N-064 カゴ漁の成果
昨日までの天気が嘘のように晴れ渡った空の下で、俺達は麦わら帽子を被ってカゴに取り付けたロープを曳いている。
水深は10mも無いのだが、やはり水の抵抗は大きいな。すでに2つ引き上げているのだが俺達のシャツは汗でびっしょりだ。
ようやくカゴが海面に顔を出しと所を、バルトスさんとゴリアスさんがカゴの縁を持って「ヨイショ!」っと掛け声を掛けながら甲板のパレットの上に引き上げて、側面を縛った紐を解いて中身をパレットに入れた。
カゴは、そのまま俺とラディオスさんで屋根の上で待機しているリーザ達に手渡す。
しっかり水を切って乾かせばしばらくは使えるだろう。
パレットの中には、色んな生き物が入っているけど、ビーチェさん達がトングで選り分けてオケやカゴに入れている。
「ロデニルだけだと思ったが、魚も入るんだな」
「シメノンも入ってます。これなら十分じゃないですか?」
ラディオスさんとラスティさんは、カゴ漁の結果に驚いているようだ。
「確かに獲物が多い。これなら素潜りをしない連中も、それなりの収入を得られるだろうな」
「ですが、通常の船でどれだけカゴを運べるでしょうか? それに、家族単位ではカゴを引き上げられないかと……」
「課題はその辺りにあるな。それに普通の動力船の水車は船尾についている。舷側から上げるとなると、更に重労働だ」
次の浮きを目指してサリーネがカタマランを後退させていく。
俺とエラルドさんはベンチに腰を下ろしてパイプを楽しむ。直ぐにロープを引かねばならなくなるが、しばしの休憩は必要だぞ。
朝食を終えてから始めたカゴの回収は昼過ぎまで掛かってしまった。
終わった後に、バナナを蒸した昼食をお茶と一緒に頂く。
やはり労働の後の甘味のある食べ物は捨てがたいな。オニギリ程の大きさでバナナの葉に包んであるのだが、2つも食べてしまった。
皆も2つは食べてたから、やはりお腹が空いてたのかも知れないな。サディさんとこの双子でさえ、2人で1個を食べてたからな。
「それで、これからどうするんだ?」
バルトスさんが俺にたずねてきた。と言っても、これだけ獲れるとは思わなかったからな。
「帰島しますか? カゴ漁でロデナスがどれだけ獲れるかが今回の目的です。カゴ漁の課題もある程度わかりましたからね」
「そうだな。すでにこの船のイケスは満杯で俺の船のイケスも使ってるぐらいだ。昨夜の根魚だってかなりの数だ。俺達だけで来たのは、この漁が試験目的としたからだったな。あまり大漁過ぎるのも考えものだ」
「なら、真っ直ぐ帰るにゃ。休まずに進めば1日半にゃ」
ビーチェさんの言う通り、1日半の距離ではある。カタマランだけなら1日も掛からない。
この辺りも良く考えないといけないな。船速を一定にしないと船団を組む時に苦労しそうだ。
そんな事は俺だけの思い何だろう。ラディオスさん達も賛成のようだ。
もう一度、漁具の固縛を確認して俺達は北を目指して船を進める。
俺とゴリアスで操船櫓に乗ってカタマランを動かしてはいるんだが、真っ直ぐ北に向かうだけだし、数十m前のラディオスさんの動力船に衝突しないように気を付ければ良いだけだ。
「これは気持ちが良いな。周囲も良く見えるし、俺も次の船はこれにするぞ」
「何隻か型を考えてみました。このカタマランを作ったドワーフが1年に1度は氏族の島にやって来るそうです。その時に相談してみるつもりです」
「ああ、そうしてくれ。サディも小屋の広さが気に入っているし、何といっても子供が多ければ、小屋と甲板は広い方が良いからな」
確かに大きい方が子育ては楽だろうな。そう言う意味では潜在的なカタマランの要求は高いって事になりそうだ。
氏族の引っ越しで、中位の魔石がかなり獲れるようになっているから、金貨10枚と言うのは5年程度のリードル漁を考えればそれ程無理な話ではない。
早めに小型のカタマランの仕様を纏めておいた方が良さそうだぞ。
甲板を見るとランタンの灯りの下で、リーザとライズが双子と遊んでいる。サディさんはサリーナと一緒に夕食を準備しているようだ。
カマドが2つと揺れが小さいことから、嫁さん達には好評でもあるんだよな。
船を進めたままだから、食事は交替で取る。
早めに食事を終えたリーザ達が俺達と交替してくれた。
「やはりカマドが2つは羨ましいにゃ」
サディさんが俺達に食事を準備しながら呟いた。
「この船を作る上での3人の要望だったんです。甲板が広いですから何とか設けることができました」
「俺達も、次はこんな船にするぞ。色んな漁ができるし、操船も楽だからな」
ゴリアスさんの言葉にサディさんが嬉しそうに頷いている。
「でも、少し大きすぎたかも知れないにゃ。入り江の中の操船は注意がいるにゃ」
「雨でも濡れずに操船ができるにゃ。でも操船櫓に上がるまでにずぶぬれにゃ」
そこまでは考えなかったからな。あくまで操船時を考えただけだしね。だけど次の船はそんな事も考えなくちゃならないんだろうな。
「それでも、豪雨の中で操船するよりマシにゃ。水中眼鏡を掛けて操船する時もあったにゃ」
ライズの言葉にサディさんまでも頷いているって事は、他の動力船もそうなるのかな?
エラルドさんの前の大型船は小屋の中で操船できると聞いたが、その辺りをエラルドさんなりに考えてたんだろうな。
俺達が食事を終えるころになると、甲板ではしゃいでいた双子の動きがだいぶ怪しくなってきた。
そんな2人をサディさんが小屋の中に連れて行く。たぶん寝かしつけるんだろう。たぶん明日の朝までぐっすりと眠るに違いない。
・・・ ◇ ・・・
翌日の深夜に俺達は氏族の島に帰り着いた。
いつもの場所に動力船を泊めてアンカーを下ろし、僚船と自船をロープで結ぶ。
ここまで終わったところで、小屋に入って横になる。
次の日、前日は気が付かなかったが商船が来ていたようだ。桟橋がだいぶ離れているからな。入り江が広いのは良いのだけれど、売り物を持って行くのは骨だよな。
それでも、朝食を終えたところで、獲物をカゴに入れたり、背負いカゴに入れたりして嫁さん達が商船に向かった。このカタマランを曳いて来た商船よりは小さいから、あのドワーフの職人はいないかも知れないな。サリーネが聞いてきてあげるとは言っていたから、もしいたなら訪ねてみよう。
俺とゴリアスさんで双子の面倒を見ていると、エラルドさんやラディオスさん達がやってきた。グラストさんやラスティさんもやってきたところで、オリーさんとケルマさんが双子を連れて小屋に入っていく。
残った俺達はテーブルやベンチ、木箱まで出して適当に座ると、ゴリアスさんが自分の動力船からカゴに入ったココナッツを持ってやってきた。
お茶を用意して貰えそうにないし、ここはココナッツを皆で飲もう。朝から酒と言うのも後で嫁さん達に文句を言われそうだしね。
「ビーチェ達のカゴを見たがあれほど獲れるものなのか?」
「俺も驚いた。確かにサンゴの崖はカゴ漁に最適だな。一晩であれだけだぞ。まあ、夜は根魚を釣っていたから、それも入れてだ」
グラストさんの問いにエラルドさんが答えてくれた。
俺達もカゴ漁の有効性は十分に知ったつもりだから、歳を取って素潜りを引退するような事があればカゴ漁で暮らそうなんてことも考えてはいるんだが……。
「それで、奴らに出来そうなのか?」
「色々と課題はあるんだ。一番の問題は、カゴ漁を1家族でするには手が足りん、と言う事だろう。それに、カゴをどれだけ積めるかも課題だな。カイトの船は大型だから屋根に積んで行ったが、俺達の動力船でそれを行うなら6個程度だろうし、前が良く見えんぞ」
それが問題だよな。カゴを引き上げるのは結構疲れる作業だし、ラディオスさん達の船の屋根にカゴを積んだら確かに前が見えないだろうな。
「やはり改造する必要があるか。それで、何家族が必要になるんだ?」
「3家族以上必要だ。2家族では足りんぞ」
「その辺りの条件を纏めてくれ。今夜の長老会議で話し合いたい」
「分かった。カイトも船の改造を考えてくれ。新しい船ではなく、俺達の動力船をどのように改造すれば良いかを纏めてくれれば良い」
「それはかまいませんが、この船の屋根に置いたカゴはどうしますか? 出来ればどこかに置いておきたいんですが……」
「それも長老会議で決めてくる。どうせ2日程漁は休むだろう? その間は乗せておいてほしい」
まあ、それ位なら問題ないか。エラルドさんに頷いて了承を示す。
そんなところに嫁さん達が帰って来た。
サリーネ達は子供達のところに向かったし、サディさんはお茶を沸かし始めた。
「ロデナスが122匹にゃ。シメノンが23匹、それにバヌトスが46匹にバッシェが16匹。大漁にゃ」
ビーチェさんが俺達に漁の成果を報告してくれた。売値は780Dにもなったらしい。1割を氏族に納めて、俺達の取り分は1家族117Dになる。すでに嫁さん達で分配は終わっているらしい。
「凄いな。3家族でカゴ漁をすれば、150D前後の収入があるってことか?」
「一晩でだ。2晩も漁をすれば200Dを超えるだろう。一か月に3回も出漁すれば、俺達と対して変わらん収入になるぞ」
グラストさん達が俺に顔を向ける。何としても既存の動力船の改造を考えろって事だろう。一応案はあるけど、それでもかなり大変だぞ。
「だけど、カイトのような船でなくともできるのか? カゴを引き上げるのはカイトのような船が一番だと思うんだが……」
「作るとしてもかなり先だ。その前に今の暮らしを少しでも楽にしてやりたい」
同じ氏族だからな。俺も出来る限り手伝ってやろう。
そんな話が一段落すると、ゴリアスさんの家族が俺達の船を去って行った。荷物を先に運んで、さいごに双子を1人ずつ抱いて行ったから、今夜は家族水入らずで過ごせるだろう。ライズ達もベビーサークルの運搬を手伝っていたけど、あれが無いと悲惨だろうな。子育ては大変だと他人事ながら同情してしまう。




