N-009 大きなイモガイ
トウハ氏族の島を出て5日目。同じ風景がどこまでも続いているようだが、少し島の間隔が開いたようにも見える。砂浜の広い島近くに俺達の船団が泊まったのだが、対岸の島まではどう見ても数kmはあるだろう。
「さて着いたぞ。ビーチェ、焚き火の場所を決めといて、カマドを作ってくれ。俺達は焚き木を集めて来る」
エラルドさんとバルテスさんが手斧を持ってやってきた。
どうやら、明日に備えて砂浜の準備が始まるらしい。ザバンが下ろされ、昼近くではあるが、全員で砂浜に向かう。
砂浜にはゴロゴロした石が転がっている。完全な砂浜ってわけでは無さそうだ。そんな石を集めてカマドを作るのはビーチェさん達の役割らしい。俺達は島の奥に分け入って、適当な木を切り倒して浜に運ぶ。
島の奥に分け入ると言っても精々200m程度だ。島の森は奥に行くほどジャングルのようになっている。
何十本になるか分からないほど、焚き木を運んできたが、まだ生木なんだよな。
60cm程の長さに手斧で切断すると、カマドの傍に重ねていく。1日放置するだけでもかなり水分が無くなるらしい。
最後に、エラルドさんが枯れ木をどこからか探してきた。これが焚き付けとなるんだろう。
「最初はこれを使ってくれ。銛を置く場所は……ここだな。3日間ならこれで足りるだろう。穴は明日掘るのか?」
「あの辺りに掘って欲しいにゃ。なるべく広い方が良いにゃ」
今度は、ザバンのパドルを使って穴掘りが始まる。その間にエラルドさんが何か変わった道具を作っていた。1つは棒の先に手斧を縛り付けたものだ。もうう1つは棒なんだが先が二股になっている。最後に作ったのは棒の先に小さな網を付けているけど、網の輪の大きさは直径10cm程度だ。深さも5cm位のものだ。古い衣服の切れ端で作ったようにも見えるな。
他の人達も家族単位で焚き火の準備をしているようだ。カマドの間隔は10m以上離れている。共同って事はしないようだな。
最後に、カマドの近くに旗の付いた棒を立てて終わりになる。旗には丸が2つ横に並んでいるから、エラルドさんの家紋になるのかな。他のカマド近くにも、それそれの旗が掲げられた。
最後にエラルドさんがもう一度用意した品を確かめて、俺達はザバンで動力船に戻って来た。
夕食が出来るまで俺達は後甲板でタバコを楽しむ。
「明日は、いよいよリードルを獲ることになる。お前らにいう事は2つだ。1つは、絶対に近付くな。もう1つは海底に立つな。この2つを守ればリードルはたやすい獲物だ」
エラルドさんの力説に俺達3人が真剣な表情で頷き返す。
説明を聞く限り、イモガイの一種らしいからな。刺されたら大変な事になる。俺も十分に気を付けよう。
「もう1つあるにゃ。浜ではサンダルを必ず履くにゃ」
「そうだった。他の連中が始末を失敗するとも限らない。サンダルを履いておけば足に刺さることは無いぞ」
ラディオスさんの足を見てみると、厚手の革のサンダルだ。俺のはゴム製だけど大丈夫だろうか? 話を聞く限りにおいて予防措置らしいから、今回はこれでやるしか無さそうだ。
そんな事を考えていると、俺の前に真新しいサンダルがスイっと置かれた。
「カイトにこれをやろう。そのサンダルではちょっと心許ない。ザバンの中や海中では必要ないが浜では絶対に必要だ。それで、面倒でもカイトよ、銛に目印を付けておけ。リードル漁で捕れた魔石はそのリードルを獲った者の物になる。他の漁とは分け前が異なるのだ。毎日1個、浜でリードルから魔石を取り出す者達に分けてあげれば良い。1人に1個ではなく全員に1個だからそれ程難しくは無かろう」
「ありがたく使わせていただきます。でもそんなに獲れるんでしょうか?」
俺の言葉に、皆が微笑んでいる。変な事を言っただろうか?
「最低でも5個は獲れるだろう。日の出から始めて、日没の少し前だが、これはリードルの始末に時間が掛かるからだ。その合図はほら貝で今回の幹事が行う。ほら貝で始まりほら貝で終わると覚えておけば良い」
出来上がった夕食はカマルの開きを焚き込んだご飯に野菜スープだ。たっぷりと食べて、明日の体力をつけることにした。
明くる朝。まだ東の空が白み始めた時、俺達はリードル狩りの準備を始める。大きなカゴには食器と食料が入っているみたいだし、水も真鍮の容器に水瓶から移されたようだ。4艘のザバンにそれらを積み込んで、一路砂浜を目指す。
まだリードルを獲ってはいないが全員がサンダルを履き昨日作ったカマドに火を点ける。
朝食の準備が整う間に、女性達が使う物をザバンから運ぶのも俺達だ。スノコまで運んだぞ。確かに砂浜がサンダル必携ならば、砂に直接腰を下ろすことも出来ないだろうな。
砂浜には続々とザバンが集まって来る。まだ日の出には早いから、他の連中も食事作りを始めたようだ。
朝食は、焚き上げたご飯にスープを掛けて食べる。少し熱いから冷ましてから出ないと食べられないな。
ポットが乗せられ、お茶の準備も始まった。大きいポットだから、そのまま冷まして飲むんだろう。
ご飯が冷めたところで、スプーンでかき込むようにして食事を終える。東の空はかなり明るくなってきたな。
俺達がお茶を飲みながらタバコを楽しんでいると、ビーチェさんがご飯を炒めている。その後で天日干しにするのだそうだ。夕食は動力船で食べる事になりそうだが、昼食は簡単に作るのだろう。
「獲れた後で往復するのが面倒なんだ。先ずは1匹を確実にし止めてこい」
エラルドさんの言葉に頷くことで答える。
ラディオスさんの話では、水深が10m近くあるそうだ。かなりキツイ漁なんだろうな。
お茶を飲み終えて周囲を見渡す。結構人がいるぞ。銛打ちだけで50人入るんじゃないか?
皆がぞろぞろと浜辺に移動し始めた。いよいよ始まるのだろうか?
エラルドさんが立ち上がったのを見て、俺達も腰を上げる。
ブオォォォ……
ほら貝の音が高く響くと、俺達は一斉に自分のザバンめがけて走り出した。
浜から離れるとひたすらパドルで水をかく。
俺は少し出遅れたのかな。先頭のザバンとは30m以上離されている。
砂浜から100m程離れて水中眼鏡を掛けて海中を覗くと、水底が見える。かなり透明度が良いようだ。更に沖に向かうと何人かの男達がザバンから銛を持って飛び込み始めた。
いるのか? そんな思いで海底を覗くと、なるほど海底に足を着くなと言った理由が分かった。おびただしいリードルが海底に群れている。
水中眼鏡を付けてシュノーケルを咥える。ダイバーシューズを履いてフィンを付けると、銛の1本を持ってザバンから飛び降りた。
シュノーケルを使って水中を探す必要もないくらいだ。おびただしい数のリードルがいるぞ。
息を整え、深く潜る。
ゆっくりと海底を目指したのだが、どれを狙う? 数が多いとかえって悩むな。
形はイモガイだが、かなり大きい。巻貝の大きさだけで30cm程もある。良く見ると貝に模様が浮き出ているのがあった。数は少ないがあれを狙うか? 魔石を持つリードルは3割程度らしいから適当に突いて行けばその内当たるだろう。
更に深く潜り銛を伸ばす。貝の端を狙えと言うのは、あの飛び出した目の後ろって事だろう。すれすれまで銛を伸ばして力強く足で水を蹴るとともに腕を伸ばした。
グニュっという感触が腕に伝わるが、気にせずに更に深く突き差す。
足を延ばして暴れているが、銛は3m以上の長さがある。柄の根元付近を持って、海面に浮上した。自分のザバンを見付けて泳ぎ着くと、銛を横にしてザバンに乗り込んだ。
獲物を舳先に移動して砂浜を目指してパドルを漕ぐ。
すでに獲物を突き差した銛を持って、砂浜を歩いている者達もいるぞ。ここは俺も急がないとな。
サンダルに履きかえて砂浜をリードルが刺さった銛を持ってビーチェさん達のいる焚き火に向かった。
俺の銛を横からビーチェさんが受け取ると、焚き火の上で焼き始めた。すでに2本の銛が同じように焼かれている。
挨拶もそこそこに再びザバンに乗って沖を目指した。
5回ほどリードルが刺さった銛を持ってきた時に、エラルドさんが出掛けようとした俺を引き留めた。
「焦るな。もうすぐ昼食だ。少し体を休めろ」
「はあ……」
気のない返事をすると、折り畳み式のベンチに腰を下ろす。リーザちゃんが持ってきてくれたお茶を飲みながら周辺を見渡した。
皆頑張ってるようだ。銛を持って沖に向かう者もだいぶいるぞ。
そんな俺を、おもしろそうにエラルドさんが見ている。
「どんな風に見極めてるかは分からんが、カイトの運んできたリードルは全て魔石入りだ。俺や子供達はようやく2個と言うところだな。何か分かることがあるのか?」
と言われても良く分からないぞ。強いて言うなら、目立つ奴を銛で突いてるだけなんだが……。待てよ。あの模様が原因なのか?
「初めてですから、良く分かりませんが……。潜って数が多いのに驚きました。どれを突いて良いか迷ってしまい、とりあえず貝に模様がはっきりと付いているのを選んでます。5個に1個位の割合ですし、潜って行く途中で迷わずに済みますから」
「たぶんそれが原因だろう。俺達は片っ端から銛で突いている。なるほど模様がちゃんと付いてるな。焼いてしまうとススで分からなくなるが、あのような模様があるリードルを午後に獲らせてみよう。それで数が揃うなら、明日は皆に教えられるだろう」
バルテスさんとラディオスさんが獲物を銛に付けて戻ってきたところで昼食が始まる。昼食は朝食のご飯を炒って天日干しにしたものにスープを掛けたものだ。
カップ1杯の昼食だが、ここで贅沢な食事なんて出来ないからな。
食事が終わるとココナッツのジュースが配られた。
「バルテス、おもしろい事を教えてやろう。カイトが運んできたリードルだが、全て魔石持ちだ。それで、カイトに聞いたのだが、どうやらリードルの貝に模様が濃く浮き出ている物だけ選んだらしい。お前達も午後はそうしてみろ。午前中以上に魔石が得られたなら、明日は氏族全員に教えるつもりだ」
「何だと! 全部に魔石が?」
「そうにゃ。その内2つは中級にゃ。カイトなら直ぐにでも動力船が買えるにゃ」
ビーチャさんの話に俺をジッと2人が見ている。
「やってみよう。模様のある奴がいるのは俺も知っている。だが、それが魔石を持つとは思わなかったぞ」
「ああ。俺達ならどれでも同じに思えるからな。選択して取ろうとは考えなかった。精々大きな奴を突こうとは思ってもだ」
3人がパイプを持ち出したところで、俺もタバコを1本取り出して火を点ける。残り数本だから、島に戻ったら俺もパイプを手に入れようかな。ラディオスさんに頼んでみよう。