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P-236 収穫前の準備


「これぐらい積めば十分なんじゃないか?」

「そうですね。俺達のカタマランにだって肥料袋3つ分の砂を乗せてるんですから」


 ガリムさんの言葉に、うんうんと頷いた。

 ガリムさん達に混じって、3日間の砂運びを現在進行中だ。台船を俺のカタマランで曳いてきたんだが、その台船には砂を入れた大きなカゴが20個近く積み上げられている。

 帰りの船足は遅くなりそうだが、今日の内には帰れるだろう。


「ついでにココナッツをたっぷりと集めたからな。明後日からの漁が楽しみだ」

「今夜の集会で使い切らないでくれよ」

 

 仲間からの声に皆が笑い声をあげる。

 さてそろそろ出発するのかな? ガリムさんが俺達を眺めて頷いている。


「そろそろ出かけるぞ。今夜は浜で宴会だからな!」

「「オォウ!」」


 ガリムさんの声の大声で答えた俺達は、各々のカタマランに乗り込んでいく。

 ガリムさんのカタマランを先頭に、10隻近くのカタマランが船団を組んでオラクルへと向かった。最後尾は台船を曳く俺のカタマランだ。

 やはり船足が遅く感じるのか、エメルちゃんがしきりに台船を気にしている。

 トラブルに備えて右側を並走しているカタマランを、カゴの中からマナミがじっと見てるんだよなぁ。

 たまに笑みを浮かべて手を振っているのは、向こうの甲板からこちらに手を振る子供の姿を見ているからなんだろう。

 雨季になったら、俺の隣に座れるようになるかもしれないな。だいぶ足腰がしっかりしてきたからね。


 オラクルに戻ると、背負いカゴに砂袋を入れて、浜の北に運ぶ。

 そこには大きな砂山ができていたから、その端に沿いカゴの砂を積み重ねる。


「だいぶ運ばれてきたな。親父達が潮の流れを確認したみたいなんだ。どうやらこの磯の直ぐ下の方から出ているらしい」

「それで、石組が始まったんだ! だいぶ大きく組んでいるけど、砂浜の左右に潮の流れを変えるってことかな」


 ガリムさんの言葉に、急深になっている浜の端に言って海底を覗く。

 サンゴの破片を重ねるようにした石組みが始まっている。あの上に砂をウミウシからとった接着剤と混ぜた粘土のようなもので固めていくのだろう。

 石の桟橋とは違ってきちんと接着することもないだろうから、それほどかからずに出来上がるんだろうが、将来の砂浜を示した2本の杭はかなり距離があるんだよなぁ。

 200mはないにしても、150mを超えていそうだ。

 子供達がこの砂浜で魚を突く練習をするんだろうから、ある程度の広さがいるということなんだろうけど、そのために運ぶ砂の量はかなり膨大なものになりそうだぞ。

 思わず溜息が漏れる。

 これは稲作以上に手間がかかりそうだ。


 砂運びを終えて、カタマランに戻ると今度は稲の借り入れ後の準備を始める。

 刈り取りやその後の乾燥も乾季なら問題はないだろう。

 あるとすれば、その後の作業だ。

 先ずは脱穀になるんだが、コンバインなどは無いからなぁ。民芸博物館で見た、昔の農具を見よう見まねで作るしかない。

 最初はセンバコキという道具になる。櫛の歯を大きくしたようなものに稲を挟んで強く引けば籾と稲わらに分離できる。

 博物館で見た道具は鉄製だったから、20本ほどの鉄の棒を商船のドワーフ族に作って貰った。

 太い木で三角柱を組んで、その1つの長辺に5mmほどの間隔をあけて鉄の杭を釘で止めて行く。

 

 バゼルさんが船尾のベンチに腰を下ろして俺の作業を面白そうに眺めているんだよなぁ。何となくプレッシャーを感じてしまう。


「ホクチの連中が、それに似た道具で砂の中の貝を取るそうだ。今度は貝を取ろうなんて考えているわけではあるまいな」

「確かに似ていますけど、これは稲から米を得るために必要な道具なんです。これと『トウミ』と呼ぶ物が必要なんですよ。これは『センバコキ』と呼ばれるものです」


「いよいよ米が収穫できるのか! 婆さん連中の話ではだいぶ頭を下げているということだぞ」

「一度見てきます。そうなると早く『トウミ』が欲しいところですが、まだ届かないんですよね」


 風力で籾殻と米を分離する楽器的な代物だが、よくもこんなものを江戸時代に考えたものだと感心してしまう。

 もっとも、中国辺りから伝わって来た技術らしいけどね。

 臼はすでに運ばれて、炭焼き老人達の休憩所に置いてある。

 どうやって使うのかわからないようだけど、追加でもう1つ頼んでおいたから、屑炭を使って練炭を作ることもができるんじゃないかな。

 大きなものはいらないけど、カタマランのカマドでは重宝しそうに思えるんだよなぁ。


「砂を運んできましたけど、上手く潮の流れ出る場所を見つけたみたいですね」

「最初の砂を急に投げ込んだらすぐに分かったぞ。一服している間に、砂が無い場所が帯状に南北に広がっていた。長老に話をして、北と南に潮を導くようにしたのだ」


 片方だけでは砂がどんどん流されてしまうだろうが、砂浜の左右に出口を作ればその間の砂の流出は少ないということだろう。

 毎年ある程度は砂を補給することになりそうだが、それほどの量にはならないはずだ。


 出漁のたびに3袋の砂を運ぶ。

 たまに小石を運んで来いと言われたりもするけど、俺達の担当は砂運びがメインのようだ。


 そんなある日のこと、砂山に砂を運び終えた俺達が、ココナッツの木陰で一服をしているところへカルダスさんがやって来た。

 俺達の輪に入ると、パイプを取り出して一服に加わりながら話を始める。


「潮の流れを変えたから、今度はこの辺りの凸凹を少し直してくれ。木槌を3つギョキョーに預けてある。先端が鉄だから、サンゴなら簡単に壊せるはずだ」

「場所は杭の間で良いんだろう? だけど海の中も平らじゃないんじゃないかな?」

「そっちはザネリ達に頼んである。台船を使った砂運びは一時中断しても構わんぞ」

 

 確かに結構凸凹してるんだよねぇ。子供達は走り回るからなぁ。足を引っかけて転んだりしたら怪我しそうだ。端から何度も浜を叩いて平らにしておけばはだしで足を怪我することもないだろう。

 そうなると、箒も必要なんじゃないかな。軽く砂を引いてあるから、その砂を少し書き出して凹凸をはっきりさせておいた方が良いかもしれない。

 竹を細く割って束ねた物でも十分だろう。明日はココナッツを取りに行くと言っていたから、ついでに取ってくれば漁場に向かう暇つぶしにも丁度良さそうだ。


「それにしても、広い範囲になりそうだなぁ。長くかかりそうだぞ」

「俺達の子供が遊べなくとも、孫達は遊べるだろう。これはお爺ちゃんたちが作ったんだと自慢するのも楽しみだ」


 そんな話で盛り上がる俺達に、笑みを浮かべたカルダスさんが帰って行った。

 さて、今度は台船から運んでくるか……。

 砂運びを終えたところで、田圃の稲を見に出掛けた。

 重そうに頭を下げているから、しっかりと実っているに違いない。稲から身を取り出して、中身を確かめる。

 大ぶりな米が入っている。指先で潰すと白い汁がジワッと出てきた。

 これで十分だろう。

 田圃の水門を閉じておけばこの天気だからなぁ。直ぐに他の水が無くなるはずだ。

 収穫するための道具は、全て炭焼きの爺さん達が休憩する小屋の片隅に置いてあるし、おだ掛けをするための竹は明日取りに出掛ければ良いだろう。

 たくさん運んできても、余れば炭焼きのお爺さん達に渡せば竹細工の材料になるはずだ。

              ・

              ・

              ・

「いよいよ米が収穫できるのか!」

「良く育ちました。次の漁から帰ったところで収穫したいと思っていますが、すぐに食べられませんよ。先ずは刈り取った稲を乾燥させなければなりません。そのための道具を作るために明日は竹を取ってきます」


 竹で三脚を作って並べていき、その三脚の間に竹を横にして稲を引っ掛ければ風と太陽で十分に乾燥させられる。

 1週間も乾燥されれば十分だろうが、米粒の状態を見て見ないとそれで良いかどうかもわからないんだよなぁ。

 もっとも、脱穀の後に籾の状態でさらに乾燥させることもできるだろう。

 それは状況次第ということになりそうだ。


「刈り取って、乾燥させる。その後に脱穀を行って再び乾燥……。それで終わりというわけでもないな。今度は臼に入れて突き、表面の籾殻と中身を分離させるの……」

「それが終わるとトウミで米だけを選別します。そうしてできるのが玄米なんですが、俺達が普段食べている米よりは黄色がかっているはずです。再び臼で突いて米津美の表面に着いた糠と呼ばれる部分を取り除きます。そして再びトウミを使って米と糠を分けるんです」


「俺達は商船から何の考えもなく米を買っているが、米とはそれほど手間がかかるものなんだな。長老から米作りに関してはナギサの思い通りにさせるよう言われている。そしてその知識を学ぶように言われたが、何度も経験しないと忘れてしまいそうだ。長老達にはナギサが次の漁から帰ったなら米作りを始めるようだと伝えておこう」


 いつの間にかカルダスさんまでやってきて甲板の端で俺達の話をココナッツ酒を飲みながら聞いていた。


「いよいよ始めるのか? この島の米がどんな味なのか、楽しみでしょうがねぇなぁ」

「全くだ」


 バゼルさんと一緒に飲み始めたけど、俺に勧めないで欲しいところだ。まだ夕食前だからね。ここで酔い潰されたりしたら、夕食が食べられなくなってしまいそうだ。

 田圃の水を止めたことを話しておく。刈入れ時にぬかるんでいると作業が捗らないからなぁ。

 本当はもっと前に留めるべきなんだろうけど、この辺りは南国そのものだ。枯れてしまってはどうしようもない。


「ナギサが漁から帰った時に取り入れをするんだな。長老には話しておこう。まだか、まだかと煩いからなぁ」

 

 それだけ期待しているんだろう。上手くできれば良いんだけどなぁ。


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