N-069 急いで帰ろう
サリーネがカタマランを後退させながら、リーザとライズでロープを引いている。
舷側から甲板に上ると、リーザ達と一緒にロープを引く。
「大物にゃ! でも少しずつ近付いて来るにゃ」
「父さんだって見たことが無い大きさかも知れないにゃ」
2人がそんな事を言いながら、ヨイショ、ヨイショとロープを引く。俺も加わって少しは引くのが楽になったのかも知れないけど、手繰り寄せられるロープん長さは微々たるものだ。
バシャバシャと水車の音が近付いて来ると、ラスティさん達3人の男が甲板に乗り込んで来た。
俺達が苦労してるのを知ってやってきたらしい。
「カイト、やったのか?」
「何とかし止めたんですが、大きすぎて苦労してます」
「任せろ!」
ライズ達がラディオスさん達と交替して、4人でロープを引く。深場からなら浮き袋が大きくなるから、獲物が海面に上ってくるのだが、生憎と10mも無い深さだ。人力で引きあげる外に手は無いな。
少しずつだが、確実にガルナックが引き上げられている。
やがて海面の下に巨大な影が見えて来た。
「何だ、あの大きさは!」
「人を飲み込むってのも案外本当なのかも知れないな……」
「だが、この船に引き上げられるのか?」
ただ引いてあげるなら10人近く人数が必要だろう。だけど、動滑車を使えば案外楽に引き上げられるんじゃないかな。準備は出来ているから、もっと近づいたところで、使ってみれば良い。
直ぐ近くまでガルナックを引き上げたところで、動滑車にロープを通して、海に飛び込んだ。
動滑車に付けたフックをガルナックの上顎にしっかりと突き通して、カタマランに戻ってきた。
「今度はこっちのロープを引いてください。滑車を使いますから少しは楽になります」
「こっちだな。だけど滑車を使っても重さは変わらないんじゃないのか?」
「引いてみれば分かりますよ」
グーンっと、今までよりも簡単にロープが引かれる。引く力が2倍になるからな。その分、引く距離が長くなるが、この際問題になるのは力の方だ。
甲板の真ん中の板を外した場所から、ガルナックの頭が甲板に上がって来る。更に力を入れてロープを引くと、どうにかガルナックを甲板に引き上げることができた。
ライズが銛を回収して、リーザと一緒に腹を縦に切り裂いて素早く臓物を抜いて海中に投げ入れている。最後に鰓を両方とも取り除いて、保冷庫にみんなで転がして行ったのだが、保冷庫って、確か2mじゃなかったか? どう見ても2mを遥かに超えているぞ。
リーザが大きなカゴを持ってくると、甲板の板を外して保冷庫の蓋を開ける。すると、魚の保冷庫の端の方からココナッツを採り出した。結構入っているぞ。それが終わると、保冷庫から板を引き抜く。
「魚用の保冷庫には間仕切りがあるにゃ。外せば長さが8YM(ヤム:2.4m)にもなるにゃ」
そう言うと、【アイレス】を唱えて円錐形の氷を2本作り、保冷庫に入れた。すでに数本の氷が入っているのだろう。
俺達は丸太を転がすように、ガルナックを保冷庫まで甲板を押して保冷庫に入れる。
改めて、リーザとライズが数本の氷を作って保冷庫に中に入れて蓋をした。
海に飛び込んでゴムボートを回収すると、どうにか一段落が付いた。
甲板に行くと、皆が俺を待ってお茶を飲んでいる。
「やったな。これで誰もがカイトに一目置くはずだ」
ラスティさんが俺の肩をポン! っと叩いて言った。まるで自分の事のように皆が喜んでくれている。
「し止める事は出来ましたが、船に乗せられたのは皆のお蔭です。帰ったら良いお酒をご馳走しますからね」
そんな俺の言葉に、皆の笑顔が一層深まった。
ライズが渡してくれたお茶を一口飲む。喉がカラカラに乾いているのに今気が付いた。
「俺達は、もう1日ここで漁をするつもりだが、カイトは獲物を持って島に一足先に向かえ。一応、保冷庫に入れてはいるが、傷んだりしたら取り返しがつかん」
「そうだ。幸い、まだ日が高いからな。浅瀬を抜けるには都合が良い」
「そうにゃ。早く氏族の皆にガルナックを見せるにゃ!」
「そうですね。今なら抜けられそうです。申し訳ありませんが一足先に漁を切り上げて帰らせてもらいます」
俺の言葉に皆が頷いてくれる。
ラスティさんの笛の合図でメリルーさんの操る動力船が近付いて来た。
舷側がすれ合うほどになったところで、ラスティさん達が次々と船に飛び移る。
俺達に手を振って、他の動力船に男達を送って行った。
「さて、俺達は帰島だ。サリーネ、西に進路を取ってくれ」
「分かったにゃ。このサングラスだと海面下が良く見えるにゃ」
やはり偏光サングラスだと海面下が良く見えるようだ。
慎重に進路を確認しながらカタマランは大きく右に旋回して漁場を離れる。
後ろ甲板でラディオスさん達の船が見えなくなるまで俺は手を振り続けた。
サリーネが南西に進路を取る。
既に浅い根のある海域は過ぎたようだ。カタマランの速度が増している。
空はあれほど晴れていたのが嘘のように雲が下がってきている。今夜は間違いなく雨になりそうだな。
ネコ族は夜目が効くとは言っても、真っ暗ではどうしようもないんじゃないかな?
そんな疑問を持ったが、更に速度が上がってきている。2ノッチ以上魔道機関の出力を上げているのかも知れないな。
日暮れが近いのか辺りが暗くなってきた。それでもカタマランの速度は落ちることが無かった。
サリーネがリーザ達に操舵を代わって降りて来ると、夕食の準備を始める。
ひたすら南西に進むから簡単なものになりそうだな。
そんなサリーネの仕事を見ながら船尾のベンチでパイプを楽しみ始めた時だ。ポツポツと雨が落ちて来たかと思ったら、滝のような雨になってきた。急いで小屋の入り口に避難する。
「食事はまだにゃ。今の内に着替えると良いにゃ」
「そうだね。カマドに雨はふきこまないのか?」
「大丈夫にゃ。でも、次に作る時はもう少し大きくしてほしいにゃ」
確かに狭そうだな。そうなると、カマドと言うより台所としてキチンと作った方が良さそうだ。
小屋は2部屋で良いんだろうな。後は可倒式の門型クレーンが欲しいが、これはどうしようも無さそうだ。
着替えをして小屋の出口に座り、夕食が出来るまでランタンの灯りの下で次の船の仕様書にサリーネの希望を追加する。
後でリーザ達からも聞いてみよう。きっと、また違う要望があるに違いない。
問題はクレーンだよな。ガルナックのような大型の魚を引き上げるには是非とも必要だし、真珠貝を海底から浚う上でも頑丈なんが欲しい。
移動しないで済むなら、後部に設置できるんだが、曳釣りには邪魔になりそうだ。甲板の半分位にあれば、それなりに使えるかな?
甲板の屋根に使える位に頑丈に作れば、数百kg位の釣り上げ荷重に耐えられるかも知れない。
待てよ……。丸太を三角形にして操船櫓の後ろに作ればどうだろう?
長さ5m程の丸太を小屋の出入り口の左右から立ち上げて先端に滑車を付ければ良いんじゃないか。小屋の梁から鎖で固定できるようにすれば、漁に出る前に組み立てが出来るだろう。船尾に柱を2本立てれば、クレーンの腕木を補強することも出来るだろう。甲板の真ん中にロクロを付けても良さそうだ。使わないときには腕木を外しておけばテーブル代わりにも使えそうだぞ。
「夕食が出来たにゃ。先に食事を取って、リーザ達と交替するにゃ」
俺の描いた絵を覗き込みながらサリーネが教えてくれた。
まだ、滝のような雨が降っている。それでも小屋近くの甲板は天幕用の布が張ってあるから、濡れることは無い。
2人でちょっと寂しい食事を取る。
蒸したバナナと野菜スープの食事はちょっと物足りないけど、雨が止めばご飯を炊くんだろうな。
食事が終わると、お茶を水筒に詰めて、竹カゴにカップと共に入れている。3個程、チマキのようにバナナの葉で包んだ蒸したバナナを入れているのは夜食って事だろうな。
準備が出来たところで、操船楼の2人に交代を告げる。
直ぐに2人が下りて来たところで、麦ワラ帽子を傘代わりに被るとカゴを持って操船楼に先に上った。
下で、サリーネ達が何やら話し合ってるけど、どうやら食事前に保冷庫に氷を補給するよう頼んでいるみたいだ。
2人で2回も魔法を使えば、十分に保冷庫の温度を下げられるだろう。濡れても、後は食事をして寝るだけだからな。
舵輪を握って、コンパスの示す南西に進路を保つ。真っ暗に見える海だが、遠くの島影がぼんやりと見える。
島に近付かねば、水深は数mはある筈だ。
しばらくして、サリーネが操船楼に上がって来ると、俺の隣に腰を下ろす。
「サリ―ネの方が良く見えるだろうから、周囲を監視して欲しいな」
「分かってるにゃ。でも、しばらくはこのままで大丈夫にゃ」
操船楼に上がって、直ぐに周囲を確認してくれたんだろう。やはりネコ族の夜間視力は頼りになるな。
雨は激しく窓ガラスを叩いている。島影はどうにか見えるけど、ワイパーが欲しいところだ。手動式のワイパーって作れるんだろうか?
1時間もすると俺の目も夜間順応が進んだようだ。
最初よりも島影をはっきり捉えることができる。とは言っても、窓に当たる雨で滲んで見える事に変わりはないんだが。
2時間程経過したところで、サリーネと舵輪を交替した。
サリーネに断ってパイプに火を点ける。防水ケースに入っていた100円ライターのガスはすでにどうにか見える位に液が減っている。マッチみたいな物があれば良いんだけど、火打石のようなものでエラルドさんは焚き火に火を点けていたからな。
一応、この船にも火打石は用意しているが、カマドの中に残してある種火で事足りている。
とは言え、誰かがマッチを発明しているとも限らない。次の商船で確認した方が良さそうだ。
次に舵輪を交替した時、操船櫓のガラス窓の下をサリーネがグイっと引き出した。30cm程の奥行で、横幅60cmのテーブルが引き出された。
お茶のカップを取り出して、すっかり冷えたお茶を水筒から注ぐ。
「はい」って渡されたカップのお茶を飲む。まだまだ夜は長そうだな。




