N-084 直ぐ近くの漁場
リーザがカタマランを後退させながら入り江付近にまで移動させると、サリーネが白旗を付けた竹竿を操船櫓の梯子に結わえ付けた。
次々と動力船が桟橋を離れて俺達の周辺にやって来ると、同じように白い旗を掲げていく。
10隻以上になるんじゃないか?
「あれはバルテス兄さんの船にゃ!」
赤い吹流しを掲げて俺達の傍を通り過ぎた時、甲板でバルテスさんとイーデルさん手を振ってくれた。
俺達も手を振って答えたけど、操船櫓のリーザ達も手を振っているに違いない。
指揮をバルテスさんがするという事は……。
「白の吹流しはサディ姉さんの船にゃ!」
リーザが双眼鏡を片手に俺達を見下ろして教えてくれた。
グラストさん達は楽隠居って事になるのかな? もっとも、2人の采配に可否が無いか目を光らせているんだろうけど。
ブオオォォ~っとブラカの音が入り江に響くと、それに答えるようにもう1つのブラカが鳴り響いた。
ゆっくりと、赤い吹流しをなびかせてバルテスさんの船が入り江を出て行くと、次々に動力船が後に続いて行く。
「出発にゃ!」
出発する船の順番はゴリアスさんが黄色の旗で、順番を伝えているようだ。
カタマランがゆっくりと入り江の出口を目指して進み、ゴリアスさんの動力船の近くを通ると、俺達はゴリアスさんに手を振った。
直ぐ後に付いて来た船は、ライズが父さんの船だと教えてくれたから、この船の位置は船団の後ろから3番目って事になるな。
3時間程の航程で漁場に着くんだから船団を組む必要は無いんじゃないかと思うけど、これもバルトスさん達の訓練を兼ねているに違いない。
南の島を左に見ながら通り過ぎたところでブラカの音が聞こえて来た。後続のゴリアスさんがブラカで答えている。
これが船団を解く合図になるから、思い思いの場所に移動して根魚釣りが始まるのだ。
俺達はゆっくりと南に進んでサンゴ礁の中にある深い溝のような場所を探す。
根魚はあまり動かないが、潮通しが良い場所なら、回遊魚だって狙えるのだ。
30分程掛けて、幅が10m以上のサンゴ礁の切れ目を見付けた。箱メガネで覗くと、U字状の谷底みたいな感じに見える。
早速、アンカーを下ろして準備を始めた。
サリーネとライズが夕食を準備している間に、俺とリーゼで根魚釣り用のリール竿を操船櫓下にある倉庫から取り出した。
竿は3本、甲板の左右それに船尾に1本ずつ出して、竿尻の紐を舷側の穴に通して縛っておく。竿掛けは無いから、置き竿にした時に魚にリール竿を取られない用心だ。道糸をリール竿のガイドに通して胴付仕掛けを結ぶ。最後に釣り針を専用のヤスリで軽く砥いでおいた。
そんな作業をしている間に、どんどん太陽が傾いて夕暮れが始まる。
急いで、ランタンを甲板の左右に灯して、大きなランタンも準備だけはしておく。
「どうにか間に合ったにゃ。今夜は交替で釣るにゃ」
夕食を食べながらサリーネが呟く。
今夜の食事は、唐揚げが付いたちょっと贅沢版だけど、いつもよりご飯をたくさん炊いたところを見ると、夜食も期待できそうだな。
おにぎりにして魚醤を掛けて焼いて欲しいところだが、生憎とご飯に粘り気があまりないからな。チャーハンには良いんだけどね。
「僚船との距離はどれ位あるんだ?」
「東に3MM(メム:300m)、北に2MM(200m)にゃ。アンカーが切れない限り衝突は無いにゃ」
たまに見てればだいじょうぶだろう。食事が終わったところで、俺達は仕掛けを投入する。
更に暗くなれば小エビが上がって来るかも知れない。明日ぐらいまでの餌はあるけど、それ以降は釣った魚を使うか、小エビを捉えるかのどちらかだからな。
投入して10分もしない内にリーザの竿に当たりが出た。
慎重に上げているけど、大きそうだぞ。自分の竿をしゃくりながらリーザの格闘を眺めていると……。
「来たにゃ!」
今度はライズの竿に当たりが出たらしい。ちょっと立場が無くなってきた、なんて考えていると、俺の竿もグイグイと絞り込まれる。
次々とバヌトスが上がって来る。40cm位だが、根魚の引きは強いからな。タモ網でサリーネが甲板に引き上げてくれている。
釣れた魚をさばく時間も無いほどだ。ライズが竿を一旦上げて、サリーネの手伝いを始めた。
これだけ釣れるとラディオスさん達はどうしてるか気になるな。
俺達は4人でやってるけど、他の連中は2人がほとんどだ。やはり手返し良くやってるんだろうか? 2人で釣るとアップアップしそうだぞ。
「カイト、ザルを出して欲しいにゃ」
「一夜干しだね。ちょっと待ってくれ」
二重屋根の間に入れてあるから、引き出すのに身長がある程度欲しい。俺には丁度良いんだけど、サリーネ達が引き出すにはベンチを持って来なくてはならない。だが、ベンチは座るためのもので、足場にはちょっと不安定だ。
3枚取り出したところで、浅くて広いザルにサリーネ達が丁寧に並べ始めた。
それを小屋の屋根に上って受け取り並べていく。
「小エビが上がってきたにゃ!」
リーザの声に、今度は小エビをすくいはじめた。いや~、忙しいぞ。
ライズとリーザで小エビを救いオケに入れている。ある程度貯まったら、イケスのカゴに入れるんだろう。
俺は屋根に2枚のザルを落ちないように紐で押さえたところで、新たに2枚のザルを小屋の近くに立て掛けておいた。
ふと見ると、俺の竿に当たりが出ている。急いで巻き取って甲板にごぼう抜きにする。直ぐにサリーネがやって来て棍棒で叩いておとなしくさせる。
3時間程経ったところで、一旦作業を終えるとお茶を頂く。
これから後は、俺とリーザが担当する。朝方にサリーネ達と代われば、俺達は4人だから、一日中、釣りを続けられる。前にも経験してるからそれ程難しいことは無いはずだ。
サリーネ達が小屋に入って眠りについたところで、リーザと獲物を釣り続ける。
数匹釣れたところで、開きにしてザルに並べて屋根に乗せる。
日干しにしたらダメだそうだから、後はさばいて保冷庫に入れておこう。サリーネ達が寝る前にたっぷりと氷を作ってくれたから、悪くはなる無いはずだ。
当たりが遠のいたところで、リーザがココナッツを割ってくれた。カップに分けて休憩を取る。
「寝ちゃった船もあるにゃ」
「2人で乗ってるとそうなるだろうね。数人ならば俺達と同じように釣りを続けてるんじゃないかな」
ある意味、人間は昼間活動する生物だ。夜間の活動は制限がある。
本来ならば俺達も寝るべきなんだろうな。夕方、あれほど釣れた魚も、今はポツリポツリの状態だ。
パイプを楽しんでいたら、何時の間にかリーザが俺に寄り掛かって眠ってしまった。
ゴザの座布団を枕にしてベンチに寝かしつけると、再び竿をシャクリ始める。
東の空が白んで来たかと思うと、急速に夜の闇が払われていく。
まだ日は昇らないが、遠くの島まで見通しができるようになってきた。今日も暑くなりそうだな。空には雲一つない。
竿を下ろして、甲板の梁にぶら下げてあったランタンの火を消していたら、意味不明な言葉を唱えながらリーザが目を覚ました。
きょろきょろと辺りを見ていたが、やがて俺の顔を見るとぺこりと頭を下げた。
「寝ちゃって申し訳にゃい」
「良いよ。あまり釣れなかったしね。今夜は皆で一緒に寝よう」
俺より嫁さん達の方が重労働だと思うな。動力船の面倒を全部見てるんだし、食事や、獲った魚をさばいたりしてるんだからね。
リーザが起きたところで、一夜干しの魚を取り込む事にした。小屋の屋根に上ってザルを甲板のリーザに渡す。3枚渡したところでザルを結んでいた紐を纏めておく。
小屋の屋根から降りようとしていると、小屋の扉が開いてサリーネ達が出て来た。
屋根で作業をしていたから、物音で起こしてしまったかな?
「「おはよう」」と互いに挨拶して、甲板のベンチに腰を下ろす。
リーザがサリーネ達に一夜干しを保冷庫に入れたことを告げている。保冷庫に氷を追加して、俺と自分に【クリル】を掛けた。
後は食事をして寝るだけだからな。
朝食は昨夜のご飯を野菜と炒めてスープを掛けたものだ。漁の間はできるだけ簡単に済ませるのが流儀らしい。
素潜り漁なら、ある程度時間を掛けて調理することができるのだろうが、根魚釣りは、連続した漁になるからな。
まあ、長くて3日だから、もう少し我慢しよう。
食事を終えて、お茶を頂くと朝日が昇って来る。早く寝ないと暑さで寝られなくなりそうだな。
早々に、小屋に入って窓を開け、ゴザに敷いた薄い布団の上で横になる。
隣にリーザがくっ付いて来たけど、暑苦しさは感じないな。
海を渡って小屋の窓から入って来る風が心地良い。いつしか俺は眠ってしまったようだ。
目を覚ましたのは昼過ぎになってからだ。
隣で寝ていたはずのリーザも既に起きているようだ。寝ぼけた目をこすりながら小屋を出ると、海水で顔を洗う。
「はい!」と言ってライズが布を渡してくれた。タオル程の大きさの布だから、向こうの世界の手ぬぐいサイズになるんだろうな。
こんなところにも似た風習があると思うと少し嬉しくなってしまう。
「ありがとう」と言って、布を渡すと、にこりと笑顔を向けてくれる。
「昼食は終わったにゃ。ベンチに用意するから待ってて欲しいにゃ」
そう言って、カマドの灰を掻きたて鍋を掛けている。
船尾のベンチに腰を下ろし状況を眺めると、サリーネが竿を立てて取り込みの最中だ。隣でライズがタモ網を持って待ち構えているぞ。
それなりに漁が継続しているようだな。
「よいしょ!」と言う声と共に、甲板に魚が上がってきた。すかさずライズが棍棒でポカリと殴っている。
口に手を突っ込んでまな板の上に運んだ魚はバッシェだな。形も良いようだ。
やはり、この漁場は根魚が豊富なようだぞ。
チマキ風のバナナとお茶が俺の昼食だ。
食べながら周囲の船を眺めると、たまに魚を取りこんでいるのが見える。
そこそこ数を揃えられるんじゃないかな。氏族の島から数時間も掛けずに、これだけ釣れるならこの近辺も良い漁場に違いない。




