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N-090 引き上げるのが大変だ


 バルテスさんの吹く笛に、ザバンが1艘近付いて来た。イーデルさんが漕いでるのだろう。バルタスさんが泳いで行くとイーデルさんに何事かを伝えて再び戻ってきた。

 イーデルさんが向かった先は、サリーネの乗るザバンだ。

 今度はサリーネがザバンに立ち上がると大きく手を振りながら笛を何度も吹いている。

 ザバンが俺達に近付いて来る。更にその奥からカタマランがゆっくりと近付いて来た。

 

「やったぞ! 俺達が集まれば突けぬものなし!!」

 ザバンに転げ込むように乗り込んだバルトスさんがザバンに仁王立ちになると片手を高らかに上げて宣言した。

「「オオォォー!」」

 あちこちで自分のザバンに乗り込んだ男達が勝どきのような声を張り上げる。

 もちろん俺も一緒だ。嫁さん達も一緒になって叫んでる。


 充実感で体が弛緩するのが分かる。だけど、これからが大変なんだ。

 俺のザバンに近付いて来たのは、バルトスさんとゴリアスさんだ。引き上げの相談って事だろうな。


 カタマランが近付いて来たので、カタマランにバルトスさん達と一緒に向かう。

 ザバンを舷側に近付けて、カタマランに飛び乗り次の作業を相談した。


「突くのは俺達なら何とかなる。だがあの大きさだ」

「甲板の屋根の梁に滑車を取り付けて、ロープで引き上げるんです。甲板の後ろの板は取り外せますから、バルトスさん達の動力船より取り込みが楽ですよ。でも、人手がいります。

甲板作業はバルトスさんが指揮すれば良いでしょう。ゴリアスさんはガルナックのエラからロープを口に通してしっかりと結んでください。銛もたくさん使ってますから回収もしなければなりません」


 ライズが配ってくれたココナッツジュースは、冷えていた。

 一息に飲むと、テーブルにカップを置く。


「そうだな。ゴリアス、頼めるか?」

「任せとけ。ラディオスを借りるぞ」

「ベルーシも連れて行け。3人いれば銛の回収もできるだろう」


 いつの間にかカタマランの周囲をザバンが取り囲んでいる。

 少し離れた場所にポツンと2艘のザバンが浮かんでいるのは、エラルドさんとグラストさんなんだろう。

 皆が一度に移動すると、ガルナックの場所が分からなくなってしまうからな。あの2人が、ガルナックの上で位置を保ってくれてるに違いない。

 バルトスさん達は、獲物の位置を誰かに託すことを忘れていたようだ。

 まあ、それほど離れてはいないから、皆で探せば直ぐに見つかるだろうが、後で一言ありそうだな。


 ゴリアスさんが、甲板の上から大声でラディオスさん達を呼び寄せる。

 直ぐにやってきた2艘に乗り込もうとしたので、ライズが大慌てでロープの束を渡していた。

 完全に舞い上がってるな。ちょっとしたことに気付かなくなってるぞ。

 バルトスさんは残った男達をカタマランの甲板に待機させる。俺はその間に梁に滑車を取り付けた。


 ライズが準備したお茶を飲みながら、ゴリアスさん達の作業を見守る。

 ガルナックの目印代わりだったグラストさん達も、ゴリアスさん達の作業が始まったの見て、カタマランに乗り込んで来た。

 船首付近にザバンを停めて、ロープで固定すると嫁さんも一緒にやってきたようだ。グラストさん達はベンチの端でパイプを取り出し、成り行きを見守っている。ビーチェさんは小屋の屋根から見学するつもりのようだ。

 

 2艘のザバンの近くに3人の男達が浮上した。ロープを持って1艘がカタマランに近付いて来る。

 ゆっくりとカタマランが後退を始め、直ぐに動力を停止する。

 両舷でスクリューが動いてたら危険だからな。カタマランの向きを変えるだけの操船だったようだ。

 ロープがザバンから投げられ、バルトスさんがそのロープを滑車に潜らせた。

 後は、引くだけだ。

 甲板の全員が、力を合わせて引き始める。高みの見物を決め込もうとしていたグラストさん達まで一緒に引いてくれる。


「こりゃ、重いな……。良くもカイト達に引き上げられたもんだ」

「最後はもう1つの滑車を使ったんですよ。後で教えますけど引く力が2倍になります」

「あの時は大きかったな。近くまでは引き寄せられたんだが、最後はびくともしなかったぞ」

「そんな仕掛けができるんなら、今の内に準備しといた方が良いぞ。やはり甲板に乗せるのは、このままじゃ無理だろう」


 エラルドさんの言葉に、急いで動滑車の仕掛けを作る。

 ガルナックが更に近づいたら、腹を開いて内臓を捨てればもっと軽くなるだろう。


 船尾まで近づいたガルナックを、動滑車に繋いだロープで固定して、今度は動滑車のロープを引く。ずるずると甲板に引き上げられるガルナックの腹を開いて内臓を取り出したのはエラルドさん達だ。

 そんな作業を、俺達がロープを引いている間に素早くやれるんだからたいしたものだな。


 どうにか、ガルナックを甲板に引き上げると皆がどッと肩の荷を下ろしたのが分かる。先ほどまでの緊張した表情が消えて笑みが浮かんでいるぞ。


「カイトの時よりも小ぶりだな」

「そう言うな。これでも7YM(2.1m)はあるだろう。乾季だけで2匹となれば、トウハの名は種族の誇りになるだろう」

「特に若い連中はな……」


 そんな事を言って、俺達を見ているぞ。

 バルテスさんが、ベンチに立つと大声で次の指示を出す。


「良いか。俺達の漁はこれで終了だ。急いで氏族の島に戻る。幸いにも上弦の月だ。昼夜を問わず氏族の島に船を走らせるぞ。急いで出発の準備をしてくれ」


 男達はカタマランにザバンを寄せると、次々に自分の船に帰って行ったが、ガルナックをカタマランの保冷庫に入れるのは手伝ってくれた。俺一人じゃどうにもならないからな。なにせ魚体は200kgはありそうだ。でっぷりと太っているぞ。

 リーザ達が魔法で氷を次々に作り出して保冷庫に入れている。

 いつの間にか、エラルドさん達もいなくなって、俺達4人だけが甲板に立っていた。


「さて、準備はこれで良いだろう。甲板を軽く海水で洗うのは俺がやるから、自分の体を綺麗にして出発の準備をしてくれ」

「私とライズはこのまま操船櫓に上るにゃ。サリーネ姉さんは、カイトの手伝いをお願いするにゃ」


 衣服が汚れてるのは俺とサリーネって事か?

 ザバンを収容するために、船首に向かうと既に引き上げられてロープで固定されたいた。エラルドさん達がやっておいてくれたんだろう。ありがたい話だ。

 オケに海水を汲んで甲板に撒いてガルナックの血糊を流していると、ブラカの音がする。


「リーザ。出発できるか?」

「いつでも良いにゃ!」

 急いで、白旗を操船櫓の梯子に縛り付ける。

 直ぐに、2回目のブラカが聞こえて来た。俺の船が最後だったって事か?


「リーザ、合図に従って出発だ!」

「分かったにゃ。バルテス兄さんの船は西に向かって動き出したにゃ」

 

 俺達は後ろの方だからな。回り込むようにしてエラルドさんの動力船が後方に付いたぞ。最後尾はゴリアスさん達の船になるはずだ。

 最後の海水を汲んで甲板を洗ったところで、ベンチに腰を下ろす。まだ滑車が梁に結んであるけど、これは後でも良いだろう。今日は銛を1本使っただけだから、仕舞う前に研ぐのも楽だな。

 とりあえずは一服しよう。

 まだ日が高いから、サリーネも食事の支度は考えていないようだ。

 俺の隣に腰を下ろし、ナイフで器用にココナッツの実の上部を割っている。カゴの中には数個入っているようだ。2つを割ってジュースを取り出すと、4つのカップに分けている。

 2個のカップを持って操船櫓に声を掛けると、ライズが手を伸ばして受け取っている。

 もう一度俺の隣に腰を下ろして、俺にもカップを渡してくれた。

 パイプを片手にのんびりとジュースを飲む。

 のんびりした南国の暮らしだと最初は思っていたが、そんな中にも緩急があるんだよな。これが俺達の暮らしのリズムなんだろう。

 今頃は、どの動力船でもガルナックの話でもちきりのはずだ。

 どうやって、ガルナックに銛を打ち込んだか、どうやってこのカタマランに引き上げたか。

 島に戻っても続くんだろうな。それを指揮したバルテスさん達の技量を認める者達も大勢出て来るだろう。

 グラストさん達が若手の船団指揮をバルテスさん達に任せるのはそれ程遅くは無さそうだ。


「いつもより船足が速いにゃ」

 そう言われれば少し早いようにも思える。たぶん2割程速度を上げてるんじゃないかな? 2倍は長時間は無理だろうし、5割増しでも負担が出て来るように思える。カタマランだと他の動力船の2倍は巡航速度なんだけど、外輪船だからな。無理はしない方が良いだろう。


「それだけ早く、ガルナックを見せたいって事なんだと思うよ。エラルドさん達も言ってたろう」

「トウハの銛は種族で一番にゃ!」


 正しく、バルテスさんの下の句の通りって事だ。イーデルさんやナディさんも旦那達の銛の腕に納得した事だろう。

 となると、次はハリオって事になるのかな? あれは動きが速いから突くのが難しいんだけどな。


 しばらくするとだいぶ日が傾いて来た。

 サリーネは夕食の準備を始め、俺は今日使った銛を軽く砥いで油を塗って仕舞っておく。

 夕日に向かって船団は進んでいるから、操船櫓の2人はさぞかし眩しく感じるだろうな。サングラスは渡してあるけど、きついことには変わりはない。


 甲板の上に張り出した梁にランタンを下げて、俺とサリーネで夕食を頂く。

 米粉で作った団子の入った辛いスープが夕食だ。

 野菜だけでなく、干し肉が入っているのが珍しい。辛いのは干し肉の香辛料なのかも知れないけど、米粉の団子が甘く感じるから丁度良い。これもイーデルさんに教えて貰った料理なのかな?


 夕食が終わるころにはすっかり日が暮れていた。

 上弦の月が上がるのはまだ間がありそうだが、船団の前後の船ははっきり見えるから問題は無いだろう。


 お茶を入れたカップを用意して、俺達は操船をリーザ達と交替した。

「あの団子にゃ!」

 甲板でライズ達が嬉しそうな声を立てる。

 それを聞いたサリーネも、満足そうな顔で舵輪を握っている。

 簡単に済ませる漁での食事はちょっとした変化が嬉しいものだ。ご飯にスープを掛けて食べるネコマンマもだいぶ普及したみたいだからな。


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