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P-222 オウミ氏族の長老達


 乾季開けのリードル漁が近づくころには、田圃が緑に覆われた。

 日本で見る田圃と違って稲の列など無いから、遠くから見るとまるで雑草のようにも

える。

 小母さん達数人が、田圃に入って雑草を抜いている姿が森を抜けた段々畑の上からでも良く見えたんだよなぁ。

 これからどんどん成長するだろう。雨季の半ば過ぎには刈入れが出来そうだ。


 そんな思いを浮かべながら、マナミを入れた籠を手元に置いてカタマランの航跡を眺める。

 結構速度を上げているようだ。

 オウミ氏族の島は、元シドラ氏族の島からカタマランで10日程度掛かるらしい。大陸の王国との約定を見直すための会議は満月ということだから、バゼルさん達の使うカタマランではギリギリ間に合うことになるだろうが、俺達の乗るカタマランはアオイさん達が使っていたカタマランを復元したものだからね。

 水中翼船モードを使うことで、通常の5割マシほどの速さで西北西に向かって進んでいる。

 早く着く分には問題はないだろう。

 できれば炎の神殿の神官や商会ギルドの代表と事前に王国の動きを確認しておきたいところだ。


 夕暮れが近づいたところで、近くの島の入り江にカタマランを泊める。

 夕暮れと共に、東の空に浮かんでいる月見えてきた。すでに半月を過ぎているようだ。


 タツミちゃんが籠を重そうに持って屋形に入っていく。

 エメルちゃんはカマドの前で考え込んでいるのは、今夜は何を作ろうかと悩んでいるのかな?


「おかずが釣れるかにゃ?」

「ん! 数匹なら掛かるかもしれないよ。ちょっと待ってて欲しいな」


 屋形の屋根裏からおかず釣り用の竿を取り出して船尾で釣りを始めた。

 帆桁に下げたランタンで浮きの動きが良く見える。

 何か餌をつついているようだ。急に海中に潜り込んだ浮きを見て軽く手首を孵すと、ぐいぐいと魚の手ごたえが伝わってくる。

 そのままごぼう抜きに釣り上げた魚は、30cmを越えたカマルだった。

 笑みを浮かべたエメルちゃんに獲物を渡して、次の獲物を目指す。


 久しぶりにカマルの炊き込みご飯が今夜の夕食だ。

 マナミを抱いたタツミちゃんが、カマルの身を小さくして食べさせている。

 もぐもぐとやっているけど、歯はまだ2本しかないんだよね。


「掴まり立ちをするんだから、歩き始めるのももう直ぐだね」

「そしたら目を離せないにゃ。バゼルさんが一回り大きな籠を作ってあげると言っててにゃ」


 ベビーサークルってことかな?

 屋形の中なら安全なんだろうが、それでも万全とはいかないだろうからなぁ。カゴに入っているなら、ちょっと目を離すぐらいはできるだろう。

 だけどしばらくは、誰かが見てないといけないだろうな。


 翌日は、朝から雨だった。

 豪雨で起こされたんだけど、雨季に入ってる以上豪雨は定期的にやってくる。

 乾季ならすぐに止むんだが、雨季の豪雨は半位置以上続くんだよね。


「急いでいる時に限って雨になるにゃ……」


 エメルちゃんが恨めし気に空を眺めているけど、こればっかりはどうしようもないことだ。

 それに、もう2日も航行すればオウミ氏族の島に着くはずだ。雨が止むまではのんびりとアンカーを下ろして休んでいよう。


 昼過ぎに今までの豪雨がうそのように晴れ渡ったところで、再びカタマランが速度を上げて西へと向かって進み始めた。

 このまま日暮れまで進むに違いない。今日の夕食は少し遅れそうだ。


 タツミちゃん達が頑張ってくれたおかげで、満月の2日前にオウミ氏族が古くから住む島に到着した。

 昼を過ぎたころに、南北に1km以上もありそうな大きな入り江に入っていくと、大型の商船や豪華な船が何隻か停泊している。会議に参加する人達がすでにやってきてるということらしい。

 ゆっくりと桟橋に近づくと、ザバンが俺達のカタマランに近づいてきた。


「操船櫓が2つあって、白い大きなカタマランということは……、シドラ氏族のナギサ殿で間違いないか!」

「そのナギサです! カタマランを泊めたいんですが、この先の桟橋で良いでしょうか?」

「大事な客人だ。案内するから付いてきてくれ!」


 客人? と思わず自分の胸を指さしてしまったけど、ザバンに乗った壮年の男は笑みを浮かべて頷いている。

 オウミ氏族としては、余計なお世話になってしまいそうなんだが、今回の約定の改正をどうやら歓迎してくれてるみたいだな。

 ニライカナイに関わる大事な取り決めはオウミ氏族の島で行うことが、彼らの誇りなのかもしれない。


 ザバンの後について行った先は、立派な石造りの桟橋だった。

 すでに立派な船が1隻停泊していたが、桟橋の若者の誘導で、その後ろにカタマランを泊める。

 アンカーを下ろして、接岸用のロープを投げると、石の杭に素早く結んでくれた。


「ありがとうございます。助かりました」

「このカタマランはシドラ氏族のナギサ殿ですね。聖姿を負う人ですから、オウミ氏族一同歓迎しますよ。出来れば、このまま長老の小屋へと案内したいんですが」

「ちょっと待ってくれないか。嫁さん連中に伝えないといけない」


 操船櫓から降りてきたタツミちゃん達が、俺の傍に置いてあったカゴからマナミを抱き上げると、大きく頷いてくれた。


「夕食を作って待って待ってるにゃ。だらか尋ねてきたら、長老のところに向かったと伝えるにゃ」

あまり長くならないようにするよ。それじゃあ、行ってくる!」


 サンダル履きで桟橋に下りると、若者の後についていく。

 ニライあk内で一番大きな氏族だからなぁ。桟橋も立派だし、遠くに見える石段も数人が横に並んで登れそうだ。

 桟橋の中央には木道が走っている。やはり漁果の運搬はオラクルでも木道にしたいところだ。


 大きな銛の手前には白い砂浜が広がっていた。

 砂浜を横切って石段を上ると、オラクルの高台に作った広場の3倍ほ度大きな広場があった。

 広場のすぐ奥に小屋がいくつか見えるし、その1つからは煙が上がっている。

 広場は大きくても平らな場所はあまりないのかもしれないな。


「こちらです!」

 

 案内されるままに、長老達が住むログハウスに入っていく。

 急に暗い場所に入ったから、ちょっと小屋の中の様子が分からなかったけど、慣れるにつれてシドラ氏族の長老達の住む小屋と配置がさほど変わらないことに気が付いた。

 長老の1人が、縄を丸く編んだ敷物を指差してくれたので、その敷物に胡坐をかく。

 この場所はシドラ氏族の長老達が俺の座る位置だ、と言ってくれた場所と同じなんだがそれで良いのだろうか?


「遠出をしてきてくれたところで、すぐに呼び寄せてしまい済まんかったのう。約定の改定については長老会議の席上で各氏族の長老の賛意を得ておるから問題はないぞ。

 ニライカナイの長老を代表しての参加はワシになってしもうたが、発言はすまい。

 全てナギサに任せることで合意を得ておる。

 そこでじゃ、会議が始まる前にナギサの考える落としどころについて再度確認したいと思うてのう」


 そういうことか。それで筆頭格の漁師がこれだけ揃っているのだろう。

 本来なら、船団を率いて漁に向かうはずだったろうに……。

 運ばれてきたココナッツ酒を一口飲んだところで、落としどころとしての小魚漁について説明を始めた。


「なるほど……。小魚漁は、我等にとってはあまり利を得ることはないのだが、大陸にとっては死活問題ということになるのじゃな。

 かつてアオイ様が同じことを言っておったが、どうも我等にそれが良くわからなかったんじゃが……。サイカ氏族の漁獲に近付けるにはカタマラン10隻程度では足りんかもしれんな」


「各氏族から若手を集めることになろうかと。小魚漁ですから小型のカタマランで十分でしょうし、それぐらいは氏族で援助することもできるように思えます」

「各氏族で5隻は欲しいところじゃな。確かに魔道機関が1つでも十分じゃろう。監視船団の規模の縮小も可能じゃから、ニライカナイ全体としての漁獲は上がるじゃろうな」


「それでも足りない部分は大陸の漁民に努力して欲しいところです。そのためには、サイカ氏族の漁場の一部を手渡す覚悟も必要かと」


 俺の言葉に、それまでジッと聞いていた男達の顔が上がる。

 やはり漁場を譲るという選択肢は、ネコ族の反発が起こりかねないようだ。


「それほど、目を剝くこともあるまい。大陸に近い小魚の漁場を数か所譲るぐらいじゃろう。それにただ譲るのではないのだ。大陸の貧民に施すだけの技量を示すことに繋がると思えば我等としても納得できる話だと思うのじゃがのう。

 我等は竜神様の庇護の下で日々の暮らしを立てておる。その恩恵の一部を大陸の虐げられた者達に分け与えるぐらいの度量が無くてどうする。我等の行いは竜神様が見ておられるのじゃ。善行の一つとして笑みを浮かべてくれるに違いない」


「大陸の連中は俺達を見下しているようにも思えますが、それでも助けようと?」

「竜神様の覚えも良かろうぐらいに思わんでどうする! 確かに今の我等はそれなりに平穏な暮らしをしておるが、王国には身分制度があるからのう。快楽の暮らしをする連中の後ろには明日の食事をどうやって取ろうかと考える者達が10倍以上いるようじゃ。我等のような暮らしがどこでもできるわけでは無い。

 かつてはバナナの周りに米粒が突く食事をしていた我等は、カイト様達のおかげでここまで豊かになってきたことも確か……。我等を憐れんでカイト様を竜神様が遣わされたに違いない。それなら豊かになった我等が、まだ日々をどうにか暮らしている民の存在を知って、それを無視するということが竜神様の目にどのように映るかも考えねばなるまい」


 要するに貧民救済の一環として頑張れ! と言いたいんだろうな。

 俺としてはそこまで考えてはいなかったんだが、長老達にはその対策が貧民対策として映ったんだろう。

 確かに、王国の底辺にいる人達のおかずを賄おうということだから、間違いではないんだが……。そこまで、善行として考えるものかなぁ。


「それにしても、シドラ氏族はかなり大きな島を手に入れたようじゃが、問題はないのかな?」

「4つの島が盛り上がって合体したような島ですから、当初は水に苦労しました。シドラ氏族の移動は貯水池が完成してからです。良い点は、段々畑を大きく作れたことですね。今までのように森の中に小さく野菜を作るのではなく、この建物前に広がる広場の2倍を超えた広さです。豪雨対策として簡易な屋根を作りました」


 かつてのシドラ氏族の島から5日は掛かるからなぁ。商船を呼ばずに済ませるには、野菜の自給ができないと駄目だったんだが、結構うまくいってるみたいだ。

 4つの島と聞いて、長老達が驚いている。

 オラクルの話をすることになってしまったが、長老達にはシドラ氏族への竜神からの贈り物と感じたらしい。

 涙を流す長老まで出てくる始末だ。


「ナギサをシドラ氏族として受け入れたことへの、竜神様からの贈り物に違いない。やはりアオイ様達に繋がる人物で間違いあるまい。約定の改定は容易ではないが、商会ギルドの使いが昨日ここにやってきて、基本合意を告げに来たぞ。

 大陸の神殿と商会ギルドを味方につけたなら、ナギサの思惑が叶ったとみるべきじゃろうな」


 最初に教えて欲しかったな。

 そうなると、王宮貴族がどんな要求を出してくるかが問題だ。

 王国の意図とは別に、自分達の利権を求めてこないとも限らない。長く続く王国ほど貴族の力が強まるらしい。

 利権に見合った仕事をしてくれるなら問題は無いんだろうけどね。


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