N-078 突然の雷雨
リードル漁の期間は俺の船にサディさんとケルマさんがちびっ子を連れてやってきた。
今年で2歳になるのかな? だいぶ大きくなったけど、ちっともジッとしていないんだよな。
「日中は小屋に入って戸を閉めておくから大丈夫にゃ!」
そんな事を言ってたけど、暑くないのかな? 一応、屋根と左右の窓は開閉できるから小屋の中なら安心なんだけどね。
ナンタ氏族にはリードル漁が無いらしく、ビーチェさんが2人の新しいお嫁さんに丁寧に教えていた。
そう言えば、エラルドさんがナンタ氏族の魔石を得る手段は、ヒトデだと言ってたな。リードル漁のように期間限定では無く一年中獲れるらしいが数は少ないそうだ。
「だいたいこんな感じでリードルを焼くにゃ。表面が炭になるくらいが丁度良いにゃ。その後は、この石の上に乗せて、この棒で叩いて貝を割るにゃ。貝の中をこっちの棒で良く探して、見つけたらこの網で掬い取るにゃ。この棒から先には絶対に足を出してはダメにゃ」
細かな注意までしているみたいだ。俺は突いたリードルを渡すだけなんだけど、かなり面倒な手順を踏むみたいだな。
途中で切り倒した焚き木を動力船から何度も運ぶ。ベンチも何個か運んで、竹竿を2本使い天幕を張って日除けまで作ったぞ。暑い時にはこの下で休憩できるだろう。
砂浜の用意が全て整ったところで、動力船に戻り皆で食事を取る。
この辺りの段取りも、だいぶ覚えてきたな。
「明日持っていくものは、今日中に用意しておくんだぞ。ビーチェ達を浜に送ったら、直ぐに出られるようにな」
「だけど、やってくるのかな? まだ渡りが始まってないけど……」
「それは、早朝にグラストや俺が確認する。確認できたらブラカで合図を送る手はずだ」
ラディオスさんの素朴な疑問にエラルドさんが答えてくれた。
渡りを見ることができなくても、次の日にはリードルが砂泥に群れてた時もあったんだよな。
満月の照らす海面を皆でしばらく眺めていたが、波間に浮かぶ座布団のようなリードルの渡りの姿は見ることができなかった。
明日のエラルドさん達の調査を期待して俺達は小屋で横になる。
翌日。ブラカの音で目が覚めた。
周囲を眺めると、ちびっ子達とサディさん達が俺を見てるぞ。とりあえず、「おはよう」と挨拶して、小屋の外に飛び出した。
外はまだ薄暗く、明るい星が数個見える。まだまだ寝ている時間じゃないのか?
「やっと、起きたにゃ。ほら、渡りが始まってるにゃ!」
サリーネの言葉に海面に目を向ける。
まだ俺の目には黒い見える海面だが、そこに座布団を広げたように脚を広げるリードルの姿が無数に見える。
「でも、起きるには少し早いんじゃないか?」
「何言ってるにゃ、どの船も起きてるにゃ! 今日から頑張らないと新しい船が作れないにゃ」
お茶を渡してくれながらも、力説してるけど……、それって、次の船の事だよな。まだ形もはっきりしていないぞ。
そんな事を考えながらも周囲の船を眺めると、確かに皆が起き出して神秘的な渡りの光景を眺めている。
いつの間にか星がすべて消えて、東の空が少しずつ明るくなってきている。
二度寝しないでこのまま漁の開始を待つとするか。
・・・ ◇ ・・・
朝日が辺りを照らし出すと、あれほど海面に浮かんでいたリードルが姿を消してしまった。どんな生態をしているのか興味はあるけど、刺されたら命に係わるようだから、興味本位に潜るべきではないな。
おもしろい事に、日中は水深5m以上の深さの砂泥にジッとしている。
動力船がアンカーを打った場所は水深3m以下の場所だから、万が一海に落ちて足を海底に着いても刺されることは無いとのことだが、ひょっとしてがあるからな。ザバンへの乗り降りは皆慎重に行っているようだ。
「あれだけの渡りにゃ。今日は、朝食が終わったら早めに浜に出掛けるにゃ」
甲板に朝食を並べながらサリーネが皆に知らせてるって事は、隣の船のビーチェさんに伝えるように頼まれたんだろうな。
大勢で食べるご飯は美味しく感じる。
バナナの炊き込みご飯に、野菜と燻製を炒めたおかずにスープが付く。いつもの夕食よりも豪華に感じるけど、たぶんお昼はバナナのチマキに違いないぞ。
お茶をゆっくりと飲んでいると、次々と周囲の船からザバンが砂浜を目指して嫁さん達を運んでいる。
後をサディさん達居残り組に任せると、俺達もザバンに荷物と嫁さんを乗せて砂浜を目指す。
2回往復して荷物を運び終えた俺のアウトリガー付のザバンは、3本の銛を乗せて俺が漕ぎ出すのを待っている。
焚き火を作って焚き木が注ぎ足されていくのを、パイプを咥えながらベンチに座って眺めていると、バルテスさん達も俺の隣にやってきた。
「来年はオリー達がサディ達と代わりそうだな」
「ラスティのところも、そうらしい。ラスティも来てくれると良いんだけどね」
来てくれれば良いけど、グラストさん達も一緒に過ごしたいんじゃないかな? リーザ達が交代で面倒を見ることになりそうな気もするな。
俺と義兄弟、それにゴリアスさんの4人で、来年の話をしていると、ブラカの音が遠く近くに聞こえて来た。3人で吹いているのか?
「さて、漁の時間だ。良いか、絶対に足を底に着くなよ!」
バルトスさんの言葉に俺達は力強く頷くと、砂浜に走りだした。
ザバンに取り付くと、浅い海をザバンを押しながら沖に走り出す。膝が隠れるほどの深さになった時にザバンに飛び乗るのだが、皆と同じようにやろうとしてアウトリガーを付けた向きを失敗したことに気が付いた。
左にアウトリガーが付いている。俺が自転車に飛び乗る時は左側から乗るんだよな。
右から乗ると、ちょっと調子が狂ってしまう。
駆けてきた勢いを殺すようにしか乗れなかったが、それでもパドルを懸命に漕いで、遅れを取り戻す。
100m以上漕ぎ出したところで、足にフィンを履き、水中眼鏡とシュノーケルを着けた。
海中を覗いてみると、かなりの数のリードルが動いている。
この辺りで水深は8m前後になるのだろう。
銛を纏めていた紐を解いて、ザバンに引き込むと、銛を1本手にして海に飛びこんだ。
ザバンの先端に付けたロープを手にして、海底の様子を見ながら獲物を探す。
一際、模様の良く見えるリードルを見付けた。
息を整え一気にダイブすると、銛をリードルに突き差す。
ゆっくりと海面に浮上して、銛をザバンに紐で固定すると次の銛を手にした。
リードルが刺さった銛を2本、ザバンの船首部分に作った溝に固定して砂浜を目指す。
砂浜の直前で周囲に他のザバンがいないのを確認して、ザバンの方向を反対にすると船尾のロープを持って砂浜に引き上げた。
リードルが刺さった銛を1本ずつ、ビーチェさんの指示に従って焚き火にかざす。
ここまでが俺達の仕事だ。この後は嫁さん連中が引き受けて魔石を取り出す。
獲物を渡した俺は、再びザバンを漕いで沖を目指した。
「中位がたくさんあったにゃ。この調子で午後も頑張るにゃ」
昼食代わりのバナナのチマキとココナッツジュースでお腹を満たしている俺達に、ビーチェさんが激励してくれた。
互いに顔を見合わせてニヤリと笑ってしまった。
確か6個を運んだはずだ。午後は早上がりだから2個位にしておくか。
昼の休憩が終わった連中が、沖にザバンを漕ぎ出した。
昔と比べると、リードルから得られる魔石は3割から8割近くに確率が上がっていると聞いたが、確かに昔と比べて数を競う事が少なくなったようだ。
確実に模様の濃いリードルを探して運んでいる。
下手な人間でも10個以上は確実だからな。余裕が持てればそれだけ、間違いを起こすことも無くなるわけだ。
まだ、日が高い内に、ブラカの音が浜に響き渡る。
この辺りで、今日は止めるって事だろう。事前の連絡は無かったけど、皆一斉に砂浜に戻ってきた。
とは言え、現在進行形でリードルは焼かれている。魔石の取り出しまで1時間以上は優に掛かりそうだ。
本日の残った作業は、嫁さん達を動力船に戻すだけだから、焚き木の束に腰を下ろして、のんびりとパイプを楽しむ。
「まあまあの数だな。昔からすればたくさん獲れたと言えるのだろうが、カイトに魔石を持つリードルを教えて貰ったからな」
「でも、無理は禁物ですよ。慌てると碌な事がありませんから」
ラディオスさんの呟きに俺が答えると、エラルドさんも頷いてくれた。
「確かにカイトの言う通りだ。リードル漁は魔石を得る手段で、魔石が高額で取引されるのはお前達も知っての通りだ。だが、目先の利益にとらわれて命を無くしたり、一生素潜りができなくなった者達の話はたくさんある。船を作るのはリードル漁期を1つ遅らせろとまで言われている。お前達も次の船を考える年頃ではあるが、無理な漁は身を亡ぼすと心に刻んでおくのだぞ」
やはり、リードル漁は危険な漁なんだ。
無理せずに地道に漁をしていけ、って事なんだな。
「終わったにゃ。母さんが天幕を畳んで焚き木に掛けておけって言ってたにゃ。早く船に戻らないとずぶ濡れにゃ!」
俺達のところにライズが駆けてきて東の空を指差しながら教えてくれた。
真っ黒な雲がこっちに近付いてるぞ。
急いで立ち上がると、エラルドさんとバルテスさんが天幕を下ろして、焚き木を覆い始めた。
俺とラディオスさん、それにゴリアスさんで、嫁さん達を急いで動力船に送っていく。動力船は互いにロープを結んでいるから、乗り降りしやすいカタマランに送っていく。
再び浜に戻って、背負いカゴと銛を積んで急いでカタマランに戻ってきた時には辺りが夕方のように暗くなってきた。
銛を一カ所に集めて、船に残っていた焚き木にも布を被せておく。
ザバンを各自の動力船にロープで繋いでいると、急に風が吹いてきて、滝のような雨が雷と共に降ってきた。
ゴロゴロと言う音に子供達は嫁さん連中と一緒に震えているけど、雷雨ならば精々3時間も続かないからな。
小屋の梁から吊るしたランタンの灯りの下で、しばらくはジッとして外の稲妻を眺めることになった。




