P-225 先ずは好意的な人達と
「ニライカナイの漁獲は減るということになるのでしょうか?」
炎の神殿のミラデニアさんが確認するように問いかけてきた。
今まで誰も聞いて来なかったけど、それが一番聞きたいことなんじゃないかな?
「俺でさえ、漁を始めたころに比べれば大分漁果が多くなっています。若者から老人まで漁を行っていますが、さすがに漁師の数はそれほど増えることはありません。
俺も不思議に思っているんですがどうやら男性と女性の比率が女性にかなり傾いているようです。
炎の神殿の神官なら知っていると思いますが、アオイさん達の子供は3人。その内男子は1人だけですし、アキロンさん夫婦は子供を儲けませんでした。
妻となったナディさんがあのような存在であったのも原因でしょうが、俺の周囲を見渡しても男子の出生例はそれほど多くはないんです」
「神殿に伝わるナツミ様の言葉にも似た話があります。ナツミ様は竜神様の恩寵かもしれないと言っていました」
恩寵か……。ネコ族は元大陸で覇を唱えた戦闘民族、その勇猛さは今でも各王国に伝わっているだろうし、神殿にはその戦の記録さえ残っているのだろう。
ネコ族の人口が増え続けたら、この世界は再び戦に巻き込まれるということなんだろうか?
嫁さんが多いということに最初は驚いていたけど、ナツミさんが考えたようにネコ族がニライカナイで平和に過ごすことができるように竜神が俺達に働きかけているのかもしれないな。
「少し考えるところがありますね。さすがにナツミさんの言葉となると俺も真剣に考えてしまいます」
「穏やかな人口増加……。それに伴う漁獲の増加。確かに急に各漁師の漁果を上げることはできないでしょう。サイカ氏族がより価格の高い魚を獲るということも頷ける話です。農家や放牧民でさえ、市場の値動きに合わせてより高値で売れる品を出荷しますからね。
それを考えると、ニライカナイの判断に私達が口を出すこともできないのですが……」
市場経済の仕組みを知っているということだろうな。
売り手と買い手、その中間の商人達の動きが活発であれば王国は繁栄するだろう。
だが、それは王国の底辺の人々を無視することになりかねない。その日暮らしをしている人達には品物の値上がりは死活問題になるはずだ。
不満を無視できるのなら上の連中は気にもしないだろうが、それが実力行動を伴ったなら厄介極まりないことになる。
デモのような行動を取り締まり、多くを投獄するようなことになれば反乱に発展しかねないからなぁ。
「小魚漁を止めるわけではありません。王国の底辺を支える人達にとっては貴重な食料ですからね。とはいえ漁獲高が減ることは間違いありません。その対策として2つの漁場を開放し、王国沿岸の漁師達に期待するところです」
「反論はできませんな。より高額の魚を獲るということを誰が責められるでしょうか。実力のある猟師にシカではなくウサギを獲れ戸言うようなものです。今までウサギを獲っていた猟師がシカを獲る……。どこにも問題はないですし、それが世間一般の常識でしょう。中には腕が上らずに生涯ウサギ狩りを行う猟師もいるでしょうけどね」
似た例だが、まぁそんな話でもある。
サイカ氏族が小魚を獲っていたのは、サイカ氏族の漁場に大きな魚がいなかったためだろうけどね。
「自分達の国で平然と行っていることを、他者に禁じることはできないでしょうね。とはいえ、このままでは王国内で流通する魚の値段がどんどん上がりかねませんよ。
皿に乗った料理は限られています。買い手が多ければギルドは値を上げることで抑制しようとするでしょうし、我等は購入価格を上げてでも手に入れようとしますからね」
「それで儲けようなんて気持ちはありませんよ。商船での買取価格は今まで通りで結構です。酒を多く飲みたいなら、それだけ漁の腕を上げれば良いんですからね」
「となると、その利益は全てギルドに入ってきます。これは問題ですよ。王国としては税が増えることになりますが、我等がきちんと買い手に説明しなければ非難は王宮に向けられるでしょう」
食べ物の恨みは恐ろしいと聞いたことがあるからなぁ。闇討ちをされかねない状況に陥りかねないとギルドは思っているようだ。
パイプを取り出して2人の女性神官に顔を向けると、小さく頷いてくれた。
それを見た後ろに控えていた店員が、タバコ盆のような代物を持ってきてくれた。
中に入っている炭で火を点ける。
課題ばかりで、対策に中々進まないな。
もっとも対策があるとも思えない。どんな対策を取っても、必ずどこかにしわ寄せがきてしまう。
「かつての3王国への供給よりは少なくなるでしょう。その分を補填するために我等も小魚漁を行う船団を作ろうと思っています。小魚漁は苦労の割には収入がそれほどありませんから、それをニライカナイ全体で補填する考えです。
現状を自国に有利にするための努力をするのが王国からの交渉役なのだとすれば、かなり紛糾はするでしょう。それによって大陸の調和を図れるのであれば、王国同士の付き合いを長く続けることも可能でしょう。
今回の改定の落としどころは、どれだけ他に譲れるかというところにあるように思えます」
パンパンと手を鳴らしたのはマルーアンさんだった。パチパチという拍手ではなく、他者の気を引き付けるように大きく拍手をしていた。
「誰も得をしない改定ということは、ある意味呆れてしまいます。ですが、関係する王国を眺めれば、1国だけに徳を与えることが後にどれだけの影響を起こすかについて誰にでも理解し得る話です。
商会や我等の王国の仕入れる魚はそれでよいとして、魔石についてはどうするのですか?」
魔石は王国の所有する魔道機関に用いられるからなぁ。その一部は俺達もカタマランの動力源として使っているぐらいだ。
魔石は永続して使えるものではなく、だんだんと劣化する代物だ。
水の魔石は水の神殿のある湖でも取れるようだが、その数は少ないし多くが低級魔石らしい。
上級魔石まで大陸に供給できる俺達の存在は大陸の王国にとって、ある意味厄介な存在なのかもしれないな。
「カイトさんの時代に魔石を競売することになったようです。それまでは商船が各氏族を巡って買い取っていましたね。競売は魔石を高値で売る良い手立てではあるのですが、供給に限りがあることで将来的には値がどんどん上がりかねません。
たぶん商会ギルドの方でも、その辺りを危惧していると思います。俺達は安定した生活が続けられれば十分です。日々の食事が出来て、漁果を自慢しながら酒を飲む。船の上での調理ですから贅沢な食事でありませんし、酒もココナッツのジュースに蒸留水を混ぜたものです。
魔石の競売は現状通りとしたいのですが、その競売に1つ制限を加えたい。『公定価格の3割を超えた場合は、くじ引きとする』これで天井知らずに魔石の値段が上がるのを防げるでしょう。
ただし、公定価格についての見直しは必要でしょう。
王国の物価上昇に従った連動性を持たせるべきです。その価格基準は魔石6個を搭載した魔道機関の値段ということにすれば、ニライカナイ側として十分に納得できるものになります」
「現状だけでなく、先を見てのお話ですね。くじ引きとは面白いですね。金貨を積めば手に入るということにならないのなら商人達は神への信仰心に目覚めることになりそうです」
「魔石価格が安定化するということになるのでしょう。各国へ供給される魔石については運しだいということになるのですが、それは納得できるのでしょうか?」
マルーアンさんの笑みを浮かべた話を聞いて、商会ギルドの代表者が恐る恐る問いかけている。
答えたのは、ミラデニアさんだった。
「運がどの王国に傾いたかということであって、商会の人達に非が無いのが良いですね。商会に責を負わせるような事態が予想されるなら王侯貴族の誰かを同行させればよいでしょう。数回同行させれば王宮は黙ってしまうと思いますよ」
「何度か良いくじを引いても、それが永続することはないということですか……」
確率的にはどうなんだろう? この世界のくじについてよく知らないから、方法は商会ギルドに任せておこう。
「魚の購入は一歩譲り、魔石はくじ引きということですか……。漁師を止めて、水の神殿にいらして頂ければ直ぐにでも神官の列に入れそうですね」
どうにか4者の考えがまとまりそうだと思ったのだろう。マルーアンさんが俺に笑みを浮かべて話をした。
その途端、ドン! と叩きつけるような音が聞こえた。
音の出所は、ミラデニアさんのようだワインを飲んでいたのだろう周囲にワインが飛び散っている。
「マルーアン……。今すぐ外に出て竜神に詫びるがよい。ナギサ殿を神官列に加えるだと? かつてナツミ様がご存命だったころは、祭司長自らが出向いて神殿の祭司を束ねてくれぬかと頼んだほどだ。何度か尋ねたらしいがその都度笑みを浮かべて首を横に振ったらしい。ナツミ様はニライカナイのカヌイの頂点であったそうだ。すなわち竜神に使える巫女そのものだ。お仕えする神を何度も目撃し、難産であった時も竜神に助けられたらしい。神の眷属である神亀に船を乗せて、ニライカナイの東の果てを見たこともあるそうだ。
マルーアン……、ナギサ殿も竜神に関わる人物なのだ。ナギサ殿、マルーアンに見せてやって頂けないだろうか。マルーアン、そっとナギサ殿の背を見てみるがよい。お前の信仰心が試されるぞ」
誰に見せても良いように思えるけど、それだけありがたい傷なのかな?
心なし傷が疼いてきた。
席を立った2人の神官が俺の後ろに回るのを見て、その場で立ち上がるとシャツを脱いだ。
これってセクハラじゃないよな?
場違いな思いが浮かんでくる。




