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N-060 ベビーサークルってあったんだな


 2日程経って、再び主だった連中が俺のカタマランに集まって来た。

 お茶とパイプを楽しみながら、エラルドさん達から長老会議の様子を聞く。


「長老はカイトを褒めていたぞ。だが、やはり全ての金額を払わせるのは問題だと言っていた。半額は氏族の積み立てた蓄えを使うべきだとも言ってたな。だから、カイト。リードル漁が終わったら直ぐにでも商船と交渉してくれ」

「俺の船は氏族の共有とすることにしたらしい。10日程の漁で船を持たぬ連中が使うそうだ」

「そして、ラスティ達の作るカゴなんだが、長老も興味深く聞いていたぞ。それでロデナスが獲れるなら俺達はロデナス以外を獲ろうという物まで現れた。リードル漁が終わったらと答えておいたからお前達の役目は重要だ。適当にカゴを編んで笑いものにならぬようにしなければならんぞ」


 そんな事を言ってラディオスさん達に激を飛ばしている。俺は編まないで良いんだよな。編んだら完全に笑いもの確定だぞ。


「カイトには、この船の一回り小さい船を作って貰う事になる。交渉は、俺と一緒だ。ラスティやラディオス達と良く相談してから、リードル漁の期間でまとめてくれれば良い。ある程度まとまったら、バルテス達の意見も聞いた方が良いだろう」


 氏族として作るって事なんだろう。それなら男達だけでなく嫁さん連中の話も聞いた方が良いだろうな。


「分かりました。ところで、リードル漁はいつ出掛けるんですか?」

「3日後に出るぞ。東の漁場に全員だ。西は監視船を出すが、彼らはリードル漁ができん」

 素潜り漁を廃業した人達だな。

 それでも、受け取った魔石の半分を貰えるらしい。確か漁場の借り賃は魔石10個と言っていたから、彼らも2個程魔石を手に入れられるのだろう。


「大型を狙おうと言う者もいたのだが、カイトの使う銛を見て俺も諦めたと言ったら納得してたぞ」

「確かにあの銛は俺達には無理だ。それなら中位を狙う方が間違いはない」


 それも理解できるんだが、俺でもようやく扱える銛だからな。少し太めに銛を作って、たくさん突いた方が効率的ではありそうだ。


「とはいえ、持たせてくれと頼み込んでくる者もいるだろう。その時には見せてやってくれ」

「分かりました。そうなると明日は銛研ぎをしていた方が良いですね」

「だな。お前達も、ちゃんと研いでおくんだぞ。大勢の氏族が見てるんだ。錆びた銛など見られたなら、俺達まで恥をかくんだからな!」


 素潜り漁の魂ともいえる銛だ。いつも研いではいるが、明日は入念に研いでおこう。研ぎ過ぎて困ることは無いし、研げばそれだけ銛を打つのが楽になるはずだ。

 サリーネに食料の在庫を聞いてみると、半月分ぐらいは確保しているらしい。


「今度は、サディ姉さん達が一緒にゃ? だいじょうぶにゃ。この船ならちびっ子も安心にゃ」

 そんな事を言ってるけど、落ちたら大変だからな。明日は甲板に網を張り巡らしておくか。


 翌日、俺は甲板に銛を並べて1本ずつゆっくりと研いでいく。普段から研いではいるのだが、部分的には錆が浮いている。そんな錆をヤスリで削り、銛先は仕上げ砥石で入念に研ぎあげた。その後は、サリーネに貰った唐揚げの残りの油で全体に油を塗る。

 俺が甲板の真ん中で作業をしてる周りでは、甲板の手すりに5cm程のメッシュに作られた網を縛り付けている。

 トウハ氏族は網漁はしないのだが、網を知らないわけでは無いんだよな。

 漁場がサンゴ礁や岩場だから網を仕掛けても引き上げるのが大変なんだろう。だけど、南のサンゴの崖の先にある砂泥地帯や、更に南の真珠貝がある場所なら使えるんじゃないかな?

 

 そんな作業をしている俺のところに、2、3人連れだって男達が訪ねて来た。

「グラストに聞いてやってきたのだが……」

「話は聞いてます。これが、俺の使う銛です」


 大型リードルを獲る銛を彼らに見せると、男たち同士で小声で話をしながらバランスや重さを確認している。


「なるほど、グラストが言う通りだ。俺達には無理だな」

「最初は、銛を2本使って持ち帰ったんですが、穂先が曲がってしまいました。それでこれを作ったんですが、1日に数匹がやっとです」

 そんな俺の話を頷きながら聞いている。

「だろうな。3日目の大物は俺達も見てはいるが、突こうとは思わなかった。あれを突こうと考える者が、氏族にいるだけでも俺達の誇りになるぞ」


 俺の肩をポンと叩いて笑いながら賞賛してくれる。銛を見せて貰った礼を言って帰って行ったが、作るつもりはないようだ。

 だけど、西のリードルよりも東のリードルは少し大きいから、先端の銛だけでも少し太めに作らないと銛が曲がってしまいそうだ。

 

 銛を研ぐ作業が終わったところで、シュノーケリングの機材を点検する。だいぶ酷使しているが、漁が終わればココナッツオイルを塗りこんでいるから、いまだにひび割れもなく使えるのだが、だいぶ硬化しているようにも思える。フィンはヒレの長さがそれ程無いのが幸いしていまだに使えるし、シュノーケルも問題なさそうだ。

 そう言えばシュノーケルのラディオスさんが作ろうとしていたようだけど、どうなったんだろうな。

 

 明日は出発という前日。

 朝から、水場を何度も往復して水を運ぶ。近所の動力船の分も一緒に運ぶから結構な重労働だ。サリーネ達は炭や野菜を運んで積み込んでいる。

 そんな連中が桟橋を往復しているのを見ると、何となく気分が高揚してくるな。

 

 昼からは、カタマランの各部の点検をする。アンカーやザバンの固縛、雨だって降るかも知れないからな。帆布はターフ式ではなく、小屋から竹竿を引き出して梁を作る構造になっている。2m程の屋根になるが、豪雨の中でも漁をすることを考えればこの方が助かるな。

 そんな設備を一通り確認していると、バルテスさん達が嫁さんと子供を連れてやってきた。


「カイト。よろしく頼むぞ。それと、これは俺達からだ」

 背負いカゴを下ろすと、たくさんのココナッツにバナナの房が出てきたぞ。

「一応、俺のところのカゴを持ってきた。この中に入れておけば嫁さん連中も仕事が出来るんだが……」

 ゴリアスさんが大きな竹細工を持ってきた。甲板で組み立てるとベビーサークルのような竹細工が出来たぞ。

 確かにこれは必需品に違いない。船から落ちたら大変だからな。


「一応、甲板の周囲にも網を張りました。とは言っても……」

「ああ、ネコ族の子供達は好奇心が旺盛だし、動き回ることも確かだ。だが、これがあればだいぶ助かるな。俺も漁が終われば作っておこう」


 少しぐらい漁が不便になっても、子供の安全には変えられないからな。サリーネ達が小屋の中に子供達と2人のサディさん達を案内している。ベビーサークルもどうにか扉から運び入れたようだ。

 子供達はまだ寝ているらしく、静かなものだ。


 リーザとライズが子供達の番をしている間に、サリーネがサディさんとケルマさんに手伝って貰って夕食の支度を始める。

 俺達が甲板の後ろでパイプを楽しんでいると、エラルドさん夫婦がやって来た。ビーチェさんが持参したカゴの中身が気になるが直ぐに分かるだろう。ビーチェさんはサリーネ達の様子を見て小屋に入って行った。


「いよいよ明日だが、前回と同じカヌイの夫人が手伝ってくれる。ビーチェをこの船に残して置けば安心できる。サディとケルマは参加できんが、5人いれば焚き火の方は何とかなるだろう」

「そういえば、島に上陸する子供の姿がありませんね」

「リードル漁は危険な漁だからな。親の言いつけをキチンと守れる13歳を過ぎて初めて上陸を許される。それまでは動力船で待つことになるのだ」


 そんな日がしばらく続くんだから、残された子供達は退屈だろうな。ジッと待っていられればいいのだが……。


「ここしばらくは、動力船から落ちる子供はいないが、過去には何度もあったのだ。岸近くにはリードルはあまりいないから、小さな子供のいる家族の動力船は島にかなり近づけて停泊する。数家族で集まって保護者を1人残す場合もあるな。バルトス達も来年は同じような年齢の子供を持つ家族と協力するか、ビーチェに子守を頼む事になりそうだな」


 ある程度小さい子供を持つ場合は親の協力が得られるが、大きくなればそれなりに考えなくちゃならないし、その見返りも必要って事だろうな。

 カヌイの夫人を雇うのも良いのかも知れないが、魔石5個は破格なんじゃないか? まあ、それだけ信頼できるって事なんだろうけどね。


 いつもよりちょっと豪華な夕食を頂き、食後の酒を楽しんだところでエラルドさん達は帰って行った。サディさんとケルマさんが一緒でも船が大きいからな。直径2m程のベビーサークルを小屋の中に置いても十分に寝る場所はある。

 

 翌日。昨夜の残りご飯で雑炊のようなスープを作っているのを見ながら、水を汲みに出掛ける。背負いカゴに何個か入れて両手にも持っているのだが、途中にも、あの島にも水場は無いからな。持てるだけ持って行ったほうが良いに決まってる。


 朝食を終えたところで、周囲を眺めるとあちこちで出航の準備が始まっている。

 まだ、朝焼けが始まったばかりなんだけどね。

 サディさん達はよちよち歩きの子供を甲板であやしている。焼けるような日差しはまだ先だから、それまでは甲板にいるようだ。

 細工用の木切れをオモチャ代わりにして遊んでいるから、今のところは安全だな。何か起きたらバルテスさん達に顔向けが出来なくなってしまう。


 今回の船団の指揮はグラストさんだ。氏族筆頭の漁師だから当然って事になるんだろう。最後尾は俺になるようだ。

「カイトが先頭だと、他の船が付いて行けねえからな!」

 そんな事を言いながら船団の列を俺達に教えてくれた。

 本来なら、筆頭次席のエラルドさんが最後尾らしいけど、エラルドさんは、バルテスさん達の船と列を組んで俺達の直前に位置する。

 50隻を超える船団だ。纏めるのも大変なんだろうな。グラストさんとエラルドさんの仲が良いのも、そんな苦労を分かち合う過程で築かれたんだろう。昔は互いにライバル同士だったらしいからな。


 既に僚船と繋いだロープは外している。先頭に近い位置を進む動力船は入り江の中を動き出したが、俺達のカタマランはまだアンカーを引き上げていない。

 船足が速いから、船団が出発してからでも十分に間に合うはずだ。それよりも、大きな船が漂い出したら、他の船の迷惑になるだろうしね。


 バシャバシャと水車を動かして1隻の動力船が入り江の出口付近に移動し始めた。エラルドさんの乗る動力船が水車を回して同じように入り江の出口を目指す。

 やがて、入り江の出口中央に1隻。30m程距離をおいてエラルドさんの船が止まる。

 ブオオォォォ……。

 ブラカの音が入り江にこだますると、動力船が次々と入り江の出口に向かって行く。

 リードル漁への出漁が始まったのだ。南に向かって移動する動力船が数隻見えたところで、船首のアンカーを引き上げる。

 アンカーをしっかりと船に結んだところで操船櫓に手を振った。

 ゆっくりとカタマランが移動を始める。俺達は最後尾だから、他の船の邪魔にならない場所に移動して順番を待つことになるが、それはサリーネに任せておけばだいじょうぶだ。

 10分程過ぎると周囲の動力船がほとんどいなくなる。いよいよ俺達の番だな。

 サリーネが歩く程度の速度でカタマランを入り江の出口に向かって進めて行った。



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