N-099 灯台を作ろう
エラルドさんにも、今回の招集の意味が分からないらしい。
「まあ、10日もせずに帰って来るだろう。グラストならば直ぐに教えてくれるはずだ。それまでに入り江の入り口に灯台を置く土台を作らねばならん」
石作りの桟橋は、9割方完成している。残りは丁寧に島で暮らす人達が仕上げているから、後は任せて次の作業という事なんだろうな。
入り江の両端は岩礁が東西からせり出している。その岩礁の岩を利用して灯台を作る足場を作ろうと言うのだ。
これも長い話にならないか? 先ずは、現場を良く見て海底の岩や石を移動できるかどうかの調査だな。引き潮の時に水深3m以上あれば軍船でも安全に入って来れる。
そんな調査なら、ザバンで十分じゃないか?
カタマランで皆のザバンを引いて行けば十分調査ができるし、休憩にも利用できるな。
「この船で行きましょう。喫水は浅いですし、皆のザバンも引いて行けます」
「長い竹なら俺が取って来よう。父さん、石を固定する接着材があると聞いたけど……」
「それは俺が持って行こう。2つのタルの中身を混ぜると粘土のようになるのだ。それを石と石の隙間に詰め込んで接着する。半日もあれば水中でも固まるそうだ。先ずは石を水中で積む事から始めねばならん」
ちょっとした水遊びになりかねないな。
季節は乾季だから丁度良いか。嫁さん達には周辺で魚を釣って貰えば、昼食と夕色はちょっとした宴会気分になりそうだ。
翌日、嫁さん達がお店で果物と野菜を買い込んでくると、子供達を連れてカゴを担いだ仲間達の嫁さんもやって来る。旦那達はザバンを舷側のロープに結び付けて乗り込んで来た。
最後に、ボルテスさんが6mはありそうな竹竿を3本、ゴリアスさんと担いできた。
サリーネに出発の合図を送ると、ゆっくりとカタマランを後退させて、そのまま入り江の出口の東側に向かう。
「何をやってるんですか?」
竹竿に適当な間隔で穴を開けているバルトスさん達に聞いてみた。
「これか? 竹竿に穴を開けてるんだ。このままだと浮いてしまうからな」
本当に竹竿で測るつもりだったようだ。
「もっと、簡単な方法がありますよ。浮きと重りを使うんです」
ロープで浮きを引いて素潜り漁をした時に使ったものを倉庫から取り出すと、細い紐を取り出して10YM(3m)の長さになるように、根魚釣り用の小石を結び付けた。
「これを投げ入れて、紐がピンと伸びれば10YMになりますよ。この方が簡単でしょう」
「竹はいらなかったのか?」
「それも必要になると思います。こんな感じに岩礁に結び付ければ、俺達の工事範囲が粗々船の上から見ることができますからね」
岩礁から三角形になるように竹を海上に突き出して先端部分が3mの水深であることを示せば良い。できれば、そこに下の土台の大きさが分かるように枠組みをしておけば完璧なんじゃないか?
「なるほど、明日も竹を切って来るか。それと、父さんがこれを渡してくれたぞ」
ゴザに包まれたものは金テコとハンマー、それに石を砕くノミだった。俺達に海中工事をやらせるつもりなんだろうか?
「周辺の岩を集めて土台を作るには必要だと言って渡してくれた。使い方は、分かるか?」
「まあ、それなりに分かるつもりです。これを使うかどうかは、潜ってみないと何とも言えませんね」
サリーネが入り江の入り口付近でカタマランを停止した。
岩場が30m程先に見えるから、あまり接近させるのも危険だな。アンカーを入れると水深は6m程の深さのようだ。この辺りの海底は砂地ということは、いわば周辺にあまり岩や石が無いのかも知れないな。
バルトスさんとゴリアスさんがザバンに乗り込み、岩場の先端に漕いでいく。延長線上にザバンを停めて、浮きを浮かべ錘を投げ込んで深さを確認しているようだ。
ラディオスさん達もザバンを下して岩場に向かう。俺はカタマランから飛び込んで、そのまま現地に向かった。
水中の様子が気になるからな。シュノーケルで呼吸をしながら海中の様子を探る。
砂地が突然サンゴ礁になっている。岩場を中心にサンゴが発達したようだ。砂地から顔を出した石を拾って見たら、握り拳程だと思った石が数十cm以上あるようだ。ぐらぐらするけど、持ち上げることができない。
そんな岩の露頭が岩場の周辺にたくさんある。元々は岩場だったんだろうが、風化して海に落ちたんだろうな。
海面に顔を出して、バルトスさんのザバンに泳いで行った。
「どうですか?」
「この辺りだな。ここから先は急に水深が増す。ザバンの長さ程で2YM(60cm)も深くなるぞ。ここに土台を作れば入り江の入り口の良い目印になるな」
もう1隻のザバンも近寄ってきた。
「島の方角の入り江側に石がたくさん転がっているぞ。岩場にはサンゴが一杯だが、砂地にはまだサンゴは少ないようだ」
この入り江のサンゴ礁は偏りがあるな。水深4mを過ぎた辺りではそれなりに発達しているが、それ以外だと、岩場周辺部に限られているようだ。
一旦、カタマランに戻って、作業の段取りを確認する事にした。
「8YM(2.4m)、と6YM(1.8m)の枠を作れだと?」
「灯台を作るとなるとそれ位は必要です。動力船で近寄って毎晩明かりを灯す事になりますからね。土台が小さいと落ちてしまいます」
「確かにな。だが、それと枠はどう関係するんだ?」
「枠の中に石を積み上げるんです。そうすればいつも同じ広さになるでしょう? そして、浮きをもう1つ作って枠の先端に合せれば、海面まで真っ直ぐに積み上げられますよ」
お茶を飲みながら、作業の進め方を説明する。
ただ積み上げれば良いと思っていたようだが、長く使えるようにしたいし、後々誇れるように作りたいものだ。
「枠は俺が作る。ゴリアスは浮きと重りの仕掛けを作ってくれ。ラディオス達は、石を集めるんだ。かなりの大きさだからたくさん必要だぞ」
「できれば浮きを2、3個余分に作ってくれませんか? 大きな岩を運ぶのに役立ちます」
そう言って、ラディオスさん達の後を追って海に入る。
俺の後に、嫁さん達も飛び込んで来た。暑いのもあるだろうけど、子供達のお守りは3人いれば十分だという事らしい。
水中は浮力が働くから、石運びは楽になる。それでも、頭位の大きさの石が精々だな。
俺達3人と嫁さん達4人で次々と近場の石を1個ずつ、浮きの近くに運んでいく。
1時間ほど作業を行ったところで昼食になった。
米粉の団子が入ったちょっと辛めのスープは、肉体労働をした後には最適だな。
「浮きは3つ作ったが、これで何をするんだ?」
バルテスさんがパイプを咥えながら俺に聞いて来た。
「水中で、俺達に動かせないような石に結んで浮かせるんです。小さいのたくさん運ぶよりも大きいのを運んだ方が組み上げが速いでしょう」
休憩を終えると、早速浮きを使って大きな石を運び始める。頭3個分位なら結構役に立つぞ。
日暮れ前まで俺達は石を運び続け、バルトスさんとゴリアスさんで石を枠に沿って積み上げる。
1段目が終わったところで本日の作業は終了だ。
夕食時にはエラルドさん夫婦が顔を見せる。どうやら、西の入り口の工事の段取りをしてきたらしい。向こうを担当するのは、バルトスさん達よりも少し年上のグループらしい。
「どうにかやり方を教えてきたが、お前達の方はだいじょうぶなのか?」
「カイトがいるから問題ないよ。一応、8YMに6YMの長方形の土台で、満潮時に1YM半(45cm)程土台が海面に出るようにするつもりだ」
エラルドさんが俺を見て頷いた。それで良いという事なんだろう。
「3段目が積まれたところで中と外で石を固定する。5日位掛かりそうか?」
「上手く行けば、明後日の終わりには3段目だ。すでに1段目を終えている。大きな石を運んで来るから、積み上げだけなら早く終わりそうだな」
小石をたくさん使っていると勘違いしてるようだな。
俺達だけでなく、嫁さん達も石を運んでくれるから、工事場所にはたくさん石が積み上がっているぞ。
それでも、石を固定したら枠の中に小石をたくさん入れる必要があるから、今度はザルが必要になって来るかも知れない。
ザバンにザルを下げて、一度に持ってくることも出来そうだ。
そんな作業が始まったら提案してみよう。
翌日の作業で、一部が3段目になった。それでも海底からの高さは40cm程なんだけど、明日には石の固定作業が始まりそうだな。
固定作業が始まる朝、エラルドさんがカゴを担いでやってきた。
背負いカゴの中から、灰色のソフトボール程の団子が入ったカゴを3つ取り出した。カゴにはボールが10個程入っているようだ。
「これが接着剤だ。柔らかいから石の隙間に塗り込めるように伸ばすんだぞ。とりあえずこれだけ運んで来た。もうすぐビーチェも運んで来るはずだ」
どうやら西側が上手く行っていないらしい。エラルドさんは西の監督に向かうと言っていた。
その後でやってきたビーチェさんは、新に20個の接着剤を運んできてくれた。
「エラルドがいないから、子守をしてあげるにゃ」
そんな事を言ってるけど、1人でお留守番が嫌なだけじゃないかな?
とは言え、ビーチェさんの作る料理はおいしいからな。俄然やる気が出てきたぞ。
俺達が石を次々と運ぶ中、バルトスさんとゴリアスさんはボールを潰しながら石と石を接着していく。一回の潜水で1個のボールが目安みたいだな。そんな作業を考えてボールの形にあらかじめしておくのだろう。
まるでセメントで間を防ぐように見えなくもない。
しっかりと岩盤に接着しているから、かなり長く持つんじゃないか?
4段目は接着剤で固定しながら積み上げていくという事だ。石で囲った枠の中はがらんどうだから、小石を運んで敷き詰める事になる。
ザバンにロープでカゴを吊るして、カゴに小石を集めて枠の中に持って行く。
そんな面倒な作業は嫁さん達がやってくれている。俺達3人はひたすら頭3個分ほどの石を運び続けた。
嫁さん達は海底の砂まで運んでいる。小石だけだとダメらしい。砂と小石を交互に運び、枠の内側は砂が流れ出さないように接着剤を塗って小石を埋め込んでいるようだ。




