P-235 今度は砂浜を作るらしい
翌日は、素潜りで漁をする。
久しぶりの漁だから、先ずは水中銃で獲物を狙うのは予定通りだ。
浅い呼吸を何度かしたところで一気に海底にダイブすると、溝に沿って南西に向かった。
クレパスのような海底は、深い場所では2m近く溝が掘られている。どうしてこのような海底ができたのか不思議に思えるし、そもそもこの辺りのサンゴは大きく育っていないようだ。
その原因は……、あいつだな?
大きなブラドがサンゴを齧っている。ブラドが多いとは言っていたが、餌になるサンゴがここには多いということなんだろう。あまり大きいサンゴは齧りつくのも苦労するのかもしれないな。
そんな中、溝に隠れた大きい奴を見つけた。
ブラドではなさそうだな。前に何度か突いたケオという魚に違いない。結構美味しかったから、先ずはあいつを突こう。
水中銃を左手に持って前に伸ばし、ゆっくりと近づいていく。
狙いは頭部だ。結構硬い頭なんだが、スピアの先は十分に研いであるし、ゴムの威力も強力だからね。
1mほどに近づいたところで、トリガーを引く。
狙いたがわず頭部にスピアが突き刺さり、ケオが溝の中でもがき始めた。
逃げようとしても、周囲の海水を血で染めているからすぐにおとなしくなってきた。
ヒレを溝に張ってその場に留まろうとするケオを力づくで引きはがして海上に向かう。
シュノーケルから噴き上げる海水を見たのだろう。エメルちゃんの操るザバンがこちらに向かってくるのが見えた。
「大きいケオにゃ! 父さんも驚くにゃ」
「たまたまだよ。結構ブラドが多いね。次はブラドを突いてくるよ」
獲物をザバンに引き渡して、再び溝に沿って獲物を探す。
数匹を突いたところで、ザバンで休憩を取る。
魔道機関の付いたザバンにはアウトリガーが無かったんだが、取り外しが可能な簡単なアウトリガーを付けてある。
海中からザバンに乗り込むのは結構面倒だし、気を付けないとひっくり返ることもあるらしい。
その点アウトリガーに浮きを付ければ腰を下ろしての休憩は簡単にできるし、それなりに安定してるんだよね。
水筒からココナッツの実で作ったカップにお茶を注いでもらい、周囲を見渡しながら休憩をするのは、なんとも満ち足りた気分になれる。
「ケオとバルタックが1匹ずつで、2匹はブラドにゃ。皆大きいにゃ」
「バルタックの群れは小さかったな。夜釣りで結構数が出たから、もっといるかと思ったんだけど」
「フルンネはまだかにゃ?」
エメルちゃんはフルンネが楽しみなんだろうけど、あれは回遊しているからなぁ。
ここで2日間の素潜り漁をするんだから、今日やってこないなら明日はやってくるんじゃないかな。
休憩を終えると、再び海に入る。
昼過ぎまでの漁だから、無理をせずに魚を運んでこよう。
2回目の休憩を終えて何度かザバンに魚を引き渡したところで、今日の素潜り漁を終えることにした。
疲れるまで漁をすることは無茶以外のなにものでもない。
素潜り漁は過酷な肉体労働だ。毎日疲れるまで行うようでは疲労がたまってどんな事故が起きるとも限らない。
素潜り漁の事故となると、死に直結してしまうからね。家族を残して先立つなんてとんでもないことだ。
カタマランに戻ると、タツミちゃんが真鍮のカップに凍ナッツ酒を入れて渡してくれた。
南国でもずっと海に潜っていたから体の冷えを心配してくれたんだろう。
一服しながら、飲んでいると体がだんだん熱くなってくる。
マナミはお昼寝の最中らしい。
2人で獲物を捌いているのを見ながら、のんびりと体を休めよう。
魚を捌くと、タツミちゃん達は昼食の準備を始める。
蒸したバナナを温めるだけだから、昼食というよりオヤツだな。
粽のようにバナナの葉で包んだバナナを受け取り、少し冷めるのをお茶を飲みながら待つことにした。
「昨夜は、シメノンが来なかったにゃ。この辺りなら絶対に来ると思ってたにゃ」
「今夜は期待できそうにゃ。満月だからシメノンが海面に浮かんでくるにゃ」
明りに向かう習性があるってことかな? 確かにカタマランのランタンに集まってくるようにも思えるけど……。
確かイカ釣り漁船はたくさんの電球を船に付けていたはずだ。
シメノンもイカなんだから、同じような性質を持っているのかもしれないな。
新月を過ぎた辺りで、ランタンをたくさんカタマランに搭載したら現れるかもしれない。ダメ元で1度試してみるか。
ランタンは銀貨1枚で4個は買えるはずだ。10個近く吊り下げたら結果が分かるだろう。
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2日間の素潜り漁を終えたところで帰路につく。
フルンネを2匹突いたし、ハリオも1mを超える大物だ。とりあえずは面目を保ったことになるし、夜釣りの方はブラドの数が多かったが、シメノンの群れに昨夜遭遇したからなぁ。十分に銀貨1枚を超えるだろう。
漁の道具の手入れを行い屋形の屋根裏に仕舞い込む。
特にやることが無いから、船尾のベンチでマナミをあやしながらパイプを楽しむことにした。
万が一のこともあるから、左右の舷側には、バゼルさんが作ってくれた簡単な柵を立てて置く。マナミの肩程の高さがあるから超えることはできないだろう。
延縄の目印浮きを転がして遊んでいるから、戻ったら炭焼きの爺さん達に竹でボールを編んでもらおうかな。
表面に紙を張り付けて、防水塗料を塗れば軽くて丈夫なボールができるだろう。
子供達に混じって遊べるようになっても使えるんじゃないかな。
「ちゃんとお守ができるようになったにゃ」
感心したような口調でエメルちゃんがお茶を渡してくれた。
「マナミの1人遊びを見てるだけだからねぇ……。話すようになったら、結構面白いと思うんだけどなぁ」
「女の子だから、ずっと話続けるにゃ。賑やかになるにゃ」
そうなのか? 確かに口では妹に負けていたんだが、それは女性特有の性質ってことなのかもしれないな。
もっとも、無口な女性よりは話好きの女性の方が良いだろう。
俺も無口な方だから、全く会話が成立しないというのも考えてしまう。
途中の島で一泊して、漁場を去ってから2日目の昼過ぎに俺達はオラクルに帰って来た。
マナミを俺とバゼルさんが預かると、タツミちゃん達が背負いカゴに一夜干しを入れてギョキョーへと運んでいく。直ぐに階段を昇って行ったのは集荷場所で燻製用のザルに魚を並べる手伝いをするためだろう。
「ハリオを突いたのか! 確かに群れが入って来たなぁ。俺はフルンネだけだったが、さすがはナギサだ」
ナッツ酒を飲んでいるバゼルさんは機嫌が良さそうだ。
最後の夜のシメノンを20匹以上釣り上げたらしい。それだけでもかなりの金額だろう。
「たまたま良い場所があったということですかね。上手く隠れませんと方向を変えてしまいますから」
「そうだな。それに俺達は長く潜ることができない。だが、突いたことは確かだ。それだけ運を持っているということなんだろう」
「誰の運が良いって?」
桟橋からカルダスさんがカタマランに乗り込んできた。
たまたまカルダスさんの足元に転がって来た浮きをマナミに笑みを浮かべながら手わたすと、頭をゴシゴシと撫でている。
「久しぶりのハリオだ。ナギサが北の漁場で突いてきた」
「確かに運が良いってことだな。あの漁場で突くのは、俺でさえ無理に思えるぞ」
どっかりと甲板にカルダスさんが腰を下ろすのを見て、屋形の前かベンチを持ってくるとカルダスさんに勧める。ついでにココナッツ酒を注いだカップを手渡して、酒の入ったポットを俺達の真ん中に置いておく。
「あそこはブラドと運河良ければシメノンの漁場なんだがな」
「ナギサはそこで、4FMほどのケオとフルンネ、それにハリオまでも突いたぞ。金にならない漁場と評判だったが、案外腕があるならそれなりの漁果を得られる漁場ということになるんだろうな」
「とは言っても、中堅は嫌うだろうな。壮年の連中に教えてやるか」
「腕自慢が多いからな」
そう言って2人が笑い声をあげる。
要するに引退前の漁師たちに教えるってことか? それもなんだかなぁ。昔散々からかわれ続けた恨みでもあるんだろうか?
そんなことでやり返すんだから、困った人達だ。
もっとも、ブラドはそれなりに群れている。不漁で困ることはないだろう。
「しばらく雨が降らないが、泉が湧きだす水の量はかえって増えているようだ。将来は小川になることは間違いないぞ」
「水の心配だけがあったんだが、これで解決ということだな。入り江の中にも小魚が増えているようだが子供達が遊べる渚が無いのが残念だ」
「面倒だが長老が考えていたようだぞ」
カルダスさんが話してくれた内容は、人工の渚作りだ。
桟橋を作ったぐらいだから渚も作れるに違いないということには賛同したいが、かなりの作業量になりそうだ。
「出漁したなら、肥料袋に3袋分の砂を運んでくればその内にできるだろう、と言っていたぞ。その内とはかなり曖昧だが、1年2年で済むような話じゃねぇだろうな。早くても5年、場合によっては俺達が漁を止めるころにどうにか形ができているってことになりそうだ」
確かに短期間で完成させることはできないだろう。肥料袋に3つと言ったら、50㎏にも満たない量だ。10隻で500㎏だから量にすれば500ℓにも満たない。
それでも、オラクル全体で見れば100隻を超えるカタマランがあるからなぁ。1か月で4回出漁するなら、20tほどになる勘定だ。出来ないことはないだろうが、確かに時間が掛るに違いない。
「時間が掛りそうですね。でも始めないといつまで経っても砂浜はできませんからね」
「そういうことだ。俺達が生きている間に砂浜で遊ぶ子供達を見てみたいものだな」
死亡フラグってことはないだろうけど、あまりそんな話をするべきじゃないと思うんだけどなぁ。
とはいえ、マナミだって砂浜を駆け回りたいだろう。
俺も頑張って運んでくるか。
待てよ……。ちょっと気になることがあることも確かだ。
「バゼルさん。この入り江は西に向かって潮流があるんですが、いまだにどこから潮が流れているか分からないんですよね?」
「ああ、それも長老が気にしていたな。だが、砂が流されるようならその場所も分かるはずだと長老が言っていたぞ。潮の湧き出す場所が分かればその場所を岩で囲んで流れを変えることもできるだろうとな」
なるほどね。確かに方法ではある。石の桟橋を作ったような感じで迂回路を作ってやれば良いわけだ。たぶん左右に分ける感じになるんだろうな。
「再び台船が活躍しそうですね」
「大きな台船は分解してしまったが、小さい方は残っている。たまに若者達が薪を運んでくるようだが、俺達も季節ごとに1度は台船で大量の砂を運ぶことになるだろうな」
カルダスさんの言葉は筆頭としての言葉でもある。ある意味俺達への指示事項ということになりそうだ。
気が遠くなるような計画だけど、始めればいつかは終わるだろう。
確かに数年で出来るとは思えないが、ネコ族にしては気の長い計画だ。




