憑獣呪殺
「仁ーー、仁ーー。」
また綾乃さんの声がする。
「綾乃さん…。どこですか?」
「その声は…仁?こっちよ、こっち。」
俺はその声の先へと走っていった。
……………………………
「……また、この夢か。」
ベッドから起き上がり、俺は溜息をついた。
「クソッ、」
そう呟き、俺は目の前にあるビンとその周りに散らばった薬を見た。
「またダメか……。」
しばらくボーっとした後俺は下の階にあるノロノロ事務所に向かう。
ノロノロ事務所にはすでに鎌田がいた。
「あ、おはようございます。」
「……おはよう。」
「どうかしたんですか?顔色悪いですよ。」
「ちょっと寝不足気味でね……。」
「そうですか…。……斎藤さん、」
「ん?」
「斎藤さんって私と会う前はどんな人だったのですか?」
「え?どうした急に。前言わなかったっけ?」
「確かに前に一度聞いたことがあります。そ、その……斎藤さん何か私に秘密にしている過去とかってありますか?」
「………。」
「斎藤さん、教えてください。」
「……依頼人来たよ。」
「え?…はい、分かりました。」
鎌田が前に一度ノロノロ事務所を辞めそうになった時、俺は鎌田に自分の過去を話した。
だが、その話は全くの嘘だ。俺の過去はそんな優しいものではなかった。もう二度と思い出したくもない過去。
「斎藤さん、依頼人さんが待ってますよ。」
「え?…ああ、今行くよ。」
「…斎藤さん、大丈夫ですか?」
「………。」
鎌田の質問を無視し、依頼室に入る。
依頼室の中には40代半ばくらいの女性が座っていた。その人はとても上品な印象だった。
「こんにちは、斎藤です。」
「どうも私内藤楓と申します。」
「…今日はどうなさいましたか?」
「あの…こちらで呪いを解いてくれるという情報を聞いたんですが…。」
「はい、そうですが。」
少し前から俺たちら呪いをかけるだけでなく呪いを解くほうもするようになった。始めてみると意外にも依頼人は多く、元より依頼人の数が増えた。
呪いを解く方法は実にシンプルだ。相手の呪い源を突き止めて、その人を説得する。呪いは無意識にかけていることが多く、大半は妬みや恨みで時には好意からきたものもあった。
呪いをかけた人に直接会いに行き、原因を調査し、解決に持ち込む。
呪い代行よりは非常に面倒だが、呪いを解くのも悪くはない。
この社会から一つの呪いを消すことができた、そう思うと表現しにくいような嬉しい感覚になる。
だが厄介なのが呪いをかけた相手が他の呪い代行からによるものや、一度かけると解けないような呪いだ。
他の呪い代行によるものだったことはあったが、そういった場合も相手に直接会いに行き説得する。
呪いを解くには呪った本人と依頼人で二人の問題を解決するか呪った本人を呪い殺すかがある。
俺たちの場合呪いを解く時は呪いには頼らないという理由で後の方法は捨てた。
「その……最近主人と息子の様子がおかしいんです。様子が二人同時に急変して……。」
「そうですか……詳しく聞かせてもらえないですか?」
「一ヶ月ほど前からです。主人と息子が急にまるで獣のように暴れ出したんです。話しかけても返事もしてくれず、ずっとこっちを睨んでいてその様子は本当に獣みたいで……。どうしたら良いのか……。」
依頼人の内藤さんは顔を手で覆っていた。
「……。」
黙るしかできなかった。
憑獣呪殺だ………。認めざるを得ない。もう彼らは二ヶ月ともたないだろう。
そんなことを考えていると、背後にあるドアが開いた。
「斎藤さん、依頼引き受けますよ。」
鎌田がそう言ってきた。
依頼人の内藤さんの顔が上がる。
「ほ、本当ですか?」
「お、おい詩織ちゃん。」
「斎藤さん、依頼はどんなものだろうが引き受ける。それが私達の流儀ですよね。」
「……内藤さん。」
「……はい。」
「少し時間をもらえないですか?」
「……分かりました。それでは失礼します。」
そう言うと、内藤さんは去っていった。
「どういうことですか、斎藤さん。答えてください。」
「…依頼は断る。」
「…どうしてですか?」
「あの呪いは……無理だ。」
「あの呪い?」
「……詩織ちゃん、今回と同じようなケースがあったら今度から断っていくから。」
「納得できません。」
「……あれにはかかわるな。」
「嫌です。……斎藤さん、あの呪いって何なのですか?教えてください。」
「…断る。」
「じゃあ私ここ辞めます。」
「え?」
「もう私が働きたいノロノロ事務所はなくなってしまったんで。」
「…………、ごめん。」
「……斎藤さん最近おかしいですよ。何かあるんなら私に言ってください。」
「………。」
「…私が一度自分の過去に押し潰されそうだった時、斎藤さんが救ってくれた。その時から私は斎藤さんに大げさかもしれないけど、命預けてるんです。」
「詩織ちゃん……。」
「だから斎藤さんが何か悩んでるなら私も一緒に悩んで斎藤さんに少しでも苦しみを減らしてあげたいんです。私達二人でノロノロなんですよ。斎藤さんの苦しみは私の苦しみです。」
「…ありがとうな。」
鎌田がそんな風に思ってくれていたとは、正直嬉しいの一言では言えないくらい気持ちになった。
「…とりあえず斎藤さん、私の質問に答えてくれますか?」
「…ああ。詩織ちゃんも過去を乗り越えたんだから俺も詩織ちゃんを見習わないと。」
「…その…斎藤さん何度か自殺しようとしませんでしたか?」
「…どうして?」
「すいませんでした。私…前に斎藤さんの部屋に興味本位で入ったことあったんです。その時大量の睡眠薬が地面やテーブルに転がっていて…。薬ビンもゴミ箱に山ほど捨ててあって…。」
「…まさか入ったことがあるとはな。こまめに片付けておくんだったな。」
「…それで斎藤さん。」
「ああ、何度か死のうとしたよ。」
「…斎藤さん、」
「……でもダメだった。何回も試したが無理だった。」
「……斎藤さん、過去に自殺したっておっしゃってましたよね?」
「……そのことは謝らないといけない。悪かった、詩織ちゃんに以前廃ビルの屋上で話した俺の話は嘘だったんだ。」
「………そうでしたか。」
「…本当に悪かった。」
「……それと最後に斎藤さんが異常なほど恐れているあの呪いって一体何なんですか?」
「……憑獣呪殺。」
「え?」
「あの呪いの名前は憑獣呪殺だ。俺が知ってる中で一番最悪な呪殺方法だ。」
「憑獣…呪殺。」
「簡単に言えば獣の霊を取り憑かせるといった呪殺方法だ。取り憑かれたものは獣のように狂いだし、死ぬまでの三ヶ月間苦しみ続ける。呪われたものは死んだ後も獣の霊に引きずられ、地獄に確実に堕ちていくといったおまけもついてくる。この方法を知ってるのは20人といないとある集落に住む奴らだけだ。」
「でも……どうして斎藤さんが。」
「…憑獣呪殺、俺が自殺を繰り返してる理由……。一つ一つ話すよりも俺の過去を話したほうがよさそうだな。」
「斎藤さんの過去?」
「ああ…全部話してやるよ。」
そう言って俺は重い口を開いた。