N-066 ガルナックは俺の身長ぐらいあるらしい
「北東に向かうだと?」
「この辺りなら、大型がいるんじゃないかと思ったんだ。氏族の調査では根が多いらしいけど、こうやってこの島に向かうなら底を擦ることは無いだろと……」
ラディオスさんがグラストさん達に行先を説明しているのだが、グラストさん達はパイプを咥えながら難しそうな顔をしているぞ。
「何かあるんですか?」
俺としては良い場所だと思うんだけどな。渋るという事は理由があるに違いない。
「ああ、お前達は南を主に漁場にしているが、北の漁場にはガルネックがいるらしい。その場所と言うのが、お前達が出掛けようとしている島の周辺だ。やはり素潜りに適した漁場と判断した者達が出掛けている。怪我をしたものはいないが、数人がそこでガルネックを見ているのだ」
ガルネックと言うのが問題だな。危険な魚なんだろうか?
「ガルネックは初めて聞いた名前ですが、魚なんですか?」
「魚には違えねえ。だが大きさが問題だ。そうだな……カイトよりはデカイという話だ。一応、根魚には違えねえんだが……。噛み付かれたら大怪我では済まねえぞ」
クエか大ハタって事だろうか?見てみたいような気もするが……。
「神亀のように龍神の眷属って事なんですか?」
「ガルネックは違うぞ。小さい奴なら銛で仕留められるし、俺達だって過去に何度か突いた事もある。だが、7FM(2.1m)を超えるとなると話は別だ」
「ガルナックの歯は小さいが丈夫だ。自分の大きさ程もある他の魚だって貪るように食べる。それ程大きなガルナックでは俺達が奴の獲物になりかねん」
ある意味老婆心でもあり、俺達若者の無茶ぶりを諌める話でもある感じだな。
クエかな……。昔はとんでもなく大きな奴がいたと、向こうの世界でお祖父ちゃん達が話してくれた。
それでも1mを超える位の大きさだったんだろう。俺の身長を超えるとなると、確かに問題がありそうだ。子供なら飲み込まれそうだな。
「だけど、誰も怪我をしなかったんだろう?」
ラスティさんの言葉にエラルドさん達が頷く。
「なら、見つけたら直ぐにこっちが移動すれば良いと思うな。俺達は、別にガルネックを突きに行くわけじゃないからね」
「まあ、そうだな。俺達が慎重すぎるのかも知れん。だが、あの海域では嫁さん連中をザバンに乗せるなよ。引きづり込まれでもしたら取り返しがつかん」
今度は俺達が、顔を見比べて互いに頷いた。
確かに、狙いは別だからな。潮通しが良ければフルンネ達が集まるだろう。そんな場所にいる1mクラスのフルンネが俺達の獲物になる。
エラルドさん達から渋々了承を得たところで、話題はカゴ漁に移った。
カゴ漁に改造した動力船に、バルトスさんとゴリアスさんが同行してサンゴの崖に出掛けるらしい。
「バルトスの船にゴリアスが乗っていく。嫁さんと子供達はゴリアスの船で留守番になる。2人なら安心だろう」
「ちゃんと獲れるかな?」
ラディオスさんが心配してるけど、たぶん問題なく帰って来ると思うぞ。
「それで、何隻で向かうんですか?」
「3家族とバルトス達で4隻だ。上手くロデナスを漁獲できるなら、他の船も改造して数組が漁を出来るようにしたいものだ」
あの崖は10km以上続いているんだろう。同じ場所で毎回漁をしない限り、ロデナスを獲ることができるんじゃないかな。それに夜の根魚釣りも釣果が多いからな。
「カイト達が帰るころには結果が分かるだろう。楽しみにしておけ」
ゴリアスさんはそう言って笑っている。
俺達にできるなら、彼らならわけなくできると考えているのだろう。それだけ、潜れなくなる前の漁の腕はあったという事なんだろうな。
俺達は明後日に出掛ける事になった。
翌日。出漁の手続きはラスティさんが行って、ラディオスさんは近くの島にココナッツを獲りに出掛けたようだ。
俺の手伝えることが無いので、甲板でのんびりと銛を研ぐ。
鋭く研ぎあげた銛先を見つめて、ふと考えた。
これで、ガルナックが突けるんじゃないか? 話を聞く限り、クエか大ハタに違いない。突くことはできるが、その後が問題だな……。
暴れて逃げ出す巨大魚をどうやって止めるかが問題だ。
ゴムボートにロープを付けて銛先に結んでおくか……。銛1つでは致命傷を与えられないかも知れないな。更に突きとおす銛先を作っておく方が良いのかもしれない。リードル用の銛を改造するのも手だな。
遠くに見える桟橋に、商船が停泊している。
ちょっと出掛けてくるか。ドワーフの職人に作って貰えるかも知れないからな。
小銭入れの中身は銀貨3枚だけど、それほどの値段にはならないだろう。
商船の1階にある売店で、鉄の棒の先端を削ってくれと注文を出したら、30cm程の鉄棒の先10cmを針のように鋭く砥いでくれた。
近くにあった、組紐みたいな太い道糸を含めて150Dらしい。ついでにタバコの紙包みを1つ買い込んで料金を払う。
長くいると、何かと問題がありそうだ。奥の陳列棚も気になるが今日はこのまま帰ることにする。
途中で、炭焼き小屋に足を運んで長さ3m程の竹の棒を頂いた。
「お前さんがカイトか? 確かに聖痕を持つ者じゃ。だが、こんな竹の棒は子供達の銛にしかならんぞ」
「使い方次第で、これも役に立ちます。ありがとうございました」
丁寧に礼を言って帰って来たけど、老人達は俺の後姿をずっと見ているようだ。
氏族に1つの炭焼き場だからな。動力船のカマドが炭を使うから重要な施設であることは確かだ。近くの小屋にたっぷり炭を蓄えていると聞いたけど、老人達が働いているんだよな。
暇に任せて、子供達や若者達の銛の柄を作っているのだけれど、竹竿の柄は子供達用だからタダで良いらしい。
しっかりと、火で曲がりを補正しているし、何度も油を塗ったらしく手になじむ柄になっている。
カタマランに帰ると甲板で銛を組み立てる。
竹竿の先を4つに切れ目を入れて中に木切れを入れて紐できつく縛る。これで突いた時に先端の銛が竹竿に潜ることは無いだろう。
それが終わったところで、買っていた銛先の鉄棒を竹竿の中に入れて竹の先だけを軽く縛った。抜け止めにはこれで十分の筈だ。銛の先端は三角形の断面になるように砥いである。帰って来てから、再度辺を砥石で研ぎ直してあるから、ナイフ並みに鋭くなっている。
銛に返しは無い。これは突き差すだけに特化した銛だ。
最後にゴムの紐を1m程の輪にしたもの数本を編み込むようにしてまとめると、銛の柄にしっかりと取り付けた。
「銛を作ってるの?」
「ああ、かなりの大物がいるらしい。ハリオ漁に使った銛を使おうと思ってるけど、それで足りないときの為に、もう1本作ったんだ。引き上げる時暴れないように止め用の銛だな」
「返しがないにゃ!」
「打ち込むだけだからね。この銛は最後に使うんだ」
ふ~んという目をして、小屋にリーザが入って行ったけど、理解してはいないようだな。
次は、ハリオ用の銛に着いたパラロープの紐の手元に大型のスナップを付た。買い込んだ組紐の先端に輪を作って、組紐をゴムボートのロープの輪を通しておけば、ゴムボートが負荷になるから、暴れるほどに体力を消耗するはずだ。
どうにか終わったところで道具を片付ける。
既に日は傾いている。
明日はいよいよ出発だ。
翌日。ラスティさんの吹くブラカの音が入り江にこだまする。ラスティさんもだいぶ上手くなってきたな。
俺達の素潜り漁にベルーシさんが夫婦で加わったから4隻の動力船が一列に並んで入り江を東に回って北東に進路を取った。
俺のカタマランは何時も通りに殿だが、まあ、これは仕方がない。前の3隻とも俺より年上だからな。
サリーネが操船を代わったようだ。操船櫓から下りてきて、船尾のベンチに座っていた俺の隣に座る。
「もうすぐ雨が降るにゃ……」
確かに入り江を出てから、段々と雲が低くなってきたように思える。
「そうだね。雨季の始まりだ」
「バルトス兄さんのところにナンタ氏族から2人目のお嫁さんが来るらしいにゃ……」
「ひょっとして、サディさんのところにも?」
俺の言葉にサリーネが小さく頷いた。
エラルドさんも2人の嫁さんがいたらしいからな。
素潜り漁をするには、動力船とザバンを使うから、それが原因なんだろうか? 宗教的な理由は無さそうだしね。
だが、トウハ氏族内だけで婚姻を繰り返すのにも問題がありそうだ。遺伝子的な問題だったかな? 俺が住んでいた世界だって、村内で婚姻を繰り返した結果、色んな弊害が昔は生まれたという話は聞いたことがある。
それを経験で知っているのだろうか? エラルドさんの話では、他氏族と数人の婚姻が同世代では必ず行われると言っていたな。
「何人嫁さんがやって来ても、バルテスさんは俺達の兄貴だし、サディさんだって姉さんだろう? 今までと変わることは無いと思うな」
とは言え、少しは変わるのかも知れないけど、他の氏族からやって来る嫁さんなんだから、俺達が色々と励まさないといけないのかも知れない。
サリーネが、ココナッツの実を鉈で叩きながら綺麗に割って俺に渡してくれた。
「やってきたら、皆で祝ってあげれば良いよ。きっと向こうだって、今まで暮らしていた氏族を離れてやって来るんだから、寂しいに違いないしね」
「きっとそうにゃ。私やリーザもそうなるかも知れなかったにゃ。カイトが来てくれたから氏族を離れずに済んだにゃ」
自由恋愛もあるんだろうけど、親が見つけて来るってのもこの世界にはあるようだ。
氏族の若者達が一堂に会する機会が無いからな……。長老達も、そんな機会を作ってあげる事を企画することは無いんだろうか? せっかく部族会議というシステムがあるんだから、そんな話題を出しても良さそうに思えるのだが。
操船楼に上がっている2人にサリーネがココナッツを渡していると、パラパラと雨が降ってきた。急いで小屋に入る間もなく、ザザーっと豪雨が襲ってくる。
バタンっと操船楼のガラス窓を下ろす音が聞こえて来たから、リーザ達がずぶ濡れになることは無いだろう。
小屋の扉近くで、甲板に叩き付ける雨を見ながら、まだ残っておるココナッツジュースを飲む。いつの間にか俺の隣にサリーネが寄り添っていた。




