N-061 少し早まったかな
操船楼にはサリーネとライズが乗り込んで、他の動力船の後を進んでいる。数十m程距離を取っているのは万が一を想定しているのだろう。
しきりに、「遅いにゃ……」とぼやいているけど、船団だからな。仕方がないと思うぞ。
前を進むオリーさんがたまに手を振っているようで、ライズがそれに答えている。たぶん斜め前を進んでいるビーチェさんもそんな連中を微笑みながら見ているんだろうな。
日差しが強くなってきたので、リーザとサディさん達は子供と一緒に小屋に入っている。日が傾いたら、また出て来るんだろう。
おかげで、広い甲板には俺一人になってしまった。
麦わら帽子にサングラスを掛けて、ベンチに横になっている。蒸し暑い夜にはこのベンチで寝ても良さそうだな。海側は背もたれだから落ちるとすれば甲板側って事になる。かなり安全なんじゃないか?
昼食は、昨日ビーチェさんから頂いた、バナナの葉で包んだチマキみたいな食べ物だ。保冷庫に入れといたものを再度蒸しあげたようだが、それに冷たいココナッツジュースは良く合うな。チマキのようだが香辛料でかなり味が濃い。ココナッツジュースが甘く感じる位だ。
それでも、俺の知ってるチマキによく似た食べ物だ。もうちょっともちもち感があれば正しくチマキそのものになるんじゃないかな。
食糧品用の保冷庫にはたっぷりと氷が入っているようだ。昨夜の内に皆で氷を作ったんだろう。おかげで冷たい飲み物が飲めるのが嬉しい限りだ。
午後はリーザとサディさんが操船櫓に上がって船を進める。
眺めが良いとサディさんが感心してるようだ。その内、操船も代わって貰えるんだろうな。俺はいまだに操船していないんだけどね。
「かなりゆっくり進んでるにゃ。カタマランなら1日で着くにゃ」
不満そうな表情でライズとサリーネが小屋から出て来たのは、子供達が寝てしまったからなんだろう。ケルマさんは3人の子供と一緒にお昼寝かな?
「なら、曳釣りでもしたら? 船速も丁度良さそうだ。表層を曳いたら、カマル位は掛かるかも知れないぞ」
俺の話で、つまらなそうな顔が一瞬で喜色に変化した。
ちょっと大きな夕食のおかずを釣るって感じなんだろうな。
道具を用意してリール竿の道糸に飛行機を結んで投げ込んであげた。弓角では無くて、バル用の餌木と小さなルアーだから、何が掛かるか分からないな。
ライズが冷たく冷やしたお茶を操船楼の2人に渡していると、いきなり鈴が鳴り出した。
サリーネが素早くリール竿に飛びついて巻き上げはじめる。
けっこうな引きだが、これはカタマランの速度が影響しているのだろう、何が釣れたんだかと、パイプを楽しみながら観戦していると、ライズがタモ網を海中に突きこんだ。よいしょ! と言いながら甲板にタモ網を放り投げるように置くと、バルがバタバタと甲板を叩いている。
そんなバルの頭を棍棒でポカリ! おとなしくなったところで俺に釣果を見せてくれた。50cm程の立派なバルだ。今夜は果たして塩焼き、それともブツ切りでスープなのか楽しみになってきたぞ。
「中々の形だね」
「もう何匹か欲しいにゃ!」
そんな事を言いながらバルをさばき始めた。氷と共にザルに入れて獲物用の保冷庫に納めると、海水を汲んで手を洗っている。
そんな感じでたまにバルが掛かるから、サリーネ達の退屈は紛らわされていくようだ。操船楼の2人も、甲板の騒ぎを楽しんでいるようだから、明日はリーザ達も曳釣りを楽しむんじゃないかな。
途中の島で果物と焚き木を採取したからカタマランの甲板には焚き木の束がたくさん置かれている。広いから丁度良いと言ってたけど、荷物運搬用では無いんだよな。それでも焚き木が無いと何とも出来ないからどうしようも無いんだけれど……。
夕食前に、カタマランにエラルドさんの船とバルテスさんの船が近付いて両舷をロープで繋ぐ。
食事が始まる前は、俺達は船尾のベンチでのんびりとパイプを楽しむ。
カマドが2つあると手際よく調理が進むようで、ビーチェさんも感心しているようだ。3人の子供達はカヌイのご婦人が小屋で面倒を見てくれている。
夕食のスープにはブツ切りのバルが入っているし、1人2切れ相当の唐揚げも付いている。明日も曳釣りをしたらこんなおかずが出てきそうだな。
氏族の暮らす島を出て3日目の昼過ぎに、リードルの漁場に着いた。
なるべく島の近くに3隻を並べて泊めるのだが、その前に船首のザバンを下ろして、船尾に繋いでおく。エラルドさん達もザバンを下ろしてから、俺の船に近付いてアンカーを下ろした。
舷側同士をロープで繋げば安心して船同士を渡って来れる。
そんな作業を終えると、ザバンで岸に向かう。明日からの作業があるから効率よく事前準備を済ませねばならない。
エラルドさん指揮の下、穴掘りや焚き火の下準備をする間に、船から焚き木の束を下ろして砂浜に運んでいく。
少し長めの枝は島からエラルドさんが切ってきたようだ。早速、鉤の手と石を先端にしっかりと結び付けてる。小さな手網はバルテスさんが作ったようだ。この3つが無ければリードル漁は危険だからな。
エラルドさんは小さな手作りのベンチを2つ運んで来た。高さは40cm程で横の長さは1m程あるから、サリーネ達もたまに座って休めるだろう。焚き木の束も5個以上あるから、最初は焚き木に座っても良さそうだ。
一段落、ついたところで船に引き上げる。夕暮れが近付いているから、たとえザバンと言えどもリードルに襲われないとも限らない。
何回か砂浜と船を往復して全員をカタマランに移動させる。
ホッと、一息ついたところで、明日の準備が始まる。少し多めにご飯を炊き上げ、野生のバナナを葉に包んで蒸して保存する。明日の昼食はこれになりそうだな。
「あのベンチは座り心地が良さそうですね」
「そうか? カイトには世話になってるからな。2個作ってやろう。ついでにテーブルもあれば良いな」
俺の言葉に、エラルドさんが笑い顔で答えてくれた。自分の手作り作品を褒められれば、誰だって悪い気はしないだろう。これはありがたく受け取っておかねばなるまい。
「確かにこのベンチと父さんが作ったベンチがあれば甲板に座り込まなくてもテーブルで食事が出来るな。俺も作ってみよう。桟橋で釣りをする時にも使えそうだ」
ラディオスさんも頑張ってみるようだ。
「ははは……。まあ、頑張ってみろ。だが、その前にカイトの話したカゴを作らねばならんぞ。長老達も感心している。そんな漁が出来るなら、素潜り漁を行う者は自分達が食べる分以上のロデナスを獲らないようにとまで言っている」
専業化するってことか? 大きなカゴをいくつも船に積むから、他の漁を一緒にすることは難しいかも知れないな。
だけど、手づかみのロデナス漁は続けても良さそうだ。カゴ漁はある程度底がしっかりした場所が望ましい。サンゴの崖やサンゴの穴が最適なんじゃないか? そんな漁場以外なら続けても問題ないような気がするな。
夕食が澄んで酒をちびちび飲みながらリードルの渡りを探しているのだが、今夜は見受けられないようだ。
明日、何艘かザバンを出して海底を確認することになるだろう。
雨季の始まる一月前の満月がリードルが海流に乗って渡りを行う時期らしい。今夜は満月に見えるけど、完全な真ん丸ではないから少し早いのかな?
次の朝。ザバンにエラルドさんとバルテスさんが乗り込んで沖に漕ぎ出した。あちこち移動しながら海底を箱メガネで覗いている。
そんな光景をジッと見ている男はグラストさんに違いない。
何艘かのザバンが海底を見て、グラストさんのところに向かった。最後にエラルドさんの話を、船から身を乗り出して聞いている。
エラルドさん達の乗るザバンがこちらに近付いて来た時、大きくブラカが辺りに響き渡る。リードルがいるって事だな。
エラルドさん達の乗ったザバンがカタマランの船尾にやって来ると腕を出して2人の乗船を手助けする。
エラルドさんの放り投げたロープをしっかりと手すりに巻き付けたからザバンがカタマランから離れることは無い。
「いるぞ。たぶん夜明け前近くに渡りがあったんだろう。少し島から離れるが、苦になるほどではないから安心しろ」
「去年ほどの数ではないが、たぶん先行してやってきたリードルなんだろう。明日はもっと増えそうだ」
サディさんから受け取ったお茶を飲みながら、俺達に教えてくれた。
そんな話を聞いてラディオスさんと顔を見合わせてニコリと笑う俺も、トウハ族としての自覚を持ってきたみたいだな。
雑炊のような食事を取ると、荷物を纏めて背負いカゴに入れ始める。
お茶も俺の持ってきた水筒と同じような真鍮の容器を作って貰ってそれにたっぷりと入れている。50cm程の木製の箱にはビーチェさんがたっぷりと氷を入れてくれた。
これにココナッツや昼食のバナナを蒸した包みが入っている。ザバンに手分けして積み込むと、サリーネ達を乗せて砂浜に向かう。
2回往復するとカタマランにはビーチェさんとサディさんの2人になったが、子供3人がいるから2人は必要だよな。
ザバンに銛を3本積みこむと、ビーチェさんに手を振って沖に向かう。
砂浜ではすでにサリーネ達が焚き火を始めているだろう。
水中眼鏡を付けて、たまに海底の様子を見ながらパドルを漕いで行くと、突然海底がリードルで埋め尽くされた。
水深は8m近いんじゃないかな。浅いよりは漁がし易いからな。素潜り漁の準備をすると、銛を1本手に取って海中に入る。
シュノーケリングをしながら一段と模様の浮き出たリードルを見付けたところで、海底にダイブする。
リードルの殻近くを深く突くのも、いつの間にか上手くなってきた。
一旦突いた銛を再度深く突き差して海面を目指す。ザバンの舳先に付けた切り欠きに銛先の鉄棒を挟んで柄をアウトリガーの横木に紐で縛り付けた。
新たな銛を手に、再び獲物を目指して泳ぎだす。
リードル2匹を突いたところで砂浜を目指して漕いで行く。
既に砂浜の家族にリードルを引き渡した連中が俺とすれ違って沖に漕いで行く。少し出遅れてはいるが、数ではなく安全策を取ろう。まだまだ先は長いんだからな。




