N-082 西の漁場
朝食を終えた頃には、すっかり太陽が顔を出していた。
まだ涼しく感じるが、あと1時間もすればかなり暑くなりそうだ。
銛を2本ザバンに積みこんで俺が先に乗り込む。リーザがお茶を入れた水筒が入ったカゴと、獲物を運ぶカゴを手渡してくれる。
カゴをザバンの船底に敷かれたスノコの上に乗せると、リーザの手を取って乗り込むのを助けてあげた。
リーザが、ザバンの後ろ座席に座ったところで、カタマランの甲板でこちらを見ているライズ達に合図を送る。
カタマランの船尾に結び付けたロープを解いて貰うと、リーザが南に向かってパドルを漕いで行く。カタマランに残ったサリーネ達に手を振ると、向こうの2人も手を振ってくれた。
舷側から海底を覗き込むと、きれいなサンゴ礁が続いている。水深は5m程に見えるが、透き通った海水で少し離れたサンゴ礁が浮き上がって見える。屈折でそう見えるんだろうが、そんなところは結構深いんだよな。水深5mを超えてるのかも知れないな。
200m程カタマランから離れたところで、ザバンを停めてもらう。
あちこちに他のザバンも見えるから、ラディオスさん達はすでに素潜り漁を始めたんだろうか?
フィンを付けて水中眼鏡を掛けると海に飛び込んだ。
先が2つに分かれた銛を取ると、リーザに親指を上げて小さく頷くと、「頑張って!」って応援してくれた。
ゆっくりと海底を眺めながら南に泳ぎだす。
小魚の数は多いのだが、大きいのが見えないな。サンゴの影に隠れているんだろうか?
10m程泳ぎながら、海底の獲物を探す。
やはり、獲物が見えないな。息を整えてダイブしてサンゴの影を探すことにした。
ゆっくりしたバタ足で海底を目指し、サンゴの裏を眺めると……、いた!
やはり、サンゴに隠れいるようだ。40cmを超えるブラドがこっちを見ているぞ。
銛の柄に付いたゴムを引いて、ゆっくりと近づく。
狙いはエラの少し上だ。先が2本の銛は突き差す力が半減してしまう。その代り刺されば逃げられることは殆ど無いんだけどね。
30cmに満たない距離で発射された銛は、狙い通りにブラドの鰓の上に突き刺さる。
すかさず銛の柄を握り、グイっと突き差す。ブラドが体をブルっと震わせたのが柄を通して伝わってきた。
力任せにサンゴの下から得物を抜き出して海面を目指す。
プファー! と、息を吐いて新鮮な空気を肺に入れる。
素早く当たりを見渡すと、リーザがザバンを懸命に漕いでくるのが見えた。
獲物を後ろにして銛を握り、ザバンに向かって泳ぐとリーザに銛ごと獲物を渡す。新しい銛を握って、再び海底に潜って行った。
どうやら、密生したサンゴの下に大物は隠れているらしい。
海底付近まで潜って、横からサンゴを見ると、テーブルのように広がったサンゴの下に隠れている獲物が直ぐに見つかる。
再びブラドを突いて海面に戻ると、リーザへ獲物の付いた銛を渡して最初の銛を受け取った。
そう言えば、サリーネがロデナスを欲しがってたな。次の獲物を探しながらロデナスを探す。
ロデナスはブラドよりも海底に近い場所にいるようだ。
数匹のブラドを突いたところで、今度はリーザから手網と先の曲がった貝を剥がす道具を受け取って海底を目指した。
ラディオスさん達は手で捕まえるんだけど、俺は網を使った方が簡単だと思う。
ロデナスの尻尾の方に手網を置いて、鼻先を手鉤で突くと後ろにピョンっと跳ねるように移動して網に入ってくれる。
網が深いから、数匹なら纏めて置けるのも都合が良い。
2匹獲ったところで浮上すると、カタマランからザバンが急いでやって来るところだった。
「交替したにゃ。にゃ! ロデナスにゃ」
「4匹捕まえてくれって、サリーネに頼まれてたんだ。たぶん夕食のおかずになるんだろうな」
そんな俺の言葉を聞いて、嬉しそうにライズが頷いている。
手網を逆さにしてカゴにロデナスを移すと、俺に手網を返してくれた。後2匹獲らないとな。再び海中に潜ってロデナスを探す。
4匹のロデナスを手に入れたら、再び銛を持って海中に潜る。
だいぶ日が高くなってきたから、頑張って数を揃えなければならない。
次々とブラドをザバンを突いてザバンに運んでいく。
そんな素潜り漁を続けていると、ロデナスを捕えた辺りに根魚がいることに気が付いた。
ライズがカタマランに獲物を運ぶと言うので、銛を2本受け取ると根魚を探して深く潜っていく。
深場と言っても、水深8mは無さそうだ。そこにいたのはヒレの大きなカサゴだから、バッシェという事になる。普通のカサゴより高く売れたんだよな。
そんな事を考えながら、バッシェを2匹突くと、海面に浮上した。
まだザバンはカタマランにいるようだ。順番では今度はサリーネが漕いでくるのかな?
案の定、サリーネが漕いできたザバンのアウトリガーのフロートに座るようにして少し休憩を取る。
「だいぶ突けたにゃ。後数匹で今日は終わりにするにゃ」
労を労ってくれてるようだ。ココナッツのカップにお茶を入れて渡してくれた。
口の中がしょっぱいからありがたく頂いて、体を休める。
「そうだな。もう少し頑張るか。他の船はどんな感じなんだい?」
「結構、頑張ってるにゃ。獲物を持ってザバンに戻る回数は父さん達が一番にゃ」
まだまだ、エラルドさん達には敵わないって事だな。
だけど、俺達だって向上の余地はあるだろうから、頑張ればエラルドさんを超えられるかも知れないぞ。
俺がお茶を飲んでいる間に、サリーネは銛から獲物を外してカゴに入れていた。
10分程休憩を取ったところで再び海中戻る。
数匹の獲物をザバンに運ぶと、すでに昼を過ぎていた。ザバンをカタマランに戻して、今日の漁を終わりにする。
カタマランに戻ると、ライズが伸ばしてきた手に、サリーネが獲物の入ったカゴを渡している。俺の投げたロープをリーザが結んだところで、サリーネからカタマランに乗せてあげた。最後に俺が乗り移ると、再度ロープでザバンを船尾に結びつけた。
獲物をリーザ達がさばいて保冷庫の中のザルに入れている。
船尾のベンチに腰を下ろして、装備を外し銛を軽く砥いでおく。
それが終わったところでパイプを取り出すと、サリーネが火だねと割ったココナッツを持って隣に座った。
「リーザ達も一人前にゃ。来年にはラディオス兄さんも父さんになるにゃ」
「そうだね。またお祝いをしなくちゃならないけど、ラディオスさんの次には俺が父さんになる番だ。まだ早いけど、出来ればそれまでには次の船が欲しいね」
間に合わない時には、この船の改造をすることになるだろうな。
出来れば、この船をエラルドさんに譲って、子供達の面倒を見て貰いたい気がするな。10人近い孫に囲まれて暮らせるなら、エラルドさんも嬉しんじゃないか?
その頃には、バルテスさんやサディさんのところの子供達も大きくなるだろうから、ちびっ子達の面倒を見てくれるだろう。
そんな子供達の世話を通して、常に後輩の面倒を見るネコ族の仲間意識が育つのかも知れない。
リーザ達が作業を終えたようだ。保冷庫に氷を作って、最後に自分達の体に【クリル】の魔法を掛けて体と衣服の汚れを落としている。
それを見たサリーネが自分と俺に【クリル】を掛けてくれた。
全く便利な魔法だが、1日に5回が限度らしい。もっと使えれば色々と使い道がありそうだけどね。
リーザ達が、サリーネが準備していたお茶とバナナのチマキを持って、ベンチを持ってテーブルにやってきた。
かなり遅いが、俺達の昼食が始まった。
昼食と言うよりもおやつみたいな感じだから、直ぐに食事が終わる。
夕食までは間があるから、小屋で昼寝を楽しむ。
結構疲れたな。横になると直ぐに眠りについたようだ。
ふと目を覚ます。
良く寝ていたようだな。すでに小屋の中は薄暗いから夕暮れ時なのだろう。
俺の隣に、3人の嫁さん達が寝ている。疲れたんだろう。まだ眠らせてあげよう。小屋から出ると、カマドの熾火に炭を追加してポットでお茶を作る。
煮出すタイプのお茶だから、このまま掛けておけばその内飲めるだろう。お茶が沸くまで、ベンチに腰を下ろして夕暮れを眺める。
昼間のうだるような暑さが去って、心地良い海風が吹いている。
僚船にランタンの灯りが付いているのを見て、カマド近くにあったランタンにカマドの火を移して灯した。
張り出した屋根の梁に付けた鉤に引っ掛けておけば、嫁さん達が起き出しても困ることは無いだろう。
ゆったりと流れる時間を感じながらパイプを楽しむ。
ある意味、至福の時間と言えるんだろうな。
嫁さん達が起きたのは、1時間程経ってからだった。
バタバタと忙しく夕食の準備を始めたり、保冷庫から取り出した魚を平たいザルにに並べて屋根に乗せたりしている。
俺も屋根に上って、差し出されたザルを並べると、最後にザルが落ちないように細いロープでザルを押さえつけた。
一夜干しだから、明日の日の出前には保冷庫に戻すそうだ。そのまま保冷庫に置いておいて燻製小屋に持って行っても良さそうだけど、この方が味が良いらしい。
夕食のおかずは焼いたロデニルだった。
魚醤を付けて焼いたらしく、香ばしい匂いで食が進む。もっとも昼がおやつみたいなものだったからな。空腹は最高の調味料だと言う事が良く分かったぞ。
・・・ ◇ ・・・
素潜り漁を3日続けたところで、俺達は氏族の島へと引き上げることにした。
まあまあの漁だったな。ブラドが50匹近いし、バッシェ混じりのバヌトスは20匹を超えている。
銀貨3枚にはなっただろう。船を得る資金はリードル漁で稼げるから、それ以外の日々の暮らしが立つだけの稼ぎがあれば十分だろう。
最悪の事態になれば、魔石を何個かサリーネが換金せずに持っているから、それを売れば良い。
帰りの道中で、真珠貝を取る熊手の絵を描いておく。寸法や注釈はサリーネに書き込んでもらったが、俺も文字を覚えた方が良いだろうな。
次の漁には文字を教えて貰おう。
「リーザとライズも文字を読めるの?」
「読めるし、書くのもできるにゃ。母さんに教えて貰ったにゃ!」
サリーネの言葉は少し誇らしげだ。たぶん読めない人も多いという事に違いない。
この世界には学校なんてあるんだろうか? ちょっと気になってきたな。




