P-218 お姉さんに思える
「ガリムは背負いカゴ2つだと自慢していたが、さすがはナギサだ。若手連中の中では抜きんでているな」
「今回はサディさんが一緒でしたから、比べるのも……」
「サディはマナミを可愛がりたかったようだな。これでしばらくは俺に文句を言うこともないだろうが……、トーレが文句を言い始めた」
「それは俺んとこの嫁も一緒だ。まぁ、嫁の方にもいろいろと考えることはあるんだろうが、俺達の漁に影響がなければそれでいい」
諦め切った表情でカルダスさんがココナッツ酒を飲んでいる。
元気な嫁さん達に苦労してるんだろうな。俺も将来はバゼルさんやカルダスさんのようになってしまいそうだ。
「この間は、カヌイの婆様が田圃の下見に来たぞ。長老に話をしたら、笑っていたからナギサが動いたってことだな?」
「ニライカナイで初めての稲作になりますからね。俺の住んでいたところの風習を少し取り入れさせて貰おうとカヌイの御婆さんに相談したんです。種を撒く時に豊作を祈って欲しい、収穫時には神に感謝をささげて欲しいとね」
俺の説明に、カルダスさん達がうんうんと頷きながら美味そうにココナッツ酒を飲んでいる。
それは漁と同じだと考えているのだろう。
祈る神が違うとは思っているんだろうが、神への感謝は漁をしない連中も、それなりに持っていると感心しているのかもしれない。
「竜神様は海の神だからなぁ。だが、カヌイの婆様達が動いているなら問題はないだろう。俺も賛成だ。あの浅い沼のような場所で育てるというなら、竜神様の手の中とも言えるだろう」
「まったくだ。感謝を忘れるようでは困るからな。だが、そうなると畑の方に問題が出てくるんじゃないのか?」
バゼルさんの言葉に、思わず頭を抱えてしまった。
そんな話は聞いたこともない。
ここは正直に話しておこう。変なことを言って誤解させるようでは、後々困ったことになってしまいかねない。
「申し訳ありません。それは教えて貰えませんでした。田の神については俺の住んでいた地域ごとに特色のある行事が行われていましたが、畑については聞いたこともありません」
「そうなのか……。案外、田の神が片手間に見てやってるかもしれんな」
それは、少し忙しそうだな。いろんな神様がいるんだから、畑を守る神様もいるんだろうけどね。
とはいえ、この世界に新たな神を招くこともないだろう。ニライカナイの海は竜神が守っているのだ。
そこで漁をする俺達も竜神の加護を受けているなら、俺達が作る作物も竜神が守ってくれるに違いない。
カヌイの御婆さん達が了承してくれたのは、きっとそう思っての事だろう。
翌日、田圃作りの現場に出掛けてみると、1面把水を湛えて深さを確認しているところだった。後3日もすれば隣の田も水を入れて確認するのだろう。東に3面作るみたいだが、長老に貰った種籾は5kg程度だからなぁ。3面に撒くのは難しいかもしれない。
「どうだ? 良い出来だろう」
「上手くできましたね。この2つで試してみましょう。一応3つ作っておけば、種籾が余れば3つ目の田圃にも撒けそうです」
うんうんと頷いてカルダスさんとバゼルさんが聞いている。
「深さはこれぐらいで良いでしょう。種も身を撒く前に、水を抜いて耕してください。その後で水を張って、今度はこんな道具でしっかりと泥田を作ることになります」
「中々に面倒だな。泥が大事だということか。これは、2人で引いて浅い溝を掘ることになるのか……」
本来なら牛や馬に引かせる鋤なんだが、牛や馬を飼うのも考えてしまう。
面倒だが人力で行うことになってしまうんだよなぁ。
「鍬よりは、深く耕せそうだ。それにしても、泥を耕すというのも面白いものだな」
初めての稲作だからなぁ。俺にだって分からないことは多いんだけど、少なくとも稲は水草なんだろう。どれぐらい採れるか楽しみだけど、撒いた種籾の10倍以上の収穫が得られれば、後は収穫量を上げる工夫に移れば良いはずだ。
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田圃作りの様子を見ながら、ガリムさん達と一緒に漁をする。
たまにトーレさんやサディさんが乗り込んでくるんだが、その時は バゼルさんが田圃作りに駆り出されている時だ。
嫁さん達も排水路作りを手伝っているみたいだけど、他の漁師達の嫁さんも、子供達の船に乗り込んでいるみたいだ。
「ザネリのところは子供も大きいから、私が乗らなくても大丈夫にゃ」
「ガリムさんのところにも?」
トーレさんが頷いている。これは母親達のちょっとした指導ということになるんだろうか?
案外トーレさん達の年代の嫁さん連中で、漁の成果を自慢しているのかもしれないな。
何時まで経っても、子供みたいな考えを持っているんだよね。
それだから、俺達と一緒にいても違和感がないんだよなぁ。俺には姉さんがいないけど、いたならきっとトーレさんみたいに俺達の世話をやいてくれるのかもしれない。
「乾季に延縄を使うのは考えたにゃ。ザネリもさっそく始めたみたいにゃ」
「やっていた人はいたと思いますよ。夜に仕掛ける人はいなかったようですけど」
「夜の延縄でグルリンが掛かるなら皆が始めるにゃ。これもナギサのおかげにゃ」
夕暮れに仕掛けて翌日に引きあげることはしていたんだと思う。でもそれだとグルリンが釣り針を外して逃げてしまうらしい。餌だけ取られたという話を聞いたことがあったが、掛かった魚が暴れて逃げてしまったに違いない。
仕掛けから数時間で引き上げるのが一番良いようだ。
「だいぶ首がしっかりしてきたにゃ。もう直ぐはいはいしだすから、目を離せないにゃ」
「バゼルさんに貰った籠に入れておけば安心だとタツミちゃんが言ってましたよ。でもさすがに入れっぱなしでは泣きだすでしょうね」
「屋形の前後の扉を閉めておけば大丈夫にゃ。歩くようになったら船を止めてるときは甲板に出しても大丈夫にゃ」
その時は、俺がしっかりと見ていないといけないんだろう。海に落ちたりしたら大変だからね。
「ガリムにしては船足が速いにゃ」
「早く漁場に向かって延縄を仕掛けようということなんでしょうね。今度は潮通しの良い東西に走る谷が続いている漁場です。フルンネが突けると教えてくれました」
さすがに延縄でシメノンは掛からないだろうが、シメノンもやってくるかもしれない。昼はフルンネの大型を突けそうだから、水中銃より銛を使うことになりそうだ。
漁場に寄っての魚の違いもだいぶ分かってきたようだ。
俺達が中堅の漁師と認められる頃になれば、雨季と乾季による魚の違いも分かるに違いない。
長老達が各船団の筆頭から漁場の様子を詳しく聞き取るのは、漁場の地図にそれらの情報を書き加えるためでもあるようだ。
統計的な考え方を持っているのかもしれないな。
朝食の蒸したバナナを温めて貰いお腹を満たす。
食後のお茶を頂きながら周囲の景色を眺めていると、遠くに取りの群れが海を渡っているのが見えた。小さいから水鳥ではなさそうだ。餌を求めて島を巡っているのだろう。
いつも夏のような気候だから、小鳥たちも極彩色のものが多いのだが、さすがに小さな点のようにしか見えないから色までは分からない。
小鳥の名前を教えて貰おうとしたら、全て小鳥で統一されていた。
強いて言えば青い鳥とか、赤みが強い鳥という表現をするぐらいだな。
魚は色々と名前を付けているんだけど、それ以外はあまり興味がないのかもしれない。
タツミちゃんがコウモリを小鳥だと言ってたぐらいだからね。
今回は、ほぼ真北に進んでいる。
すでに延縄仕掛けを仕掛ける準備は出来ているし、夜釣り用の竿も、シメノン用と合わせて仕掛けの確認を終えている。
漁場まではまだまだ掛かりそうだから、今の内にパイプをたのしむか。
夕暮れが始まるころに漁場に到着すると、さっそく魔道機関の付いてザバンを引き出し延縄を仕掛けに向かう。
ザバンを動かしているのはトーレさんだ。カタマランはすでにアンカーを下ろしたから、こっちの方が面白いと思ったんだろう。
「どこに流しても、谷は東西に延びているだけですよ」
「ここは、良くないにゃ。もう少し北に行くにゃ」
カタマランから200mほど離れたぐらいでは、トーレさんが満足してくれないんだよなぁ。
結局300mほど離れた場所で延縄を流したけど、周囲には他のカタマランがいない。ガリムさん達は南の方に延縄を仕掛けているのだろう。
だいぶ暗くなったけど、まだカタマランがはっきりと見える。
アンカー下ろした浮きには小さなランタンを取り付けたから、甲板からでもはっきり見えるに違いない。
「終わりました。戻してください」
「了解にゃ。たくさん掛かれば良いにゃ」
トーレさんの頭の中では、取り込みに苦労するほどたくさんの魚が掛かっているんだろうな。
カタマランに戻ると、夕食が始まる。
タツミちゃんは屋形の中でマナミにお乳を飲ませているようだ。3人の夕食はちょっと寂しい気がするなぁ。
トーレさんが首を傾げてスープを飲んでいるのは、教えたんだけど同じ味にならない理由を考えているのかもしれない。
悩んでも仕方がないと頭を切り替えたトーレさんが、速めに夕食を終えてマナミの面倒を見るために屋形の中に入っていく。
笑みを浮かべたタツミちゃんが甲板に出てくると、1人だけの夕食が始まる。
俺とエメルちゃんはお茶を飲みながら、食事に付き合うことにした。
「トーレさんがマナミを見ているから、3人で夜釣りをするように言ってくれたにゃ」
それで、笑みを浮かべながら屋形から出てきたんだな。
「延縄はあそこなんだ。前より離れているから、ザバンでそのまま仕掛けを引いてこないといけないんだよなぁ」
「私が操縦するにゃ。あれなら、そんなに離れていないにゃ」
延縄を引き上げるのは久しぶりなんだろうな。やはり何が掛かっているのかと考えながら引き上げるのは楽しいに違いない。
でも、ザバンの上に延縄を引き上げるのではなく、仕掛けをカタマランの甲板まで引いてくるだけなんだけどなぁ。




