P-220 長老達への報告
「そうか……、だいぶ早く調整が出来たようじゃな。炎の神殿としても捧げられた魔石に驚いたのじゃろうなぁ。改めて礼を言うぞ」
「体が丈夫であれば魔石は漁の度に手に入れることができます。上位魔石を俺だけが手に入れられるというのも、何かの意思があるからだと思っているぐらいです」
リードル漁の度に上位魔石は4個ほど手に入る。
低級が多いけれど、たまに中級や上級の魔石が手に入るのは、それを使ってニライカナイの国作りを行えとの神の意志があるからかもしれない。
それに2、3年でカタマランを更新するのもなぁ……。カルダスさん達はそれだけの腕があるからだと言ってくれるけど、他の連中からどのように思われているのかと思うと考えてしまうんだよなぁ。
「シドラ氏族は新興氏族じゃが、長老会議では古くからの長老達と対等に話し合える。先に長老会議で調整会議に臨む人選をしておかねばなるまい。もっとも、ナギサの出席は確実じゃからな。長老会議の人選はその会議の成果を長老達に知らせることにある。
会議の流れはナギサに任せることになろう」
「一応問題提起をした以上出席するのは仕方がないと思っていましたが、あまり俺に委ねるのも……」
「ハハハ……。それだけの力がナギサにはあると思うぞ。我等では、新たな商船を見ても、珍しい船を見たということで終わってしまう。
ナギサのように、なぜその船がそこにいるのか、それによってニライカナイがどうなるのかを深く考えることは出来ん。
まぁ、カヌイの婆様連中なら、不審な船について調べようとはするじゃろうが他の商船との違いが分からねばそれで終わりじゃろう。
あの船が、他の氏族で競売に参加していたなら、しばらくは分からなかったに違いない。問題が表面化して大陸の雲行きが怪しくなってから、商会ギルドに参加しているカヌイの婆様達を通して我等の知るところになるじゃろうが、果たしてその段階で関連する王国をまとめた調整ができるかどうか……。
カヌイの婆様ではないが、竜神様は我等をしっかりと見ているようじゃ。我等にナギサを送ってくれたのじゃからなぁ」
俺にとっては、ありがた迷惑に思える気もするんだけどねぇ……。
だけど、のんびりした漁暮らしは俺に会っているし、良い嫁さんも2人も貰えたんだからなぁ。
やはり竜神には感謝しておかないといけないようだ。
「内陸の2王国は騎馬民族だと聞いたことがある。よくも炎の神殿の依頼にこたえてくれたものだ」
「騎馬民族はある意味戦闘民族ともいえるでしょう。広い荒野を家畜と一緒に移動して生活を続けているはずです。そのような民を率いる王族であるなら、横柄な連中ではないかと思っていましたが……。案外、神殿繋がりで彼らの信仰する神の神殿に働きかけたのかもしれませんね」
俺の言葉に長老達が頷いている。
あり得る、ということなんだろう。騎馬民族の信仰を理解できるのは、かつてのネコ族が大陸で覇を唱えた戦闘民族であったためかもしれない。
生死が隣合わせの日々を送ってきたなら、信仰心も育つに違いない。
「騎馬民族の信じる『風神』は炎の神殿の火の神と密接に繋がっているそうじゃ。戦火と言うぐらいじゃから、同じように信じているかもしれんのう。
炎の神殿の神官が風の神殿を訪ねたなら、王族達も注目するじゃろうな」
ナツミさんはその関係を知っていたんじゃないかな?
それで、ネコ族と炎の神殿の繋がりを作ってくれたに違いない。
まるで預言者とも言っていたくらいだ。
炎の神殿には、ナツミさんの言葉が今でも大切の残されているのだろう。
「気になるのは小魚漁じゃな。場合によっては各氏族から若者を出すことになりそうじゃな」
「他の氏族の嫁を連れ帰る手段にもなりそうじゃな。これは上手く段取りを考えてやらねばなるまい。今まで以上に、氏族間の交流が盛んになりそうじゃな」
かつては『カガイ』と呼ばれる風習があったそうだ。
大陸時代から続く古い習慣らしいが、大きな焚火を囲む中で、互いに歌を詠み合うことで男女の思いを伝えるらしい。
その時に披露された返歌が、トウハ氏族の心意気を伝えるものとして大事に伝わっているらしい。
その作者がカイトさんだったとはねぇ。友人に頼まれて、どんな歌にも応えられるようにと教えたそうだ。
さすがに今では歌会での縁結びは稀らしいけど、1年に1度、各氏族を代表する若者が『カガイ』の席に参加しているそうだ。
不思議なことに、短歌の形で詩を作っているんだよなぁ。
カイトさんが簡単にそんな歌を作れたのは、それなりに文学に明るい人だったんだろうか?
「ナギサのカタマランならば、オウミ氏族の西の島に10日は掛かるまい。雨期であることを考慮しても、約束より早くに着けそうじゃ。我等の代表は……、さてどの氏族になるじゃろう?」
「シドラ氏族とはいかないんでしょうか?」
「さすがに、それは無理じゃろうな。まぁ、我等としては会議の様子が分かればそれでよい。ナギサの腹の中を知っておるしのう……。ハハハ」
他の氏族の長老より落としどころを知っているということなんだろう。
それで良いのかどうかは、長老が長老会議で話を付けてくれるに違いない。
あまり長くいると他の仕事も頼まれそうだから、そろそろ引き上げよう。
カタマランに戻る前に、カヌイのお婆さん達にも例を言っておこう。
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漁を休んで2日目は、田圃の様子を見に出かけた。
俺より少し年上の男達は排水路を作っている。掘るだけだからなぁ。たまにカルダスさん達が様子を見て指図をしているんだが、どちらかというと指図というより作業の進捗に満足しているように見える。
肝心の田圃の方は、2枚を耕している最中だった。水を張って泥だらけになりながら鋤を引いている。
田圃の端で泥の中に手を入れて状態を見てみると、砂交じりの泥のようだ。
まぁ、島だからなぁ。
砂交じりの土の方が、米は美味しいと聞いたことがあるから、案外上手く行くかもしれないな。
「見に来たのか! どうだ? これで良いのか?」
俺が来たのを知って、カルダスさんが泥にまみれた姿でやってきた。
「良い具合ですね。最後は泥を平らにしてくださいよ。そこに水を張って田値を撒きましょう」
「いよいよだな。貯水池の水はたっぷりあるから、心配はなさそうだ。岩場に小さな泉が出来たようだ。そこから竹をくりぬいた筒を繋いで貯水池に水を引いている」
やはり泉が出来たか……。結構高い山だからなぁ。うっそうとした木々で覆われているから、保水量もかなりあるに違いない。
将来は泉から飲料水を分岐して、貯水池は農業用水にすれば良いだろう。あの貯水池は苦労して作ったからなぁ。壊すにはもったいない。
「できれば種を撒く前に肥料を撒きたいですね。保冷船に託してくれませんか?」
「確かにその方が良いだろうな。10袋も頼んでおくか。長老もそれぐらいは出してくれるだろう」
長老が首を縦に振らない時には、俺が出しても良さそうだ。余れば段々畑に使えるだろう。
「明日にでも頼んでおこう。1か月もせずに届くに違いない。昔は肥料等商船は積んで来なかったらしいが、アオイ様の時代に畑に肥料を撒くことを覚えたからなぁ」
それまでは草取りで溜まった草を鋤き込んだり、炭作りの灰を撒くぐらいだったそうだ。さすがに大陸の農家よりは収穫が少ないんだろうけど、3割以上野菜が取れるようになったらしい。
ネコ族の人達も、農業には肥料が必要なことを学んだということだな。
窒素、リン酸、カリなんて代物をバランスよく施さないといけないんだろうけど、それは俺にもよくわからないからなぁ。
あまり撒き過ぎずに、とりあえずやってみれば良いか……。
その夜は、浜に焚火をこしらえて皆でココナッツ酒を酌み交わす。
東西に長い浜は、元は岩場だったんだが、だいぶ砂が撒かれたようだ。さすがにはだしで歩くのは危険だけど、漁の度に桶や籠に入れて砂を運んでいる。
まだまだ運ばないといけないな。結構運んでくるんだが、雨で流れてしまうようだ。それでもいつかは、白い砂浜に変わってくれるに違いない。
石を丸く囲んだ中で燃える焚火が周囲を明るく照らす。
嫁さん達が準備してくれた串刺しの魚を焚火で焼き上げながらココナッツ酒を飲むのは、どの氏族もやっているに違いない。
手拍子に合わせて歌が歌われ、それを囃しながらまた酒を飲む。
「今度は、俺も漁に出る。ナギサ達はどこに向かうんだ?」
「ガリムさんの話では東に向かうということでした。サンゴの穴を巡りながらの素潜り漁になりそうです」
「あの辺りは中型が多いらしい。数を突くのはナギサには難しいかもしれんな」
「おかずにならないように頑張ります。水中銃で頑張ろうかと……。でも、銛はザバンに積んでおきますよ。大型がいないとは限りませんからね」
バゼルさんが感心したような表情で、俺に頷いてくれた。
魔道機関で動くザバンは水中ジェットのような構造だ。ザバンを2隻横に並べたような断面をしているから、安定性が抜群に良いし、銛を舷側に置けるように改造してある。
さすがにリードル漁の銛は搭載できないが、大物用の銛なら邪魔にならずに置いておける。
「変わったザバンだが、漁には便利に使えるようだ。さすがはアオイ様が作らせただけのことはあるな」
「便利ではありますが、俺達の船のような構造にしないと漁に持っていけないのが難点ですね。あのカタマランの床下に、ザバンが2艘入っているんですから、最初は驚きました。でも、いろいろと考えられているんですよね」
アオイさん達は何を目指したんだろう?
露天操船櫓まであるんだよなぁ。これが着いた船はトローリングを楽しむ船だと思うんだけど……。




