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P-245 マーリルの漁場


 オラクルに戻らずに、サイカ士族の島からトウハ氏族の島に向かう。

 カタマランを西に向かって昼夜3日間走らせる距離だ。

 

 突然訪れた俺達だけど、この船は目立つからなぁ。

 直ぐに長老たちに連絡が行ったらしく、動力付きのザバンが俺達を桟橋に案内してくれた。

桟橋に船を泊めると、ガリムさんと年代が同じぐらいに見える男性が船にやってきた。


「シドラ士族のナギサさんですね。長老がお待ちです」

「個人的な話に来ただけなんだ。長老が会ってくれることに感謝したいよ」


 船をタツミちゃん達に任せて、男性の後に着いて桟橋を歩く。

 ここが長くアオイさん達が暮らした島なんだよなぁ。大きさからすれば、現在サイカ氏族が暮らす島より遥かに大きいけど、2倍は無さそうだ。

 島の北に小さな滝が見えるけど、オラクルだっていずれは今のせせらぎが小川になるんじゃないかな。


 砂浜を横切り高台へ階段を上ると広場があった。その北側にあるのがトウハ氏族の長老達が住む小屋だ。

 その中の一番大きなログハウスに案内して貰うと、トウハ氏族の漁師達が長老と囲炉裏を挟んで座っていた。


「お久ぶりです。トウハ氏族の長老に教えを頂きたくやってまいりました」


 教えを受けるという言葉に、漁師達がちょっと驚いた顔を割いて俺に視線を向けてきた。

 ニライカナイの5つの氏族からそれなりの評価を得ている人物と言う感じに思われているからなぁ。

 今でも周囲の皆から、いろいろと教えを受けている人物なんだけど、どうも噂が一人歩きしているようだ。


「久しいのう。ナギサ殿なら何時でも歓迎するぞ。だが、ワシ等に教えられることがあるのかと考えてしまう。

オラクルで米ができたと聞いた時には驚いたものじゃが、我等の島でも可能じゃろうか?」

「沼地を作れれば米を作ることはできます。面積当たりの収穫量はかなりのものではあるんですが、何と言っても島ですからねぇ……」


 水源が一番の問題だろう。水源と水捌けの良い沼地……。それが出来るなら米作りは可能だ。

 だが収穫後の手間も半端じゃない。結構手が掛かるんだよなぁ。


 米作りの概要を説明すると、長老達が顔を見合わせている。この島では出来たとしても20m四方の田圃が2つか3つだろう。


「なるほどのう……。大陸で作られているのは川があるからじゃろうな。ナギサ殿は貯水池を作ったということじゃが、さすがにこの島では出来かねる話じゃ」

「雨季を利用すれば、小さなものは作れそうじゃが、その後の手間が問題じゃ。我等は米を食べておるが、米とするまでにやるべきことがそれほどあるとは思わなんだ……」


「まだまだいろいろと試験をしたいところです。我等の住むニライカナイは千の島とも呼ばれていると聞きました。大きな島が他にもあると思っています」

「まだ見ぬ大きな島ということか……。米作りができれば大陸との付き合いも減らせると思うておったが……」


 ん! それはちょっと問題発言だな。

 大陸とは適度な付き合いを続けるべきだ。鎖国はニライカナイを停滞させてしまうだろうし、何と言っても競りに出せば魔石を買い込んでくれるんだからね。


「俺個人としては、大陸との付き合いは現状を維持したいところです。米作りは大陸の過度な要求に備えるためであって、大陸から離れることを目的にしてはおりません。いくら大きな島を見つけても米作りは限度があります。ニライカナイ全体に供給することなど不可能と考えています」


「かつてはバナナに米粒が付くような食事をしていたと代々の長老が話してくれた。ナギサは大陸が我等との交渉をする際に米を断つことを考えているということじゃな。その時には昔に戻ればよいか……。たまに米を食えるということは、交渉を有利に進められるということになるのう。軍船を出すなら我等の砲船を出せばよい。そんな力攻めだけではないということじゃな……」


 中央の長老が俺に目を細めて呟いた。


「交渉の手数は多い方が良いでしょう。大陸の水の神殿は我等に好意的ですが、海沿いの大陸の中には我等を下に見る者もおります」

「アオイ殿が王国と付き合うのは骨が折れると言うておったらしい。世の中は中々思い通りにならんのう。とはいえ話し合いというのはカードと呼ぶ腹案が多いほど良いらしい。この歳でようやく理解できるようになったが、アオイ殿は青年時代からそれが分かっていたようじゃ。お主がアオイ殿に似ているとシドラ氏族の長老が言うておったが、その通りじゃな。アオイ殿はトウハ氏族の人物じゃが、シドラ氏族はトウハ氏族から分かれた者達が主流じゃ。ワシ等氏族とは兄弟のようなものじゃ」


 俺を通してかつてのアオイさんを思い浮かべているのかな?

 懐かしそうに、それでいて我が子を見つめるような優しい目で俺を見つめている。


「実は、1つ教えて頂きたいことがあるのですが……」

「龍神を背に持つ人物にワシ等が教えることなど無いように思えるのじゃが?」

「マーリルを釣ってみたいと考えています!」


 俺の言葉に、ログハウスの中にいた連中が一斉に顔を俺に向けてきた。

 バゼルさんの話を聞く限り、マーリルをアオイさん達はたくさん島に運んできたらしい。釣るだけでなく銛でも仕留めたというんだから、漁師としての腕はかなり高かったに違いない。

 さすがに銛で突こうなんて野望は持っていないけど、トローリングなら運さえ良ければ何とかなるんじゃないかな。

 

「ほう……、マーリルとな。アオイ様やアキロン様の時代には、トウハ氏族とナンタ氏族の若者達が腕を競ったらしい。ニライカナイの良き時代だったに違いない」

「いつしかマーリルを追う若者がいなくなって久しいのう……。ワシ等も、引き釣りは散々したが、さすがにマーリルを狙おうとはせんかった。自分の腕が劣るとは思わなんだが、さすがにマーリルとなると……」


 そう言った長老の1人がトウハ氏族の漁師達の座っている後ろを指差した。

 あれは……。

1.5mほどもある巨大なカジキの吻だ。3つあるけど、記念品ということなんだろう。その下に2つの銛があるけど、銛先だけだ。あの銛先を見る限り、柄の長さは3mを越えてるんじゃないかな?


「あの銛は?」

「アオイ殿が使ったものじゃ。一番上の吻と一番下が、アオイ殿の獲物じゃな。真ん中はナギサ様と腕を競った当時の筆頭漁師が釣り上げたものじゃ。それを思えば、ワシ等にもマーリルを釣り上げることは出来たのじゃろうが……」


 何時でも釣れるわけでは無いらしい。

 俺達は漁をして暮らしているんだから、1匹の獲物を何日も掛けて釣り上げるというのも考えてしまう。

 残念そうに話してくれている長老達も、俺の今の思いと同じなんだろう。

 マーリルは漁師の獲物と考えるのはやはり無理がある。だけどバゼルさん達は俺には出来ると思い込んでいるんだよなぁ。

 豊漁続きだし、魔石の売り上げだって潤沢だ。

 やはり1度はマーリルを狙って出掛けてみれば、周りも納得してくれるだろう。トウハ氏族の長老の話を聞く限り、しばらくは誰もマーリルを狙っていないらしいから、上手く行けばカタマランの甲板に引き上げられなくとも針掛かりさせることぐらいは出来るかもしれない。


「すると、雨季の終わりのリードル漁前が狙い目ということですか? 目標は鳥の群れ、ということですね?」

「さようじゃ。場所はトウハ氏族のこの島より北東に3日の距離になるぞ。海図を持ってまいれ! ……ここじゃ! この場所であの大物をナギサ様が釣り上げた。疑似餌に食らいついて半日程ザバンを引き回したそうじゃぞ」


 それって、釣るか釣られるかってことだよなぁ。

 よくも釣り上げたものだと感心してしまう。


「あの一番下の銛が、止めを刺した銛じゃ。大陸の軍人が使う長剣を叩いて銛にしたと聞いたぞ」

「鉄ではなく鋼ということなんでしょう。なるほど良く分かりました。さすがはアオイさんですね。しっかりと準備して漁に出たに違いありません」

「まあ、準備は妻であるナツミ様の考えがあってじゃろうな。それほど海を知り尽くしておったようじゃ。トウハ氏族の伝説の操船の腕を持つ位じゃからなぁ……」


 誰もが尻込みするようなサンゴ礁を最大船速で右に左に舵を取って踏破したらしい。今では簡単に通れるようにサンゴ礁を切り開いた海路があるそうだ。

 その海路を作るために神亀を呼び寄せて協力して貰ったということだけど、ほんとかなぁ? 何となく色々と脚色されている気がするんだよなぁ……。


「トウハ氏族に2度も聖痕の持ち主が身を寄せてくれた。さすがに3度は無かったようじゃな。だが、ニライカナイの名のもとに我等ネコ族は1つの国を作っておる。そういう意味では我等の元に3度目の龍神様の使いがやって来たと言ことになるじゃろうな」

「背中のアザがそのような意味を持つとは思いませんでした。小さな頃に大けがを割いた名残ぐらいに考えていましたので」


「まごうことなく聖姿じゃ。ナギサ殿の子供にも同じように背に聖姿を持っておったが、彼の子孫はいないのじゃ。子供が出来なかったようじゃな。亡くなった時には妻が彼の遺骸を抱いて海に戻って行ったそうじゃ」


 それほど昔の事では無いんだろうが、本当なんだろうか? 確か前にも聞いたことがあるんだよなぁ。


「もしマーリルが釣れたなら、さすがにシドラ氏族の島に運ぶのは無理じゃろう。トウハ氏族のこの島に運んで来れば良い。トウハ氏族の若者達にマーリルを見せてやって欲しいぞ」

「そうですね……。保冷庫に数日はさすがに無理がありそうです」


 とは言ったものの、本当に釣れるかなぁ。

 ナギサさん達も苦労したようだから、俺には無理かもしれない。

 でも、トウハ氏族の長老が笑みを浮かべて俺を見てるんだよなぁ。釣れると信じているのだろうけど、俺にそこまでの腕があると見てくれているのだろうか。


 前祝いだと言って、ココナッツ酒を皆で頂くことになってしまった。

 トウハ氏族から、一緒に行く者がいるかどうか確認してみると長老が苦笑いを浮かべている。

 やはり、マーリルは行けば確実に釣れるものでは無いらしい。

 そんな趣味みたいな漁をするのは、若者には難しいのだろう。

 妻を貰う為、カタマランを新調するため、子供を養うため……。若い時には色々と物入りだからなぁ。

 俺も上級魔石を得ることが出来ないなら、マーリルを狙おうなんて考えは持たなかっただろう。

 だけど条件が揃っているなら、1度は試したいものだ。

 長老の話では1家族で釣り上げるのは無理だということだったから、やはりバゼルさん達に手伝ってもらうことになりそうだ。

 男3人なら、針掛かりすればなんとかなるんじゃないか?

 例え失敗したとしても、バゼルさん達が一緒ならシドラ氏族内で陰口をたたかれることも無いだろう。

 

 このまま飲み続けていると、明日は出航できそうにない。

 2杯目を飲み終えたところで、長老にお礼を言って別れを告げる。


「何時でも立ち寄り下され。シドラ氏族は我等トウハ氏族の分家のようなもの。同じトウハ氏族の血が続いておるのじゃからな」

「ありがとうございます。俺達の長老にもよろしく伝えます」


 笑みを浮かべてうんうんと頷いてくれた。

 長老と言うぐらいだから老人なんだろう。さすがに漁をすることは出来ないが、若手の助言は出来る。

 俺に助言できたということが、一番嬉しいのかもしれないな。

 出口で再度頭を下げると、俺達のカタマランに向かって足を進める。


 トウミ氏族の島は、大きな湾が砂浜を作っている。

 たくさんある桟橋には、かなりの数のカタマランが止まっているようだ。既に日が暮れかかっているから、カタマランの後部乾板にはランタンが点けられ、気の置けない友人達と酒を飲む姿も見える。

 どの氏族も変わりないな。早めにオラクルに帰ってガリムさん達と酒を酌み交わしたいところだ。


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