P-212 田圃を作るぞ
夕闇が迫る中、オラクルの桟橋にカタマランを泊める。
だいぶ暗くなってきているから、燻製小屋に運ぶのは明日の朝になるようだ。
30隻ほどのカタマランが船尾にランタンを付けて浮かんでいる。
夕食はバゼルさんにザネリさんが一緒に取る。
いつものように、バゼルさんのカタマランの甲板に追いやられた俺達は、ココナッツ酒を飲みながらパイプを楽しむことにした。
「2日は休むことになるだろうな。明日はのんびりして、明後日はナギサの手伝いということになるのかな?」
「先ずは杭を作って、竹を沢山切り出さないといけません。材料を集めるだけで初日は終わってしまいそうです」
畔をきちんと作らないと崩れてしまいかねない。打った杭に沿って、竹を編むように壁を作り足で固めれば長持ちするんじゃないかな。
板を打ち込むことも考えたけど、板を俺達で作るのは大変だからなぁ。
「なるほど、杭で竹を編むようなものだな。水捌けもそれなら問題あるまい。多分何度か土を盛ることになるだろうが、それほど苦労はしないだろう」
「そんな風にして資格の池を作るんだな? 水路を伸ばして上の池に入れれば、下の池にも流れ込むってことか……」
漁の帰りに描いた絵を見せると、直ぐに作り方を理解してくれたようだ。
「それにしても、この田圃というのも段々になるんだな。上手く育てられるなら、他の氏族の連中が見に来るだろう。見た目も大事だからな」
俺と反対の考え方だ。ここは口を閉じていた方が良いだろう。
「長老もかなり気にしていることは確かだ。俺達の主食でもある米を、俺達は買うしかないんだからな。ある程度自給できるなら、それだけ大陸の干渉を無視できることになる。カイト様がトウハ氏族に来るまでは、バナナに米が付いているような食事をしている者もいたらしい。
リードル漁で獲れる魔石も今の半分ほどだったらしいからな。船を手に入れるために苦労したに違いない」
それほど貧しかったということか……。外輪船をカタマランに変えたのは海人さんだということだからな。
船の速度は倍になったから、より遠くの漁場まで漁に出ることで、漁場が枯れることを防ぎたかったんだろう。
それでも蒼さんの時代には魚体が小さくなったらしいから、ネコ族の漁師の数が増えたということなんだろうな。
俺が所属するシドラ氏族も、他の氏族の人口調整で生まれた氏族だからこれからもネコ族はニライカナイの海に増えるに違いない。
豊かな海を子供達に残すための方策を、ある程度考えないといけないだろう。
自給自足は無理でも、少しは自分達の手で主食を育てる。
言うだけは簡単だけどね。育てる漁業というのは可能なんだろうか?
だけど、下手に行おうものなら、海を汚すことにも繋がりそうだ。
せいぜいがロデニルを大きくして出荷するぐらいかな。
「静かだが、何を考えてんだ?」
「育てる漁業というのがあるんですよ。稚魚を大きな網の中で育てて、大きくなったら出荷するんですが……」
「上手い手にも思えるが、考えてるところを見ると欠点もあるということか?」
「同じ場所で長く育てると、海が汚れてしまうんです。汚れるというか……、赤潮という現象を知ってますか?」
バゼルさんが首を振った。座なりさんは、初めて聞いた言葉のようだな、キョトンとした顔を俺に向けている。
「大きな魚は小魚や小さなエビを食べてますよね。それなら小魚やエビは何を食べてるんでしょう? 孵化したばかりの小魚が食べるのは、目では見えないような小動物です。その小動物は海中の小さな藻の一種を食べているんですが、この藻の一種が餌の食べ残しや養魚の排泄物を栄養に爆発的に繁殖することがあるんです。海が赤く見えるんで赤潮と呼ばれてます。これが発生すると、その近くの海に生物が生存できなくなってしまいます。ひどい時には、岸に魚が何万匹も打ち上げられることだってあるんです」
「それを知っていたんだろうな。カイト様もアオイ様も養殖という言葉は言わなかったらしい。子供達が釣り上げる小さな小魚だって、育てて大きくすれば売れるだろう。中々に上手い方法だと思ったんだが、欠点が大きいということだな」
その欠点を克服するために国を上げて研究していたからなぁ。
それだけの支援体制があれば、やっても良いように思えるがこの世界ではねぇ……。
失敗した時にどれだけの期間で基に戻るかも分からないなら、手を出すべきではなさそうだ。
「ロデニルは商戦に売るまではイケスに入れておくらしいが、餌を与えることは無いからなぁ。カイト様達はそれぐらいなら問題ないと思って何も言わなかったに違いない」
「小さなロデニルを育てようとは思わなかったんでしょうか?」
「逃がして大きくなってから捕まえれば良い。カゴ漁では小さなロデニルまでもが入るらしいが、体長が三分の二YMを超えないものは海に逃がすそうだ」
保護しているってことだな。
そんな規格があるとは思わなかったけど、俺達は食べる時だけロデニルを取るからあまり大きさに拘ったことが無い。とはいえ、いつでも立派なロデニルだから保護対象となる大きさを超えているはずだ。
エメルちゃんが料理が出来たと知らせてくれた。
3人で俺のカタマランへと向かい、賑やかな食事が始まった。
やはり食事は大勢で食べた方がおいしく感じるな。まだ子供達が小さいから少しは大人しいけど、その内に甲板を走り回りそうだ。
翌日は、朝からエメルちゃんが漁果を運んでいる。背負いかごで2回だから、今回も豊漁に違いない。
1mを超えるフルンネを見て、サディさんが驚いていた。
バゼルさんは手堅くブラドを突いたみたいだ。
「シメノンの数がもう少し欲しかったな」
「今回は群れが薄かったですからね。それでも良い値が付くんですからありがたい話です」
シメノン1匹がブラドに並ぶんだからなぁ。それに燻製にするとさらに値が上がる。
老人達の良い小遣い稼ぎになるはずだ。
「明日は、田圃を作ることになる。昨夜のメモを貸してくれないか? 長老に一応説明はした方が良いだろう」
「よろしくお願いします。ザネリさん達も、今日は1日体を休めれば良いと思うんですが……」
嫁さんが戻ったらすぐに竹を取りに向かうらしい。
竹は少し大きな島には必ず生えている。当然オラクルにも自生はしてるんだが、それは老人達のカゴ作り用として手を付けないようだ。
小型の台船を引いていくと言っていたけど、どれほど採ってくるつもりなんだろう?
もっとも、余ればいろいろと使い道があるのが竹だ。いくら余っても無駄にはならないんだよね。
「米を毎日食べていても、どのように作るのかは俺や長老でさえ知らないのだ。ましてやザネリ達若い連中は想像すらできないのだろう。
ある意味、興味が先に立っているようだから、上手く使うんだぞ」
興味があるから手伝ってくれるということかな?
それならいろいろとお願いできそうだ。
その日の午後は、タツミちゃんが次の漁に備えて、ギョキョウでいろいろと準備を始めた。3日ほどの漁ではあるが食料や野菜を買い込んでいるに違いない。
タツミちゃんはマナミの様子をうかがいながら、夕食の準備をしている。
俺の方は明日に備えて、測量器具を引き出して手入れをする。
1FMおきに印をつけたロープを残しておいて正解だった。島の高さを図る測量器具は田圃の水平を取るのにも使えるだろう。1YMごとに目印を付けた竹竿もそのまま使えそうだな。
図番に大きな紙を何枚か挟んで、筆記用具も用意しておく。この世界にも鉛筆はあるんだが、あまり品質は良くないようだ。丸い軸だから、後ろに洗濯バサミを付けて転がり落ちないようにしている。
準備を終えると、いくつかのメモを作る。
田圃に水を引くための用水路の分岐と排水路だ。田圃に作る簡単な水門は木製だからバゼルさんが簡単に作ってくれるに違いない。
雨季の排水も問題になるだろう。乾季なら田圃から次の田圃へと水を引けるが、雨季の降水量は半端じゃないからなぁ。そんな水引をすると一番最後の田圃は大洪水になってしまう。
稲を育てる貴重な土砂を失うことだけは避けたいところだ。
棚田になることは間違いないから、棚毎に排水路を作っておく必要がありそうだ。田圃の水位がある程度の高さになったら水が排水路に流れるようにしなければならないだろう。
出来上がれば大きな田圃になるだろうが、長老から貰った籾は数kgほどだ。直播で稲を作るとなればそれほど大きな田圃は必要ないだろう。
先ずは、20m四方の田圃を3つほど作ってみよう。そこからだんだん増やしていけば良いんじゃないかな。
日が傾こう頃に、ザネリさん達が竹を満載した台船を引いて帰ってきた。
どう考えてもあれほど必要になるとは思えないが、多い分に越したことはない。
夕食を終えたところで、バゼルさんのカタマランの甲板に集まり、明日の作業について話しあう。
バゼルさんも長老が期待していることを伝えてくれた。
長老も稲が実る光景は見たことがないに違いない。水の中で育つ植物が稲を作ることは知っていたようだけどね。
「生憎とカルダスは漁に出ているようだから、俺達が主体になる。ザネリの友人達は手伝えるんだろうな?」
「穴掘りと泥んこ遊びだと伝えてあるよ。だけど、この計画なら、泥まみれになるのはかなり後になりそうだな。先ずは区画整理と、この排水路作りということになりそうだ」
「段々畑に降る雨も、この排水路を流れます。かなり大きく作ることになりますよ」
「それで横幅だけで1FMあるのか……。深さもそれなりだから、乾季だけで終わらないだろう。まぁ、良いものをゆっくりと作ることになりそうだな」
穴掘りは開拓の基本ということになるのだろう。
鍬やスコップはたくさんあるし、1輪車もそのまま残っている。だんだん畠の真ん中に作った道は荷車を通せるように作ったけど、あの道も南に向かって伸ばすことになるんだろうな。
畑作りよりも大変な作業になりそうだけど、それが一段落すればオラクルの開拓が終盤になったと言えるだろう。
後は島の暮らしを便利にする工夫だけだが、それは開拓ではないからね。




