N-081 銛の腕を鍛えよう
「結論が出たのは2日程前だが、カイトの案をそのまま使うと言うのも情けない話だ」
「俺達のリードル漁に合わせて、3日間の漁を認めるという事だ。使う道具は氏族が準備することになるが、まあ仕方ない事だろう。上手く真珠貝が獲れるなら直ぐにも回収できる」
「カイトに道具の姿を描いてもらい、世話役が商船と交渉するとの事だ。できたら俺に説明すればその通りに世話役に説明しよう」
これでリードルが突けなくとも、ある程度の収入が期待できるな。
富の格差は氏族の分裂に繋がりそうだ。ある程度の範囲内であれば不平も出ないだろう。ロデニルと根魚釣りだけで、普段の俺達を上回りそうだからな。
「道具の柄を描けば良いんですね。次の漁の合間に描いておきます」
「そうしてくれ。それとだ。できたら一度それを使って漁をしてみてくれ。1日で良い。どれだけ獲れるものか、確認したい」
確かに、それも大事な話だ。あまり捕れないなら漁期を伸ばすことも視野の内、という事だろう。
「それで、お前達はどこに行くんだ?」
「やはりトウハ氏族は銛の腕という事で、今度は西に1日程行ってみようと……」
「西に行くものはほとんどいないな。だが、西に3日は俺達の漁場だ」
「どうだ、俺達も付て行くのは?」
グラストさんの質問にバルテスさんが答えたのだが、その答えを2人が気に入ったって事なんだろうか? エラルドさんと顔を見合わせて笑い顔を浮かべて頷いているぞ。
ラディオスさん達が互いに頷いているのは、氏族筆頭のグラストさんやそのライバルでもあるエラルドさんに自分達の銛の腕を見せつけようとしているのだろう。
エラルドさん達からすれば、まだまだ半人前って感じの俺達だからな。
「それで、何時出掛けるんだ?」
「明日は、果物を採ってこようと思ってますから、明後日には……」
「明後日だな? 俺達の分も果物を頼んだぞ」
グラストさんの言葉に頷いたのはラスティさんとラディオスさんだ。たぶん、ベルーシさんも誘うんだろう。ラディオスさんと仲が良いからな。
翌日、ラディオスさん達は果物を採りに出掛け、サリーネ達は野菜や炭を買い込んでいる。
一緒に出掛ける動力船の水汲みは俺の仕事になってしまった。昼近くまで掛かって水汲みを終えると、今度は桟橋でおかずを釣る。
少し場所を変えると、入れ食いが続く。
やはり、いつも同じ場所ってのは良くないようだ。夕方近くまで釣りをしたのだが、途中で何度かリーザ達が獲物を持って行ったから、何匹釣れたかまるで分らない。
日が傾いたところでカタマランに帰ると、数匹に魚の開きがザルに入れて日陰に干されていた。
「もう直ぐ、夕食にゃ。カイトの釣り上げた魚は開いて配ってきたにゃ」
「ありがとう。いつも果物を貰ってるからね。それ位はしてあげないと」
俺の言葉に3人の嫁さん達もニコリと微笑んでくれる。
もったいないような嫁さんだよな。美人だし、気立ても良い。
たまに、味付けを失敗することもあるけど、全て満点だと俺が気後れしてしまう。何事も90点が良いと思うぞ。満点が見えたところで人間は努力するからな。
・・・ ◇ ・・・
翌日。朝食を終え白旗を上げて合図を待っていると、バルトスの吹くブラカの音が聞こえて来た。黄色の旗を上げた船はバルトスさんの船だな。吹流しの代わりらしい。
白旗を仕舞いながら、入り江の出口を目指してカタマランを進める。
最後尾はゴリアスさんのようだ。その前にエラルドさん達の船が並んでいる。
サリーネとライズが操船楼でカタマランを動かしているから、甲板でのんびりと銛を研ぐ。
リーザは根魚釣りのリール竿と仕掛けの確認をしているけど、今回の漁は素潜り漁なんだよな。おかずでも釣るのかな?
向こうの世界から持ってきた銛とエラルドさんに貰った最初の銛、それに先端の外れる銛を丹念に研ぐ。
水中銃は、今回は見送りになる。
水中眼鏡のゴムが劣化して亀裂が目立ち始めた。こちらのゴムにそろそろ代替しなければならないな。
シュノーケルは目立った劣化は無いようだが、フィンはかなり亀裂ができている。ゴムで一度上塗りをしたのだが、そろそろ補修も聞かなくなってきたようだ。
無理もない。あれから4年近くになってるからな。熱帯の強い紫外線は劣化を速めるようだ。
リュックの中に競泳用の水中眼鏡はあるんだが、今度あのドワーフが来たら水中眼鏡とフィンを相談してみるか……。
昼近くに、サリーネが操船櫓から降りて来た。今カタマランを操っているのはライズって事だろう。隣にはリーゼがいるはずだ。
サリーネが昼食の支度を始めながら、俺にお茶を用意してくれたので、銛を研ぐのを止めてベンチに腰を下ろす。残り1本だから昼過ぎには終わるだろう。
「今度はブラドにゃ?」
「そんなとこだろうな。たぶん色々と取って来るだろうけどね」
「なるべく同じ種類が良いにゃ」
分かっていても、できる事とできない事がある。たぶん素潜りは後者になるんだろう。獲物はサンゴ礁にいる30cm以上の魚だからな。
見るからに怪しいカサゴの類は、鋭い棘や毒を持ってる奴がいるから用心しないといけない。
巻貝も注意が必要だし、タコも危ない奴がいる。青物は安心なんだが動きが早いからな……。
とりあえず、今までに突いた魚なら問題ないはずだ。
「努力はするけど、難しそうだぞ」
「ロデニルは4匹だけで良いにゃ」
サリーネの言葉に思わず微笑んでしまった。それって、食べたいって事なんだろうな。
「ああ、4匹は何とかするよ」
俺の答えに、今度はサリーネが微笑む。やはり食べたいんだな。
昼食は簡単なスープと今朝のご飯に野菜を刻んで一緒に炒めた物だ。
俺だけ先に頂いて、操船櫓るとライズ達を降ろして昼食を取って貰う。
サリーネが渡してくれたお茶のカップを、操船櫓のトレイを引き出して乗せておく。
1時間程は俺が操ることになる。カタマランの速度は一定だし、船は真っ直ぐ西に進んでいるから、舵輪を軽く持っていれば良い。ちょっと退屈な操船だけど、舵輪を握るだけで、何となくにんまりと顔がゆるんでくるのが分かる。
1時間も操船しない内に、リーザがやってきて無理やり交代させられてしまった。
俺が操船櫓を降りると、直ぐにサリーネが上がっていく。いつの間にか操船は2人で行うというルールができてるようだ。5時間近く操船を行うのだから、1人より2人の方が安心できる事は確かだ。
甲板で残り1本の銛を研ぎながらのんびりと過ごす。
カタマランの速度は、他の動力船に合わせているからそれほど速くはないが、心地よい海風が体を包んでくれる。
そんな俺の傍では、ライズが裁縫をしているようだが何を作っているのだろう?
昔は自分の衣服は自分で作ったとビーチェさんが教えてくれたけど、商船の運航が定期的になってきたころから、衣服を買うようになったらしい。
それほど種類や柄は無いのだけれど、白や薄い単色物がトウハ氏族の女性達の好みのようだ。
家の嫁さん連中は全員白なんだけど、魚をさばく時にはベージュ色のエプロンモドキを来ている時もある。前は違う色だったんだが3人でお揃いにしたのかな?
「何を作ってるの?」
「旗にゃ。せっかく旗竿があるんだからカイトの印を旗にするにゃ」
それって、銛の柄に付けた丸に十字のやつか? 俺の紋章ってことにするんだろうけど、意外と目立つんじゃないか?
「白地に黒だから、あまりパッとしないかもね」
「だから目立つように色を付けたにゃ。丸で囲まれた4つの場所を別の色にしたにゃ!」
「こんな感じににゃ!」と言って広げた布地には、上が赤に青、下が緑に黄色で塗られていた。
信号旗に見えるぞ。これなら目立つだろうな。銛に印を付ける時に、将来は旗になんて考えたけど、その旗をこんなに早く見ることになるとは思わなかったな。
舷側から身を乗り出して前方を見ると、小さな島に向かって進んでいるようだ。
後、2時間もすれば日没だから、今夜はあの島の近くに泊まる事になるのかな?
周囲の海底はサンゴ礁が広がっているけど、水深はありそうだ。小さな魚が群れを成して泳いでいるから、それを狙う大型の魚だっているに違いない。
やがて船団が解かれ、俺達おもいおもいに動力船を停めてアンカーを下ろした。
島までは300mほどかな。僚船の距離は100m程だ。南に向かって緩やかに海底が傾斜しているのが分かる。停船した場所の水深は5mもないが南に向かえばさらに3mは深くなりそうだ。
嫁さん達が夕食の支度を始めたところで、ザバンを船首から下ろして船尾に繋いでおく。明日は早くから漁をしそうな雰囲気だからな。
僚船を見るとラディオスさん達もザバンを舷側から下ろしていた。
4人だけの夕食は直ぐにできあがる。
ランタンの明かりの下で、簡素な食事をテーブルを囲んで頂く。日没は既に終わっているがほんのりと赤い残光がまだ残っている。
ウリの押し漬のような漬物がおかずなんだがスープには昨日釣り上げた一夜干しの魚の切り身が入っていた。
ご飯にスープを掛けて頂くのが、この頃好きになってしまった。そんな俺を嫁さん達が呆れた顔で見てるけどね。
夕食後はココナッツジュースだから、栄養バランス的には問題ないんだろうけど、コーヒーはもう飲めないんだろうか? 飲めなくなると余計に飲みたくなるな。
甲板にボードを広げてワインを飲みながらスゴロクゲームに興じる。4人なら丁度良い感じに遊べるな。
その間に、サリーネが野生の青いバナナを葉に包んで蒸していいる。明日の朝食と昼食はバナナのチマキになりそうだ。
スープに入れたらお雑煮のようにして食べられるのだろうか?
ちょっと疑問に思ったけれど、明日になれば試すこともできるだろう。
下弦の月が昇ってきたころにゲームをお開きにして小屋に入って雑魚寝する。
そう言えば、網を編んでもらえたんだよな。
ハンモックを作ってもらっても良さそうな気がするぞ。昼寝をするにも良さそうだし、ちびっ子達も喜ぶんじゃないかな?




