表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
615/654

P-229 脅迫じみてきた


「卿の引退で幕を下ろすことになりそうですね。とはいえ卿の加盟を約定に残せるのですから、伯爵としての矜持は保てるでしょう」


 ん? 先ほどの約定説明は終わったということなんだろうか?

 思わずビルガイネさんに顔を向けると、俺の視線に気が付いて小さく頷いてくれた。


「これは脅迫ではないのか?」

「約定の提案者に長剣を振るった人物の言葉とは思えませんね。まだナギサ殿を下賤と思われているようですが、先ほどの2つの神官の狼狽は聖戦の始まりを憂いた結果ですよ。卿がどのような考えで長剣を抜いたかは存じませんが、ナギサ殿がここに戻らなかった場合は間違いなく、始まったはずです」


「たかが平民1人で3王国が動くとは思えんが……」

「卿がナギサ殿に殺害されても、動くのはネダーランド王国だけでしょう。動くかどうかは微妙ですけどね。ですがナギサ殿がそんな事態になれば、先ほど水の神殿の神官殿が言った通り王侯貴族は極刑に処せられるでしょう。それこそ、一族の老若男女を問わずにです。幼子でさえ神の敵と認定されるのですから生かしておくことなどできぬでしょう」


「それほどの人物がなぜにニラカナイに?」


冷や汗を流し続けるオルベナル氏に答えたのは炎の神殿の副祭司長であるミラデニアさんだった。


「ニライカナイこそ、神がその姿を現すところだからです。我らの神殿でも神が現れることがあります。エルデア火山の溶岩の中から我等の祈りに耳を傾けるサラマンディー様の姿を1度見たことがあります。神殿の神官でさえ一生涯に1度ほど、多くはその姿も見ずにサラマンディー様の身元に向かいます。

 ですが、ニライカナイのカヌイ達は何度もその姿を見ることができるのです。それがなぜ可能か、オルベナル殿には分かりますか?

 ニライカナイには神の使徒ともいえる者達がいるのです。『聖痕の保持者』の話は聞いたことがあるでしょう。彼らの目を通して神はニライカナイを見ております。

 神の介入が必要と判断した時、神は新たな使者を送り込みます。その人物が持つと言われるのが『聖印』です。さらに強い介入が必要となった時……。ナギサ様、あまり人に見せたくはないでしょうが、私達にもう1度見せては頂けませんか」


「見せると言っても、覚えのない古傷ですよ」


 これで何度目だろう? そんな場違いな思いを浮かべながらシャツをめくって背中を見せる。

 テーブルの方からバタンと音がしているけど、また椅子から腰を下ろして祈りを捧げているわけではないだろうな。


「これで良いですか。あまり人に見せるものでもなさそうですから……」


 シャツを戻して、再びテーブルの面々を眺めると、2つの神殿からやって来た神官たちが床から立ち上がるところだった。


「動いていたぞ……。そして、ワシを睨んでおった!」


 顔を青くしてワナワナとオルベナル氏が慄いている。ビルガイネさん達は初めて目にしたことにおどろいているようだ。後ろにいる護衛ともども、口をぽかんと開いていた。


「ナツミ様から聖姿という竜神の加護を受けた人物の話を聞いたことがあります。かなりぼかした言い方だったのは、ご自分の息子がそれを背にしていたことを知られたくなかったのでしょう。とはいえ、一度見れば誰もがそれを聖姿であることを認めるとのことでした。オルベナル氏もご確認できたでしょう? ニライカナイに住まわれる海の神竜神様の御使いがナギサ様なのです」


「俺の場合は、必ずしも……ですよ。腕と尾の向きが前任者とは異なるようです。ニライカナイの神官とも言うべきカヌイのお婆さん達も悩んでいましたからね」

「だが、背中の傷跡をナギサ殿が動かすことなどできようはずがない。先ほどの聖姿と呼ばれる竜神の姿は、自らの意思で動いていたようにも見えた……」


「これで、我ら神殿がナギサ殿に賛意を示す理由が分かったはずです。神の御使いに長剣を振るったことは、無かったことにはできませんよ」

「くっ……。これは明らかに脅迫だぞ!」


「まだそんなことを言うのか? まぁ、そのような人物を交渉人として送り込んできたネダーランド王宮の資質もあるのだろう。

 これまでの話をまとめると、ミラデニア殿の作成した新たな条文で良いと思う。この条文では誰も利が発生しない。中々面白い条文だが、それだけに利害による争いを防ぐには良い方法だと思う。

 現行の約定は、大陸沿岸の3王国とニライカナイそれに商会ギルドとの間で交わされたもの。関係する5つの内3つが約定改正のために現行の約定破棄に賛意を示せば効力を失う。

 先ずは現行約定を破棄し、新たな約定の制定を行おう。オルベナル殿には、再度注意をしておかねばなるまい。

 現行約定破棄を行えば、どの王国も好きなだけニライカナイに商船を送り込めるだろう。だが売買が可能か否かは、ニライカナイ側の出方次第だ。魚や魔石の値段がどれだけ根上がりするか想像もできないが、倍以上にはなるだろうな。

 新たな約定に参加しない限りニライカナイの魔石を含めた漁果を手にすることはできない。あまり欲を出すことなくミラデニア殿の草案の各事項を調整すれば、それほど苦労なく新たな約定に調印できるだろう」


「そうですな……。それでは、現行の約定の廃棄から決を採りましょう……」


 進行役は商会ギルドの代表者のようだ。

 賛成が3で反対が1。ネダーランド王国としては分配が減るということが我慢ならなかったのだろう。それに反対を表明しておけば王宮での報告時に王侯貴族から厳しい追及を避けられると思たのかもしれない。


「これで、かつての約定が無くなりました。ニライカナイでの商売はニライカナイの許す限り各国は自由に行うことができます」

「となると、俺の方から案件を提示しないといけませんね。ニライカナイの領海を守るために、ニライカナイの慮回に立ち入る商船を限定したい。大陸の大河の南に南北に連なる小島より東に向かう大陸の船は10隻を越えぬこと。大陸からの商船は旧サイカ氏族に設ける新たなギルドの支店にてニライカナイ側が用意しる旗を受け取り、ニライカナイの領海内では常にその旗と自国の国旗を舳先に掲げること……」

 

 ギルドの用意した書記が、オレオ言葉を素早くメモに残している。

 俺から提示する案件の概要はすでにミラデニアさんに話してあるから、ミラデニアさんの草案から外れることはない。


「ということです。確かに他国領内での活動ですから、ナギサ殿のおっしゃる話は商会ギルドとしては納得できることですな。他国での商売では荷を運ぶ街道や魔道トロッコの利用経路まで指定される場合がほとんどです」

「無用な疑いを掛けぬようにですか。それ以外に、盗賊の被害を無くそうという王国からの配慮もあるのですが、確かに自由な商売とはいかないでしょうね」


 自国の商人達と他国の商人達では、それなりに行動の制限が違ってくるのだろう。

 時刻領内に入る旅人達を取り締まる関所も街道には作られているらしい。旅人から通行税を取ることも目的の1つだろう。わずかな額でも積り積もれば莫大な財源になる。

 さすがに通行税を取ろうなんて考えはないが、旧サイカ氏族の島がある意味関所になる感じだな。


「ナギサ殿の課題上程に対する草案が先ほどの資料です。新たな約定の作成に当たり、ニライカナイに3つの漁場の開放を要求した文面があるのは、対六の王国の矜持を保つことを配慮なされたためでしょう。とはいえ、これで沿岸で漁をする漁村の漁果が上がることは間違いないでしょう」


「気に入らん! ネダーランド王国の取り分は、毒魚によって放棄された漁場だぞ。そんな漁場を貰って我等が喜ぶとでも思っているのか!」


 再び顔を赤らめて文句を言いだした。

 自業自得ということなんだが、カイトさん達の時代から100年近く経っているようだ。少しは状況が変わっているかもしれないな。


「ネダーランド王国に1つ確認したいのですが、かつての約定を定めた時代から、川岸の精錬所の数は増えましたか?」

「2倍になっておるわ。我が国の工業技術は他国の追従を許さぬほどだからのう」


 別に高笑いをしなくても良いと思うんだが、この場で誇れることが嬉しかったに違いない。

 だが、しかしだ。

 

「それで、精錬後の排水処理はどのように改良なされたのですか?」

「新たな排水路を整備し、全て大河へと導いておる。かつてはただの掘割だったが、今では石積みの排水路に整備されている。さすがは国王陛下、王国を富ませることを常に考えておられる」


「良く分かりました。奇病の出る土地が広がっているようですね」


 笑いを止めて、俺の顔をジッと見つめる。


「ニライカナイは大陸に間者を派遣しているのか!」

「そんなことはないですよ。皆頑張って漁に勤しんでいますからね。アオイさんは、奇病の原因を教えなかったとは思えないんですが、それを知って精錬事業を拡大したとなると王侯貴族は王国というより自分達を富ませることで、民衆の幸せはあまり考えていないようですね。

 そもそも、あの海域に毒魚はいなかったんです。そこで取れる魚はニライカナイでもごく普通に取れる魚です。その魚に毒を持たせ続けている最大の原因が鉱石の精錬ですよ。ニライカナイは良い漁場を提供したと記録してください。その漁場に毒を放って自らの首を絞める王国があることは記録に残さずとも良いでしょう。新たな約定を取り決める人達が知ったということで十分でしょう」


「自らの行為が己に跳ね返ってくる……。教会で善人と悪人を教える際に使う話に似ているね。それにしても、それほど酷いのかい?」

「ええ、ネダーランドではかなりの金額を神殿に寄付していると思いますよ。弱者保護は教団の務めと聞きました」


「炎の神殿からも土の神殿に寄付金を渡していたのは、それが目的でしたか……。でも、それなら精錬所から税として徴取しても良いように思えるのですが?」

「証拠がないと言い張るんだろうね。私も1度見たことがあるが、大きな沈殿槽を経て排水路に流していたよ。雨で増水したなら沈殿槽が綺麗になりそうな代物だったけどね」


 鉱毒の恐ろしさが分かるのは、この世界ではずっと先になるんだろうな。

 だけど、一応警告しておこう。再度の警告なら大陸の王国も少しは重く受け止めてくれるだろう。そうでもしないと、毒魚の住む漁場を提供したのはニライカナイだと言われそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ