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P-252 子育ては大変だ


 出漁の朝はタツミちゃんにハンモックを揺すられて起こされた。

 寝ぼけ頭で揺れるハンモック時から体を起こしたから、くるりとハンモックが回転して床に落ちてしまった。

 顔を敷物に打ち付けた痛みで目が覚めたんだよなぁ。

 目を丸くしてタツミちゃんが驚いていたけど、苦笑いを浮かべながら頭を掻いて誤魔かした。


「もう出発なのかい?」

「朝食が出来たんで起こしたにゃ。どこも痛くないのかにゃ?」


 大丈夫だと首を振って甲板に出る。先ずは顔を洗おう。

 朝食は刻んだ野菜が入った炊き込みご飯だ。ご飯に酸味の付いたスープを掛けて頂く。

 行儀が悪いのは自覚しているんだけど、これが一番美味いんだよなぁ。昼食時には炊き込みご飯に魚の燻製の身を解した物を混ぜて炒めるんだけど、これもスープを掛けると美味しく頂ける。

 女性はそんなことはしないようだけど、焚火を囲んだ仲間の間では俺のような食べ方をしているのが大部分らしい。


「旗は黄色に白だと言ってたよ」

「もう掲げてあるにゃ。まだ筆頭のカタマランが動かないから、今の内にご飯を食べるにゃ」


 沖に見える船団が掲げているのは白い旗だけのようだ。

 俺達より少し上の連中らしいんだが、彼らは何処に向かうんだろう?

 出漁日が同じなら、弧等する日も同じになりそうだな。

 そうなると漁果を互いに比べるに違いないから、俺も頑張らないと……。


 最初の操船はエメルちゃんが担当だ。タツミちゃんは籠の中に入ったマナミに朝食を食べさせている。

 俺達と同じご飯をココナッツジュースで煮て柔らかくした物らしい。

 歯が何本か出てきたらしいけど、噛めるのはもう少し先だとトーレさんが言っていた。

 同じ食事ができるなら、タツミちゃん達も少しは楽になるに違いない。

 だけど、今度はエメルちゃんが産むことになるからなぁ。しばらくは皆で子育てが続きそうだ。


「錨を上げて、もやいを解いて欲しいにゃ!」

「了解だ!」


 船尾のベンチに腰を下ろしてパイプを楽しんでいたんだが、操船櫓の窓から顔を出したエメルちゃんに片手を上げて腰を上げる。

 さて先ずは舫から解こう。

 桟橋に下りると、桟橋の柱に結んだロープを解いて、最後に船首に飛び乗る。

 ロープを引き上げるんだが、最後は大きな石を持ちあげることになるんだよなぁ。

 舳先のローラーを使って上がってきた錨を『よいしょ!』と声を出して船首の木枠の中に置いた。

 終わったところで操船櫓に顔を向けて腕を振ると、エメルちゃんが頷くのが見えた。

 ゆっくりとカタマランが後退していく。

 桟橋から水平方向にも移動しているのは、バウスラスターのおかげだな。

 屋形の船首側扉を開けて屋形の中を通って後部甲板に移動する。

 タツミちゃんとマナミを入れた籠は台所の反対側に移動していた。

 そこなら上にタープが張ってあるから強い日差しも無いし、航海時には風を受けて涼しく過ごせるに違いない。


「おしっこは済ませたから、マナミを見ていて欲しいにゃ」

「良いよ。暇だから疑似餌を作ろうと思っていたんだけど、マナミをお守りしながらでもできるからね」


 オラクルの入り江は西に長いからなぁ。

 船団が縦一列に並んで進むことになるから、カタマラン同士の前後の間隔だけでなく、左右にも注意しないといけない。

 エメルちゃんだけに苦労させるのは……、ということなんだろう。

 この間喜んでくれたグンテの人形を作り、マナミに手渡すと笑みを浮かべて受け取ってくれた。

 やはり簡単な人形を作ってあげよう。

 胴体に手足と頭を付けて、尻尾を付ければネコ族の人形になるはずだ。

 顔に目と口を描けば、マナミも気にいてくれるに違いない。

 メモ用紙を取り出して簡単なスケッチと作り方を書き込んだ。島に戻ったらトーレさんに相談してみよう。


 マナミが人形相手に話しかけているのは、何時も抱っこしてくれるトーレさんやサディさんの真似をしてるのかな?

 マナミが一人遊びをしている間に、ベンチの上板を開いて疑似餌の材料を取り出す。

 使うのは、鳥の羽だ。

 極採色の羽根もあるんだよなぁ。これを魚と間違えて食いつくんだから、魚は動く物ならなんにでも食いつくのかもしれない。

 手の平程の大きさの釣針は軸が少し長い。この軸の上部に先ずは位置を巻き付けて、防水塗料でしっかりと止める。

 ハリスを通す丸い輪と巻き付けた糸の間隔が1cmほど空くので、そこに羽根の軸を1本ずつ位置に巻き付けるようにして止めて行く。

 羽根の長い物は30cmほどもあるんだが、これは左右に2本にして、後は20cmほどの長さの羽をどんどん巻き付けて行く。

 出来上がった疑似餌は軸の上部が1cmほどの縁さになってしまった。最後に軸に付け根に接着剤代わりの防水塗料を塗って完成だ。

 これに食いつくのかなぁ……。

 ちょっと自信が無くなってきた。場合によっては、カマルを釣針に刺しても良さそうに思える。

 姿勢を保つには……、針の軸に鉛の錘を付けてみるか。

 生餌用の釣針をどうにかこしらえたところで、道具と材料を片付ける。

 マナミのいる籠を見ると、俺の仕事を見ていたようだな。

 手を出すと、俺の手をしっかりと握って来るんだよね。


 マナミと遊んでいると、ヒョイとタツミちゃんが籠の中から抱き上げてしまった。

 母さんが抱いてくれるのが嬉しんだろう。マナミの笑顔が俺といる時とは違うんだよなぁ。

 この間にと、船尾のベンチに移動して、パイプに火を点けて一服を楽しむことにした。


「昼食を簡単に作るにゃ。籠を見ていて欲しいにゃ」

「ここから見ているよ。その人形で結構遊んでいるんだよなぁ。もう少しまともな人形を考えてるんだけどね」


「商船の棚にいくつか並んでいるんだけど、誰も眺めているだけにゃ。買ってあげたいとは思ってるに違いないにゃ」


 売っているなら買うことも可能だろうけど、誰も買わないというのがちょっとかわいそうでもある。

「どうやって、作るにゃ!」なんてトーレさんが俺の作ったグンテ人形をしばらく眺めていたぐらいだから、潜在的な要望はあるんだろうけどなぁ。

 船が小さいから余分な品は持ちたくないということなんだろう。それに人形遊びは女の子の一時的な物なのかもしれない。そうなると、人形は屋形の中の荷物になるしかないからなぁ。

 ネコ族の人達は、普段着ぐらいは自分で作るようだ。タツミちゃん達も漁をする時に着るワンピースのような服は自作だからね。端布を大事に袋に入れているのは、つぎあてや雑巾を作るためだろう。あれを使えば小さな人形は出来るだろう。

 タツミちゃん達に話すと「必要ない!」と言われそうだから、やはりトーレさんに頼むのが一番だな。


 昼食が出来上がるまで、マナミの相手をして過ごす。

 2番目は、カヌイのお婆さんが妹だと予言しているんだよなぁ。生まれる頃にはマナミも籠から出られるだろう。妹のお守りが出来るようになれば、航海途中での漁具の手入れも昔のようにできるだろう。

 待てよ……、マーリルの漁期は雨期の終わりと教えて貰ったけど、そうなると生まれたばかりの子供を連れていくことになりそうだ。

 大丈夫かな? カルダスさんが同行してくれると言っているけど、嫁さん達に反対されそうにも思えるんだよね。

 その時には、1年ずらして漁に出掛けよう。

 必ずしも釣れる魚ではないだろうからね。


オラクルを出て2日目の夕刻に目的の漁場に到着する。

 素潜り漁ではあるんだが夜は釣をすることになるから、船団を解く笛の音が聞こえるとカタマランが漁場に散っていく。

 操船櫓でタツミちゃん達がゆっくりとカタマランを進めながら、海の色を確認しているようだ。

 サンゴの穴は無いんだが、海底に東西に延びた深い溝を見極めているんだろう。投錨した周辺での漁になるから、素潜り漁でカタマランを泊める位置はかなり重要になる。


 急に操船櫓からタツミちゃんが降りてきた。

 どうやら場所を決めたらしい。マナミのお守りをタツミちゃんに引き継いで、屋形の中を通って船首に向かう。


「ここにするにゃ! 錨を下ろして欲しいにゃ」

 

 俺の姿を見て、操船櫓の上からエメルちゃんが声を上げた。

 片手を上げてエメルちゃんに応えると、低い木の枠で囲った中に納めてある錨を放り込んだ。

 スルスルとロープが延びて行く。

 1YDごとに目印の糸を巻いているから、おおよその水深を知ることが出来る。

 目印が4つ海の中に入って、5つ目の半分ほどが出ているから水深は4m程になる。

 ロープに余裕を取って、しっかりと舳先に設けた金具に巻き付けたから潮の満ち干や海流が変化しても、この位置を保てるだろう。

 作業が終わったところで、操船櫓に向かって大きく片手を上げる。

 俺を実地見ていたエメルちゃんが頷いたのを確認して、船尾の甲板に戻ることにした。


「溝の幅が広いにゃ。大きいのがいるかもしれないにゃ」

「そりゃあ、楽しみだ。先ずは銛を使ってみるよ」


 タツミちゃんが抱いていたマイネを受け取って、ベンチに腰を下ろす。

 エメルちゃんも操船櫓から降りてきたから、2人で夕食の準備ということだな。

 マナミが握っていたグンテ人形に片手を入れる。

 親指と小指が丁度腕になるんだよね。中指と人差し指を動かすと人形の頭が動く。

 子供会のボランティアに参加した時に教えて貰った指人形だけど、こんなところでも役立つとは思わなかったな。

 さっきまで抱いていた人形が、お辞儀をしたり手を振ったりするからマイネが目を丸くしてみてるんだよなぁ。


「ずっとマイネが持ってるにゃ。そうやって動かすと生きてるみたいにゃ」

「作るのは簡単なんだ。後で教えてあげるよ。マイネが気に入っているけど、小さな女の子なら欲しがるかもしれないな」


「後で、目と口を書いてあげるにゃ。グンテはたくさんあるにゃ」


 1つぐらいはマイネに上げても良いということかな? 飽きたら、グンテに直ぐに戻せるから無駄にはならないはずだ。


 夕暮れが迫る中、ランタンを準備した所で夕食を頂く。

 強い日差しが無くなるだけで、涼しく感じるんだよなぁ。

 とはいえ気温は30度近いことは間違いない。

 スパイスの聞いたスープとバナナが入ったご飯。おかずは焼いた燻製だった。

 食事が終わると、干した杏を食べながらココナッツジュースを飲む。

 マイネを食事の終わったエメルちゃんが受取、俺達より遅れてタツミちゃんが食べ始めた。

 もう少し大きくなれば、皆が一緒に食べられるんだろうけどねぇ。

 次の子供も生まれるから、しばらくは時間をずらした食事が続きそうだな。


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