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N-067 北東の漁場

 ピイィィー! と笛の音がした。

 小屋の中で俺の腕を枕にしていたサリーネが急いで小屋を出る。着ていたワンピースのような服をパタパタ叩いて皺を伸ばしているが、綿製品だからそう簡単に皺を伸ばすことは出来ないだろうな。

 俺も少し遅れて小屋を出る。あれほどの豪雨が嘘のように止んでいるけど、どんよりとした雲を見ると、また降りだしそうだな。


「あの島を目指してるにゃ!」

 操船楼に上った俺にライズが教えてくれた。

 リーザは慎重に舵輪を握って前を見てるぞ。話し掛けずらい雰囲気だな。

 小さな島はここから見る限り横幅は500m程だ。小高い丘があり、そこにココナッツの木が数本、雑木の中から飛び出している。

 目印にするには良さそうだな。あの島を見るのは初めてだ。島は多いけれどあれほど特徴がある島なら忘れないだろう。

 その島の西にある砂浜に船団は向かっている。

 

 やがて、先頭を行くラスティさんの動力船が砂浜近くにアンカーを下ろしたのが分かった。次々と動力船がアンカーを下ろし、俺達のカタマランも彼らの船に並んでアンカーを下ろす。

 船首で俺の作業が終わって操船楼を見ると、ホッとしたような表情のリーザの顔が見える。

 途中で舵輪を代わったことはあるけど、停船まで行ったのは初めてだったようだ。だけどこれで自信が付くんじゃないかな。

 ライズと一緒に操船楼を下りているから、食事の支度を始めたサリーネの手伝いをするんだろう。

 俺も甲板に戻ると、おかず用の釣竿を取り出して、船尾のベンチで釣りを始めた。

 

 誰もここで釣りをする人はいなかったんだろうな。数匹のカマルを入れ食いで釣り上げることができた。

 直ぐに、ライズがカマルをさばくと、鍋の中にポイっと入れた。どうやら今夜は魚のスープらしいな。


 釣竿を仕舞うと、ベンチでパイプを楽しむ。

 まだベンチが濡れているけど、後で着替えれば済む事だ。


「直接座ったの? これを敷くにゃ」

 リーザがゴザを使ったクッションをベンチの蓋を開けて取り出した。45cm四方のゴザを2枚合わせて中にココナッツの繊維をたっぷり詰め込んだものは座布団代わりになりそうだ。確かに下に敷けばお尻が濡れることは無さそうだぞ。


「いつの間に作ったんだ? だけど使わせてもらうよ。これならベンチで昼寝も出来そうだ」

「操船楼のベンチが固いから、お尻が痛くなるにゃ。それでこれを皆で作ったにゃ」


 そこまでは考えなかったな。

 という事は操櫓のベンチに2個置いてあるって事になる。1人2個作ったのかも知れない。1個頂いて、早速試してみる。うん! 中々具合が良いぞ。

 暗くなる前に、ランタンに灯りを点けて、テーブルを準備した。やはり、甲板に並べて座って食べるよりも良いよな。

 

「ガルナックは突けるの?」

「分かってたのか? ああ、そのつもりで準備してる」

「昔、見たことがあるにゃ。ハリオは平たいけど、ガルナックはでっぷりしてたにゃ」


 夕食を食べながら、俺に確認してるみたいだ。

 止めろ! とは言わないんだな。どちらかと言うと、ちゃんとし止めろって感じに思える。


「一応、突けるとは思ってる。だけど、大きいからその後が面倒だ。ハリオ用の銛とあの銛を使おうと思ってる。それでダメならリードル用の銛になるな。ザバンは使わずにゴムボートを使うよ。あれなら、浮きにも使えるからね」

「上手く突けたら、この板を外してここから甲板に引き上げるにゃ。ロープは準備しておくにゃ」


 ありがとうと、3人に言っておく。でも、3人で引き上げらるかな? どう考えても100kgは超えていそうだぞ。

 そんな話をしながら食事を終える。

 今夜は早く寝よう。明日も一日中船を進めなくちゃならないからな。


・・・ ◇ ・・・


 北東に進む事3日目。どうやら俺達の目指す島が遠くに見えて来た。先頭を行くラスティさんが船足を少し遅くして、深場を確認しながら船を進めている。

 慎重なのは分かるけど、歩く速度位の船足だからな。操船楼のサリーネがぶつぶつと文句を言ってるのが聞こえて来るぞ。

 ライズが舷側から海を覗いているけど、今のところは水深3m以上はありそうだ。

 喫水は1m程だから、それ程心配することは無いと思うんだけどね。


「兄さんは心配性にゃ。でも母さんは、それは大事な事だと言ってたにゃ」

「俺も、そう思うよ。少なくとも船団を率いる者はそれ位慎重にならないとね。何が合っても、事前に対処できるって事だから」


 俺の言葉を聞いて、ライズが笑顔を返してくれた。

 兄思いの良い妹じゃないか。トウハ氏族だけじゃなくて、ネコ族は兄弟の仲が皆良さそうだ。

 船足はゆっくりだが、段々と島が近付いて来たのが分かる。岩で出来た島のように見えるが島のてっぺん近くは緑が茂っているし、俺達の進んでいる西側に小さな砂浜も見えて来た。

 少なくとも日が落ちる前には着きそうだな。

 ここまで来たんだ。焦っても仕方がないから、のんびり周囲の海底を眺めてみよう。

 待てよ……。海底を箱メガネで見るのではなく、直接見ても良さそうだな。確か、あったはずだ。


 小屋に入って、向こうから持ってきたリュックを調べる。俺のリュックではなく友人のリュックに……。奥の方からケースが2個出て来た。ケースを開けると、偏光サングラスが入っている。

 これなら、海面の波の反射に惑わされずに海底を見ることができるぞ。

 深いとどうしようもないが、浅瀬なら分かるんじゃないかな? もう1つは通常のサングラスのようだな。2つだとケンカになりそうな気もする。

 ひょっとしてと俺のリュックを調べると、安物のサングラスが出て来た。確か、これは友人と一緒に買った奴じゃないか? 予備に丁度良いと言って買い込んだ品だから、使える内に使った方が良さそうだ。

 棚に出して置いて、明日にでも使って貰おう。


 小屋から出て、島を眺めると目の前に迫っている。

 どうやら、浅瀬に船をぶつけることも無く無事にたどりついたようだ。いよいよ明日から素潜り漁が始まるぞ。


 夕食後にカタマランの甲板に皆が集まった。

 どうにか天気は持ってくれているが、相変わらずの損曇天だ。少しは日差しが見たいと思う。


「それで、カイトはこの船で漁をするというのか?」

「かなり浅瀬があるようですが、浅い場所は波立ていますから、それと分かるでしょう。それに、エラルドさん達からザバンを使うなと言われてますよ」


 俺の言葉にラディオスさんが唸ってる。

 ハリオやフルンネなら大きくとも危険は無いだろう。だが、ハタの一種だとなると、サメを飲み込む奴までいるそうだ。俺達は素潜り漁で銛に命を掛ける事があっても良いだろう。だが、ザバンを漕いで俺達のフォローをしてくれる嫁さん達の危険は未然に防ぐべきだ。


「俺も、カイトの話に賛成だ。どうしても使うなら自分達で漕ぐべきだろう。それに、ハリオを狙った時は、俺はザバンを使わなかった」

「あれは、獲物が大きいからな。取った後に動力船に上げるのが大変だった。確かにそれも言えるな。明日は、嫁さん達には動力船に乗っていて貰おう。だけど、十分に周囲を見てくれ。岩礁が思った以上に多いからな」


 俺達の会話を遠巻きにして聞いているサリーネ達が大きく頷いた。

 一応、サリーネは俺が何を突こうとしているかを知っているから、最初から船に残る事になってはいるが、他の嫁さん達にとっては素潜り漁の範疇だから、俺達の会話は意外に思っているのかも知れない。

 婚姻の漁で、大物突きがどれほど大変かは分かっているんだろうけどね。

 

 明日の漁は、朝食後に船団を組んで島の東に回ることで話がまとまる。

 ザバンで自分のど船に戻っていく仲間を見送ると、4人で軽くワインを飲みながら、

 明日の作業の分担を話し合う。

 3人が小屋に引き上げた後で、最後の仕事だ。操船楼の柱にロープを結んで、ギャフの針に取り付けた滑車にロープを通していく。大型の獲物でも、動滑車で引き上げるのが楽になるはずだ。 

 やっと準備が終わって小屋に入った時には、3人共小さな寝息を立てている。起こさないように、彼女達の間に潜り込んで目を閉じた。


 翌日は、雲一つ無い快晴だ。

 雨季なんだけど、たまにはこんな日もあるのはここの暮らしで分かったつもりだが、朝晴れると、夕方には豪雨になることが多かったような気もする。

 どちらにせよ、俺達の漁は昼過ぎには終了する。すでに出来上がっている朝食を終えてお茶を飲んでいると、ラスティさんのブラカの音が聞こえて来た。

 サリーネとライズが操船楼に上り、俺は船首のアンカーを引き上げる。しっかりとアンカーを固定したところで、操船楼に向かって左手を上げた。

 サリーネが頷くと同時にカタマランが動き出す。一旦、甲板に戻って漁場に着くまでは左右の海を眺める。

 確かに浅い場所が多いようにも思えるが、時々深い溝が見える。溝をたどって大型の回遊魚がやってくるって事だな。

1時間ほど掛けて島を東に回ったのだが、危険な場所は無かったようだ。それでも東側の海は遠くまで根が浮き出ているのが白波で分かる。


 ピイィィーっと笛の音が聞こえて来た。サリーネがカタマランの動きを停止状態付近にまで落とす。完全に魔道機関を止めないのは、潮に流されないように船の位置を固定するためだろう。


 船首に移動して、ゴムボートを下ろす。そのまま海に飛び込んで船尾の甲板付近にゴムボートを押していくと、リーザから銛を2本と組紐を受け取った。


「絶対、ガルネックを探すにゃ! いないときは、ハリオを突くにゃ!!」

 励ましてくれるリーザに、親指を立てて俺の意思を伝える。

 リーザから受け取った組紐のような丈夫な糸をゴムボートの引き上げに使うロープに輪を通して銛先のパラロープにしっかりと結ぶ。組紐の長さは30m程だ。組紐の最後には長さ20cm程の木の棒を結わえてあるから、外れることは無い。

 最後に、しっかりとマリン手袋を付ければ準備は完了になる。

ゆっくりとシュノーケリングをしながら、東に向かって海底の溝を探して泳ぎ始めた。



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