仁の決断
俺をまたこの集落に迎えいれてくれる。
婆さまは確かにそう言った。
今目の前に鎌田がいる。鎌田の目は俺を恐れているような目をしてる。
その目を見て初めて俺の心に迷いが生じてると分かった。
「……どうして俺を許す気になったんですか?」
「……お前に話すことはない。ただその女を殺せばお前は元通りここで何不自由なく暮らせるんだ。」
「…悪いけど、そんな気はない。」
「…斎藤さん。」
鎌田がギュッと手を握った。
「俺は一度死んでからもう憑獣呪殺やらないと誓いました。」
「……ならばもうお前には用はない。」
「内藤さんたちの呪いを解いていただくまで帰りません。」
「……目障りだ。」
そう言って婆さまは周りにいる輩に何やら合図のようなものを送った。
すると周りにいるやつらが何かを察したのか急に立ち上がり、俺達の方へ向かって歩いてきた。その目は明らかにヤバイ。
「……俺たちを殺す気ですね。」
「え……」
鎌田は恐怖に怯えている。
「お前たちがここから無事に帰れることはゆるさん。」
「……そんなことだと思ったよ。」
俺はそう言って胸ポケットにしまっていたナイフを取り出した。
周りにいるやつらが足を止める。
「詩織ちゃん、スタンガンを出せ。」
「は、はい…」
鎌田があたふたと俺が渡したスタンガンを取り出す。その様子を見てなぜだかホッとしたような気がした。
「私達に手を出す気か?」
婆さまが俺を睨んで言ってきた。
「…呪いを解けば何もしない。」
「呪いを解くには…」
「憑獣呪殺を解く方法は呪いを行った者を消す方法だけではありません。」
「なに…?何だそれは。」
「あれの…破壊です。」
そう言って俺は奥にある水晶玉を指差した。
「……二度と言うな。」
婆さまは俺に今までに見たことのないような恐ろしい顔で睨んできた。
あまりにも恐ろしい顔だったので、怯んでしまう。
「…俺はあんたたちを憑獣呪殺から解放したいんだ。」
「……なんだと。」
「斎藤さん……。」
「もうやめるんだ…こんなこと。俺らとこの集落から出るんだ、今からでも遅くない。」
婆さまは少し驚いたようだったが、すぐに元の顔に戻り、
「…はははは、笑わせるな。……私達は今の生活には何ら不満を持ってない。」
「それはあなたの意見でしょう。他はそう思っていないかもしれない……俺や綾乃さんのような人もいるかもしれない。」
「黙れ!!こいつらを早く殺せ!!」
婆さまがそう言うと周りのやつらが再び俺たちの方へ歩いてきた。周りのやつらは何やら棒のようなものや鎌のような物を持ってる。
最悪の事態だ。
俺が甘かった…。
「詩織ちゃん、さっき来た道に全力で引き返せ!!」
俺は力いっぱい鎌田に言った。
「え……斎藤さんは。」
「俺がこいつらを食い止める、だから詩織ちゃんは逃げろ。」
と、その時だった。
「その必要はないぞ、斎藤。」
と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り返るとそこには菅さんが立っていた。その手には拳銃が握ってある。
「菅さん…どうしてここに。」
「まったく…こういう時こそ俺に頼れよな。」
周りにいたやつらは菅さんの登場に戸惑った様子で、足を止めた。
「…ありがとう」
「…礼なら鎌田に言え。鎌田が俺にここに斎藤がいることを教えてくれたんだ。」
「…詩織ちゃん…」
あの目印のブロックも菅さんが辿り着けるように置いた物だとその時気づいた。
「…詩織ちゃん、本当にありがとう」
「……ふふっ、私もノロノロ事務所の社員ですからね。」
鎌田は照れくさそうに笑いながらそう言った。
「……さて、ここの連中はどうも穏やかじゃないな。」
菅さんが目の前にいる斎藤家の連中を見てそう言った。
その時俺は再び現実に返った。
「…お前は誰だ。」
婆さまが菅さんを睨んでいる。
「警察だ。」
「……警察だと!?」
「ああ、この2人の護衛に来た。」
「…ぐっ」
婆さまは今度は恐ろしい顔で俺を睨んできた。俺はそんな婆さまの恐ろしい表情に恐れることなく、
「菅さん、お願いします。あそこにある水晶玉をその銃で撃って下さい。」
その瞬間周りにいる斎藤家のやつらの顔が一気に青ざめた。
「やめろーー!!血迷ったか、仁!!」
と斎藤家のやつらが叫び出した。
「な、なんだあれ?」
「いいから撃って。」
「やめろー!」
と婆さまが言った瞬間、パーーンという発砲音が聞こえた。その場の空気が凍る。
その数秒後俺の数メートル先にある穴の空いた水晶玉がピシピシッと崩れる。
「あ……ああ……」
婆さまが崩れていく。
「みんな、これで分かったろう。もう呪いなんてやめるんだ。」
「………」
周りにいるやつらは誰1人として聞く耳を持とうとしない。
「おい…みんなどうしたんだ。」
斎藤家のやつら全員がうずくまりながら水晶玉を囲っている。
その後ブツブツと婆さまが
「もうおしまいもうおしまいもうお…」
とつぶやき始めた。
なかには泣き出す者もいた。
菅さんと鎌田はその様子に狼狽えていた。
「お、おい」
俺が斎藤二朗の肩に手をかけた瞬間、手をグッと掴まれた。
急いで離そうと思ったら俺は思いっきり二朗に突き飛ばされた。そして虚ろな目で
「俺たちはもうおしまいだ。この寺と共に消えていくのが斎藤家の掟だ。全部お前のせいだ。」
気付くと俺は迫ってくる二朗に押され、寺の入り口付近まで来ていた。
後ろを向くと菅さんと鎌田はすでに外に出ていた。
「お前が斎藤家の未来を奪ったんだ」
そう俺に言い放つと二朗は俺を再び突き飛ばした。俺はついに寺の外に出されてしまった。
「大丈夫ですか?斎藤さん。」
「大丈夫か?一体なんなんだ。」
放り出された俺に菅さんと鎌田が駆け寄ってきた。
「……痛てて…大丈夫だけど…。」
再び寺の方に目を向けると寺の扉がギィーーーッと閉まり、ガチャンと重い音が鳴った。
俺は急いで扉を開こうとしたが、扉は固くしまったままだった。
「お、おい…開けろ!!何をする気だ」
俺に続き、菅さんや鎌田も扉をドンドンと叩く。
しかし扉はいっこうに開こうとはしない。
叩き続けて数分くらい経った時だった。寺の中から煙とパチパチという音が聞こえてきた。
「お、おい、やめろーー!!」
俺は必死に中にいるやつらに呼びかけたがまったく反応はなかった。
それでも俺は扉を叩き続けた。
やがて外にまで火がまわってくると俺は菅さんに羽交締めされ無理矢理寺から遠ざけられた。その後火が寺全体を覆い尽くすと、俺は寺の前で崩れた。
ただ寺と斎藤家全員が燃えていくのを見るだけだった…………