P-243 期待が大きすぎるんだよなぁ
米の収穫を皆で祝う宴会から1か月ほどが過ぎすと、そろそろ乾季明けのリードル漁の準備が始まる。
ココナッツや焚き木を集めながら漁をするのだが、ガリムさん達と一緒の漁は結構楽しいものだった。
1日程カタマランを進めて、広い漁場での素潜り漁はたまにフルンネの群れがやってくる。
数隻の船団でフルンネが10匹以上獲れるんだから、いつもカルダスさんが笑みを浮かべているぐらいだ。
「たまに他の船団にナギサを含めねぇと文句が出そうだな。次はエルント爺さんの船団に付いて行ってくれんか?」
カルダスさんの言葉に首を傾げていると、トーレさんが1つ北に留めてあるカタマランに腕を伸ばして教えてくれた。
「メネラ姉さんがいる船にゃ。バゼルに嫁いだころ世話になったにゃ。でも、そろそろ素潜りは引退する歳だと思うにゃ」
「本人の前で、言うんじゃねえぞ。今でも俺達より腕が上だと思ってるんだからなぁ。まあ、元気な爺さんであることは間違いねぇんだが」
たまには他の氏族の人達と漁をするのもおもしろそうだ。でも漁師引退が目の前の人達とはなあ……。
「ナギサと一緒に素潜りが出来るなら、爺さん達も思い残すことはねぇだろう。雨季からは甲板での釣りをすれば十分だ。素潜りは結構体力を使うからなぁ」
漁師筆頭としての思いやりということかな?
バゼルさん達の話では、聖痕を持つ漁師は同じ氏族だけでなく、他の氏族の漁師達とも漁をすることがあるらしい。
その筆頭はカイトさんだったということだ。
「マナミがもう少し大きくなったなら、他の氏族を訪問することだな。ナギサの名は長老会議を通して他の氏族に知れ渡っているはずだ。どこに行っても歓迎してくれるだろうし、他の氏族の住民にとってもどのような人物がニライカナイの舵を取っているのか知りたいはずだ」
「舵を握っているのは長老達ですよ」
「相談相手になっているんだろうが? 長老が判断をためらう時に役立ってるなら、立派に舵を取っていると思うんだがなぁ」
2人ともすっかり酔っているんじゃないか?
船尾のベンチで一服していたら、バゼルさんに呼ばれてここに来たのが間違いだったかもしれない。
カルダスさんや同年代の男達が集まって酒宴が始まってしまった。
様子を見に来たエメルちゃんは俺達を見て首を振ると帰ってしまったし、トーレさん達もいつの間にか消えていた。
「確かにその方が良いかもしれん。1度他の氏族を巡ってはいるようだが、あれはだいぶ前の話だからなぁ」
「ついでに漁場を探してこい。大型船団はこの近くまで来ないようだ。となるとホクチとナンタ氏族の東が狙い目じゃねぇのか?」
「待て! トウハ氏族の北東には確かマーリルが釣れるんじゃなかったか?」
「今でもトウハ氏族の若者が挑戦しているようだが、さすがにアオイ様が釣り上げたマーリルには及ばんようだぞ……」
全員の視線が俺に向けられた。
まさか、釣ってこいなんて言うんじゃないだろうな。
ガリムさん達に聞いた話を聞く限り、マーリルはカジキマグロそのものだ。広い海域にたまに紛れ込んでくるらしいのだが……。
「ナギサなら魔石だけで十分に家族を養えるだろう。なら、氏族の名を上げる努力も必要に思えるのだがなぁ……」
「ガリムさん達から、おおよその話を聞いたことがあります。アオイさんが銛と釣りの両方でマーリルを獲ったことは漁師たちの中では有名な話らしいですね」
その逸話を俺が知っていると知って、バゼルさんとカルダスさんがニヤリと笑みを交わしている。
「ある意味、ハリオ以上の尊敬を集めるだろう。それにだ。ニライカナイの明日を考える若者がマーリルに挑戦しないというのもなぁ……」
バゼルさんの言葉に、男達が頷くんだからなぁ……。
どんどん外堀が埋まっていく。
だが、マーリルをどうやって釣るのか、そもそもそんな釣りは確かトローリングで行うんじゃなかったか?
カリブ海で大きな魚と死闘を行った老人の小説は俺も呼んだことがあるけど、あれは小説であって事実ではないと思うんだけどなぁ……。
だけど……、それほどの大物がいるのであれば、挑戦するのは漁師である俺達の1つの目標に違いない。
「なにを考えているんだ?」
無口になってココナッツ酒を飲んでいた俺に、笑みを浮かべたガリムさんが問いかけてきた。
「いや……、どうやって釣ろうかと……」
俺の言葉に、周囲から大きな歓声が上がる。
それだけ期待しているってことなんだろうか?
「やってみろ。アオイ様でも何匹か釣り上げただけだ。カイト様はマーリルの存在を知らなかったようだな」
「マーリルが釣れる海域は、明日にでも俺が長老から聞いてきてやろう。確かマーリルがやってくる時期は決まっているらしいから、それもだ」
行かないわけにはいかなくなってしまった。
ダメ元で行くしかないだろう。そう簡単に釣れるとも思えないけど、マーリルを狙うということが重要かもしれない。
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2日後に、初老の漁師達の操るカタマランの後について漁に出掛けることになった。
どう見ても彼らからすれば孫に近い俺達なんだが、いろいろと漁について教えてくれるのがありがたい。
漁の合間に島で行う宴会では、タツミちゃん達も小母さん達に料理をいろいろと教えて貰っているみたいだ。
マナミも砂浜を歩けないくらいに、いつもどこかの小母さんに抱かれているんだよなぁ。
俺はと言うと、お爺さんというには少し早い男達と焚火を囲んで漁の話を聞かされている。
漁が上手く行った話よりも失敗談の方が多いんだけど、それは貴重な経験に違いない。
じっと耳を傾けている俺に、気を良くしたのか次々と話を披露してくれる。
とはいえそんな失敗ばかりをしてたら、嫁さん達がさぞかし苦労したのだろうと、ちょっと嫁さん達が気の毒になってきた。
「……とまぁ、そんな話だ。漁を行う際には、必ずアンカーを投げ込んでおくことがいかに大事かということだな。あの時は、嫁さんがザバンでカタマランを追いかけて行ったんだよなぁ」
「それはお前さんのウッカリだが、たまにアンカーのロープが切れることだってあるんだ。毎日とは言わんがアンカーや船に備えられているロープは確認することだな」
俺は1度もやってないんだよなぁ。アンカーのロープが痛む前に漁船を変えていたということなんだろう。
「そうですね……。言われてみればその通りで、やってなかったことも確かです。今後は気を付けて船を見ることにします」
俺の言葉に、うんうんと皆が頷いている。
年長者の言うことは素直に聞くべきだろう。それは長い経験に基づく忠告なんだからね。
「だが、爺さん連中から聞いた船と一緒に漁をすることになるとは思わんかったなぁ。海上を浮かぶ船だということだが、何度かそれを見て爺さんの言葉が俺をからかったものじゃないと分かったぐらいだ」
「俺達の爺さんが見たわけじゃないだろうが、爺さんの親父達は確かに見たに違いねぇな。俺達も孫に話をするんだろうが、孫達がそれを子供達に話す時には俺達と同じ心境だろうな」
ある意味、都市伝説化してしまうということなんだろうか?
でも、これで2度目の出来事になるんだからある程度の信憑性を持たせることもできると思うんだけどね。
この世界は魔法が使えるから科学技術は発達しないようだ。カイトさんが作ったスクリュー推進、アオイさん達が作った水中翼船と水流噴射推進……。今はドワーフ族に伝えられているようだけど、それを拡大したものはできていないようだ。
これまで俺がこの世界に科学技術を与えたことはなかったけど、それは俺がそんな技術を知らないだけだからね。
知っていることと、それを作ることには大きな差があることは理解しているつもりだ。
漁場に着くと、爺さんとも思えないほど素潜りで魚を突いている。
そんな旦那さんの獲物を回収してカタマランに運ぶ小母さん達を、タツミちゃんと一緒にザバンから眺めながら感心してしまう。
「ナギサも頑張らないと……」
「そうだね。今夜の宴会で笑いものにされそうだ」
再び水中銃を握って海に潜る。
この漁場はブラドが沢山いる。それに型も良い。
その中に小さな群れを作っているのがバルタックだ。俺はそれを狙って群れを探す。
「全てバルタックってことか! さすがは聖姿を背中に持つだけのことはあるなぁ」
「爺さんは何匹突いたんだ?」
「バルタックは見たんだが……、近づくと逃げてしまうからなぁ。全てブラドだがこれぐらいの奴ばかりだぞ。数は17だ」
両手を広げて大きさを誇っているけど、それだと60㎝を越えているんじゃないか? そんなブラドはいなかったんだけどなぁ。
酒が入っているから、過大な自己評価ってやつだろう。
他の爺さん連中も笑みを浮かべて、数を褒めているからね。大きさについては誰も信用してないようだ。
「聖痕を持つ者と一緒に漁をすると不漁が無いとは聞いたことがあるが、ナギサと一緒なら確かにいつもの漁よりも数が出るなぁ。俺も15を突いたぞ。これぐらいの奴だ」
ここでも両手で大きさを示してるんだけど、さっきの爺さんよりも大きいぞ。
このまま聞いていると、その内にフルンネを超える大きなブラドを突いた爺さんが出てきそうだ。
そんな自慢話を、ココナッツ酒を飲みかわしながら聞くのもおもしろい。
初めて一緒に漁をするんだけど、仲間外れにはならないからなぁ。
もっとも、もっと飲めと酒を進められるのが唯一の困り事だ。
俺を酔わせて、明日は俺を抜きんでようなんて考えているのかもしれない。
ちょっとした悪戯とも思えるけど、そうは問屋が卸さないぞ。
爺さん達と一緒の5日間の漁を終えてオラクルに帰島する。
来るときよりも船足が速いのは、それだけ漁の成果が満足できたからなんだろう。
最終日の夜には、シメノンの大きな群れがやって来たからなぁ。俺達だけでも30は上げたんだが、爺さん達もかなりの漁果を上げたに違いない。
次はリードル漁になる。
まとまった数の魔石を目当てにサイカ氏族の暮らす島に商船がやってくるから、マーリル漁に使う道具を手に入れてみるか。
釣れるとは思わないけど、ダメ元という言葉もある。
それに1度漁に向かえば、バゼルさん達の思いもかなえられるに違いない。
「見えてきたにゃ! ロウソク岩にゃ」
操船櫓の後ろからエメルちゃんが顔を出して教えてくれた。
屋形からタツミちゃんが娘を抱いて出てくると、俺にヒョイと渡してくれた。
俺の顔をジッとみてるけど、泣き出さないよな?
トントンと梯子を上っていくタツミちゃんは、そんな心配をしてないに違いない。
膝に娘を乗せて、近づく桟橋を眺めることにした。
バゼルさん達の船が見えるから、桟橋に着くより先にトーレさんにマナミを回収されそうだな。
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暑くなると、この物語を書きたくなります。
しばらく休んでましたが、もうしばらくお付き合いください。
改めて、読んでみたら誤字がもの凄いですね。
これは物語が終わった後に、ゆっくりと手直しをしていくつもりです。




