。

 そんな俺にも久しぶりに、まともな依頼が入ってきた。ここでいうまともは、双子ちゃんが活躍できるという意味だ。要は、マフィアをぶっ潰せということである。

 マフィア相手の依頼は、大概抗争のお手伝いや殲滅だ。時折、盗みやスパイ活動もあるが、双子ちゃんにはとっても向かないのであまりない。

 見た目が派手なのはあるが、しかし世の中には虹色の髪とかいうわけわからんのもいるので、大した事は無い。それ以上に奴らの「喧嘩は売買するもの」という性格に難がある。

 今回入ってきた依頼は、例の美味しそうなパスタマフィアさんを殲滅しろと、というもの。依頼人は、教会より向こうのマフィアさんだ。確か、美味しそうなお菓子の名前の。

 正直言うと、俺は受けたくない。受けたかないが、お使いに来た怖いお兄さんが言うには

「俺達のシマに逃げ込んだろ?」

とのことなので、受けざるを得なかった。酷い世の中である。

 マフィア殲滅の依頼の時は、俺達三人でやるのが大体普通だ。抗争と違い、欲しいのは勝利じゃない、潰したいのでもない。単に消えてほしいだけ。

 勝てば、そいつらの土地は文句なしに勝利者の物だ。抗争での勝敗、即ち縄張りの大小は、政治にすら関わる。けれど、土地が貧弱、小規模だったりした時や、元々強い奴らは、そんなことを気にしないことが多い(ちなみに今回の依頼主は結構大きな縄張りを持っていて、且つパスタマフィアさんの縄張りは小さい)。目障りだから消してほしい、残った土地は勝手に争えばいい。殲滅の依頼は、大体そういう時だ。

 俺達三人、寧ろ双子ちゃんの戦力を分かっているから頼むのは勿論、俺達なら後腐れない。俺達がやれば――勿論、依頼主がバレさえしなければだが――勝利者はどこにもいない。自分達は、どこぞの傘下や同盟相手に滅ぼされる心配がない。だって、殲滅させたかったのも、殲滅させたのも俺達(・・)だ。

 武器は、我が家に嫌というほどある。双子の片方は銃器を好み、もう片方は刃物を好んで、収集しているのである。俺は、大体決まっているし、愛用のがあるので収集はしてない。

 我が家にないのは情報である。この都市に住んでいるんだからマフィアについて知っていることはあるが、それは噂程度だ。やろうと思えば情報収集だって俺達にもできる。ところが残念ながら、俺達もとい双子には敵が多いし、とにかくスパイ活動が向かない。俺達に情報収集ほど向かない仕事はない。

 俺が向かうのは、煙草屋。別に俺の煙草補充じゃない。

 煙草屋の店先にいるのはいい歳した、がたいのいいおっさん。いわゆるアジア系とやらだ。

 おっさんがふかす煙草の煙を手で追い払う。俺も結構吸う方だが、おっさんはもっと吸う。肺は真っ黒に違いない。

「おっさん、オツェアンボーデン」

「あ? どこのだ」

「あー、なんだったかな、確かアラビアータ?」

「ああ、あそこのか。何箱だ」

「あるだけ」

「少し待ってろ」

 マフィアが政治を牛耳るまでは、禁煙の傾向が強かったらしい。しかし政治がマフィアのものになると、煙草業界は勢いをつけた。勿論、背後でマフィアが動いて金儲けに使ってる。最後の世界大戦後荒れた世界は、貧乏人ばかりだった。そういう奴らは日々の喧騒や貧困を忘れるために、夢を見たがる。マフィアはそこに目をつけ、貧困層用に幻覚作用のある安い煙草を作った。その結果が煙草の流行だった。

そして、マフィアさんに禁煙家は少ない。だから煙草屋はいい情報収集の場になる。なんせ煙草の配達までしてくれるのだから。

煙草には、特別に税がかかるから、吸いはしても商売にするやつは少ない。割にあわないのだ。だから、おっさんがどんな奴か知ってても、殺そうという奴は少ない。おっさんが強いとかでなく、この都市では貴重な、一件しかない煙草屋なのだから。

おっさんはしばらくで戻ってきた。その手にある煙草の箱は、おそよ十箱。銘柄は様々だ。

「大体、四十五万ってとこだな」

「げっ、たっか。まけてよ」

「馬鹿いうな、こっちだって商売だ。命はってんだぞ」

「ちっ。分かったよ、じゃあ仕事後に払うよ。はい、人質」

俺は、ジッポを差し出す。愛煙家の俺にとっては、命の次の次くらいに大事だ。

「あいよ」

俺は煙草屋を後にした。



俺は愛用の武器を、刃物好きな方は腰に大太刀を下げ、背に忍刀、そこらじゅうにナイフを隠した。銃器好きな方は、腰のホルダーに愛用のリボルバー式拳銃をセットしてから、でかい銃器や弾を旅行鞄に詰めた。さて、仕事の時間だ。

 いつの時代も、奇襲は夜がいい、月のない夜が。夜は人間の時間じゃない。どうしたって、防御が手薄になる。

 幸い、双子ちゃんは人間じゃない。俺達の方が、断然有利だ。

 アラビアータさんのアジトの場所は、表向きは美術館だ。ボスさんに、美術品、特に女の裸体モチーフのものを集める趣味があるらしい。うへえ、だ。

 堂々と殴りこむのは俺じゃない、双子ちゃんだ。双子ちゃんは、戦闘狂であると同時に人をおちょくるのが大好きな奴らだ。

 タブレットを口に含み、噛みつぶして呑み込むと、準備完了だ。手足と首を回し、軽く準備運動をすると、その手は重厚な扉を開いた。美術館は、とうに閉館している。

「お邪魔しまーす!」

俺より高い声が、館内に木霊する。こんな時間に、来る奴らは、敵さんだけだ。

 アラビアータさん達は、きっと双子ちゃんの相手に集中する。そうでもなきゃ、そうしても、今の双子には勝てない。

 俺は裏に回り、窓を割って侵入する。ここは、美術館で働く人間、それも学芸員以外しか入れない場所だ。こっちに人はいないようだし、あれだけ派手にやってたらガラスの割れる音なんか聞こえない。

 足音を消して、部屋を見て回る。こっち側の部屋のどれかに、地下に続く階段があるはずだ。夜目は効くから懐中電灯はいらない。気配を殺すのも得意だ。誰も、気付いてないだろう。

 七つの部屋を回って、見つけた。暖炉の上にあった裸婦像を傾けると、暖炉が重い音をたててスライドする。なんてベタなんだ。

 真っ暗な中を、注意深く進む。一般人に比べたら俺だって頑丈だが、さすがに階段を転げ落ちたら痛い。派手な音もたつ。

 ああ、煙草吸いたい、と手がジッポを探すがあるはずなく、虚しい気分に浸っていると階段が終わった。

 どうやら、通路を挟んでいくつか部屋があるらしい。向こうの奥の部屋を合わせて、およそ十。

 セオリー通りいけば、探し物は奥だろうか。否、それは素人の考えだ。ならば手前か。それもない。どちらも罠だ。

 一番大切なもの(・・)は、一番有り得なさそうで、一番安全で、一番危険な場所に隠すものだ。おそらく、表の部屋じゃない。

 そもそもここまで何の罠もない方がおかしい。察するに、ここまでは前菜。これから、ようやくスープに届くのだ。

 なんとなく、騒がしい。下から叩きつけられるような、音がする。そっと屈んで、耳を澄ます。どうやら、ビンゴのようだ。

 冷たいリノリウムの床に手をそっと這わす。人が出入る場所なら、どうしたって段差か、周りとの差異があるはずだ。

 滑らかに滑っていた手が、つまずく。ああ、見つけた。

 突然、床が光り出す。瞳孔の明暗調節では足りなくて、一瞬目を閉じた。

 背中に丸い、冷たい感触。どうやら、扉探しに集中しすぎたらしい。俺の予定では、これは肉料理くらいの順なんだが。どうも活きの良いお肉さんは、スープもお魚さんも追い抜いてしまったらしい。

「てめえ、そこで何してやがる」

ドスのきいた低い声に、嘲笑をにじませた、男の声がする。その背後で、忍び笑い。

 両手をかざして、ゆっくり立ち上がる。背中と額に嫌な汗が伝う。恐怖を前にした時の人間の表情は様々だが、俺は笑う性質のようだ。口角が、ひきつりつつも上がる。

「ちょおぉっと、探し物をしてまして」

「ほお、探し物。一体、何かな」

ぐっと、銃口が強く当てられる。残念ながら、俺は普通の人なので、この距離でこの位置を撃たれたら、神の御許に召されてしまう。

「あのお、ジッポを落としてしまいまして」

「こんなところでか?」

「ええ、こんなところで」

できれば、見逃してほしいな、という希望的観測を胸に抱きつつ振り向くが、その希望的観測が叶う確率は天文学的数字だったようで、後ろの怖いお兄さんは、青筋をたてていた。俺のひきつった笑顔が、余計に怒らせたようだ。

「ふざけんじゃねえぞ! てめえ、あいつら探してたんだろ!? 生きて帰れると思うなよ! おい、こいつのこと抑えろ!」

怖いお兄さんはリーダー格だったらしく、後ろに指示を飛ばす。何人か、いかついお兄さん達が、俺を取り押さえに来た。

 俺もこの都市の住人だし、何よりあの双子達にずっと付き合ってきたのだ、戦えないはずがない。無惨に殺されてやる義理もない。

 目前の黒髪のお兄さんに頭突きをすると同時に、リーダーらしきお兄さんの鳩尾に肘を入れる。真っ先に手錠をしなかったのが、こいつらの失敗だ。上着の内側に隠しておいた愛用の武器に手をかける。

 向かってくるお兄さん達に、刃をむく。

 シャキン。涼やか且つ冷淡な音を立てながら、目の前のお兄さん達を切り裂いていく。

 ジャキン。邪悪且つ豪奢な音を立てて、俺の後ろにいたお兄さん達は細切れになっていく。

 迫る銃弾は、大きな刀身で受ける。弾丸など貫通しない、そういう金属でできている。

 肘打ちの衝撃からしゃがんでいたリーダーだけが、五体満足でいるが、彼の取り落とした拳銃の引き金に刃をかけ、拾いあげる。

 俺の肘はそんなに凶暴だったのか、お兄さんは口から血を流して、咳き込んでいる。

「てめえ……」

お兄さんが何を言いたいのかは、知らない。俺はシリアスな空気は苦手だ、茶化したくなる。だから、こう言ってやる。

「裁ち鋏の刑? なんちゃって」

左手が引き金を引くと、血飛沫と空の薬莢が零れ落ちた。

あの双子ちゃんといるせいなのか、元々俺がおかしいのか、それは分からないが、お兄さん達は大変弱く大変遅かった。だからと言って、仕事以外で殺すのは面倒だけど。

 報酬以外のチップということで、千切れている胴体や足の根元を探り、金を集める。想像はしていたが、はした金だったので、思わず舌打ち。うわあ、イーフォン行儀悪ーい。……自分で考えてて気持ち悪くなった。

 真っ白だったはずが、真っ赤になったそこに再び手を這わせる。血が潤滑剤になって気持ち悪い。

 何とか段差を見つけ、そこに刃先を差し込み、梃子の要領でそこを開く。軽い音を立てて、敵さんの薬莢が転がった。

 血が雨垂れのように落ちていく先は、暗い。ただ、そこにはいくつもの目。瞳孔の開き切った、爛々と輝く目玉。

 探していたのはこれだ。前時代の遺産、負の。

 自分の夜目を頼りに、梯子を下りていく。もう一つの依頼は、アラビアータのボスが監禁していた、とあるガキ達を見つけ、連れ出すことだった。

 彼らは、一部の人間、特にマフィアやそれに準ずる人々には垂涎者だ。アラビアータのボスさんの裸婦趣味は、カモフラージュ。

 用途は、様々だ。いわゆる囲うためだったり、徹底的に暗殺術を覚えこませ犬にする奴もいる。今回の場合は、前者が近い。

 どの薬かは知らないが、どうも薬物中毒(ヤク中)になっているようだ。開いてる瞳孔然り、だらけきった四肢に顎を伝い落ちていく涎。

 俺は特にガキは好きじゃない。面倒だなと思いつつ、数人ずつ抱えて上がった。薬の影響か叩き込まれたのか、一切抵抗しない。

 一通り運び終わったら、あとは待機するだけ。一人じゃ外まで運び出せない。今に、双子ちゃんがくるだろう。



 俺が双子ちゃんと出会ったのは、十二の時だった。母親の仕事を手伝った帰りのことだった。

 先に断っとくが、俺の家系はまともじゃない。父方は知らんが、母方は由緒正しき泥棒の家系だ、と母がおっしゃっていた。泥棒といっても、コソ泥や義賊みたいなチンケな奴じゃない。怪盗で紳士なあの人の孫あたりが、一番近いかもしれない。そして母いわく遠縁にマフィアがいるらしい。「獅子」と呼ばれてるらしいが、そんなやつごまんといるので、俺は知らん。

 その日の母の仕事は、大したものじゃなかった。ちょっとした宝石を戴くだけの仕事。ただし、そいつが厄介なことに満月の日にしか肉眼で見れない仕掛けらしい。どう考えてもファンタジーである。

 その時の満月はスーパームーンというやつで、えらく大きかった。風情の欠片もない俺達母子は、その黄金色にオムライスを連想させ、腹を空かせていた。

 朝飯に思いを馳せながら路地裏を歩いていると、何かを蹴とばした。うめき声が聞こえたから、下を向くと、四つの目玉がこちらを見ていた。

 いくら路地裏といえ、煌々と月明かりが届いている。それなのに、そいつら(多分)の姿は闇に紛れ、ぎりぎり人の形に判別できるくらいだった。真っ暗な中、青緑の眼がギョロ、とこちらを見た。

 俺は、どうして連れて帰ろうと思ったのだろう。まるで分から


ないが、俺はそのとき母に「連れて帰ろう」と提案した。

「ちゃんと面倒見れるんだね」

「拾ったからにはね」

今考えると、人間相手の会話とは思えないが、とにかく俺はそいつらを連れて帰った。

 照明の下に連れてきて分かったが、奴らは血まみれだった。血まみれの(おそらく)生きている人間を間近においておく趣味はないので、死んだように抵抗しないそいつらの服を脱がせ、風呂にぶちこんだ。

 妙なところで感傷深い母が俺の服を捨てずにとっておいたのを、再利用し、風呂上りのそいつらに着せた。ようやく人間になった、といったところだ。

 二人の歳は大体同じといったところ。どちらも俺より若干青白い肌をしている。目は、澄んだ海の色。片方はそばかすのある、赤い癖毛。もう片方は、白髪――しらがじゃない――。立ち位置や雰囲気を見るに、赤毛の方が上手か。

 名前を聞いたが、どちらも答えなかった。何の間違いか共通言語が通じないのかと思い、知ってる限りの古語で名前を聞いた。母に語学趣味があってよかった、と初めて思った。

 しかし、言葉は通じたようだ。赤毛の方がか細い声で

「名前なんてない」

と言った。

一般人とは程遠いとはいえ、まだまだ一般人な俺は、カルチャーショックを受け、少しの間静止していたが、名前がないんじゃ困ると思い、名づけることにした。

赤毛の方にはアンドリュー、白髪の方には悪刀(オト)。赤毛の方は、某赤毛のアンからとった。「アンドリュー」→「アンディー」→「アン」という具合である。白髪の方は、うちに飾ってある刀を見つめる様子からつけた。ぶっちゃけると特に意味はない。なにせ、完全にペット気分であった。

名前をつけたせいか、妙な責任感が出た俺は、以降甲斐甲斐しく二人の世話を焼いた。俺の知る限りの常識を教え、武器の扱い方や、盗みの仕方、必要なことから要らんことまで教えた自信がある。

二人は、逃げることもせず、なんだかんだいってうちに住みついた。家族のことについての質問には殆ど答えなかった。今の俺への態度を見るに、兄に近しい何かだとは思っているだろう。

そいつらと育つ、寧ろ育てている間に彼らが双子だと知った。正直名づけに失敗したと思った。その時、悪刀の髪が色素異常なのも知った。

一年もしないうちに双子は本性を表した。そう、戦闘狂なのである。俺は、尻拭いに追われることとなった。

しかし、あまりに常軌を逸していたため、母の知り合いの闇医者に見せた。医者は、こう言った。

「こいつら、前時代の遺産だ」

 聞いたことはあった、目にしたことも何度かある。前時代の遺産。それには二つある。片方は正、聖の遺産。もう一つは、負、怖の遺産。どちらも、戦争中の人体実験の産物だ。

 第四次世界大戦辺りから、人体実験、それも遺伝子レベルのものが活発になったらしい。髪や目の色が様々になったのも、この頃のようだ。そういった人体実験の成果の中で、とりわけすぐれたものとされるのが聖、怖と呼ばれるようになった。

 聖の遺産とは、脳の記憶中枢の改造。異常な長期記憶量、再現率の高さ。まさに神のようだと、讃えられる。

 怖の遺産とは、細胞の改造。異様な細胞活性、限界突破の反応速度。簡単にいえば、人とは思えないほど強くて、怪我の治りもクソ早い人間。

 聖の遺産は、どれだけの技術や薬をつぎ込んでも、長くて二十年しか生きられなかった。何より、生殖機能がなかったから、早々に実験は打ち切られた。反対に怖の遺産は、兵器としての量産が進んだ。狂気じみたその肉体は、性格にも影響し、彼らの殆どは戦闘狂だった。

 しかし、戦争が終われば彼らに用はない。最後の世界大戦後、人体実験は禁止され、研究員達は処刑、怖の遺産達は狩られることになった。

 どんなに強くても所詮は人間。そもそも実験の内容は、強いていうなら異常な筋力の活性が近い。そんなものは薬で封じ込めてしまいさえすればいい。

 ところが、マフィアさん達にとっては彼らは有用だった。人権団体の皮をかぶった彼らは、怖の遺産を保護し、抗争なんかで使うようになった。

 捨てる神あれば拾う神ありとは言うが、そんな生優しいものじゃない。使い捨ての如く使われた挙句に捨てられ、また使い捨てられるだけだ。

 彼らは人間の僕となるように創られたに近い。それなのに、今や「ドミヌス」と呼ばれる。かなり古い言葉で、「主人」の意味だ。皮肉がきつい。

 その医者で処方されたのは、ペシミムス。人権団体さんが総力を挙げて創らせた薬だ。ペシミムスは精神安定剤、つまり闘志を萎えさせる薬だ。

 これには対の薬がある。ペシミムスの作用が切れてる間でないと使えないが、筋力活性剤のオプティムス。副作用で、精神不安定。ただでさえ強い奴らなのに、筋力を活性させ、なおも闘志を沸かせようという考えがよく分からない。

 オプティムスは完全に法外の薬だが(手に入らないこともないが)、ペシミムスは基本的に医者の処方箋がなきゃ手に入らないはずだ。まあ、何にだって別ルートはある。ただ、別ルートじゃないと薬の値は張る。人権団体さんがドミヌスを保護すると決めた時に出された条件は、ペシミムスの常用と高値での売買だった。

 ドミヌスは普段はペシミムスを飲まないと、狂ったように戦う。そうすれば、間違いなく死者が出る。そして、おそらく死者は普通の人間だ。同じドミヌスなら、きっと死なない。一般人を一人でも殺せば、基本ドミヌスは死刑だ。いくら不死身に近くても死なないわけじゃない。

 それだけじゃない、ずっと戦い続ければ体の方がついていかなくなる。人間の感性に限界はなくても、体にはどうしたって玄海がある。けれど、ドミヌスは暴れ続ける。もはや脳が痛みを感知しないのだ。そして、やはり彼らは死ぬ。

 ペシミムスの常用は、一般人をドミヌスから守るためだ。そして、それを高値で売買するということは、ドミヌスを殺すということだ。

 マフィアに飼われれば、薬くらいいくらでも与えてもらえる。けれど、それ以外の奴は、大抵買う事ができない。化け物が、まともな職につけるはずがない。

 有難いことに、その闇医者はペシミムスを別ルートで仕入れてるやつだった。知り合いに、ドミヌスがいるらしい。

 アンと悪刀は、どこからかオプティムスも仕入れるようになり、仕事前に飲むようになった。喜んでいいのか分からない。

 アンと悪刀は、オプティムスが切れるまで戦い続け、切れると俺のところに来る。まあ、そうしてくれないと俺がやられちゃうのだが。

 二人は、返り血で真っ赤になって俺のところに来た。多少は本人達の血もあるだろうけど、傷はすぐふさがるから、出血量は多くない。

「生きてるー?」

コンビニから帰ったくらいのノリでアンは言う。若干だが、アンの方が口数が多い。

「ああ、生きてる生きてる。ほれ、もう一個の仕事」

「はいはーい」

「俺、ガキ嫌いなんだよね」

と悪刀。こいつの方が、わずかにイカレてる。

「自分も、ガキの癖に何言ってやがる。ほら、こいつら担げ」

「ガキじゃねえ」

「俺より七つも下なら十分ガキだっつーの」

「げー、おっさん」

「おっさんじゃない、お・に・い・さ・ん。おっさんっていうのは、沈海(シェンハイ)さんとか大佐のこというの」

「ガキの俺からしたら一緒ですう」

「分かったから、とっとといけ」

十人弱いたガキをなんとか背負い、俺達は出口に向かう。俺が細切れにした人らもそうだが、悪刀にスッパリ斬られた人らもアンに蜂の巣にされた人らも、惨いことになってる。

「また派手にやったな」

「アイフに言われたくない」

アイフは俺の愛称だ。理由は知らないが、母がこう呼んでたからこいつらもこう呼ぶ。

 美術館の入り口には、大きめのトラックが停まっていた。窓から覗くのは、お菓子のマフィアさんの手下さん達だ。どうやら、お迎えが来たらしい、ガキの。

「荷台にのせろ」

助手席の手下さんの言う通りに、ガキ共を荷台に積む。これで、今回の仕事は終了だ。

「報酬、頼みますよ」

「分かってる。じゃあな」

エンジンをならして、トラックは去って行った。

「あいつら、どうなると思う?」

下卑た笑顔を浮かべ、悪刀は聞いてきた。

「さあな、ペットにでもするんじゃない」

アンは、ペットにするくらいが普通だと言わんばかりだ。

 叩き込んだはずの常識をゴミ箱にスリーポイントシュートしたらしき二人に溜息を吐きつつ、俺達は家路についた。どうして俺の弟はまともに育たなかったんだろう。

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